特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

エモーショナルでチャーミング!:映画『カセットテープ・ダイアリーズ』

 都知事選は残念な結果でした。予想された結果ではあるので、それほどがっかりはしてないんですけどね(笑)。

 TVで出口調査を見ていたら、小池百合子の得票は、普段は比較的野党支持が多い50代以上の有権者の半分以上、それに女性票も多い(60%台半ば)のはちょっと驚きました。
www3.nhk.or.jp

 地域別の得票率では下町と多摩地区で強い。

 岡田克也野田佳彦共産党と一緒に応援演説をするなど野党共闘の形はまた一歩進んだと思いますが、宇都宮氏は前回、前々回より票を減らしているし、維新や山本太郎みたいなクズがそれぞれ60万票獲得、ついでにレイシスト在特会が18万票も獲得しているのもまた、驚いた。しかも10代20代の間で比較的支持率が高い。

 地域別には大田区も含む下町で得票率が高い。

 投票結果全般を見ると山の手、武蔵野地区ではリベラルが比較的強く、下町は保守的・差別的ということみたいですね。
 小池は前回の選挙公約は何一つ実現させていない、また感染が拡大しつつあるにもかかわらず無為無策を続けているコロナ対策ひとつとっても『無能』としか思えません。それでも選挙に行かない痴呆症が全体の半分もいるのですから、東京が落ち目になるのも仕方がないことでしょう。
 因果応報、民主主義って判りやす~い(笑)。

 いくら日本人がバカでも、マスコミが忖度してても、自民党が国民の積極的な支持を受けているとは思いません。
 

 今のままでは野党は民意の受け皿にはなりえないことははっきりしている。民主党政権の総括はあいまいだし、左?にはアホの山本太郎がいるし、右には維新がいます。どちらもポピュリストです。

 最も人数が多い無党派を取り込んでいかなければ、今の政治は変えられません。そのためには中道リベラルの路線で野党が一致団結せざるを得ないのではないでしょうか。それがはっきりしたのが今回の収穫かな。


 ということで、映画『カセットテープ・ダイアリーズ

cassette-diary.jp
 舞台は1987年のイギリス。サッチャーの政策によって社会の格差は拡大し、地方都市は不景気が続いていた。同時に社会は右傾化が進み、移民を差別、圧迫する動きが目立つようになっていた。ロンドン郊外の小さな町、ルートンに暮らすパキスタン移民の息子、17歳の少年ジャベド(ヴィヴェイク・カルラ)は作家になりたいという夢を持っていたが、内向的な性格に加えて、文学なんてとんでもない、という工場労働者の父親の圧力で鬱屈した毎日を送っていた。
 社会の格差、不景気、移民への差別、パキスタン系の因習に苦しむ孤独なジャベドはある日、ブルース・スプリングスティーンの音楽と出会う。彼は、自分の気持ちを代弁してくれるブルースの音楽に夢中になってしまう。

 実話です。イギリスのガーディアン紙などで活躍するパキスタン系のジャーナリスト、サルフラズ・マンズールが2007年に発表した自叙伝『Greetings from Bury Park: Race, Religion and Rock N’ Roll』(ベリーパークからの挨拶)が原作。

Greetings from Bury Park (Vintage Departures)

Greetings from Bury Park (Vintage Departures)

 メガホンを取るのは『ベッカムに恋して』でゴールデングローブ賞候補になったインド系女性監督、グリンダ・チャーダ

ベッカムに恋して [DVD]

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  • 発売日: 2003/10/03
  • メディア: DVD

 昨年のサンダンス映画祭でプレミア上映、東京国際映画祭で特別招待上映された、非常に評価が高い作品です。アメリカでも興収10位とスマッシュヒットを記録しています。
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 映画の原題は『Blinded by the Light』(光で目もくらみ)。スプリングスティーンのデビューアルバム『アズベリー・パークからの挨拶』の中の1曲から取られています。


 映画はロンドン近郊の地方都市、ルートンの街の描写から始まります。東京に対する川崎、NYに対するニュー・ジャージーという感じでしょうか。

 長年続いたサッチャリズムの影響で公共予算や福祉・教育のカットが続き、街には不況は広がっています。工場もどんどん閉鎖され、特に若者たちはまともな職も少なく、前途に希望を持てない。
 その一方、長年イギリスが労働力として受け入れてきた移民への風あたりは強まり、白昼堂々 ネオナチもどきのレイシスト国民戦線右翼団体)が嫌がらせや暴力を行うようになっています。

 自動車工場に勤めるパキスタン系労働者の息子、ジャベドは17歳。ロックと詩が好きで、将来は作家の道へ進みたいと思っています。

 しかし父は、『文学なんか金にならない。弁護士や不動産、経済などお金になることを勉強しろ』と強要します。多くのアジア系家族と同じようにパキスタン系でも家長の言うことは絶対です。

 一方 街へ出れば、パキスタン系ということで度々嫌がらせや暴力を受ける。家でも外でもジャベドは耐えるしかない。いつもウォークマンを首からかけた、内向的な彼は学校でも一人ぼっちです。


