特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『バシュランギおじさんと小さな迷子』

 昨晩はNHKスペシャルの『平成史スクープドキュメント 第5回 “ノーベル賞会社員” ~科学技術立国の苦闘~』をちらっと見ていました。内容はそれほど興味なかったのですが、久しぶりに、美しい(笑)国谷裕子さんが出ていたからです。
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www6.nhk.or.jp


 内容は島津製作所ノーベル賞受賞者田中耕一氏のインタビューを交えながら、科学技術の面から平成という時代はどういうものだったか、ということを探るものです。
 一言で言うと、科学技術の面からも平成という時代は敗北の時代だった小泉改革以降 科学技術の予算が成果主義的な経費(競争的経費)に振り向けられ、研究者の正規雇用のポストは減った。それに伴い、失敗を恐れず自由に研究できる風土が失われ、論文数の減少など日本の科学技術水準の低下を招いた、というものです。

 これ自体は、従来から指摘されているものです。効率化や競争原理といった短期的な視野に囚われた結果、全体の水準が落ちていく。同時期に起きた日本企業の凋落とも共通しています。平成期20~30年の凋落を取り戻すのには、今後40~50年くらいはかかるんじゃないでしょうか。人が育つには時間がかかりますから。

 平成という時代は日本にとって政治も経済も科学技術も敗北の歴史だった。特に経済は、中国をはじめとした外国に追い抜かされたんです。これからインドに抜かれ、更にインドネシアやナイジェリア、タイあたりにも抜かれるかもしれない。いい加減、日本人は現実をよく認識した方が良いと思う。日本が新しいスタートを切るとしても、現状認識をしなければ始まらない。安倍晋三ネトウヨ連中のように昭和期や戦前のノスタルジーに浸っている時間はもう、今の日本にはないはずです。
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ということで、登り坂の国のお話しです。新宿で映画『バシュランギおじさんと小さな迷子

bajrangi.jp

パキスタンの高山地帯に生まれた少女、シャヒーダーは、生まれつき言葉がしゃべれない。彼女はいつか喋れるようになるために、母親と一緒にインドのイスラム寺院に願掛けに行く。その帰途、迷子になってしまった少女は、敬虔なヒンドゥー教徒のパワン(サルマン・カーン)と出会い、お人良しのパワンは迷子の彼女を預かることにする。言葉をしゃべれない少女の身元を探すあてもないパワンでしたが、やがて彼女はパキスタン生まれのイスラム教徒だということが判ります。パワンは国境を越えて少女を親の元へ届けることを決意します。


 インド映画は製作数では世界1ですが、このところ、コンスタントに世界レベルのヒット作が出てくるようになりました。この作品は『バーフバリ』、『ダンガル』に次ぐ大ヒット作だそうです。超名作『PK』『きっとうまく行く』より興行成績が上だと言うのだから、期待は高まります。

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 ちなみに主演のサルマン・カーンは『ダンガル』や『PK』のアーミル・カーンと並んでインドでは大スターだそうです。


 映画はパキスタンの高山地帯の光景から始まります。国境紛争で揉めているカシミール地方です(後半への伏線になります)。まるでスイスのようなムラに生まれた少女、シャヒーダーは生まれつき喋ることができません。そこで、母親はインドのニューデリーにあるイスラム寺院に願掛けに出かけることを思いつきます。しかし、帰り道で母親と少女ははぐれてしまい、少女は一人、インドに取り残されてしまいます。

 敬虔なヒンドゥー教徒のパワン(サルマン・カーン)はバシュランギという綽名で呼ばれています。人の良い男です。彼は大都会の雑踏の中で迷子の少女に出会い、預かることになります。しかし口が利けない少女の親を探す当てが見つかりません。しかし、次第に少女がパキスタン生まれでイスラム教徒ということが判ってきます。インドとパキスタンは長年対立しており、行き来も難しい。宗教も違う。しかしパワンは国境を越えて少女を親の元へ届けようとします。
●中央がパワン(バシュランギおじさん)、右がシャヒーター


