特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

彼らは時代を変えることを選んだ:映画『時代革命』

 東京でも夜になると、時折虫の声を聴くようになりました。虫の声も昔に比べれば明らかに少ないですが、それでも嬉しいものです。

 先週 土曜日の放送で金平キャスターの交代を告げたTBS『報道特集』、番組公式は事前にこんなtweetをしていました。

 このtweetと実際の放送で交代を報告する金平氏の顔を見ていた限りでは、ボクは『上からの降板圧力を金平氏と現場が突っぱね、特任キャスターで不定期出演という形でなんとか継続させた』と想像しました。
 『金平氏は特任キャスターとして長期取材を中心に』とTBSは言っていますが、この日の放送も含め、今までも『報道特集』では数年間かけて取材した、という例はいくつもあります。長期取材は理由になりません。金平氏の降板は圧力なのか、68歳と言う年齢なのか、真相はどうなんでしょうか。

●月刊住職って、まさに『業界紙』ですね(笑)。



 と いうことで、渋谷でドキュメンタリー『時代革命

2019年、香港政府による「逃亡犯条例改正案」への反対は200万人もの人々が参加する大規模なデモに発展する。あまりにも激しい市民の反対に逃亡犯条例は撤回されるが、警察の取り締まりは暴力を伴うようになり、香港のありとあらゆる場所でデモ隊と機動隊が激しくぶつかり合うようになる。やがてデモ隊は香港理工大学に立てこもり、警察が構内に突入した結果、多くの参加者たちが逮捕されるが
jidaikakumei.com

 2019年の「逃亡犯条例」改正案への反対運動以降、中国当局の締め付けで自由がそぎ落とされていく香港で、警察と衝突しながら最前線で戦った市民による抵抗運動の様子を映し出したドキュメンタリー。

 監督は香港では著名というキウィ・チョウ、他の制作スタッフの名は安全上の理由のため、明かされていません。またインタビューを受けた人たちの多くは顔を隠していますが、一部の人たちは亡命や刑務所に入れられ連絡が取れなくなっています。

 昨年 カンヌ国際映画祭東京フィルメックスで上映直前まで作品名・内容共に伏せられたまま、サプライズ上映をしたことによって国際的にも大きな反響を呼びました。大ヒットした台湾では最優秀ドキュメンタリー賞も受賞。
www.excite.co.jp

 それでも中国本土や香港では上映することはできません。まだ香港にいる監督自身も映画館のスクリーンで自分の作品を見たことがないそうです。

cinemore.jp
 
 映像は「逃亡犯条例」反対運動が始まった19年の春から11月まで、そしてその後を追っています。
 犯罪容疑者の中国本土への送致を可能にする逃亡犯条例を切っ掛けに市民たちから抗議が始まります。6月には香港の人口700万人中、200万人がデモに参加するようになる。7月には立法府に人々が突入、占拠する事態になる。

●警察は人々に向かって催涙弾を1発や2発ではなく数千発も乱射し、デモ参加者はヘルメットやマスクを被らないと参加できないような状況になります。人々はマスクやヘルメットなどのデモ用の装備を「文具」と呼ぶようになりました。
 

 その後 警察は暴力を使うようになります。7月には香港のマフィアが鉄パイプを使って抗議参加者を襲う事件が起きる。警察は全く見て見ぬふりです。警察がマフィアに指示していたことがその後明らかになる。8月には警察が市民を直接襲撃するようになります。11月には交通警察が非武装の市民二人に至近距離から発砲、重体になるという事件まで起きます。そして学生たちが立て籠もる大学に警察が突入、大量の逮捕者が出ます。

 そしてコロナ禍が起きると一切のデモや集会は禁止され、20年の6月に抗議活動を封じ込める『国家安全維持法』が施行、新聞の幹部や多くの活動家が逮捕されます。

 映画は現場での映像と抗議の参加者、獄中にいた民主化運動指導者などのインタビューで構成されています。インタビューに答えるのは反対運動に参加した市民、70過ぎの老人から10代前半の子供まで、それに放送局のキャスターや学者など。危険があるため、市民は皆 顔を隠しています。


