特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

音楽映画二題:映画『味園ユニバース』と『はじまりのうた』

今日発表されたアカデミー賞は『かぐや姫』が受賞を逃したのは残念でしたが、長編ドキュメンタリー部門はエドワード・スノーデン氏をテーマにした『Citizenfour』が受賞しました。Home | CITIZENFOUR 

この映画の女性監督ローラ・ポイトラス氏はエドワード・スノーデン氏がNSA(国家安全保障局)がPRISMと呼ばれるプログラムで世界中を盗聴していたことを暴露する際 信頼できるジャーナリストとして選んだ二人のうちの一人です(もう一人は英ガーディアン紙の記者グリーンウォルド氏)。香港のホテルの一室でスノーデン氏がグリーンウォルド氏に告白する際 彼女がカメラを回していたそうでそのフィルムは是非是非見たいと思っていました。今回のアカデミー賞受賞で日本公開はするでしょうから、楽しみです。スノーデン氏の告発を描くドキュメンタリー「Citizenfour」、告発を最初に聞いた監督は何を思う | ギズモード・ジャパン

これが日本だったらどうでしょうか政府の最高機密を暴露した映画が商業化・公開されること自体が考えにくいし、まして監督に最高に名誉ある賞を与えるなんてことはありえないでしょう。後藤氏が人質になっていたとき、TVの歌番組の歌詞まで『ナイフ』という言葉にチェックが入っていました。マスコミも国民自らも『自粛』しちゃうんだもん(笑)。ボクには日本人が大好きな自粛と言うコトバは自分の考えは持たない、頭を使わないという意味にしか取れません。ったく、どうしようもないアホさ加減だよ。
●監督のローラ・ポイトラス氏

●こっちがガーディアン紙の記者が書いた本。

暴露:スノーデンが私に託したファイル

暴露:スノーデンが私に託したファイル

●おまけ:あるツイートから





さて、渋谷で映画『味園ユニバース』。

舞台は大阪ミナミ周辺。認知症気味の祖父とスタジオ兼カラオケボックスをやっているカスミ(二階堂ふみ)がマネージャーをしている『赤犬』というバンドのライブに奇妙な男(渋谷すばる)が乱入してくる。やたらと歌が上手いが記憶をなくしているらしい。カスミは男に『ポチ男』という名をつけて、家においてやる。そして味園ユニバースcavaret-universe.comでのライブで歌わせることにしたのだが。
監督は前田敦子主演の『もらとりあむタマ子』がすごく良かった山下敦弘。今回の映画には関ジャニ渋谷すばるという男の子が出ているからか、客席には女子高生が多い。普段 映画を見る時とは違う光景にちょっと緊張します(笑)。
                        
前半描かれる大阪南部のディープな雰囲気描写は素晴らしい。関西弁を喋る二階堂ふみちゃんはまるで、じゃりん子チエのようです。
味園ビルの地下にて。看護婦役の鈴木紗理奈はとても看護婦には見えないが、大阪のおばはんの雰囲気は当然ばっちり

                                                     
二階堂ふみちゃんが、監督の大阪芸大時代の先輩だという実在のバンド『赤犬』の40〜50代のおっさん連中を張り倒しながら、文字通りアゴでコキ使う姿は実にカッコいい。大阪の泥臭い光景とふみちゃんのじゃりん子芝居のマッチングは面白かったです。
赤犬の面々と。

                            
一方 渋谷すばるという男の子は可愛い顔をしているし歌も下手じゃないけど、綺麗な声だからロックシンガーという感じはしない。まあ、ちょっと存在感はあるから役者としては悪くないです。彼と絡むことで二階堂ふみちゃんの受け芝居が引き出されていて、そこいら辺は見ていて楽しいです。

                                                                                        
お話の雰囲気は良いんだけど、説得力が少し薄かったなあ。渋谷すばるの歌が設定にあるように驚くほど上手いというわけではないのが致命的だし、タイトルにもなっている非常にユニークなキャバレー・貸しホール?味園ユニバースがそんなに描かれないのも勿体ないです。

                                                                         
丁寧な描写だった前半と比べて終盤の展開はやっつけ仕事気味で、もうちょっと何とかなったはずだけどなあ、というのが感想。いよいよ盛り上がりそうな兆しまでは描かれるんだけど、兆しだけで終わってしまった(笑)。映画全体はそんなに悪くはなかったし、ハードボイルドなラストシーンはなかなか良かったんだけど、あともうひと押し、惜しい(笑)。

      


                                                                         
そう思ってしまったのは直前に同じような設定の映画、それも超強力な作品を見てしまったからです。渋谷で映画はじまりのうた』(原題『Begin Again』)