 パワンが初登場するシーンのダンス。如何にもスターの登場、という感じですが、もうカッコいい!大勢のエキストラ、巨大なセット、赤や黄色の色彩が舞い散る豪華絢爛な光景の中で踊るサルマン・カーン。踊り単体がカッコいいわけでもないし、スタイルも筋骨隆々、肉付きも良い。彼を見ているとスターのカッコよさというのは我々の基準とは違うなーと思いますが、それでもカッコいいと思わせます。音楽はバングラ・ビート、インドの旋律、楽器が西洋のダンス音楽とうまくミックスされていて、これも非常にカッコいいです。観客の気分を盛り上げたあと、お話が本格的に始まります。


 主人公のパワンはお人好しで学校は落第続き、右寄りの愛国者で厳格な父親から見放され、ニューデリーに住む父親の親友に預けられることになります。その最中に少女と出会ったのです。
 パワンの生い立ち、ヒロインとのロマンス、父親は右寄りの愛国者、そしてカースト、インドにはびこる人身売買、お話しには様々なエピソードや背景が盛り込まれています。一見 お話しに関係ないように思える要素が全てが丁寧に回収されていく構成はお見事です。


 それにしても、インドの自称愛国者たちがパキスタン大使館に押しかけたり、デモをするシーンはまるで日本の頭の悪いネトウヨみたいでした。バラモンとかクシャトリアと言ったカーストを表す言葉を聞いたのは久方ぶりです。
愛国者』と称している連中が信用できないのは洋の東西を問いません。だけど、インド人と言うと良くも悪くも『賢い』というイメージがあるので、インドにもバカウヨがいるというのは想定外でした(笑)。まあ人口が多ければ、バカも多い。確率を考えれば、当たり前なんですが(笑)。


 パキスタンの描写ではイスラムの宗教歌、カッワリーが流れます。昔 ヌスラティ・アリ・ハーンという大家の歌を聞いて以来、久しぶりに聴きましたが、これもまた実にカッコいい。結構 宗教色が強い映画です。しかし、とにかく(笑)すべての要素が一本の筋でつながっている。

 敬虔なヒンドゥー教徒だったパワンがイスラム教徒の少女を受入れるところは涙なくしては見られません。中盤のそのシーン以降、観客は感動でずっと泣くことになります(笑)。


 バカな右翼が暴動を起こしたせいでインド・パキスタン国境は閉鎖され、金もコネもないパワンと少女はパキスタンへ行くことができません。しかし、パワンは諦めない。(ヒンドゥーの)ラーマ神への信仰と自分はただ少女を親の元へ返そうとしているだけだ、という信念が心の中にあります。


 パキスタン国境警備隊の前を正々堂々と密入国したパワンは、パキスタンの官憲に追われながら、全く勝手が判らない国を少女の親を探してさまよい続けます。パキスタンの人もインド人に対して良い印象を持っているわけではありません。むしろ憎み合っている。しかし、パワンの必死の姿に心を打たれる人々が次々と現れてきます。


人々を隔てる権力の壁に対して大勢の群衆が立ち上がるクライマックス・シーンは、ベタではありますが号泣するしかありません。本当に感動しました。画面を見ていて、声が出そうになって困った。そして最後の10秒(くらい)で残った最後の伏線が見事に回収される。


 上映時間2時間40分が全然長く感じません。面白くて、勉強になって、なおかつ泣ける!感動する!
今年のベスト10、もしかしたらベスト5に入るかもしれないような名作です。いまいち地味な扱いですが、絶対に面白い作品です。観なければ絶対に損をします。素晴らしいです。

インド映画らしさ溢れるミュージカルダンスシーン『バジュランギおじさんと、小さな迷子』本編映像

『前門の外国と後門のAI』と『0215再稼働反対!首相官邸前抗議』

 相変らず寒く、乾燥した日々が続いています。だんだん身体が辛くなってきた(笑)。
でも、団々と陽が長くなってきたし、着実に春の足音が聞こえてきています。ああ、早く暖かくならないかなあ。3月は3月で世俗の行事は多いし、例え自分じゃなくても人事異動だのなんだで、ストレスが溜まるんですけどね。
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先日ご紹介した技能実習生制度を告発した『バリバラ
spyboy.hatenablog.com
を始め、NHKの良心的な番組はこのブログでも度々取り上げていますが、そのほとんどを作ってきた部門(だけ)が今 解体の危機にあるそうです。