 最初から最後まで映像の迫真感は凄い。警察がデモの参加者を引きずり倒してガンガン殴っているところだけでなく、非武装の参加者に発砲するところも何度も写されている。抗議で自殺する人の映像もある。さらにドローンによる上空からの撮影まである。これらの映像を一体どうやって撮ったのか、驚くばかりです。

●香港を見下ろす山にも抗議のネオンサインが掲げられます。

 香港で起きた出来事、市民たちの逃亡犯条例反対運動や香港マフィアの市民への襲撃や警察の市民弾圧、大学への立て籠もりなど断片的にはTBS『報道特集』などで見ていましたが、こうやって時系列で追って描かれると大変分かり易い。

 抗議運動は「分権化されたリーダーシップ」、集まっては散り、散っては集まる柔軟な戦術「水になる」、香港全体を使った運動を展開する「どこでも開花する」などの特徴や指針を持っていました。映画は運動家たちの現場に入り込んで、実際に分権化された活動や役割分担など人々の多様な動きの全体像を捉えようとしています。


 
 重苦しい話ではありますけど、なぜか暗いところは感じられません。
 人々が語る話と何が起きたかを示す実際の映像があまりにも印象的だからです。『美しい』とすら思える。
 様々なエピソードが示されます。例えば香港の抗議は14年の雨傘運動の頃から、強硬手段に訴えることを辞さない『勇武派』と平和的な手段で抗議しようとする『和理非派』の間で立場が別れていました。それが今回の抗議ではお互いが率直な議論を重ねて、次第に協力し合うようになる。

 抗議の仕方も様々です。街頭にデモに出たり、大学に立て籠もったりする人たちだけではありません。活動家たちを警察から逃がすために自家用車を提供したり、それを組織するボランティアがいました。警察が市民に暴力をふるったニュースを聞いて自宅から救護に駆け付ける医療ボランティアの学生、抗議の現場で自分が警察に対する盾になり若者を優先して逃がそうとする70過ぎの老人もいる。

 この映画は権力に対峙する香港の人々が自主的に助け合う話が幾つも積み重なってできている。見ながら何度も涙が出てきました。

 

 もちろん監督は抗議の側に立って描いています。だからこんなリアルな映像を撮ることが出来たわけですが、抗議に懐疑的な人や親中派の声は殆ど描かれてはいません。途中 『抗議が長期になると商売が出来なくなって困る』とデモ隊に食って掛かる外国人が出てきますが、程度の差こそあれ、そう考える人も大勢いたでしょう。
 なんと言っても抗議に出たのは700万人のうち200万人です。残りの500万人は何を考えていたのか、という問題は残っています。

 ボクが見た上映後、『なぜ君は総理大臣になれないのか』の監督、大島新氏のミニ・トークショーがありました。大島氏は『自分がいくら権力に都合の悪い映像を撮っても命までは取られないが、この作品ではその前提が成り立たない。そういう緊張感、切実さを感じる』と述べていました。

 
 国家安全維持法という強圧的な法律が出来て、香港の自由は失われました。『一国二制度』という約束を中国は守らなかった。この映画は中国が何をやったか、見事に記録しています。今 香港では大規模な人口流出が起きています。

www.asahi.com
 
 この映画に出てくる人たちも、ある者は香港に残り、ある者は台湾や外国に逃れました。彼らは絶望はしつつも、香港の自由を諦めていないのが非常に印象的でした。  
 人々の香港人』というアイデンティティは一層強くなっている。

 映画の中で抗議の参加者はこう言っていました。
時代は私たちを選びませんでした。しかし、私たちは時代を変えることを選んだのです。


 
 この映画で描かれていることは勿論 他人事ではありません。日本の政治だって権力は何をやってもいい、という、中国共産党の目指す方向と同じ向きへ動いています。この映画を見るとやはり、自分に何が出来るのだろう、と思います。

 2時間半の長尺が全く長く感じられなかった。今年見た中では断トツのドキュメンタリー。単に質が高いドキュメンタリーであるだけでなく、見ることが出来て実に良かったと思える感動的な作品でした。

