特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『イカのソテー』(笑)と『ある新聞記者の異動』、映画『レ・ミゼラブル』

 雪交じりの寒い先週末、お墓参りに深大寺へ行ってきました。
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 お墓参りと言っても、昔飼っていた犬のお墓参り、です。人間の墓参りなんか興味ありませんが、犬は別です。放射性物質が降ろうと雪が降ろうと関係ない。どんなことがあろうと命日がある週末には毎年 必ずお墓参りに行くことにしています。

 悪天候で流石に人も少なかったのですが、食いしん坊でいたずらが大好きで甘えん坊だった彼のことを思い出しながら、静かな時間を過ごしました。
●今日の日銀、ETF購入倍増の発表。発表後 今日も400円以上株は暴落しました。どんどん泥沼に嵌っていきます。太平洋戦争開戦までってこんな感じだったんだと思う。


 そのあとは、これまた恒例のイタリアンを食べに行きました。季節ごとに行っている店ですが、犬の散歩道にあったのでお墓参りの後はここへ寄るのが毎年の習慣になってます。

 これは白アスパラ。2月に食べたのは極太のものをシンプルに茹でたものでしたが、こちらは濃厚な味です。剥いた皮と一緒に茹でたアスパラを茹で汁にいれたまま冷やすと、皮の風味もアスパラに戻っていく。それに焼き目をつけて、これまた濃厚な卵と自家製マヨネーズで食べる。同じアスパラを茹でたものでも味の違いが面白かったです。

 これは『イカのソテー』。レモンバターと粒コショウのソースです。ボクは見てなかったですが、この店で度々見かける某俳優が数年前 TV番組で「『この料理をTVで紹介したら離婚する』と奥さんに言われている」と言って紹介したものです。勿論、その後離婚したというニュースは聞いたことない(笑)。
 そんなことは関係なく(笑)、この料理は昔から大好きです。一見 何の変哲もないんですが食べてみると、半生のイカがトロリと甘~い、春の味です。

 これはファッソーニ牛。以前にも書いた、日欧EPAで昨年から輸入が解禁になったイタリア、ピエモンテ州の肉です。農協のバカどもに邪魔されて今まで日本では食えなかったわけですが、和牛より遥かに美味しいし安い、自由貿易万歳です。
 脂肪が少ないのに柔らかいのが特徴で、つまりコレステロールが低い(笑)。調理のほうも肉汁が一滴もこぼれていない。そういう焼き方は滅多に見たことがありません。


 この日  隣のテーブルに座っていたジイさんはオリンピックの何とか委員だったそうで、『オリンピックはどうするの』という質問に「うーん、ボクの口からは言えない」と答えてました。と、いうことは延期ですな(笑)。



 さて、『プロメテウスの罠』の連載や『手抜き除染のスクープ』など原発事故の取材を精力的に続けてきた朝日新聞の青木記者が4月から突然 記事を書けない部署に異動になったことが話題になっています。
www.nikkan-gendai.com

 日刊ゲンダイの第一報↑では匿名でしたが、新聞協会賞を何度も取った記者なんて他にいないので誰かはすぐ判ります。

 青木記者は以前 北海道新聞で道警の裏金を暴いて新聞協会賞を受賞、その後 朝日新聞に移って『プロメテウスの罠』や『手抜き除染』などで2度、新聞協会賞を受賞した人です。業界の年間最優秀賞を3度も受賞した記者なんて他にいないわけで、そういう人が取材に関係ない部門へ突然異動を命じられるのはどうしたって違和感があります。

 以前 青木記者の著書『地図から消される街』の感想を書きましたけど『高プロの可決』と証言記録『暴走する原発に突入せよ』(NHK)と読書『地図から消される街』、それに『0629再稼働反対!首相官邸前抗議』 - 特別な1日、この人の取材は常に弱者の立場に立っているし、現場での丹念な取材と裏付けを積み重ねてきた、朝日らしくない、至極まっとうな人という印象を持ちました。
 時にはデマまがいのtweetや裏付けのないことを質問してしまう東京新聞の望月衣塑子記者なんかとはだいぶ違います。
 

 TV朝日もそうですが、朝日新聞はいわゆる正義の味方(笑)として権力に抵抗するポーズだけはするけれど、本質は独善主義・権威主義で、そのくせ権力に弱い。だから嫌いなんです。戦前、対米戦争を煽りまくり、戦後も原発を推進してきた体質は何も変わってないのでしょう。
●大新聞はこういうことも報じないわけです。自分たちがコケにされていることすら理解していない。