これ、許せない!。民放は元からダメだし、見るTVが無くなっちゃうよ。残るのはTBS『報道特集』とテレ東の深夜ドラマくらいか。TVなんか無くなってもいいけど、ほんと、独裁国家みたいになってきました。
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 さて、『前門のオオカミ、後門の虎』という言葉は皆さんも良くご存知だと思います。先日『今の日本はまさにそうだなあ』と つくづく感じられる出来事がありました。

 先日 アメリカの企業とTV会議をしたんです。情報システムの話だったのですが、アメリカの会社が雇ったシステム屋さんはインド人。日本側が雇ったシステム屋さんは中国人。
●東京、中国、アメリカを結んだTV会議。大きく映っているのはシカゴに居るインド人。時差もあって、眠そうです。

 打ち合わせの9割はインド人と中国人が英語でまくし立てていました。要するに実質的に仕事をしているのは彼らです。今はまだ最後の意思決定は我々とアメリカ人(イタリア系)でやりますけど、この状態では『いずれ日本人もアメリカ人も中国やインドに追い抜かれて仕事を取られてしまう』のは容易に想像できます。それは彼らが優秀だからです。打ち合せの内容より『俺たちの将来は暗い(笑)』というのが我々の感想でした(笑)。
●いよいよボロが出てきました。『金融緩和で昭和の輸出の夢よもう一度』のアベノミクスなんか、今の時代にうまく行くわけありません。とどのつまりが『統計偽装』(西日本新聞頑張ってます)。

統計手法 官邸意向で見直しか | 2019/2/15(金) 6:27 - Yahoo!ニュース
this.kiji.is
www.nishinippon.co.jp


●野口教授には必ずしも賛成できないことも多いのですが、これはアベノミクスの虚妄を的確に書いています。




 それだけではありません。ボクがお昼ご飯を食べる安くて美味しい中華料理屋でもそうです。
●これで750円。ダイエットのためにご飯の盛りは通常の半分です(笑)。

 800円も出せばお腹一杯食べられるこの店の客層は日本人7割、中国人3割くらいです。日本人客は工事やメンテなど現場系の中高年が中心、高齢でも現場作業をしている人が多いのは驚くばかりですが、他は自己管理が出来てないデブや喫煙者が多い。要するに、それなりの客層(笑)。

 一方 中国人客は若い男女が中心。彼らの多くはIT系の仕事です。料理が出てくるまでスマホを見ながら株取引とかやってる。今 日本の企業でもシステム・エンジニアには中国の人が大勢います。ITの知識だけでなく、彼らは日本語、英語、中国語を喋れるからです。だいぶ近くなってきたとは言え、人件費も日本人より安いだけでなく、仕事の質も高いことが多い。
 この場末の中華料理屋の風景を見ているだけで、日本の将来はある程度想像できます。

●まして政治がこれじゃあね。
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もう一つは 先週土曜日のTBS報道特集。AIの特集でした。
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www.tbs.co.jp

 内容は以前もご紹介した『AIに学習させて東大受験に合格させる』というプロジェクトを行っている新井紀子教授の『人間の読解力が著しく落ちていて、このままでは人間の仕事自体がAIに奪われてしまう』という警鐘です。新井教授のベストセラー本の内容は昨年夏にご紹介しました。番組の内容もほぼ同じです。
spyboy.hatenablog.com


 今回番組を見ていて思ったのは、人間の能力が低下しているのは読解力というより、ロジカルに考える力=論理性と思いました。番組の中でも新井教授は『文章の内容と図やグラフの意味が同じかどうか判断することが、今の高校生の3割くらいしかできない』という報告をしていましたが、論理的に考えることが苦手な人は大人でも結構いる。さっきのような問題はボクでも時々間違える(笑)。安倍晋三を筆頭に政治家もそんなのだらけだし、憲法9条守れしか言わない(言えない)市民運動の連中も似たようなものでしょう。
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 番組では対策として、読解力・論理性を鍛えるトレーニングを取り入れる学校や自治体が紹介されていましたが、確かにトレーニングである程度はクリアできます。ただし、そこから落ちこぼれる人がかなりの程度出てくることも予想できます。