 台湾の蔡英文総統は「すべての台湾人が見るべき映画だ。香港の経験は我々に、民主主義と自由は守るべき価値のあるものだと教えてくれる。それは社会にとって最大の共通認識でもあり、そこに譲歩の余地は一切ない」と語ったそうですが、日本人にとっても同じだ、と思いました。


jp.taiwantoday.tw



www.youtube.com

『「報道特集」金平キャスターの降板』と『「酸菜魚」と日本の希望』

 早くも9月。秋の便りどころか、郵便受けにはボジョレ・ヌーボーの案内が入っていたし、アマゾンではおせち料理の案内が始まっている。この分ではあっと言う間に年の暮れになってしまうでしょう。

 いつもの話ですが、働いている間は時間が早く過ぎて欲しい。毎日毎日『一難去って、また一難』の繰り返しです。何とか無事に済んでいるからいいけど、やっぱり心は疲れます。嫌なことは早く通り過ぎて欲しい。で、お休みの日と定年後はゆったりとお願いします(泣)。


 さて、木曜日、TBS『報道特集』の金平キャスターが降板するという報道がありました。

www.nikkan-gendai.com

 びっくりしていたら、今日TBSも正式発表を出した。

mainichi.jp

 金平氏はTBSの執行役員にまでなって、退任して6年も経っています。今は68歳でキャスターとしてはともかく、会社員としては引退しても不思議ではない。この1年くらいの『報道特集』は、金平氏が怒りが露わにする場面が増えた反面(笑)、内容は多少粗くなってきた、と感じていました。

●そりゃあ、怒るのは当たり前だけど。

 ボクはいずれ金平氏勇退し、以前はNEWS23のキャスターを務め最近は『カメジロー』などの優れたドキュメンタリーを撮った佐古忠彦氏辺りが引き継ぐのだろうと勝手に思ってました。佐古氏なら金平氏の志は継いでくれるだろうし。

 でも、いずれは退任するにしても今 金平氏が降板するとは思わなかったし、何よりも金平氏報道特集のキャスターになる前から『ロックファン』という彼の基本的な価値観は信頼していた(笑)ので、長く続けて欲しかった。

 今回の金平氏退任の真相は判りません。
 金平氏は『TBSの中でも故筑紫哲也氏や金平氏のように権力と距離を置く側と山口元ワシントン支局長(レイプ犯)のような権力に癒着する側と二派がある』と他媒体のインタビューで言っています。社内の圧力を執行役員にまでなった金平氏の力である程度抑えていたんでしょう。でも、それより上から圧力がかかってきたら、それも難しい。

 後任の人は佐古氏ではなく、もっと若い人ですが、何度か『報道特集』にも出演していたそうですし、ずっとシリア難民の報道に携わっていたそうです。金平氏不定期に出演するとは言っていますから、どうなるかは判りません。権力と距離を置く報道姿勢は守られる可能性がないわけではない(笑)。

 NHKのニュースが変質してしまった今、報道特集』は地上波では殆ど唯一の『まともな』報道番組です。BS-TBSの『報道1930』と並んで、日本のTV報道の『最後の砦』が心配です。

●朝日で原発事故のスクープを連発し新聞協会賞まで取った青木氏もなぜか記者から外されました。


 この前 映画の帰りに新大久保へ行って来ました。
 この辺りは韓流で有名でしたが、今はそれだけでなく、ネパール、ベトナム、タイと様々な人が集まる国際都市ならぬ『国際集落』になっています。


https://atta.ai/media/jp/article07-shinokubo/


https://r.gnavi.co.jp/g-interview/entry/tamaoki/4413

 料理も日本人向けではなく、現地の人向けの本気の料理が沢山ある。
 ボクは最近 日本人向けにアレンジしていない中国人向けの料理、いわゆる『ガチ中華』に凝っています。この日も目当ての店があったのですが休みだったので、おっかなびっくり駅前にある派手な看板の四川料理屋に入ってみたんです。