 こんな大衆迎合・体制順応的な朝日新聞をバカウヨがムキになって非難しているのはいつも笑っちゃいます。お前らと同類、近親憎悪だろうって。

 よその会社のことではありますが、ふざけた話です。昨晩 朝日新聞に一読者として怒りの抗議を送りました。購読もやめようかと思ってます(怒)。 



 ということで、新宿で映画『レ・ミゼラブル>』
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lesmiserables-movie.com

 パリ北東部郊外のモンフェルメイユ地区。かってヴィクトル・ユーゴーの小説『レ・ミゼラブル』の舞台として知られる労働者が多い地域。近年は移民労働者が多く住み、失業率も高く犯罪率も高いことで知られている。警察の犯罪防止チーム(BAC)に新たに加わったステファンは、同僚とパトロールをするうちに、地域のいくつかのグループが一触即発の状態にあることに気付いたが――ー

 『レ・ミゼラブル』と言えば18世紀のパリの貧困と市民の蜂起を描いた小説・映画です。舞台となったモンフェルメイユ地区はかっては低賃金の労働者が居住する地域でした。

 今回の映画で描かれる現代のモンフェルメイユ地区は低賃金の労働者が居住するのは当時と共通ですが、様々な民族、宗教の人たちが居住するようになっています。2005年には警察に追われた少年が変電所に逃げ込んで感電死したことをきっかけにパリ中で大暴動がおこりましたが、その事件があったのがこの地域です。

 この『レ・ミゼラブル』はカンヌ映画祭で審査員賞を受賞、アカデミー賞にもノミネートされるなど、非常に評価が高い。誰にでも判りやすい『パラサイト』がなければ、カンヌのグランプリもアカデミー国際長編映画賞も間違いなかったと言われている作品です。

 監督はモンフェルメイユ地区で生まれ育ち、現在もここに住んでいるラジ・リと言う人。自身の体験が反映されたものだそうです。
●来日したラジ・リ監督。この地域で育ったマリ系移民の2世です。
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fansvoice.jp


 映画はサッカーのワールドカップでフランス人たちが、フランスの優勝を喜んでいる実写フィルムから始まります。老若男女、白人、黒人、アラブ系、皆 フランスの国旗を振りながら大喜び、シャンゼリゼ通りを埋め尽くします。そこには白人もアフリカ系もアラブ系もアジア系もない。
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 そして映画は他地域から転属してきた警察官のステファンがモンフェルメイユ地区の警察の犯罪防止チーム(BAC)に加わり、パトロールに出るシーンに切り替わります。
●出動前の犯罪防止チーム。右端が新たに加わったステファン。
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 先ほどとは全く違う世界が展開される。廃墟だか、人が住んでいるのだか判らない共同住宅、道端に置き捨てられたごみや廃物、道を歩いているのはアフリカ系、アラブ系、白人と様々です。彼らは人種同士でまとまっていて互いに交わることはない。通りで使われる言葉はフランス語だけでなく、様々な言語がまじりあっています。何語かすら、良くわからない(笑)。
 
 NYやLA、ロンドンのスラム街を描いた作品は目にしますが、パリのこういう風景を見るのは初めてです。しかも臨場感が凄い。これは別次元の世界を見ているような気さえします。ここにあるのは貧困と分断です。さきほどのワールドカップの光景はどこへ行ってしまったのか。
アルジェリアでしょうか。街には象徴的なポスターが貼られています。
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 一般に言われているように、その地域は単に移民が集まっていると言うことだけで言い尽くせる訳ではありません。
 移民問題と言うとシリアやアフリカのサハラ砂漠から逃げてきた人たちを連想しますが、ここではそんな単純なものではないんです。

