特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『スイング・ステート』

 楽しい楽しい3連休。
 この週末も空いている時間帯を見計らって映画館へ行った以外は徒歩圏だけで暮らしていました。誰とも遭わずに、平和で静かで、あっという間に1日が終わってしまう。まるで定年後の生活の予行演習をしているみたいでした(笑)。

 ただ、このところの天候不順で野菜が鬼のように高い。先週 スーパーでレタス1個税抜きで498円!

 最近の価格ではレタスも大根も白菜もとても買えません。当分 瓶詰のザワークラウトとニンジンの酢漬けで過ごそうと思っています。

 一方 TVをつけると相変わらずくだらないことばかり報道しています。まともなのはTBSの報道特集と報道1930だけ、と言ったら言い過ぎでしょうか。

 静謐な生活を乱す自民党の総裁選なんか相手にしていられません。

 どうせ茶番です。マスコミが酷いのは今に始まったことではありませんが、官民挙げてくだらないことばかり騒いでいるのですから、どうなっているのだろう、と思います。


 と、いうことで、六本木で映画『スイング・ステート

swingstate-movie.com

 16年の大統領選挙でトランプに敗北した民主党選挙参謀ゲイリー(スティーヴ・カレル)は民主党再生のための戦略に頭を悩ませていた。ある日 大統領選挙で勝敗の鍵を握る激戦州「スイング・ステート」の一つであるウィスコンシン州で不法移民を擁護する退役軍人のヘイスティングス大佐(クリス・クーパー)の動画を見たゲイリーは、彼を民主党再生の象徴として田舎町ディアラーケンの町長選挙に立候補させることを思いつく。ゲイリーはヘイスティングス大佐を説き伏せ、選挙活動を始めるが、共和党対立候補選挙参謀としてゲイリーの宿敵フェイス(ローズ・バーン)を送り込んできた。なんの変哲もない小さな町の町長選が民主党共和党の決戦として全米レベルの注目を浴びるようになっていくが。

 監督・脚本はエミー賞に60回ノミネート、23回の受賞を誇る風刺ニュース番組の有名司会者ジョン・スチュワート。主人公は名優スティーヴ・カレル、ライバルの共和党選挙参謀に『ピーターラビット』シリーズのローズ・バーン、アカデミー助演男優賞受賞のクリス・クーパー、『ターミネーター:ニュー・フェイト』などのマッケンジー・デイヴィス、制作はブラッド・ピットが社長を務め『バイス』などを送り出したPLAN B。と、ボクの好物が並んでいるコメディ映画です。
●主人公の民主党選挙参謀、ゲイリー(スティーブ・カレル)。リベラルですが、鼻持ちならない高慢な男です。

 映画はボブ・シーガ―の70年代のヒット曲’’Still The Same’’が流れる中 始まります。舞台はウィスコンシン州アメリカの大統領選挙で勝敗の鍵を握る激戦州「スイング・ステート」の一つであることで知られています。ボブ・シーガーは日本ではあまり知名度がありませんが、アメリカでは1000万枚以上のCDを売った大スター、ウィスコンシン州の隣のミシガン州出身、白人労働者の気持ちを歌った曲で有名です。
 映画の冒頭 ’’Still The Same''というタイトルどおり、ラストベルトにある数十年間 寂れたままの田舎町の光景が描写されます。判る人には判る、そして皮肉の利いたセンスの良さは、さすが音楽にも詳しいジョン・スチュワート監督です。
●''Still The Same''が入っている''Stranger In Town''。名盤です。

Night Moves

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 ウィスコンシン州は農村地帯ですが工場労働者が多く、かっては民主党の牙城でした。しかし80年代以降 工場の撤退などで衰退が進み、16年の選挙ではトランプが勝利を収めています。確かヒラリーは油断してウィスコンシンには1度も遊説に行かなかったそうです。ちなみに20年の選挙ではバイデンが取り返しました。
 映画の舞台となる小さな町、ディアラーケンも経済を支えていた軍の基地が閉鎖され、商店の多くが潰れ、人口も最盛期の3分の1に減少しています。
 
 16年の選挙ではトランプの前に民主党は思わぬ敗北を喫しました。ウィスコンシンなど白人の工場労働者が多いスイング・ステートで敗北したからです。民主党を立て直すために、選挙参謀のゲイリーはYouTubeで、『不法移民も街の一員だ』と彼らの権利を擁護する退役軍人のヘイスティングス大佐を見つけ、彼を町長選に出すことを画策します。リベラルな価値観と昔ながらの愛国心を併せ持ったヘイスティング大佐は民主党が白人労働者の票を取り戻す象徴になりえる、と思ったからです。
ヘイスティングス大佐(クリス・クーパー)は『不法移民も一緒に暮らす街の仲間だ。仲間を見捨てるようでは街は良くならない』と集会で演説します。

 
 ゲイリーは田舎町のディアラーケンに向かい、ヘイスティングス大佐とその愛娘、ダイアナ(マッケンジー・デイヴィス)に、選挙に出るよう頼み込みます。
ヘイスティングス大佐と娘のダイアナ(マッケンジー・デイヴィス)。マッケンジー・デイヴィスはとにかく手足が長い。