 店内は最近中国で流行っていると言う、バリバリに派手な装飾です。店内は中国語で歌われる喜納庄吉の『花』が流れていました。

 注文はタブレット、まさに中国です。日本よりデジタル化は遥かに進んでいる。

 『ザリガニの麻辣煮』や『炒め蛙』、『鴨血』などの料理にも後ろ髪を惹かれましたが(笑)、頼んだのは店の壁にポスターが貼ってあった『酸菜魚』。この店は初めてだし、あまり辛くないもの、赤くないもの(笑)を、と思ったのです。四川料理ではよくみかける料理ですが食べるのは初めて。

 大量の酸っぱい野菜の漬物(高菜?)と軽く揚げた白身魚を煮込んだものです。上に載っているのは唐辛子です。スープの中にもそれなりに入っています。読みが甘かった(笑)。

 何とも言えない味です。ベースになる鶏スープの滋味に唐辛子の辛さ、漬物の酸っぱさ、麻辣の痺れが交じり合い、正に混沌としている。初めて食べる味ですが、とにかく滅茶苦茶美味い。

 誰が考えた組み合わせなのか、旨味、酸っぱさ、辛さ、痺れのバランスが素晴らしい。バケツのようなお茶碗に大量に入っているのも嬉しい(笑)。これでたった950円。
 こんなうまいものが世の中にはあったのか!と久々に思いました。大量についてくるご飯を残せば十分ダイエット食としても行けるし。
 また食べに行きたくて仕方がありません。


 この頃、東京の街ではガチ中華が非常な勢いで増えています。家賃が安くなったのもさることながら、日本に住む中国人が増えているからです。
 日本では少子高齢化が進んでいます。日本にビル・ゲイツのような起業家が何人も登場して余程大きなイノヴェーションを起こさない限り(普通はムリ)(笑)、日本の経済はどんどん縮小していかざるを得ない。

 国勢調査のデータを見ると、日本の人口は最新の2020年の調査では前回2015年より95万人が減りました。香川県一つ分だそうです。

 内訳を見ると日本人の人口は減っていますが、日本に来る外国人は増えている。
●日本人人口は5年間で178万人減った。

●外国人は5年間で84万人増えた。

 特にベトナムと中国の人が増えています。人口で見ると最も多い「中国」が 67万⼈、「韓国,朝鮮」が 38万⼈、「ベトナム」が 32万⼈。

*以上は2020年国勢調査の結果より https://www.stat.go.jp/info/today/pdf/180.pdf


 こんな話もあります。『中国人の移住先として日本が人気』だそうです。
diamond.jp

 この記事の信憑性がどこまであるのか判りませんが、身の回りを見ていても実感ができる話です。

 コロナ禍で潰れた繁華街の店がどんどんガチ中華に置き換わっているのもその証拠です。
 企業だって、古くは三洋電機やシャープ、NEC富士通のパソコン、最近でもハウステンボスと、様々な事業や企業が中国資本に買われています。円安でますます進むでしょう。
 時々国産パソコンがどうの、って言ってる人がいますけど、NEC富士通IBMも全部同じ中国企業レノボのビルの同じフロアで仕事しているんですからね(笑)。ま、机だけは旧メーカー毎に別れているそうですが(笑)。


 ボクの勤務先でもこの数年、新卒募集では日本人学生に交じって中国の人が応募してきます。中国、もしくはアメリカの大学を出て、日本の大学院まで出てくる人が殆どです。中国語、日本語、英語はペラペラなのは当たり前、加えて他の言葉も喋れる人も多い。

 そんな優秀な人たちが何故 日本の企業に就職するのでしょうか。
 面接の際にいつも『なんで給料も高いし出世も早い外資企業に行かないのか?』と聞くんですが、応募してくる彼ら・彼女らは『日本の会社が良い』と言います。理由は『給料は安いけど(笑)、日本は安全』、『中国の会社は給料は高いけど競争が厳しくて疲れる』、『日本の会社は色んな仕事をやらせてくれるから自分が成長する』、『共産党は嫌』(笑)、そんな答えが返ってきます。
 彼らには日本の社会にもまだ、取柄がある、ということを改めて教えられました(笑)。