 元々フランスの植民地だったアルジェリアから来た人たちに加えて、他のアフリカ系移民のグループ、アラブ系、東ヨーロッパ系、それにクスリなどの売人たちのグループ、ロマ、様々なエスニシティの人たちが絡まりあっています。フランスは昔も今もそういった低賃金労働者に支えられてきた
 そういう地域で育った子供たちの多くは窃盗をしたり、ギャングの手下になったり、クスリに手をだしたりするようになります。
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 そのような状態ではイスラム教、特に原理主義者が一定の説得力を持っていることも描かれます。そんなコミュニティの中では彼らはむしろ、マトモな存在だからです。
●少なくとも麻薬には手を出さないイスラム原理主義者は、この地域では真っ当に見える側面もあります。
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 犯罪率が高いこの地域をパトロールする警察も一筋縄ではいきません。言葉の問題だけでなく、力が全てという面もありますから、対話が成り立たないこともあります。威圧的・暴力的な手段を使うこともやむを得ないこともある。ギャング相手には力で抑え込む態度を見せないと舐められる場合もある。
●地域の顔役。自称『市長』。威圧と暴力で地域の平和を維持しています。
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 これは難しい。映画は強圧的な取り調べや犯罪組織との繋がりなど警察の横暴を描きつつも、それでも警察に同情してしまうのだから、この映画が如何に優れた描写をしているかということが判ります。
 そもそも警察官だって、この地域で生まれ育った者もいる。絶望的な境遇から這い上がろうとして警官になるか、犯罪組織に入るか。
●警官たちは普段から防弾チョッキを着ています。
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 映画ではアフリカ系移民のグループの少年が、ロマのサーカスからライオンの子供を盗み出し、両グループが一触即発の状態になります。放っておくと両グループの間で激しい暴力沙汰が起きます。
 警察の犯罪防止チームの面々は荒っぱい手段も使いながら、ライオンを盗んだ子供を追います。やっと子供を捕まえようとすると、今度は子供たちから投石などの激しい抵抗を受けます。混乱の中で警官が思わず発砲したガス弾が子供に当たってしまう。
●高圧的な態度の取り調べは必要悪の面もありますが、住民の恨みを買うことも事実です。
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 ところが、それをドローンで撮影していた別の少年がいました(今の世の中 スラム街でもオタク少年だっているわけです)。間違いとは言え、警官が子供を撃った光景がネットにアップされたら、それこそ暴動が起きる。2005年のような大暴動になる恐れだってある。警官たちは今度は撮影していた少年を追います。

 映画は新たにこの地区にやってきたばかりのステファンの視線で描かれていきます。その視線は我々観客の視線とも重なります。
 こんなに臨場感があるのは、現地ロケだけでなく、出演している人たちの多くが実際にそこに住んでいる人たちだからなのでしょう。ストリートの光景にビックリさせられるドキュメンタリーでもあり、サスペンスでもあり、警官や移民たちの人となりを描くドラマでもある。
●子供たちですら水鉄砲や投石で警察に抵抗します。
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 移民たちも少年たちも警官たちも清廉潔白と言う訳ではありません。しかし根っからの悪人たちと言う訳でもない。
 この作品を見て気に入った映画監督のスパイク・リーアメリカでのプロモーションに自らかかわっているそうですが、この映画の中でもスパイク・リーの代表作の題名でもある『やるべきことをやれ(Do The Right Thing)(実際はフランス語です)』というセリフが出てきます。
 しかし、登場人物たちはやりたくても、やるべきことをすることができない

 それでも、この映画の中には悪人はいない。善人もいない。そこがいいんです。
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 後半 映画は牧歌的な収束を見せたかと思いきや、思いもかけぬサスペンスになります。それこそ、本家のレ・ミゼラブルを想起させます。そして『悪い草も悪い人間もない、育てる者が悪いだけだ』という、ヴィクトル・ユーゴーの言葉を引用して終わります。

 それに希望を見出す人もいるでしょう。ボクのように複雑な思いに捕らわれる人もいるでしょう。
 だからこそ、この映画は大変優れた作品になっていると思います。フランス映画らしい、お洒落なファッションや言葉のやり取りなんか欠片もない。それでいて映像はスタイリッシュ。
 ここには格差と差別、貧困から抜け出せない人々の日常があるだけです。それをすごい熱量のまま切り取って、観客に叩きつける

 ここで描かれた光景は程度の差こそあれ、日本の我々の閉塞感に溢れた生活とも共通しています。日本は一見 格差や貧困は大きなものには見えませんが、実は抜け出せない空気のような閉塞感が漂っているだけ、タチが悪い。奴隷のような人間を量産する文化的・政治的貧困はとんでもないところまで来ているところに、近年は物質的貧困まで可視化されてきた。それが今の日本です。

 これはすごい映画、名作です。『パラダイス』より、はるかに上質な映画だとボクは思いました。

映画『レ・ミゼラブル』予告編