 最初は渋ったヘイスティングスですが、ゲイリーが選挙を仕切ることを条件に出馬を了承します。都会暮らしのゲイリーは田舎町に数か月滞在することになります。

 たかだか田舎町の選挙、腕利きの選挙参謀の自分が指導すれば楽勝、と思っていたゲイリーでしたが、共和党も自分のライバルの共和党選挙参謀、フェイスを送り込んできます。フェイスもまた勝利のためには手段を選ばない人間です。両陣営とも単なる選挙キャンペーンだけでなく、SNS世論調査やデータ分析の専門家が大挙して連れてくる。挙句の果てにはデマやスキャンダルの暴露まで手段はエスカレート、かくして町長選挙は町民はほったらかしで民主党共和党の代理戦争と化していきます。
●ゲイリーとライバルのフェイス(写真右)
  

 ジョン・スチュワート監督は自分の番組でブッシュを鋭く批判するなどリベラルな立場の人です。しかし、ここでは共和党だけでなく、民主党も徹底的にこき下ろします。特に民主党の中央、執行部に対する批判は鋭い。
 共和党は白人の年配者ばかり(それもデブばかり)。黒人やラテン系の有権者は端から相手にしていません。一方 民主党陣営は様々な人種や女性が加わっています。若い人も多い。しかし理想論ばかりを唱える執行部は都会の金持ちが多い。地方部に暮らす人たち、特に生活に追われる一般の人々の目線とはかけ離れています。

 その隙をついたのはトランプです。政治に見捨てられたと思っている人たちが聴きたいのは事実や真実ではなく、自分の聞きたいこと。デマでも陰謀論でも構わないんです。

 この構図は日本の自民党と立憲民主との構図にも似ています。
 なんだかんだ言って自民党は保守層や自営業者、業界の組織票など一部の層とは言え、人々の生活実感を掴んでいる。ネット世論を詳細に分析しているのも、一応 彼らは国民の言うことを聞こうとしている証拠でもあります。

 野党側は強固な組織がある共産党ポピュリズムで人々を扇動する維新やれいわはともかく、立憲民主は生活者目線と言う面では人々とかけ離れているところもあるのではないでしょうか。言ってることは比較的マトモでも、人々の気持ちを動かすのは得意ではない。時折 首をかしげるようなことを発言する議員が出てくるなど、人々の思いと遊離している部分はある、と思います。往々にしてリベラルは『自分が正しいければ良い、相手にも判ってもらえる』と思い込んでいることが多いものです。
 かといって、『消費税減税で景気が良くなる』と言ったデマやインチキでは、一時的に選挙に勝っても、すぐ化けの皮がはがれます。ポピュリズムへ寄っていくのは自殺行為でしかありません。

 ゲイリーは元々いけ好かない、高慢な男です。普段は高そうなスーツを着て、お酒はワイン、食事は菜食、喫煙なんかとんでもないというゲイリーは、ビールやジャンクフードで腹を満たす田舎の人の生活とはかけ離れている。いくら親しみを演出しようとしても、どうしたって田舎の街の人には馴染めません。
 いけ好かない、高慢な男役ってスティーブ・カレルのお家芸です(笑)。徹底的に笑わせてくれます。

 個人的にはマッケンジー・デイヴィスも楽しみでした。

 シャーリーズ・セロンと共演した『タリーと私の秘密の時間』ではミステリアスな大学生のベビーシッター、『ターミネーター:ニューフェイト』ではターミネーターと戦う未来の強化人間を演じて存在感を発揮していた。彼女はレズビアンの世界ではアイコンとして扱われているそうですけど、ターミネーターでの鍛え上げられた体とアクションは人間離れしていて、性別に関係なく、純粋に生物として美しい。人間と言うより天使、背中に羽でも生えているんじゃないか、と思ったくらい(笑)。

 この映画で演じるのは田舎の一般女性ですが、手足が長くて、やっぱり存在感が半端じゃない。

 映画は選挙が一大産業と化している現状を鋭く批判します。両陣営とも選挙資金集めに血道をあげる。デマや陰謀論を振りまき、裏では金持ちの利益を優先する共和党やフォックスニュース、4年に1度だけスイングステートの田舎町にやって来て演説をするけれど、貧しい人々のことは放置したままの民主党やリベラル。果たして、どうしたら良いのでしょうか。

 主人公やライバルのフェイスだけでなく、ヘイスティングス大佐やダイアナのキャラも突っ込めば幾らでも面白い話になりそうでしたが、そこいら辺の掘り下げはあまりありません。魅力的なキャラが揃っているのに少し勿体なかった。
 

 それでも脚本は非常に良く練られていて、とてもよくできたポリティカル・コメディになっていると思いました。
 際限のない資金を投入できるスーパーPACなどアメリカの選挙事情が判らないと難しいところもありますが、お話は政党をシニカルに笑い飛ばしながらも市井の人々が逆転をかます、見事なプロットになっています。現代の政治をテーマにして、これだけ面白く、しかもお勉強もできる、流石ジョン・スチュワートです。
 ボクはかなり面白かった。好きな映画です。

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