特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『アベノミクスの成れの果て』と映画『グリーン・ブック』

 寒くなったり暖かくなったりのお天気が続いていますが、駒沢公園の梅は今が盛り、です。花は喋らないし、自分から動きもしないけれど、こうやって咲いているだけで勢いを感じるから不思議です。
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 今週の金曜官邸前抗議は10日(日)に大規模集会があるため、お休みです。たまに金曜日がフリーだと自分でも解放感があります(笑)。大した仕事をしているわけじゃありませんが、正直 週末になるとそれなりに疲れるんです(泣)。日曜日の集会は月曜日のブログで、ご報告します。


coalitionagainstnukes.jp


さて、いよいよ景気悪化が目に見える形になってきました。NHKのニュースです。


www3.nhk.or.jp

 景気悪化の原因は中国の景気悪化とか言われていますけど、本質は違います。アベノミクスで国内の景気を良くすることが出来なかったからです。
多少なりともアベノミクスの時期に企業の利益が増えたのは『ゴルディロックス』(微温経済)と呼ばれるように海外の景気が比較的良かったのと、円安で輸出企業が儲かったからです。日本経済の構造を変えるどころか、輸出中心の昭和の時代に戻ろうとしたんです(笑)。

 その一方 実質賃金の低下や消費の減少など国内の景気はちっとも良くならなかった。日本の対外収支の構造も海外生産比率も昭和の時代とは全く違うのだから、昭和のリバイバルを狙ってもうまく行くわけがありません。むしろ円安による物価高で消費者の購買力は低下したままです。
アベノミクスが始まってからの実質家庭消費支出の推移(単位=兆円)
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 で、国内がダメなところに、海外の景気が悪くなった。いわゆる『泣きっ面に蜂』ってやつです(笑)。
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 これで消費税を上げる?(消費税を口実にダブル選挙の可能性もありますが)
 ボクは『世代間の負担は公平』『徴税コストが低く安定した財源』というメリットがあるので、消費増税は必ずしも否定しません。勿論『景気悪化』『所得の低い人ほど負担率が大きい』という問題点も否定できません。でも国の財政がこれだけ悪化した今、野党が言う様に消費増税を取りやめるデメリットも大きい(どうすべきかはまた別の機会に)(笑)。

 かといって、公共支出は増やせないし、これ以上の金融緩和ももうできない。日本経済は踊り場どころか、デッド・エンドです。これがマスコミやアホどもがもてはやしていたアベノミクスの成れの果て、です。

 アベノミクスが始まるとき、日経の内部では『これが日本経済最後の賭けだから、とにかくサポートしろ』という方針が出ていたそうです。そして『最後の賭けは負けた』んです(笑)。

 国民の暮らしは悪くなり、日本経済の構造は旧態依然のまま。だけど国の借金は積みあがった。財務省が作ったこのグラフ↓の急こう配を見てください(笑)。昨年末の見込みでは借金は国民一人当たり700万円です。
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財政に関する資料 : 財務省


 少なくとも安倍内閣が続けば続くだけ、日本は衰退していくのは、いい加減(笑)国民も理解しないといけないのでしょう。

●まさに、そうだと思う。安倍政権って「革新」です。戦前は日独伊三国同盟国家総動員体制を推進する側が『革新』でした。
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●所詮は小沢一郎小選挙区制のA級戦犯民主党政権の際 小沢は役所をコントロールできなかったのが暴露されましたが、もともと行政経験/能力だってまともにありません。政局しか能がない、こんな奴に何かを期待するのが大間違い。

news.tv-asahi.co.jp



 この時期はアカデミー賞絡みで映画の感想が溜まっています。

ということで、アカデミー作品賞受賞作品。新宿で映画『グリーン・ブック

gaga.ne.jp

舞台は1962年、ニューヨーク。高級クラブで用心棒を勤めるイタリア系の白人、トニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)は、クラブの改装によって職を失ってしまう。妻と子供を抱えた彼は家賃を払うため、嫌々黒人天才ピアニストのドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)の運転手兼ボディガードとして、人種差別が色濃く残る南部への演奏ツアーに出ることになるが。


 今年のアカデミー賞、特に作品賞は人種や女性/LGBTQの差別など全ての作品が政治的な問題を扱っていました。一見 軽薄でちゃらい『アリー/スター誕生』ですら女性差別の問題が背景にありますからね。他の作品は言わずもがな。芸能人が政治的な意見を一言いうだけで叩かれる日本とはえらい違いです(笑)。

