特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

感涙・感涙・また感涙(笑)。映画『シークレット・スーパースター』

 もう、9月じゃないですか。今月を抜かせば、今年もあと、たった3か月ですよ。
 まだまだ暑さも、特に湿度は高くて蒸し暑いですけど、秋の足音は聞こえてきた気もします。
 
 先週は久しぶりの出張で熊本へ行ってきました。昔 営業の仕事をしていた時は日本全国を駆け回っていたのですが、熊本にはまだ行ったことがありませんでした。初めての街です。
 と言っても、今回は仕事なので特に楽しいこともありません(笑)、想像していた以上に大きな都市なのでびっくりしました。 
●否定はしませんけど、空港にはロボット、街にはくまモン


 
 ご存知の通り、先週 隣県の佐賀は災害級の大雨で、多少は緊張して出かけたのですが、目と鼻の先の熊本ではそれほど被害もありませんでした。やっぱり日本は熱帯化、スコールのような局地的な雨が降るようになっているんでしょう。日本だけが温暖化ガスを減らしても効果は?かもしれませんが、それでも、このままでいいのでしょうか。
●ご接待後(泣)、寝る前に水を買いに行ったコンビニにて。商店街の空き店舗も比較的少なかった。
 

 今や、地方都市はどこも衰退していますから、熊本もそうだろうと想像していたのですが、街の人通りも多いし、震災復興もあるのでしょうけど新しいビル建設など資本も投下されている。ちょっとイメージが違う。中心市街地には億ションまで作られているそうです。
●お城の復興工事は進んでいますが、石垣を組みなおすのはパズルのような作業なので10年単位の時間がかかると聞きました。
 

 ちなみに熊本に限らず、今 億ションは色々な地方の中心市街地で作られているらしく、金融緩和のバブルはそういうところへ流れている、と思いました。那覇にできた億ションは沖縄出身の某女優さんが買ったという噂です(笑)。
 それはそれで構わないし億ションで潤っている人も居るんでしょうけど、最も儲かるのは中央のゼネコンだし、買うのは転売目的の外国人が多いのだろうし、地価の問題もあるし、そもそも億ションができるのは街の住人にとって良いことなんでしょうか。アベノミクスやMMTってこういうことなんですよ。少しは頭を使わないと。
●街中で見かけた映画館のラインナップ。『嵐電』に『工作』、『新聞記者』。こういう映画館は特殊なんでしょうけど、熊本にも文化的な人たちが住んでいることが判ります。
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 ということで、新宿で映画『シークレット・スーパースター
secret-superstar.com

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 インドの地方都市に暮らすインシア(ザイラー・ワシーム)は両親と祖母、弟と暮らしている。技術者で出張で不在がちの父は、家にいるときは横暴で時には母親に骨折するまでの暴力をふるうこともしばしばです。インシアも女性と言うことで、父親は弟ばかり大事にしています。
 唄が上手いインシアは歌手を夢見て、ギターで歌を作っていましたが、父親からはそれを禁止されます。母は内緒でノートパソコンを買い与え、インシアはブルカで顔を隠してYouTubeで歌をアップしたところ、大ヒット。新聞やTVまでも''シークレット・スーパースター''として騒ぐようになります。
 しかし、そのことによって父親はインシアが歌を歌っていることに気づき、パソコンを壊してしまいます。一方 その歌に惚れ込んだ、かっては有名だったが、その傲慢振りで今は落ち目の音楽プロデューサー、シャクティアーミル・カーン)がインシアに連絡してきますが。

 インドの大スター、アーミル・カーンが出演、制作してインド映画世界興収3位の大ヒットを飛ばした作品です。アーミル・カーンの元マネージャーが脚本、監督を務め、前作『ダンガル、きっと強くなる』で幼少期の主人公役として出演したザイラー・ワシームが主演を務めています。

 近年公開された『きっと、うまくいく』、『PK』という映画はボクがインド映画に目覚めるきっかけになった作品です。歌と笑い、涙と感動の娯楽作でありながら、教育や宗教と言った社会的なテーマを扱った、この2つの作品は生涯で何回 出逢えるかというレベルの作品でした。その二つの作品を主演・プロデュースしたのがアーミル・カーン。2013年にタイム誌で『世界で最も影響力のある100人』に選ばれたそうですが、マジで尊敬に値する人、とボクも思ってます。

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 ちなみにインド映画の歴代興収1位がアーミル・カーン主演の『ダンガル きっと強くなる』、2位が『バーフバリ』、3位がこの『シークレット・スーパースター』、4位、5位、6位が今年の超大傑作『バジュランギおじさんと小さな迷子、それにアーミル・カーンの『PK』、『きっと、うまく行く』。『シークレット・スーパースター』以外は全部見てますが、名画のオンパレードです。

 だから、この映画は期待のハードルはめちゃめちゃ高かったのですが、それを軽やかに飛び越えた作品でした。
●ポスターは日本版より現地版の方が100倍的確です。
んえ

 唄が上手な14歳の中学生、インシアは学校でも有名です。本人もいつか歌手になることを夢見ています。
●主人公のインシア

 家には教育は受けてないけれど優しいお母さんと可愛い弟がいます。

 しかし父親は女の子なんかどうでもいい、仕事も教育もどうでもいい、さっさと結婚して嫁に行け、という態度です。母親に対しても気に入らないことがあれば、どなる、殴る、けがをさせる。酷い物です。
●インシアのゴミ親父。エンジニアですが家父長として独裁的にふるまっています。

