特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『ローマの休日』に隠された物語:映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』

う〜ん(笑)、都知事選の情勢は今のところ、どうも思わしくないようです。新聞各紙の調査では極右の小池がトップですが、さらにこう伝えています。
日経:『野党4党の支持層は4割が鳥越氏、3割が小池氏』、
都知事選、小池氏先頭に終盤なお接戦 本社世論調査 :日本経済新聞
毎日:『小池氏は自民支持層や無党派層の支持を1回目の序盤調査より広げたほか、民進、公明、共産支持層からも2割近くの支持』
『前回 宇都宮健児氏や元首相の細川護熙氏に投票した人の2〜3割は小池氏に投票』
都知事選:小池氏リード 増田氏、鳥越氏追う 本紙調査 - 毎日新聞

                                    
小池百合子小宮悦子のイメージを混同しているバカが居る、という話もネットで見かけましたが、どうも、それに近い人も多いようです(笑)。まあ、既成勢力・自民党と闘う(ふり)という小池のイメージつくりは確かにうまかったし、野党支持者ですら、そういうムードに載せられる人が多い、ということなんでしょう。その愚かさはイギリスのEU離脱と確かに瓜二つです。所詮 真珠湾攻撃に喜んで提灯行列をした国民です(笑)。それでも都知事選は『有力3候補の差が序盤より縮まった』(日経)そうですから、最後まで希望を託したいと思います。

                             
今、世界中の人々に不満が溜まってきていることは間違いありません。経済成長が低下するにつれて社会の格差が広がるだけでなく、99%の側の生活は相対的に悪化して行きます。それに対する処方箋として、トランプやルペン、小池のような極右が一定の説得力を持つ、というのも世界的な現象なのでしょう。話は判りやすいし、何よりも現状打破というイメージはポジティヴな感情を掻き立てます。極右に投票するような人は自分たちの欲求不満が一時的に解消されれば良いのであって、内容は間違っているかどうかなんて気にしてないし、理解もできないでしょ(笑)。かってナチが選挙で躍進したときもそうだったんでしょう(笑)。
●以前にも引用した、町山智浩氏のツイート。状況は参院選前と酷似しています。

一方 そのような状況に対して、左翼の側ももっと穏健な政党も説得力を持つことができていないようです。アメリカの民主党然り、フランスの社会党然り、イギリスの労働党然り、スぺインのポデモス然り、日本の野党共闘然り。特に野党共闘参院選都知事選も準備不足でしたが、目指すべき建設的なビジョンがはっきりしない、のは感じざるを得ません。憲法守れ』も『安保法廃止』もいいですが、それが日々の暮らしに追われている多くの人に、どれだけ現実的に聞こえるか、という疑問はどうしても拭い去ることができない。選挙前の世論調査を見たって、常に福祉や景気などへの関心の方が、憲法や安保法より遥かに高いのですから。自分の主張を唱えることは良いけど、主張を押し付けることになっていないか、とも思うのです。


ボクは右とか左とかはあまり興味がありません。既成の政党や市民運動は尚更の事。ただ言論や思想の自由と平和を守り、自由主義経済と福祉の両立を図る北欧型の路線がいいと思うんですが、そういう路線を唱える政党、政治家をあまり見かけないのが残念でなりません。福祉の財源は自由主義経済の効率性があってこそ成立する、逆に自由主義経済の厳しさは福祉の温かさで補完されてこそ成り立つ、と思います。そういう路線こそ、案外 多くの人の支持が得られると思うんですけどね。



またまた、凄い映画に当たってしまいました。今週は二階堂ふみちゃん+キョンキョンの映画『不機嫌な過去』(失敗作)のことを書こうと思っていたんですが、こちらを優先せざるを得ない。

                                     
有楽町で映画トランボ ハリウッドに最も嫌われた男

物語は1947年から始まる。第2次世界大戦が終わり、アメリカ社会では映画が娯楽の王様になっていた。大恐慌の傷跡から癒えたばかりの当時のアメリカには共産党員が多く居た。ハリウッドの売れっ子脚本家だったトランボもその一人だった。ところが冷戦の始まりと共に共産党員は社会から圧迫を受けるようになる。やがて議会に非米活動監視委員会が設置され、共産党員や進歩的な考えを持つ人が弾圧されるようになる。映画界も弾圧の標的となり、トランボたちは議会に喚問を受けるのだが- - -



アメリカの最盛期だった1950年代、その一方 共産主義の脅威を煽る『赤狩り』の嵐が吹き荒れていました。そのころリベラルな考え方を持つ有名脚本家らが追放された『ハリウッド・テン』のことは有名ですが、ボクもあまり詳しくは知りませんでした。主人公のダルトン・トランボもハリウッド・テンの一人です。彼はただの脚本家じゃありません。『ローマの休日』や『スパルタカス』の脚本、それに『ジョニーは戦場へ行った』の脚本、監督、それに名作『素晴らしき哉、人生』の脚本にもかかわるなど、ものすごい脚本家だったんです。
●永遠の名作ですね。こちらにはトランボのクレジットはなし。