 ま、彼ら・彼女らは、ボクも含めて日本人より遥かに優秀な人が多い。外国で就職しようと考えているだけあって、真剣さが違います。そんな人たちが入ってきてくれるのは大歓迎です(笑)。その分 日本人学生、特に男子学生は割を食ってます。ざまあみろ(笑)。

 企業に入ってくる人たちにしても、ガチ中華をやっている人たちにしても、そういう人たちが日本の社会に入ってきてくれることは本当にありがたい。日本人とはやる気が違う。
 もちろん、日本にやって来る中国の人には色々な人がいるでしょうけど、それは日本人だって同じ。日本人だって、アホや滅茶苦茶な奴は幾らでもいる。バカウヨがその筆頭です(笑)。

 よく言われる治安の話だって、外国人が増えて日本社会の治安が悪くなっている、なんてことは全くない。刑法犯は一貫して減少しています。


mainichi.jp

 ただでさえ、沈んでいく日本(笑)です。性別も国籍も関係なく、やる気や能力のある人が入ってきてくれるのなら、大歓迎するのは当然です。美味しい料理も食べられる(笑)。
 日本に僅かでも希望が残っているとしたら、やる気のある女性や外国人に活躍してもらう、それしかありません。既得権者のバカ男は引っ込め、ってことでしょう(笑)。その方が男にとっても幸せです(笑)。

世界は理不尽である:劇場版『荒野に希望の灯をともす』

 毎度毎度の話ですが、お休みが過ぎるのは早い。また1週間の始まりです(嘆息)。
 それでも夏の暑さがひと段落してくれて、クーラー無しで眠れるようになったのは嬉しいです。今でさえ狭い家でクーラーをかけると冷えや乾燥で体調が不安なのに、もっと歳をとったらどうなるんだ、と思います。
●大岡山の夕空。もうちょっと寒くなれば富士山が見える。


 統一教会国葬の件では多くの人が納得がいかないようです。当然です。内閣支持率は下がり続けています。

 ボクとしては岸田が辞めても代わりにもっとマシな人物が出てくるとは思えないので、死に体のまま岸田内閣が続いてもいいと思います。ところが野党が弱体化しているから、統一教会のことも放置し、原発にしても国葬にしてもロクでもないことばかり始める。
 この10年間ずっと同じことを言い続けていますが、まともな野党がないから日本の弱体化が進むんです。もちろんボクの計算では維新(ゆ党)やれいわ(バカで嘘つき)は野党の中には入ってません。

 国葬にしたって法的根拠があいまいなばかりか、118回も国会で嘘をついた奴をどうして国葬にしなくてはならないのか。

 安倍晋三ではなく、本当に世の中に貢献した人、例えばあの中村哲氏の国葬だったら、全く揉めることはない筈です。


 と、いうことで東中野で劇場版『荒野に希望の灯をともす
kouya.ndn-news.co.jp

 アフガニスタンパキスタンで35年に渡り、病や貧困に苦しむ人々に寄り添い続けた医師・中村哲氏。戦火の中で病を治し、井戸を掘り、用水路を建設した活動を21年間継続的に記録した映像から、これまで様々なテレビやDVD(21年3月発売)で伝えてきた内容に未公開映像と現地最新映像を加え劇場版としてリメイクしたものです。

natalie.mu

 大学卒業後 病院に就職した中村氏が登山隊の一員として訪れたパキスタンの貧しさにショックを受けパキスタンへの医師派遣に応募したこと、やがてアフガンとの国境地帯にあるペシャワールハンセン病などの治療に従事するも、更に貧しいアフガン側へ拠点を移したこと。医療以前に水が不足していることが現地の衛生事情を悪化させていることを理解するようになり食糧支援や井戸掘りを始めたこと。さらに多くの人を救いたいとアフガンの砂漠に用水路を建設を始めたことが描かれます。

 映像としてはあまり目新しいものは見当たりません。今も事業が続く中村氏の死後の現地の様子などを除けば、E-TVなどで見たことがあるものばかりです。ただ、こうやって時系列でまとまっていると判りやすいし、新たな発見もありました。