 『グリーン・ブック』はアカデミー作品賞、脚本賞助演男優賞マハーシャラ・アリ)を獲得、主演男優賞(ヴィゴ・モーテンセン)、編集賞ノミネート。実話を基にしたコメディ作品です。人種差別やLGBTQの問題を訴える作品でありながら、黒人監督のスパイク・リーなどから『白人が救世主のように扱われている』という非難も浴びている作品でもあります。
 ちなみにこの映画のプロデューサーの筆頭は『ドリーム』、『シェイプ・オブ・ウォーター』など最近活躍が目覚ましい黒人女優のオクタヴィア・スペンサー。それだけでどのような映画か判ります。
●これは名作でした。オクタヴィア・スペンサーは真ん中の人です。


 映画の冒頭から、高級クラブで用心棒を勤める白人、トニーがイタリア系であることが徹底的に強調されます。食べ物、親戚などとの強い結びつき、そしてマフィアみたいな登場人物の悪そうな顔(笑)。これらがこの映画にとって大きな伏線になっています。

 イタリア系の白人、トニー・リップを演じるヴィゴ・モーテンセンは痩せた人という印象だったのですが、ここではホットドックハンバーガーをバカバカ食う用心棒を演じています。驚きました。彼の元の繊細な面影は見る影もありません。しかし、それがこの映画のポイントの一つでもあります。
●この肉付きですから、最初は誰だか全然判りませんでした。イタリア系というより、マフィアの下っ端にしか見えません。実際にほぼ(笑)、そういう仕事なのですが。

●前作『はじまりへの旅』(実に良い映画です!)でヴィゴ・モーテンセンが演じた反資本主義の超極左オヤジは強烈でした。

spyboy.hatenablog.com

 トニーは黒人が大嫌い。人種的偏見がない愛妻が、家の修理に来た黒人にお茶を出すと、そのコップを捨ててしまうような男です。親戚、友人らで構成されたNYの下町の狭いイタリア系の社会が全てです。ところがナイトクラブの用心棒の職を失ってしまったことで、新たな職を探さなくてはならなくなります。
●だって美人妻と子供が家で待ってるんです(笑)。

 トニーがドクター・シャーリーと言う人が運転手を探していると聞いて面接に赴くと、なんと相手は裕福な黒人ピアニストでした。医者だと思っていたのに黒人がボスなんて、と、一旦は断ったトニーですが、家賃を払うために仕事を受けることにします。
 仕事内容は南部への演奏旅行の運転手兼ボディーガード。南部で黒人が使用できるホテルやレストランを紹介したガイドブック、『グリーン・ブック』を抱えて二人は南部への演奏旅行へ向かいます。
●レコード会社が用意した新車に乗って二人は南部への旅に出ます。

 ドクター・シャーリーは幼くして才能を認められソ連へ留学、英才教育を受けた黒人ピアニストです。カーネギーホールの上階の高級アパートメントに独りで住んでいる。音楽だけでなく哲学などの博士号も持っている、いわゆる天才です。彼は人種差別が色濃く残る南部への演奏旅行を行うに際して、腕っぷしを見込んでトニーをスカウトしたのです。
●シャーリーは家の中でもこれ、ですから、まるっきり浮世離れした人物です。トニーとは対極の存在。

 2人の対比が面白いです。フライドチキンを手づかみで食べながら運転するトニーに対して、シャーリーは『自分はフライドチキンなんか食べたことないし、皿とフォークがなければ食べ物は食べられない』と言い張ります。
 映画評論家の町山智浩氏によると、フライドチキンはアメリカ南部でフォークやナイフで食べられない骨付き肉を黒人奴隷に与えたのが発祥だそうです。例のケンタッキー・フライドチキンが広まる20世紀半ばまで白人は殆ど食べたことがなかった。それを踏まえると、非常に考えさせられるシーンです。
●自動車の中でモノを食べること自体、シャーリーには想像もつきませんでした。

 シャーリーは孤独です。ステージのタキシード姿だけでなく、普段もネクタイをバシッと締めてお洒落なシャーリー(お洒落な衣装は見ものです)は常に一人です。部屋に毎日1本、届けさせたスコッチで深酒をしている。まるで何かの苦痛に耐えているかのようです。
●当初は車で移動中の時も必ずネクタイをし、直立不動で座っていました。

 シャーリーのピアノは、音楽が判らないトニーですら感動するような腕前です。各地で上流階級の客から称賛を浴びます。しかし彼が演奏するのはシャーリーが学んだクラシックではなく、クラシックのようなポピュラー音楽。