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彼は脚本で大金を儲ける一方 現場の労働者の待遇改善などにも関心が強く、共産党にも入っていました。その結果 アメリカ中に吹き荒れた赤狩りの狂乱の中で、彼も弾圧を受け、映画の仕事をすることができなくなります。この映画は、彼がいかに理不尽な弾圧と闘ったか、また、そんな彼を支えた家族や勇気ある人たちを描いた物語です。

●どこか惚けていても、ダンディなトランボです。ウイスキーと煙草、それにアンフェタミン覚せい剤の一種)を常用して脚本を量産します。

この映画はトランボの家族に綿密な取材をし、尚且つジョン・ウェインカーク・ダグラスなど実在の人物の行動を描きつつ、架空の人物を織り交ぜたセミ・ドキュメンタリーの体裁になっています。当時の記録フィルムも豊富に挿入されます。『ローマの休日』でトランボに名前を貸した脚本家、イアン・マクラレン・ハンター、彼も赤狩りでハリウッドを追われ、80年代にはNYで大学教授になっていました。その際 彼が話した物語を聞いた教え子がこの映画の脚本家だそうです。それだけでも泣ける(笑)。

                                      
トランボはハリウッドのトップ脚本家として大金を稼ぐ身でありながら、撮影現場の労働者の待遇改善にも熱心でした。労働者たちのストライキに先頭きって加わる彼は赤狩りの対象になってしまいます。
赤狩りというのは法律があるわけじゃありません。合衆国憲法は表現や思想の自由を保障しています。しかし、アメリカ社会の空気が彼らを迫害するんです。映画界で迫害の旗を振るのは3流俳優だったロナルド・レーガン!やジョン・ウェイン、それにゴシップ記者。どこかの国の現状みたいです。やたらと『国を守るんだ』と強調するジョン・ウェインは実は自分は戦争に従軍していません。そのことを実際に従軍したトランボらに指摘されると何も言い返すことができません。今も昔も、他人に国を守れと言っているような奴の正体はそんなもの、です。
●デマを流して、トランボを追いつめるゴシップ記者(ヘレン・ミレン、左側)。やっぱり、この人は悪役が似合います(笑)。今も昔もロクでもない連中がやることは同じ、デマを飛ばすことです!

一方 画面には登場しませんが、グレゴリー・ペックやルシール・ボールらは『自由を守れ』と抵抗するのを、この映画はちゃんと描いています。さすが、グレゴリー・ペック


トランボは議会に喚問されますが、思想の自由を脅かすような質問は全く相手にせず、議会侮辱罪で収監されてしまします。しかもブラックリストに載せられ、映画の仕事もなくなってしまいます。でも、ここからです。彼の真骨頂は。
●トランボは何もしていないのに議会に喚問され、投獄されてしまいます。

主演は高校教師が麻薬の製造人になるのを描いた大ヒットTVドラマ『ブレイキング・バッド』でスターダムに駆け上ったブライアン・クランストン、奥さん役がダイアン・レイン、娘役がエル・ファニング赤狩りに奔走するゴシップ記者にヘレン・ミレン。はっきり言って、全員 名演です。アカデミー主演男優賞にノミネートされたブライアン・クランストンは本物のトランボそっくりです。お風呂に籠って原稿を書くシーンがあるのですが、実際のトランボもそうだったんですね。登場回数の割にセリフが少ないダイアン・レインも説得力があったし、文字通り聡明で瑞々しい娘を見事に演じるエル・ファニング。この人、スピルバーグの『スーパー8』とかでも印象的な役を演じていましたけど、凄い人だと思います。最近のハリウッド映画で陰影のある少女役って殆どこの人がやっているんじゃないでしょうか。この映画でも仕事に熱中すると何も目に入らなくなるバカオヤジに反発しつつも、自ら公民権運動に積極的に加わる彼女の姿はトランボともだぶります。ただの親娘関係じゃありません。泣かされました。監督はTVが中心だったジェイ・ローチと言う人。
●2010年以降、監督はこういう映画(笑)を作っているそうです。

                             
エル・ファニングの透明感、聡明さは、自分にこんな娘が居たら!と多くの人が思うんじゃないでしょうか(笑)