 まず、時間を経るにつれて中村氏が変貌していくこと。
 最初は中村氏が神経内科医として精神科に勤めていたのは全く知りませんでした。それが現地の状況に応じて内科、外科手術、果てはハンセン病まで治療を行うようになる。必要に駆られて、とは言え、専門外の分野の治療を行うだけだって大変なことだと思います。

 次に医師から社会運動家に踏み出したばかりか、全くの専門外の井戸掘りまで始めたこと。必要に駆られた、とはいえ、ノウハウも知識もない井戸掘りに踏み出すなんて驚きです。その頃には病院はスタッフに任せるようになっており、実質的に医者以外の存在になっていました。

 そして用水路建設を始める事。広大な砂漠に用水路を掘っていくのですから、井戸掘りとは必要な人出も労力も段違いの筈です。

 もちろん最初はノウハウも知識もない。

 良く中村氏が重機を自ら操縦する映像が流れていますが、あれだって60歳を過ぎた彼が自分で覚えたわけです。

 専門外の分野も担当する医者、食糧援助、そして井戸掘り、用水路建設、中村氏の変貌ぶりは驚くべきと思いました。

●中村氏が砂漠に作った用水路でなんと60万人の人が農業に従事できるようになったそうです。 

 映画では中村氏が用水路を建設している上を米軍の攻撃ヘリが飛び交っている光景が映っています。工事中 何度かヘリの銃撃を受けたこともあるそうです。あのヘリが1機あるだけで中村氏の使っている予算の数十倍になるはずです。実にばかばかしい。

 

 中村氏は参考人として呼ばれた国会で『自衛隊の海外派遣は有害無益』と断言したことで有名です。


www.nishinippon.co.jp

 『武力を行使しないという憲法9条が自分たちを守ってくれている』という中村氏の言葉は35年の活動実績の重みがあります。と、同時に中村氏はこの映画の中で「少なくともアフガニスタンにおいては」とも言っています。非武装平和主義がどんな状況でも当てはまる普遍的な解決策だとは彼は言っていない。9条信者とは異なり、中村氏はあくまでも現実を見る人だったのも良く判りました。

 加えて思ったのは中村氏のリーダーシップの凄さ。
 素人が井戸掘りや用水路建設に踏み出すのですから、最初は日本人スタッフだけでなく、現地の人まで反対していました。その光景がフィルムに映っています。そりゃあ、そうだと思います。素人が砂漠に用水路を作れるかどうかなんて、誰にも判りません。 
 中村氏が郷里の福岡の山田堰のノウハウを使って洪水でも流れない取水口を作ったのは有名ですが、不屈の意志とクリエイティブな知恵、その二つが両立している。 

 しかし彼は日本語で、英語で、現地語で説得し続ける。並大抵のことではありません。それこそ訳の分からない異国で大勢の人を説得し、納得させ、事業化させる。こんなことは普通の人には出来ません。

 その結果 見渡す限りの乾いた大地が緑の土地に変り、60万人の人が農業に従事できるようになった。アフガンの広大な砂漠が緑の大地に変わるということがどういうことか、映像で見て初めて凄さが判りました。

 19年に中村氏が亡くなった後も現地では用水路の延長と維持のための作業は続いています。山田堰そっくりの取水口がアフガンの人たちの手によって幾つも作られている。

 今 アフガンでは洪水と干ばつ、それにタリバンの政権奪取による国際的な経済制裁で非常に深刻な状態が続いています。
 国連は2200万人以上の人が食料不足になる恐れがあると警告しています。中村氏のペシャワール会への寄付の送金も経済制裁に引っ掛かり厳しい状況が続いているようです。それでもペシャワール会が今年初めに食糧支援を行ったのが映画にも描かれています。

www.yomiuri.co.jp

 映画の中で中村氏が「自分の活動は全て、世界の理不尽と闘うためだ」と言っていたのが印象に残っています。アフガンでは今も理不尽が続いています。程度はまるで違いますが、日本でも理不尽な出来事が続いています。
 世界は理不尽です。それは変えられない。でもその理不尽に屈従するのかどうかを中村氏は生涯を賭けて問い続けた。この映画を見て初めて、それが分かりました。


www.youtube.com