 これはこのゴミオヤジだけの問題ではなく、程度の差こそあれ、インドの女性が置かれている立場を表しています。前作の『ダンガル』でもインドの女性問題を取り上げていましたが、アーミル・カーンはそこに問題意識を持っているのでしょう。

 しかし、こういう映画で難しいのは、歌がある程度うまくなくてはお話しに説得力がでないことです。ところが、主役のインシアを演じるザイラー・ワシームの歌、結構良い。すごくうまい訳ではありませんが心を打つ、切々とした声です。前作ではレスラーとして驚くような運動神経を発揮して闘っていた子ですよ。今度は歌で説得力を発揮している。すごいです。


 娘を見かねた母親は自分の母の形見のネックレスを売ってノートパソコンを購入します。なんと優しい母親でしょう。インシアは顔をブルカで隠したまま、歌をYouTubeに載せたところ大ヒット。

 
 最近は映画でもネット絡みの話が増えてきましたが、因習や差別を受ける女性やマイノリティこそテクノロジーの恩恵を受ける場合もある、ということが非常にうまく表現されたくだりです。観ていてワクワクする。
●一見 和やかなシーンですが、母親(右)の眼の周りはクソ親父の暴力であざができています(怒)。

 しかし、それもつかの間、新聞にまで取り上げられた彼女を見つけたクソオヤジがなけなしのパソコンをぶち壊して、インシアに歌を止めるよう言い渡します。

 ここで現れるのがアーミル・カーン演じる音楽プロデューサー。かっては大ヒットを飛ばしたものの、傲慢な性格が嫌われて、落ち目になっている彼は、インシアの歌を聞いて、歌手になりたいなら連絡して来い、と 電話をかけてきます。
●今回 アーミル・カーンは脇役に徹しています。存在感はありすぎですが。

 アーミル・カーンはいつもとは打って変わって、派手で傲慢な芸能関係者を演じています。これがまた、うまい(笑)。表情の変化だけで観客を納得させてしまう演技は健在です。

 遠いムンバイでのレコーディングに誘われたインシア、勿論親も学校も許さない。それどころか、彼女は飛行機にすら乗ったことがありません。迷うインシアを、気が弱いけどお茶目な同級生チャンランが背中を押します。
●インシアを陰から助けるボーイフレンドのチャンラン。最初は頼りなげに描かれていたこの子の存在感がだんだんと大きくなっています。この映画はこれからの女性像だけでなく、男性像も明確に提示しているところもすばらしい。

 彼女のレコーディングシーンはこの映画の中盤のクライマックス。ここで最初の号泣(笑)。このシーンは本当に素晴らしい。撮影や脚本だけでなく、声そのものが良いからなんです。これは天賦の才能としか言いようがない。

 時を同じくして、クソバカオヤジはサウジへの転勤話が持ち上がり、家族についてくることを強要します。しかも、まだ15歳になるかならないかのインシアには中学校を卒業後、お見合い相手と結婚することも命令します。

 そんなこともあってインシアは母に父親と離婚することを勧めます。
 ですが、今まで味方をしてくれた母親は、今度はインシアに一緒にサウジへ行き、結婚することを勧めます。祖母も母も、今まで女性たちはそうやってきた。家族は皆そうやってきた。それが幸せじゃないのか。 母はそう言うのです。

 インドの女性たちを取り巻く因習、社会的な偏見が女性たちをも強く縛っていることには愕然とします。でも程度の差こそあれ、自縄自縛する社会の壁、因習の存在は日本の我々だってかわりませんよね。賃金の差だって、社会進出度だって、女性差別社会と言うことでは日本はインドに引けを取らないのですから。

 インシアは優しい母の言葉に背くことはできません。彼女は自分の夢を、自分の人生を諦めてしまわざるをえないのでしょうか。
 

 お話しはアップダウンを繰り返しながら進んでいきます。ここいら辺の展開はインド映画ならでは、ですが、とってもうまい。3時間近い長編映画でも全く退屈しません。ここいら辺の娯楽映画としての完成度の高さはハリウッドにも全然負けてないと思う。日本映画なんかお呼びでないのは言うまでもありません。


 笑って、泣いて、はらはらする、そしてとびきりの感動が待っています
 『きっと、うまく行く』、『PK』、『ダンガル』、それにこの『シークレット・スーパースター』と超高次元でエンタメと社会性を両立させた作品群は、まさにアーミル・カーン最強伝説としか言いようがない。
 

 最後は感涙・感涙・また感涙。客席では多くの人が鼻をすすっているのが判りました。客席で観客がこれだけ泣いている映画は『この世界の片隅に』以来です。それくらい、いや、それ以上に素晴らしい。

 ところが、主演の女の子はこの作品と続いて撮影された『ダンガル』で俳優業を引退してしまったそうです。理由は『宗教的な生活が送れなくなったから』と言っています。真意は判りません。映画が2本も世界的に大ヒットし、演技を絶賛された彼女自身も数々の賞を受賞しても、女性に対する宗教的、因習というプレッシャーがあるらしい。

 まだまだ、我々は戦い続けなくてはいけない。そういうことも含め、多くの女性と一部のまともな男性、それにチャンランのような男の子に勇気と希望をもたらす、見ないと損する映画です。

『シークレット・スーパースター』予告編