特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

傷ついた大人たちのお伽噺:映画『スモーク デジタルリマスター版』と『幸せな一人ぼっち』

今年も実質的には、あと1週間で終わりです。
ボクは平日は一滴もお酒は飲みませんが、休日の夜はワインを飲みながらDVDを見るのが楽しみです。ただ、だんだん酔いが回ってくると難しいものは見られなくなります(笑)。そんな時見ているのは最近はBABYMETALのライブか、数年前にアカデミー外国語映画賞を取った『グレート・ビューティー 追憶のローマ』ばかりです。めんどくさくなって来たら音楽に身をゆだねるか、美しい画面に溺れるか。この週末は『グレート・ビューティー』のこの台詞が心に残ったので思わず書き留めてしまいました。深夜の屋外パーティで、65歳過ぎのプレイボーイの老小説家の主人公が、元共産党員で美しいけど偏狭な53歳の女性に云い放つセリフです。今 この瞬間にも世界のどこかで行われている理不尽なことを前にして、我々は時には無力です。だから、この台詞には心の底から共感しました。
もっと愛情深く見つめたらどうだ?
皆 絶望の淵に居るんだ
だから顔を見合わせるしかなく、
仲間同士ふざけ合っているんだ

グレート・ビューティー 追憶のローマ [DVD]

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今回はクリスマス前のお伽噺のお話です。
土曜の朝、恵比寿で映画『スモーク デジタルリマスター版smoke-movie.com - このウェブサイトは販売用です! - 映画 アニメ動画 ドラマ動画 映画動画 海外ドラマ リソースおよび情報

 ニューヨークのブルックリンでタバコ屋を営むオーギー(ハーヴェイ・カイテル)と友人の小説家ポール(ウィリアム・ハート)を中心に、都会で暮らす男女たちの人生を描く

アメリカの作家ポール・オースターが発表した短編小説「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」を基にポール自ら脚本を書き下ろした作品だそうです。20年くらい前 日本で大ヒットしましたが、ボクは見損なっていました。傷ついた中年たちのお伽噺です。
●ブルックリンの街角のタバコ屋が舞台です。ウィリアム・ハートが演じる小説家(左)とハーヴェイ・カイテルが演じる店主(中央)が様々な事件に巻き込まれます。

                                          
90年のニューヨークが舞台です。タバコ屋を営むオーギーの店の常連の小説家、ポールは数年前 妻を失った痛手で小説が書けなくなっています。殆ど生きる気力すらない。彼はある日 家出してきた黒人少年と知り合います。またオーギーの元には18年前の彼女が押しかけてきます。

                              
タバコ屋をモチーフにしたお話なんて、今ではあり得ないんじゃないでしょうか(笑)。ド田舎はさておき、NYのような都会では喫煙者なんて煙をまき散らす野蛮人、歩く核廃棄物、人間のクズ扱いじゃないでしょうか。実際 日本に仕事をしに来るようなアメリカ人で喫煙者なんか見たことはありません。ちなみに来年3月から新幹線ののぞみ、ひかりから喫煙車が廃止されるそうですし、良い傾向です(笑)。映画の中でもオーギーはタバコ屋なんて商売は、いずれ無くなってしまうことを予感しています。そういう黄昏た感覚がこの映画全体に流れています。
●『大統領の執事の涙』のフォレスト・ウィテカーも出演(右)

                           
4つのお話が綴れ織りのように絡まり合って、最後は一つの物語に帰着する。大変良くできた大人のお伽噺でした。登場人物たちは誰もが、心に痛みを抱えています。痛みを抱えているからこそ、人種や性別、年齢に関係なく他の誰かとかかわりを持とうとする。しかし、傷ついた人間は簡単には立ち直れません。だけど立ち直ろうとする。結局心の深いところで触れ合うことはできないそうやって、孤独のまま生きていくんです。でも、せめて微笑みくらいは浮かべて生きていこうとする。それが我々は微力であっても、無力ではないってことでしょうか。
●ダメ中年たちの姿はカッコ悪いんだけど、超カッコいい。

                                       
見ていると、登場人物たちのように生きていこう、と思えるような映画です。ボクはウィリアム・ハートが演じた愚図でめそめそした小説家を目指すことにします(笑)。ハーヴェイ・カイテル若い。今年の前半の素晴らしかった映画『グランド・フィナーレ映画『グランド・フィナーレ』と『最高の花婿』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)(グレート・ビューティを撮ったパオロ・ソレンティーノ監督の作品)で今にも死にそうな老映画監督の役が凄く印象に残っていたんで、奇妙な感覚がありました。
●『グランド・フィナーレ』でのハーヴェイ・カイテル

