特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『雨傘革命の舞台裏』と読書『ぼくらの民主主義なんだぜ』。それに映画『エレファント・ソング』、『幸せはどこにある』

昨年 起きた香港の民主化デモ『雨傘革命』のことは記憶に新しい人も多いと思います。最大で20万人もの高校生や大学生が11週間も非暴力で香港の目抜き通りを占拠した光景は、ボクだけでなく世界中が驚きました。

デモが長引くにつれ、日本のマスコミはそのデモを『民主化を要求する若者たち』というだけでなく、『人に迷惑をかける若者たち』とか『どこかの手先』だとか毀誉褒貶、色々なことを伝えていた。ボクは判断に迷ったら、必ず生データ、現場の情報を確認することにしています。本当のことを知りたいと思って、仕事関係の現地の人(中国の人)に聞いてみたんです。
                                                                                              
香港で商社を経営をする彼によると『香港の大人たちの多くは、密かに学生たちを応援していた』そうだ。もちろん商売にマイナスもあるが、未来を心配する学生たちの気持ちは判るから、だそうだ。学校の先生が路上の学生たちのところへ出かけて出張授業をやっていたのは日本のニュースでも伝えられていたが、実際に学生たちの父兄や一般の大人たちが大勢、路上の学生たちに食べ物や物資などを届けていたと言う。学生たちが11週間も占拠が続けられたのはそれが理由の一つだった。『学生たちの気持ちは判るが、力では中国政府にはかなわない。だから学生たちは怪我だけはしないでほしい』、というのが多くの大人たちの気持ちだったそうだ。
                                                                           
その話を聞いて少し感激したし、香港の人たちは成熟しているとも思った。11週間もの路上占拠は、学生たちのパッションと大人たちのサポートとの共同作品だったのだ。それに占拠は無駄だったわけではない。つい先々週 民主派を排除する中国の選挙案は香港の議会で否決された。http://www.47news.jp/CN/201506/CN2015061801001179.html 今後のことは予断を許さないけど、学生たちとそれを支援する大人たちは中国のごり押しをいったんは押しとどめることに成功した。 
                                                                                 
日本でもSEALDsと言う学生の諸君SEALDs(@SEALDs_jpn)さん | Twitterが安保法制に反対する運動を始めたとき、頭に浮かんだのは香港のことです。香港の大人たちは自由を求める学生たちを支えた。日本の大人が黙ってたら、ちょっと恥ずかしい(笑)。バスに乗って福島から学生を応援しに駆けつけたA0153さんがその思いを率直に表現しておられます学生を、若者を応援しよう - A0153の日記。ボクも全く同感です。
まして、こんな時に重箱の隅をつついて難癖つけたり、冷笑して棄権したりする連中がいるとしたら人間失格だろう。SEALDsの子たちは国会前で『民主主義ってなんだ』ってシュプレヒコールをしているけど、民主主義って座視しないことだと思う。やり方は人それぞれでいいと思うけど、自分が自分の当事者でいることだと思う。自分が自分の当事者でなければ、一体他の誰が当事者になってくれるんだ(笑)。


さて、ボクは朝日新聞の扇情的な姿勢(戦前は戦争を煽ったし、311前は原発を推進した)が大嫌いなんだけど、ほぼ唯一読む価値があるのが毎月1回の高橋源一郎の『論壇時評』だ。この本、『ぼくらの民主主義なんだぜ』は2011年から2015年初頭の連載をまとめたもの。

その時々のニュースや目についた論文、記事などについて高橋源一郎が思うところを述べている。連載中に311と言う事件があったし、秘密保護法など日本が大きく動きつつある時期の記録にもなっている。リアルタイムで読んでいても勉強になったし、励まされもした記事ではあったが、いま改めて読んでみると、印象はだいぶ違う。もう忘れてしまったことも多いだけではない。時間と言う距離を置いて当時の記事に改めて触れて強く感じたのは、高橋源一郎が時間の経過の中で『なんとか希望を見つけ出そうとしている』ことだ。
                                             