 実際にピアノの腕前をストラヴィンスキーに絶賛されていたというシャーリーでも、当時は黒人のクラシック・ピアニストなんて認められないのです。仕方なく彼はクラシックのような、ポピュラーのような、何とも言えない音楽を演奏してます。ガーシュインみたいな感じというか、良くも悪くもアメリカ的です。
 観客のアメリカ人にとっては判りやすいし虚栄心も満足させられますが、幼時からロシアで英才教育を受けた彼としては物足りない。
●ジャズなのか、クラシックなのか、ポピュラーなのか、実はシャーリーの音楽のジャンル分けは難しい。

 一方 シャーリーは当時流行っていた黒人音楽、リトル・リチャードやアレサ・フランクリンも知りません。黒人なのに、黒人の文化からは孤立している。彼はクラシックの世界からも黒人の世界からも遊離している。ネタバレになるので書きませんが、ほかにも理由があって、シャーリーはどこの世界にも属することができない
●南部の農地では黒人たちが厳しい労働に従事させられています。こんな恰好をした黒人なんか、居るわけがありません。

 やがて演奏旅行は南部、それもルイジアナアラバマなどディープサウスへ差し掛かります。会場も今までの大きなホールではなく、金持ちの邸宅やレストランに代わります。主催者は彼を讃え、歓迎しますが、当たり前のようにシャーリーは差別される。
 例えば豪奢な邸宅で演奏しても、トイレは庭にある掘立小屋を使うよう指示される。豪華なレストランで演奏することになっているのに控室は物置で、食事の席にもつけない。まともなホテルにも泊まれません。貴族的なシャーリーは貧民窟のような黒人専用ホテルに泊まる羽目になります。

 最初は黒人のお供なんて、と敬遠していたトニーでしたが、シャーリーの素晴らしい演奏と差別にあっても誇り高く耐える姿に、次第に尊敬の念を覚えていきます。

 特にシャーリーがなぜ南部への演奏旅行を思い立ったか。北部だったらギャラも高いし大会場で演奏できるし、不愉快な差別にも逢わないですむ。それを判っていて、なぜ彼が南部の場末で演奏旅行をしようとするのか。トニーは次第に、黒人の社会、文化に属することができないシャーリーなりの勇気を理解できるようになります。
●旅が進むにつれ、シャーリーはネクタイを外すようになります。
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 いっぽうシャーリーも、呆れつつも、世俗の知恵にあふれたトニーに畏敬の念を持つようになっていきます。社会経験の豊富なトニーはシャーリーの秘密を知っても、彼を受け入れることが出来るどころか、それほど気にもしない。
 粗暴で下品だけれど、誰かのことを想ったり、理不尽な差別を憎む、という意味では同じ人間です。教養とか文化、理屈は関係ありません。それは人間としての普遍的な価値、と言っても良い。シャーリーはトニーを一人の人間として受け入れるようになる。
●旅によってトニーも変わっていきます。きちんとネクタイを締めることを覚えました(笑)。
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 ボクはこの映画、一部でディスられているように、白人のトニーが救世主のように美化されているとは思いません。トニーは白人でもイタリア系としてさげすまれている存在だからです。様々な映画で描かれているとおり、白人でもアイルランド系やイタリア系が就けたのは低賃金の職ばかり、やっぱりWASPとは違います。この映画は前半でイタリア系を強調しているところが後半になって生きてきます。同じ差別されている者同士の人種を超えた友情が芽生えるんです。それがこの作品の素晴らしいところです。

 そして、シャーリーが黒人のライブハウスでショパンを弾くところはこの映画の白眉です。とうとう彼は自分自身を見つけます!

 マハーシャラ・アリがピアノを弾くところが本当にピアニストに見えるところも大したものですが、抑制された、孤独に耐える姿はなんとも言えません。まさに役者魂です(笑)。人間の誇りや尊厳と言ったものを全身で表現している。権力が大嫌いなだけでなく、イデオロギーも、企業社会も、男社会も、地縁血縁も、ジェンダーを押し付けられるのもお断り(笑)しているボクですので、どこの世界にも属さない彼の役には本当に感情移入できました。

 そしてヴィゴ・モーテンセンも素晴らしい。10キロ以上増量して粗野なイタリア系用心棒を演じていますが、太った顔の肉の間から繊細な表情がうかがえます。クイーンごとき(笑)と話の質が違うというのもありますが『ボヘミアン・ラプソディ』のレミ・ラリックより、彼が主演男優賞を取っても全然おかしくないと思いました。
 
 この映画は泣いて笑って驚かされるだけではありません。人種差別、民族差別を扱っているだけでなく、それより上のレベル、人間の尊厳という普遍的な価値を描く映画です。だから、この作品は素晴らしい。俳優二人の名演も相まって、充実した2時間でした。マジ、感動します。

【公式】『グリーンブック』3.1(金)公開/本予告