 人には得意・不得意があるから別に論理性がないからダメ、という訳じゃありませんが、これからAIが社会で使われるようになると、そういう人の仕事は『機械にはできない仕事(判断や癒しの仕事)』もしくは『機械でやらせる価値すらない仕事(不定型な荷物の積み下ろしなど)』にならざるを得ない。前者だったらともかく、後者はかなり厳しい。いずれにしてもAIが増えると社会の格差はどんどん広がります。

 これからは、外国の人との仕事にしろ、AIにしろ、避けることはできません。資源が少なく少子高齢化の日本では尚更です。今の我々が置かれている状況は『前門の外国と後門のAI』という訳です(笑)。

 『環境変化に対応できるよう自分たちが努力すること』、『過度な格差が広がらないよう再分配の仕組みや哲学を考えること』、この2つがこれからの日本の大きな課題ではないでしょうか。インチキ政治家やマスコミに踊らされたくない人、自分の運命は自分で決めたい人は一人一人がよほど勉強をしてないと本当に危ない時代です。

 日本の社会に自己責任みたいなプアな発想しかなければ、99%とは言わないけど、90%くらいの日本人は沈没するだけです。『前門の外国と後門のAI』という状況に対応できなければ、我々には地獄が待っていることになります(笑)。




●東京 銀座(2/23,12:15~)、福岡(3/9)、安倍ヤメロ(AbeOut)デモが予定されています。
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ということで、今週も官邸前へ #金曜官邸前抗議
昼間の東京は雪がぱらついた、寒い日です。午後6時の気温は5度、参加者は420人。
●抗議風景



14日の日経は面白かったです。
 一つは2面の『迫真 消えた原発輸出』という記事で、イギリスへの輸出が失敗した内幕が載っていました。
www.nikkei.com

 日立は自分だけでリスクを負うのが嫌なので、他社に出資してもらい万が一の責任を分散することを狙っていました。その第1候補は東電。東電の会長は前日立会長の川村。今の日立会長の中西を引き上げた人物です。普通は出資するはずです。

 しかし、東電は出資しなかった。東大で原子力を学んだ川村でさえ、日立が原発の建設から運営まで関わるのはムリ、と考えていたからだそうです。さすが日立の経営を立て直した川村は、東芝の連中より遥かに賢かった(笑)。
 もちろん東電が金を出さなければ、他の会社が金を出すわけがありません。責任を取りたくない経産省安倍晋三も動かなかった(笑)。かくして日立の原発輸出は潰れました(笑)。



 もう一つは15面の『原発、高まる経営リスク 九電が玄海2号機廃炉を決定』。
www.nikkei.com

 その中に『アメリカの投資銀行の試算では18年時点で原発のコストは石炭火力の1.5倍、ヨーロッパで普及が進む太陽光や陸上風力発電と比べると3.5倍』という記述があります。日経にこういう数字が堂々と載る時代になったんです。

 どちらの記事も原発の安全性云々だけでなく、原発には建設/運転コストや再稼働できない政治リスクなど経済的な問題が基になっています。基本的に原発はムリ筋だってことがますます露わになってきたと同時に、各地で起きている原発に反対する動きがボディブローのように効いてきていることを実感せざるをえません。

 原発の再稼働を防ぐ時間が長引けば長引くほど原発の老朽化が進むだけでなく、技術者の数は減り、更に減価償却が進み廃止コストも下がる少さくても反対の声を挙げることには、想像以上に大きな意味があるのかもしれません。

『丸の内の餃子と渋谷の餃子』と映画『天才作家の妻 40年目の真実』

 楽しい楽しい3連休はとにかく寒かったです。
そんな時こそ人が居ないだろうと思って、丸の内に行ってみました。
●寒すぎて歩く人もいない丸の内
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 たまには中華でも外食しようかなと思ったんです。
 まあ、普段は福建省出身のおばちゃんがやってる広東料理の店(笑)で毎日 800円の中華定食を食べてるんですが、戦闘モードの平日と休日とは違います。たまには他所行きの中華も美味しい。
●丸ビルで食べた餃子。ぷりぷりのエビとコリアンダーが美味しかったです。