                                           
観終ったあと、何とも言えない心地好い感覚が残る、お洒落でハートウォ―ミングな小品でした。ダメ人間の上質なおとぎ話です。

●そのあとのお昼ご飯。前夜のアルコールが残っている土曜の昼はどうしても汁モノが多くなります(笑)。何年振りで某 鼎○豐へ行って牛肉麺と小籠包を食べたんですが、昔の方が美味しく感じました。


                                     
もう一つ、新宿で映画『幸せなひとりぼっち

愛妻に先立たれ、リストラを宣告された59歳のオーヴェ(ロルフ・ラッスゴード)は自ら死を選ぼうとしている。ところが彼の家の隣にスウェ―デン人と結婚したイラン人女性、子供たちの一家が引っ越してくる。車の運転や駐車、病院への送迎、娘たちの子守など、彼らが持ち込んでくる厄介ごとにオーヴェはなかなか自殺することができない。オーヴェは彼らを罵るが、彼女たちは全く動じない。逆に頑なだったオーヴェの心境が徐々に変わっていくーー

●住宅地の元自治会長だったジジイは規則違反がないか、しかめ面をして毎朝見回るのが日課です。

                                         
制作国スウェ―デンではスターウォーズを抑えてNO1。国民の五人に一人が見た大ヒット作だそうです。心を閉ざした嫌味で意地悪で頭が固い頑固ジジイって、何となく親近感があります。ボクは若い時から、特に女性に、度々言われることがあるんです、『頭が固い頑固ジジイ』って(笑)。自分ではそういうつもりはないんですが、ボク自身は保守的だし、嫌いなことは嫌いなので、そう言われるのは何となく判らないでもない。
そういう心を閉ざした頑固ジジイ(笑)がひょんなことから変わっていく、というのは良くある話ではあります。それにそういうジジイの姿をスクリーンで見るのは親近感はあるけど、実はあまり楽しくない。そういうジジイ、嫌いです。近親憎悪で息がつまるような気がするんだもん(笑)。
●ジジイは毎日 妻の墓へ通って話しかけてます。妻との思い出が薄れていく気がするので、他の人間と話したくないのです。ここは共感できる!

                                       
ですが、この映画にそんなに息苦しさを感じないのは、ここで見るスウェ―デンの社会が我々の社会と非常に違っていて、興味深かったからです。
非常に多様な社会。色々な人がいて、互いを尊重する社会。隣人の若い家族、奥さんはイラン人です。ここで描かれる彼女の姿は人懐っこくて、平気でジジイの心の境界線を乗り越えてくる。異国で子供を育てていくためには、ジジイのチッポケなこだわりなんか構っていられないんです。
●彼女はリストラされてヒマな主人公に自動車運転を教えることを強要します。

●幾らクソジジイでも子供にはかないません。

                                      
他にも街にはケバブ屋があり、その店に勤めるゲイの店員がジジイの家に押しかけてきたりします。障害者の問題も取り上げられます。コメディなんだけど視点は結構鋭い。
●挙句の果てには野良猫の世話まで押し付けられます。

それと対照的なのはジジイが生きてきた世界です。彼は親子2代で鉄道に勤める典型的なブルーカラーです。家族を中心とした保守的な価値観で生きているし、言葉より腕っぷしが大事。車は断固として国産車規則を守らないような人間とホワイトカラーはとにかく大嫌いです。ブルーカラーゆえの保守性はこの映画の中で非常に強調されている。それはジジイの誠実さでもあるし、環境変化に対応できない頑迷さやどうしようもないアホさにも結び付いています。でも、総じて登場人物たちは素朴で田舎っぽくて、何とも楽しかった。


この映画はジジイの過去と現在が交錯する形で進んで行きます。父親に育てられた幼少期、そして奥さんと出会い暮らし始める、過去のお話はとてもロマンチックです。その話の展開、ミックスさせ具合は非常に上手い。夢見るようなお話にうっとりしていると現実のクソジジイの話に戻る。ここがこの映画が多くの支持を集めた理由だと思います。
●若い頃の主人公と奥さんとの逸話が度々挿入されます。


                                 
でも傷ついた人間の心は簡単には癒されません。まして齢を取っていれば、心が固くなる、余計に頑なになっている。自分を守らなければいけないからです。それでも何でも独力でやってきたジジイが自分のやり方を変えるクライマックスとエンディングは地味だけど、後味が非常に良かったです。
●クソジジイの表情の変わり具合はお見事。

                                   
こういうお話自体は良くあるパターンだとは思います。でも、なかなか面白かった小品でした。