舞台はニューヨーク。地方から出てきたミュージシャン志望の主人公(キーラ・ナイトレイ)は同窓生のミュージシャン兼ボーイフレンド(マルーン5アダム・レヴィーン)と同棲していた。ところが彼はCDデビューしスターになっていくと他の女性に心を移し、ショックを受けた彼女は家出してしまう。ヤケクソになってライブハウスで歌った彼女の歌を聴いた、アル中の元敏腕プロデューサー(マーク・ラファロ)はそれに感銘を受け、彼女を売り出そうとする。カネがない彼らはNYの路上で演奏を行って、それをCDにしようとするのだった。

見損なってしまった『Once ダブリンの街角で』のジョン・カーニー監督が作った作品。今回も音楽映画と言ってよいでしょう。


この作品を一言で言うと、演出も演奏も演技もお話も『非常に趣味が良い』。劇的な出来事は起こらないし、大げさな演技もない。けれど音楽を作る過程の中で登場人物たちの失意と再生の物語がうまく描かれています。

主人公は賢明だけど、それほど野心もなくボーイフレンドについて流されるままに生きてきた感じです。二人三脚でやってきた二人ですが、売れっ子になった彼に捨てられ途方に暮れています。かっての売れっ子プロデューサーは酒におぼれ、家庭生活も破たんしている。性格もライフスタイルも対照的な二人だがお話が進むにつれ主人公とプロデューサーが実は似たもの同士であることが判ってきます。彼らは共に音楽を創り上げていくことで、自分たち自身も何かが変わっていくんです。そこで音楽がダメだったらお話に説得力がないんだけど、この映画の場合はそれが滅茶苦茶に説得力があるんです(笑)。まるで音楽がもう一人の登場人物みたいです。

ボクは『パイレーツ・オブ・カリビアン』なんか見たことないので(笑)、キーラ・ナイトレイを見るのは初めて。ミュージシャン志望の主人公と言うことで歌はそれほどうまくないけど、歌声が舌足らずで非常にスイートです。ギターもうまくないけど、ちゃんと弾いているからリアルですよ。同じミュージシャン志望の主人公でもちょっと前に見た『さよなら 歌舞伎町』の前田敦子とはまったく大違いで(独特の存在感を発揮していた本人ではなく、凡庸な演出をした監督が悪い)、こんなに違うものかとある意味感心しました。

ニューヨークの街中で撮られた演奏シーンも実に説得力があります。彼女らがNYの街角で録音する音楽はアコースティック主体のフォークロック。だけど強靭なリズム隊とチェロがリードを取るユニークな編成は知的だし、いかにもNYの音楽っぽい。ギャラが払えないのでストリート・ミュージシャンや子供たちを集めて街角で演奏するという設定で手作り感満載なんだけど、実はすごく音のセンスが良いし、何よりも生き生きとした演奏です。技術的な事より先に、演奏する楽しみ、躍動感を大事にした音楽になっています。
例えばプロデューサーのぐれている高校生の娘がギターを演奏する場面があります。家族の和解のきっかけになる重要な場面ですが、彼女のギターは死ぬほど下手、と言う設定です。そこでどう話に収まりをつけるのか。その演奏シーンで彼女は、下手だけど実に味のある見事な演奏をやって見せます。下手でも感動する演奏ってあるけれど、それを再現するのはなかなかできるもんじゃありません。監督の演出も素晴らしいし、音楽監督のグレッグ・アレキサンダー氏は本当に音楽を良くわかってる。この映画はそういう場面の連続で見ていて楽しいし、文字通りワクワクしてしまいます。
●生き生きとした演奏光景。ヘッドフォンをしているのが元売れっ子プロデューサー役のマーク・ラファロ

                                   
彼女を捨てた元彼氏の音楽が売れ線狙い、というのも良くできています。ポップでキャッチーだけど売れ線狙いの趣味の悪さ、下品さまでうまく表現されています。売れっ子バンドのマルーン5のメンバーが良く出演した、と思いました。まるっきり、マルーン5の音楽そのまんまだもん(笑)。
●主人公と元ボーイフレンド(マルーン5のアダム・レヴィーン

●サントラもサイコー。この中の『Lost Stars』が今年のアカデミー賞でも主題歌賞にノミネート。

はじまりのうた-オリジナル・サウンドトラック

はじまりのうた-オリジナル・サウンドトラック

                                               
主人公と失意の男が本当の意味で心が通じ合う無言のシーンには思わず涙がこぼれました。この映画はその瞬間のためにあったと思いました。あまりお金はかかってないし、演出も脚本も音楽も控えめだけど、細やかで実に趣味が良いんです。アメリカでは少数館で公開が始まったが、口コミで公開館が広がって、大ヒットしたそうです。これは傑作と言ってもいいかもしれない。あまり期待しないで見たけれど、文字通り恐れ入りました。今も毎日、サントラを聞いてます。


●監督の前作。アカデミー主題歌賞受賞
音楽監督グレッグ・アレキサンダー唯一のCD
You Get What You Give

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