トランボという人の造型がボクは大好きです。元来 彼は労働者の権利を口にしながらも、自分の生活を楽しむことも忘れないような人でした。彼は言論や思想の自由を制限しようとする世の中の風潮に対して、闘い続けます。しかし、彼には彼の戦い方があります。表立っては自分の名前で仕事が出来なくなったトランボですが、偽名を使ったり、他人の名義を借りて脚本を書きまくるのです。その結果 生まれたのがアカデミー脚本賞を取った『ローマの休日』です。更に彼は自らC級映画会社にも売り込みます。無名または偽名で、安い・早い・面白い脚本を提供する、と言うのです。そこからアカデミー賞を取る『黒い牡牛』(ボクは未見)が生まれるのです。

彼は一緒に収監された友人からも非難されます。脚本なんか書いていていいのか?それより裁判に訴えて言論の自由をアピールするべきなんじゃないのか?潔癖で頑迷な共産主義者の友人は実際のハリウッド・テンのキャラクター5人をミックスさせたものだそうで、とてもリアルです。こういう路線論争って日本でも良くありますよね(笑)。
でもトランボはその道を選びません。最高裁判事のリベラル・保守派の数を見れば勝ち目はありませんでした。彼には現実に対応する柔軟性がありました。勝ち目がない戦いに莫大な裁判費用と時間をつぎ込むより、自分にできることをやるべきじゃないのか、良い脚本を書くことでブラックリストを無意味に出来るんじゃないのか、それが彼の意志でした。
                              
不屈の戦いを続けるトランボですが、実は深く傷ついていました。言われもなく国中から侮辱され、仲間も仕事も友人も失い、孤独です。牢屋から帰ってきた後の彼は怒りっぽく、家族を顧みない。家族全員でそんなトランボを支えるのですが、それさえも危うくなります。妻や娘たちはどうするのでしょうか。そのお話がまた、泣かせるんです(笑)。
ダイアン・レインと言うと大根のイメージがあったのですが、好演でした。

                            
それだけではありません。トランボの戦いを支えた人たちがいるんです。
既に大スターだったカーク・ダグラス。トランボの脚本に心を惹かれた彼はトランボを自分の大作映画『スパルタカス』に起用しようとします。しかし映画会社、挙句の果てには議会からも圧力がかかります。
でも、彼は屈しません。彼はこう言い放ちます。『俺はスパルタカス』。勿論スパルタカスはローマの圧政に反乱を起こした奴隷たちのリーダーです。くぅ〜っ。泣かせます。久々にこんなカッコいい男の姿を見た。

映画『スパルタカス』は公開当時 劇場に反共のアホが抗議デモを仕掛けるくらい揉めたそうです(アホ共を写した当時の実写フィルムが挿入されます)。しかし大ヒット(笑)。映画を観たケネディ大統領の賛辞もそれを後押しします。カーク・ダグラスって偉い人だったんですね。実に恰好良かったです。
                   
トランボを起用し続けたC級映画専門のキング・ブラザース。社長は元ギャングという噂もあったそうですが、マスコミが押しかけても議会が来ても圧力には全く屈しません。
俺はカネと女が大事なだけなんだ!それを邪魔する奴は許さねえ!
個人への干渉を許さないリバタリアン的発想の良い面です(笑)。記者から『共産主義者だというキャンぺーンをやるぞ』と脅されて、バットを振り回しながら『俺の映画の客は新聞なんか読まねえんだよ!』と追い返すところは最高でした。
でも『新聞なんか読まねえんだよ!』って、どこかで聞いたような話ですね(笑)。

                                             
10年以上 圧力に屈しなかったトランボはメインストリームに復帰し、それ以降も様々な傑作を世に送り続けます。『ハワイ』、『いそしぎ』、『ダラスの熱い日』、『パピヨン』、どれもアカデミー賞絡みになったり、大ヒットしたものばかりです。偽名を使って書いた『黒い牡牛』のオスカーは生前に、他人の名前を使って書いた『ローマの休日』のオスカーも死後 奥さんに渡されます。名誉回復した彼の『あの時代には英雄なんかいなかった。ただ被害者が居ただけだ』というスピーチには深く心を打たれます。
●トランボの孤独な闘いを最後まで家族が支えます。


           
                                  
                                                                             
マスコミへの政府の圧力が日本でも取りざたされています。それだけなく、嘘つきで極右の都知事選候補者や『ロックフェスに政治を持ち込むな』みたいな、救いようがない白痴の声が声高に聞こえてくるような世の中です。右左ともデマゴーグの嘘がはびこり、多くの人はそれを真に受けるばかりか、自ら自由を放棄しつつあるように見える。そう考えると、今 この映画の意味は余計に深く感じられます。やり方はそれぞれですが、結局 自由を守るのは一人一人の個人しかいないんです。映画『トランボ』が描いているのはそういうことです。
                                             
この映画は職場で、家庭で、日常生活で、一人で闘ったり、抵抗している人への賛歌です。笑って、泣けて、勇気が出る傑作です。今年を代表する映画の一つであることは間違いありません。