 大ヒットした映画『ボヘミアン・ラプソディ』でイラン系のフレディが『パキ(PAKI)』と度々嫌がらせを受けるシーンが印象に残っている人は多いと思います。

 サッチャー時代を描いたこの映画では差別はもっと酷くなっています。ジャベドが道を歩いていても、レストランに入っても、嫌がらせを受ける。家にいても近所の子供が玄関ドアに小便をひっかけに来るから、床にビニールが敷いてある。抵抗すると余計に嫌がらせを受ける。だから彼らは差別に対して、無言で耐えることしかできない。
 今 日本で行われているヘイトスピーチや嫌がらせに直面する朝鮮や中国などの人たちも、ジャベドたちと同じように感じているのでしょうか。


 ある日 ジャベドは友人から、『これを聞いてみろ』とカセットテープを渡されます。

 ブルース・スプリングスティーンの85年のアルバム『Born In The USA』と78年発表の『闇に吠える街(Darkness On The Edge Of The Town)』でした。

BORN IN THE U.S.A.

BORN IN THE U.S.A.

闇に吠える街(REMASTER)

闇に吠える街(REMASTER)


 舞台は87年のイギリス。シンセを多用したニューウェイブの時代です。若者は奇抜な髪型やファッションに夢中になっていた。
●ジャベドの数少ない親友、マット。典型的なニューウェイブの恰好です。演じるのは『1917 命をかけた伝令』で伝令役の兵士を演じたディーン=チャールズ・チャップマン

 ジャベドの親友のマットをはじめ、当時でもスプリングスティーンの無骨なロックは恰好悪い、と思う人も多かった。少なくともおしゃれな音楽ではありません。
ニューウェイブバンドをやっているマットの父親(右)は古株のロックファン。そういう層はスプリングスティーンが大好きなのですが

 まして当時 大ヒットした『Born In The USA』はベトナム帰還兵の苦悩を歌った反戦歌にも関わらず、単純なアメリカ賛歌、愛国歌と誤解されていたような時代です。

 映画『ランボー』で描かれたようにベトナム帰還兵は国がサポートするどころか、社会の厄介者扱いされていました。世代的に多くの友人がベトナムで死んだスプリングスティーンはそんな帰還兵たちの支援に熱心で、その中から『Born In The USA』という歌が生まれた。
そんな歌をタカ派レーガンが大統領選のキャンペーンソングに使おうとしたのですから酷い話です。
●元来はこういう人です。オバマスプリングスティーン。2012年11月5日、大統領選最終日まで二人でキャンペーンを続けました。

 だからジャベドも受け取ったカセットテープをほったらかしていました。

 そんなある日、父が勤めているGMの自動車工場でリストラされます。勤勉な労働者として働いてきた父親も所詮は企業に捨てられるだけの存在でした。一家の大黒柱が職を失えば、家族のすべてが崩壊する。まだ17歳のジャベドも大学へ行って作家になるという夢どころか、高校だって行けなくなるかもしれない。

 父親のリストラにショックを受けたジャベドは深夜、カセットテープをウォ―クマンで聞いてみます。そこで魔法のようなことが起きます。


 流れてきたのは。まるで今の彼自身のことを歌った音楽でした。アメリカのニュージャージー生まれのイタリア系のスプリングスティーンはイギリスで暮らすパキスタン人の彼とは全然違います。しかし、ジャベドが抱えていた気持ちをはっきりとした言葉にして歌っていたんです。

 ジャベドはスプリングスティーンに夢中になります。彼が歌うのは労働者のつらい毎日、失業と不況、社会の不条理、どこかへ逃げ出したい気持ち、素敵な彼女(笑)、何よりも『自分の気持ちを表現することは悪いことではない、自分が生きていることは罪ではない』という価値観です。

 そこから右翼に殴られても、父親と対立しても、パキスタン系の少年にはなかなか職が見つからなくても、ジャベドはスプリングスティーンの歌詞と声が耳から離れなくなる。

 彼の心の奥底に持っていた気持ちをスプリングスティーンは引きずり出し、昇華させ、可視化して表現した。ジャベドの心に言葉を与えたんです。ニュージャージーの労働者階級の息子とイギリスのパキスタン系の少年の心が結び付いた。奇跡のような体験です。

 そんな時、ジャベドはある女の子に恋をします。高校や街中で’’サッチャーを引きずり降ろせ’’という政治運動’’RED WEDGE''のビラを配っていた女の子、イライザです。保守党支持の保守的な白人家庭の育ったイライザはネルソン・マンデラのTシャツを着て、ニューウェイブ風の髪型を着て登校するような女の子です。

 ちなみに''RED WEDGE'’(赤い楔)とはスタイル・カウンシルスペシャルズなどパンク・ニューウェイブ系のミュージシャンやアーティストたちが始めた、政府に弾圧されていた炭鉱などの労働者たちと連帯する反サッチャー運動です。ファッションや音楽のスタイルはスプリングスティーンとは全く違いますが、底流に流れている価値観は一緒です。その意味を理解している人は少ないのですが、そこがポイントです(笑)。