 その翌日 映画を見に行った渋谷でさらに餃子が食べたくなって、センター街にある店に入りました。
 渋谷区で生まれ育ったボクですが、今のセンター街なんて場違いだ、と思います。そこにいるのは日本人にしろ、外国の人にしろ、観光客だらけで違和感しかありません(笑)。偏見かもしれませんが、歩いている人の服装や眼つきを見るだけでも緊張感を感じる(笑)。普段は通り過ぎるだけですが、店に入ってみると中国沿海部やアメリカの都市より遠い土地みたいです。それはわかっているけれど、とりあえずあまり体験したことがないことをやってみようと思ったんです(笑)。

 店に入るとカウンターにタブレットが置いてあるだけで、店員さんが来る気配もない。どうやら、タブレット↓で注文しろということらしい(笑)。回転寿司などではそういう仕組みがあるというのは聞いたことがあるんですが、行ったことがないのでボクはよくわかりません(笑)。渋谷なんて今は外国人だらけですが、高校生?のバイトちゃんもこれなら外国語を喋れなくても大丈夫。世の中はどんどん変わっているんだなーと思いました。

 餃子自体は別に美味しくもなく、不味くもなく(笑)。ニラ・ニンニクがたっぷり(笑)。だけど、こういう大量生産品は一度食べればいいかな(笑)。人間嫌いのボクですが、殆どしゃべらずに食事ができるというのは流石に衝撃的でした(笑)。
 ちっちゃな冒険でした。
●渋谷の餃子。これなら思い切り食べられる。一皿の値段は丸ビルのものと同じくらい(笑)。



ということで、新宿で映画『天才作家の妻 40年目の真実

 高名な作家、ジョゼフ(ジョナサン・プライス)と妻のジョーン(グレン・クローズ)は深夜、ノーベル文学賞を受賞した知らせを受ける。作家志望の出来の悪い息子を連れて、夫妻は授賞式が行われるストックホルムに赴くが、道中 ジョゼフの伝記を書こうとしている記者、ナサニエルクリスチャン・スレイター)から経歴についてしつこく質問を受ける。学生だったジョーンと出来てしまったことで名門女子校の教師をクビになり、作家を目指すが鳴かず飛ばずだったジョゼフは、ジョーンと結婚してから何故か傑作を書くようになった、というのだ。記者の思わぬ追及で、ジョゼフとジョーンの眠っていた感情が露わになり始める- - -
ten-tsuma.jp


 主演の女優、グレン・クローズアカデミー賞の前哨戦、ゴールデングローブ賞で主演女優賞を受賞した作品です。
 グレン・クローズと言う人は失礼ながら美人という感じではありませんけど、ボクは大好き。エミー賞トニー賞をそれぞれ3回受賞、アカデミー賞だけは6回もノミネートされていますが受賞歴なし。

 なんといっても映画デビューがボクの生涯NO1の『ガープの世界』の母ちゃん役です。

子供は欲しいけど男はまっぴらごめんというフェミニストで、負傷して病院に寝ている兵士にまたがってレイプして子供(主人公)を授かるという強烈な役でアカデミー賞にノミネートされました。これは素晴らしかった。
●主人公ガープ役のロビン・ウィリアムス(右)と。老母を演じたグレン・クローズはこれが映画デビュー作。

 それ以降も評価の高い人ですが、自らプロデュース&共同脚本まで行った2013年の『アルバート氏の人生』で女性は働くことが出来なかった19世紀のアイルランドで男装した女性の役を演じたのはまさに本領発揮でした。これまた、尋常じゃない素晴らしさ。今作はそれに続く系統の作品です。
spyboy.hatenablog.com


 映画は深夜の夫妻の寝室から始まります。詳細は書きませんが、この夫は登場から退場までトコトン、カス野郎です。
●妻と夫

 またクズ男かよ、といやーな気持ちになっていると、ノーベル賞受賞の電話が来ます。実際も電話で来るらしいですね。バカ夫は勿論、複雑な表情をしていた妻、ジョーンもさすがに喜びます。