残念ながら、世の中はあまり良い感じではない。実質賃金は下がり続けて普通の国民の暮らしは厳しくなったし、政府は原発の再稼働の準備を進めているし、秘密保護法も強硬に成立させてしまった。着々とロクでもない方向へ進んでいるように見える。そういう政治家たちを、棄権者を含めて国民は支持してしまった。自業自得。だが、それでも希望は探さなければならない。選挙のたびに低投票率を喜ぶ政治家の発言が時折漏れてくるが、諦めてしまったら奴らの思う壺だからだ。この本の中で民主主義は現在進行形のものだし、与えられて成立するようなものでもないということを高橋源一郎は自分に言い聞かせるように、繰り返し述べている。
大したことは何もできない、ロクでもない毎日かもしれないが、それでもボクたちは誰かが与えてくれるのではない、自分なりの希望を自分で探し続けなければならないだろう。それがきっと、たぶん、生きると言うことだからだ。この本は高橋源一郎氏なりのそのための試みをまとめたものだ。ボクたちは、自分たちでもそういう試みを続けなくてはならない。

                                                                             

新宿で映画『エレファント・ソング

舞台は1966年のカナダ、とある精神病院。ある医師が失踪し、自身も精神科医である院長(ブルース・グリーンウッド)が医師の受け持ち患者(グザビエ・ドラン)と面談することになる。その患者は失踪した医師の行方を知っているらしい。患者は面談するにあたって条件を3つ出してくる。自分のカルテを読まないこと、ご褒美としてチョコレートを与えること、看護師長をこの件から外すこと。果たして院長は失踪した医師の行方を探すことができるだろうか。

4月に公開された『マミー』が本当に素晴らしかったカナダの天才監督グザビエ・ドランが『この主人公はボクだ』と熱望して、監督ではなく主演を務めた作品。
●今回のグザビエ・ドランは役者に専念

冒頭 1930年代のキューバで女性歌手がオペラに出演するところが描かれる。酷暑のキューバで着飾った人たちが優雅にオペラを楽しんでいる光景はある意味ボクの想像を超えた美しさだった。映画はここだけでも良かったかも(笑)。そこにオペラ歌手の子供らしい男の子が出てくる。華やかな席なのに誰からも相手にされずさびしそうだ。そこから映画の本筋が始まる。
●熱帯でのオペラはシュールで華やかで実に美しかった。

                       
言うまでもなく、その男の子が長じて患者になる。舞台劇がベースの患者と院長、それに院長の前妻である看護師長が絡んだ密室劇。丁々発止の会話でお話が進んでいく。若い患者は初老の院長を言葉巧みに挑発する。
主治医はどこへ行ってしまったのか、患者と主治医は本当はどういう関係だったのか、なぜ患者はチョコレートを欲しがるのか。普段は沈着冷静な院長は患者の巧みな挑発に引っかかって、我を失っていく。それを押しとどめようとする看護師長。

                                                             
ある意味 見る前から想像できたのは自身もゲイであるグザビエ・ドランが、複雑な内面と喪失感を前面に押し出してくるところだ。小生意気な、だけど賢い若者を巧みに演じている
●院長と患者の会話劇でお話は進んで行く。

                     
ただお話として、なかなか魅力的な院長を描いたボリュームが多すぎて、主人公が患者なのか、現妻と元妻との葛藤に悩む院長なのか焦点がはっきりしないところは今いちだったけど、深刻になりすぎなくて良かった、ということも言えるかもしれない。
ハンサムの誉れ高い?グザビエ・ドランのルックスを楽しみたい人は是非(笑)。客席はそういう女性客、それに男性カップルが多かったです(笑)。

                     
もう一つ、渋谷で『幸せはどこにある

ロンドンで精神科医を営むヘクター(サイモン・ペッグ)は仕事も順調、頭脳明晰な金髪美女の恋人クララ(ロザムンド・パイク)と高級アパートで10年間、安定した暮らしを営んでいる。平凡だが何一つ不満のない生活だと思っていたが、彼は患者たちの愚痴を聞いているうちに自分の人生に疑問を持つようになってしまう。悩んだ彼は一人で世界を巡る旅に出てしまう。『本当な幸せとは何か』を探すために。