 さらに言えば、87年時点では’’RED WEDGE’’は下火になっていました。イギリス最強の組合だった炭鉱夫たちのストの敗北、フォークランド戦争による国粋主義の高まり、それに長引く不況で政治運動すら行う余裕がなくなっていたからです。
 それでも政治運動を続けていたイライザはどういう女の子かが良く判ります。実話だからかもしれませんが、この造形、実にうまい。
 ついでにイライザを演じるネル・ウィリアムズという女の子、有名ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』に出てるそうですけど、鼻ぺちゃでかなり、かわいい。気に入りました。

 スプリングスティーンの音楽と彼女の存在に勇気づけられて、ジャベドは自分の想いをそのまま表現した文章を書き始めます。最初は『サンダーロード』のレコード評から(笑)。
 カレッジの先生は、自分の気持ちを素直に表現できるようになったジャベドに文章の才能を見抜き、導いていく。

 しかし、彼が進もうとする道は周りにはなかなか理解されません。父親にしてみれば文章で身を立てるなんて非現実的なこととしか思えません。
 折しもインターンとして新聞に勤め始めたジャベドが書いた、移民への嫌がらせで街のモスクに豚の生首が放置された記事が新聞に大きく掲載されます。このことで親子はぶつかります。父は『イギリス社会はパキスタン人を決して受け入れない。移民は抗議などして目立ってはいけない』というのです。

 折しもジャベドの姉が結婚することになります。一家は民族衣装を着て式場に向かう途中、国民戦線のヘイトデモとぶつかってしまう。
●父親を襲った国民戦線(人種差別的な右翼)のデモとすれ違うジャベド

 ジャベドはスプリングスティーンを聞いて勇気づけられ、救われたかもしれない。でも彼の周りは違う。ジャベドは夢を諦めなくてはならないのでしょうか。


 映画では全編スプリングスティーンの音楽がフィーチャーされます。

 しかし、スプリングスティーンの音楽をテーマにした映画というのは難しいと思います。歌詞が重すぎるからBGMには向かないし、激しいエネルギーに溢れていても踊るような感じではない。
 ショーン・ペンの監督デビュー作『インディアン・ランナー』の様に歌詞をそのまま映画にするか、先週取り上げた映画『サンダーロード』のように、スプリングスティーンの音楽では踊れない、という作品にするか(笑)。

インディアン・ランナー [DVD]

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  • 発売日: 2004/05/26
  • メディア: DVD


 その点、この映画は歌詞を主人公の心境・画面とシンクロさせたり、

 時折ミュージカル調にすることで、深刻なだけの映画になることから逃れています。バランスのとり方がうまい。。

 原作者も監督も差別の被害者、当事者であるだけあって、イギリス社会を覆う人種差別はかなり深く掘り下げられます。今までボクが見た映画の中ではトップクラスの深さです。

 それでも映画が全く暗くならないのは音楽の力に加えて、ジャベド君が出会う人々がかなり良い味を出していることも大きい。
 特に『WW2で俺たちがナチスと戦ったのは、国民戦線みたいな奴らをのさばらせるためじゃない。あいつらはナチスと同じだ』という隣家の老人にはかなり感動しました。それがイギリス社会の底力であると同時に、原作者がそれに気づくことが出来るような人物であったのも大きい。

 

 映画の描写はかなりリアルです。人種差別は別として、ボク自身、ジャベド君とほぼ同じ体験をしたので、この映画で描かれたことは『あるある』なことばかり(笑)。ジャベド君を見ていて我が身を思い起こすようなことばかりで、かなり驚きました。ロンドンの少年でもそうだったのか。
 ちなみに原作者は150回以上スプリングスティーンのコンサートを見ているそうです。ボクは12回しか見ていない。羨ましい(笑)。


 終盤 それまでパキスタンの音楽しか聴かなかったジャベドの父親がスプリングスティーンを聞いて『この男は我々パキスタン人のことを歌っているじゃないか』(笑)と言いだすシーンがあります。原作者も監督も同じような気持ちを抱いていたのが良くわかります。ボクも17歳の時スプリングスティーンを聞いて、全く同じことを思ったんです。この人は自分のことを歌ってくれている、と。
 この映画は、社会の抑圧を意識し始めた頃、自分は自由になっても良いという価値観に初めて触れたときの驚きや喜びなどの個人的な感情を描いています。エモーショナルだけど、普遍的なものに昇華させている。

 かなりチャーミングな映画です。誰が見ても楽しめるだけでなく、芸術に救われるということがどういうことかを表現した映画としてもAクラスです。泣きました(笑)。うれし泣きです(笑)。

「カセットテープ・ダイアリーズ」グリンダ・チャーダ監督&アーロン・ファグラ独占インタビュー | 映画.com

映画『カセットテープ・ダイアリーズ』予告編