 そこから、夫妻の過去と現在が入り混じる形でお話が展開していきます。ただ、あらすじ自体は見る前から想像できます。ノーベル文学賞を取った作家の作品は実は専業主婦の妻が書いたものだった、と言うものです。
ストックホルムで授賞式の準備が始まります。元来なら夫妻にとって晴れの日であるのですが。

●授賞式の準備で忙しい妻、ジョーンに夫の伝記を書こうとしている作家(クリスチャン・スレイター)が近寄ってきます。過去の資料を詳細に調べた彼は、夫の作品はすべてジョーンが書いているのではないか、というのです。

 二人は名門女子大で出会いました。文学教師だった夫。教え子だった妻。妻帯者だった教師は学生に手を出したことで名門校をクビになり作家を目指しますが、うまくいきません。
 ところが、あまりにも出来が悪い夫の作品を妻が全面的に書き直したら大ヒット(笑)。真に文学の才能があるのは妻の方だったのです。しかし二人が出会った当時 50年代末から60年代初頭は女性が作家になることは難しかった。仕方なく、彼女は夫のゴーストライターになることを選びます。
●若き日の妻と夫。妻役はグレーン・クローズの実娘が演じています。


 文学界にも女性差別があるのか、とも思ったのですが、ハリーポッターの作者、J・K・ローリングは作者が女性だと読者に嫌がられるのではないか、と邪推した出版社が、作者が女性であることが判らないように強要したペンネーム、だそうです。最近ですら、そうなのですから、夫妻が結婚した数十年前だったら、さもありなん。


 夫は家事と育児、妻は鍵をかけた部屋にこもって執筆する毎日を送ります。しかし、名誉や社会的地位は全て夫のもの。しかもこの夫は女性とみれば見境なく手をだすクソ男でした。それもいい歳こいてもずっと同じことをやっている超クソ男。見ていて虫唾が走るような下衆男。ジョーンにとっても、観客にとってもフラストレーションがたまります(笑)。夫を演じるジョナサン・プライスの徹底したクソ男ぶりはある意味、素晴らしい演技ではあります。

 亭主はクソ男、おまけに息子は出来が悪い。文学の才能だけでなく、経済的にも精神的にもジョーンが家庭を支えています。
●作家志望のドラ息子(右)。いい歳こいて自立もできないくせにコンプレックスだけは一人前。

 ただしジョーンの方もイノセントという訳ではない。そもそも妻がいるにも関わらず学生に手を出すようなクソ男を選んだのは彼女です。そこを突かれると彼女も強くは出られない。決して後悔はしてないけれど、彼女自身も複雑な思いを抱いています。


 お話しそのものよりノーベル賞の舞台裏やスウェーデンの景色には興味をひかれましたが、
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この映画の見所はなんといってもグレン・クローズの演技です。この目力、表情の変化、想像以上にすごいです。

 どちらかというと平板なお話しを、演技だけで観客を文字通り戦慄させ、涙させ、納得させる。単に演技力という言葉では表現しきれない見事な演技です。ここまでの演技を見たことって、ボクはあまり記憶にない。まじでゾクゾクしました。

 これを味わうだけで、文字通り、極上の時間を過ごせます。他のノミネート作品との兼ね合いで決まるのでしょうけど、この演技を見ているとどう考えてもアカデミー賞間違いなし、と思ってしまいます。
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 それだけではありません。女性のキャリアの問題とか、こんな下衆男じゃなかったら、ということだけではなく、最後にこの映画はもっと本質的な、人間に対する非常に深い洞察を突き付けてきます。社会的規範の問題はあるけれど、結局 その人が感じることが全てなんじゃないか、というラディカルな結論を突き付けてくる。

 ちょっと怖いけど、非常に考えさせられてくる映画です。高級品を味わってるなーという感じでした(笑)。おかげで素晴らしい時間を過ごさせてもらいました。

映画『天才作家の妻 -40年目の真実-』予告編