宇宙人ポール』や『ホット・ファズ』で有名なコメディ俳優サイモン・ペッグが『ゴーン・ガール』でアカデミー賞候補になったロザムンド・パイクと共演している。二人は昨年公開の『ワールズ・エンド 酔っ払いは世界を救う』でも共演している。

フランス人精神科医が書いた原作はベストセラーになっているそうだ。

幸福はどこにある―精神科医へクトールの旅

幸福はどこにある―精神科医へクトールの旅

                                                  
サイモン・ペッグは顔が優しそうなんで(笑)、ボクは好きなんです。ロザムンド・パイクも『ゴーン・ガール』の冷酷非情・ルックス完璧・頭脳明晰の完全無欠の冷血美女ぶりを見て好きになってしまった(笑)。だから眼の保養がメインの目的でお話はあんまり気にしてない。                                                          
導入部は二人の幸せ生活が描かれる。ヘクターは精神科医、クララは薬品会社のマーケティング担当、いわゆるDINKSのリッチな暮らしぶり。仕事も充実しているし、楽しい生活。10年間同棲していても結婚をしていないところが少し引っかかるが、イギリスも事実婚が5割だそうだから、そんなものかなと思ってみていたけど、それは伏線だった。
ある日 クララはヘクターがまだ学生時代の写真を持っているのを見つけて不機嫌になる。映っているのは元カノと親友。だがプライドが高いクララはそのことを言い出せない。その一方 ヘクターが患者の愚痴にブチ切れて旅に出かけたいと言い出す。賢いクララは怒りながらも、ヘクターの意向を受け入れる。ここから、40代が自分の人生を振り返って、これで良かったのかと自問自答する。いわゆる『中年の危機』ものにお話が変わっていく。

                                                      
ヘクターが最初に訪れるのは上海。そこで彼は金持ちの銀行家と知り合って、カネで何でもかなえられる世界を体験する。これが幸せなんだろうか。上海の夜景もナイトライフも中国美女も実に美しい。そして、庶民の生活とのギャップにも驚かされる。
●へクタ―は中国の空港で金持ちの銀行家と友人になる。

                                                  
次に訪れるのはチベット。人里離れた山奥でヘクターは僧侶と知り合う。だが、そこでも答えは見つからない。次に訪れるのは親友の医師がボランティアをしているアフリカ。国名は明示されないが、モデルは無政府状態ソマリアあたりだろうか。人々は貧しいが、麻薬取引やギャングが横行している極限状態のところだ。そんな世界各地を訪ねながら、ヘクターは自分の無力感を味わい続ける。イギリスに残ったクララと時折スカイプで話はするけれど、なかなかうまくいかない。果たして、幸せとは何か、答えを見つけ出すことができるだろうか。
ドラえもんではなく、アフリカの麻薬業者役でジャン・レノが出演

                                
お話自体はあまり深くない、というと言い過ぎか。恋人クララの内面があまり描かれないのはボクとしてはかなり不満だ。幸せとは何かを追い求めるプロットも今一ピンとこない。このお話に感動するかどうかは見る側の年齢やタイミングもあるかもしれない。
                                                         
だが、エピソード自体は上海もチベットもアフリカもLAも見ていて非常に楽しかった。人々の市井の暮らしにも目配りされているし、ボク自身 ほぼ同じ体験をしたこともある場所もあったので、全体的に非常に納得しながら見ていました。アフリカの麻薬王ジャン・レノ)やアメリカの精神科医(『人生はビギナーズ』のクリストファー・プラマー)などの豪華スターの登場も楽しいし、ロザムンド・パイクのパーフェクトなスタイル!も目の保養だった。

結局 この映画はお伽噺なんだと思います。それも幸せなお伽噺サイモン・ペッグの優しい笑顔が映画全体のトーンを象徴しているかのようだった。人生に対して笑顔で向かい合う映画。見ていると自然と笑顔がこぼれてくるこの映画を見ても『幸せとは何か』は判らないけれど、幸せな気持ちになれる。ボクは結構好きな映画です。