特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『BeatsのCM』とNHKスペシャル『コロナ危機 女性にいま何が』と映画『私たちの青春、台湾』

 12月らしく、すっかり寒くなりました。街もすっかり冬模様です。
●12月の点描。恵比寿界隈


 先週 NIKEのCMを取り上げましたけど、今度はBeats(アップル傘下の大手イヤフォンメーカー)のCMをご紹介します。馴染みがない人もいるかもしれませんが、Beatsは人気ラッパーのDr.Dreと超有名レコード・エンジニアのジミー・アイオヴィンが設立した会社で、数年前アップルに買収されたこともあり、恐らく若い人の間では一番売れているイヤフォンのメーカーです。


 
 彼女が人種差別に反対したことをテーマにしたCMの主旨は一目瞭然です。彼女の髪の毛には『Silence is Violence』というBLMで唱えられたスローガンまで書かれている。

 更に、彼女はスポーツに興味がないボクでも知ってる有名雑誌、スポーツ・イラストレイテッド誌でも年間最優秀選手に選ばれました。選ばれたのは人種差別に抗議し続けた人ばかりです。

 先日のNIKEもそうですが、世の中の潮流はこっちです(笑)。差別に反対し、様々な人の多様性を尊重する方向へ世の中は向かっている。まして、バカで視野が狭いバカウヨなんか、これからは相手にされない。

 大坂氏が言っている『誰もが皆それぞれの場を持っていて、それをどう使っていくかはその人の責任』は全く同感です。ボク自身そんなに立派な人間ではないし、できることは限られています。まず、他人と関わりたくない。
 しかし、それでも我々には責任がある、そのことだけは確かです。



 さて、11月末あたりから、街では空き店舗が一層目立つようになってきました。渋谷でも、新宿でも、銀座でも、です。

www.iza.ne.jp

 年末には失業者が春に比べて100万人増えると予想されていたとおり、コロナ禍の景気への影響がいよいよ明確になってきたようです。他人事じゃなく、結構やばい。

 先週土曜日の『TBS報道特集 コロナ危機・深刻化する生活苦』、NHKスペシャル『コロナ危機 女性にいま何が』ともに、コロナ渦で困窮する人たちが描かれていました。

tver.jp

www.nhk.jp
*こちらは12月10日に再放送があります

 報道特集で取り上げられていた、スーパーの実演販売で生計を立てている80歳近い女性がコロナで収入がなくなって困窮しているのにも驚きましたが、特に女性に焦点をあてたNHKスペシャルには見入ってしまいました。
 コロナ禍で雇用や生活に影響が出ているのは女性が多い。非正規雇用が多いからです。


NHKスペシャル「コロナ危機 女性にいま何が」 データ集 - みんなでプラス - NHK クローズアップ現代+

 番組で描かれていたのは経済構造の問題点を女性に皺寄せしてきた日本の恥ずかしい姿です。勿論 景気の安全弁として使われてきたのは女性だけでなく、外国人労働者もそうだし、非正規雇用者や正規雇用でも無茶な働き方をさせられている人もそうでしょう。こんな社会、既得権益者である男性の正雇用だって幸せではない。

 どんな社会にも問題点、矛盾はあるでしょうが、日本の場合 男女差別という面では世界でも指折りの酷さであることは間違ありません。大坂なおみ氏が言うように『誰もが皆それぞれの場を持っていて、それをどう使っていくかはその人の責任』ではないのか。
●どこの野蛮国だよ。

www.nikkei.com


 GO TOとか宇宙探査とか、そんなくだらないことはどうでもいいです。無能な政府やマスコミだけでなく、困っている人にもっと手を差し伸べる世の中になって欲しい。番組を見て、思わず『あしなが育英会』の寄付に申し込んでしまいました。


 と、いうことで 東中野で『私たちの青春、台湾
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ouryouthintw.com

  2011年、傅楡監督は、学生運動に関わっていた陳為廷、社会運動に参加する中国人留学生の蔡博芸の二人と出会う。二人に興味を持った監督はカメラを回し、彼らの活動を記録する。やがて2014年、チェン・ウェイティン氏は立法院に突入し、人気ブロガーのツァイ・ボーイー氏は、自身のブログで民主主義について発信するようになるが。


 最近 台湾にはちょっと興味があります。今までは殆ど関心がなかったのですが、近年見た『52hzのラヴソング』を始めとして台湾映画は趣味が合うものが多いし、何よりもコロナ渦で感染防止と民主主義を両立できることを示した台湾の人たちってどうなんだろう?、と思うんです。同性愛も法制化したし、明らかに日本を超える民度の先進国じゃないですか。ひまわり運動から5,6年でどうしてこんなに変わったのか。
 もちろん良いことだけでなく、実態はどうなのか、ということもあります。

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 今作は 台湾在住の女性監督傅楡(フー・ユー)が2014年の民主化運動『ひまわり運動』を先導した陳為廷と数十万のフォロワーを持つ有名ブロガーの中国人留学生、蔡博芸を描いたドキュメンタリーです。
毎日新聞での紹介記事。クリックすると記事が拡大されます。
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 傅楡監督は2011年に二人と知り合います。監督自身は政治活動に興味はなく、ただ映像を学んでいた。ただし、マレーシアの華僑を両親に持つ監督は台湾語を話せないため、いじめに遭い、コンプレックスを抱えていました。
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 そんな彼女は、友達の紹介で知り合った二人にカメラを回せば面白いものが撮れる、と思ったそうです。政治には相変わらず興味を持てない監督でしたが、『社会運動で世の中が変わるかもしれない。それなら自分のカメラでその様子を記録しよう。』と思ったそうです。
 言葉が異なる台湾で暮らすコンプレックスを抱えた監督が、屈託なく、エネルギーに溢れた二人に惹かれたのは良く判ります。
●監督と知り合った当時の陳と蔡(左)。二人ともまだ、十代です。
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 陳為廷は親を亡くし、親が残した家に1人で暮らしています。しかし、彼は底抜けに明るい。どこか人を惹きつける力と行動力を持っています。
 蔡博芸は中国本土から台湾へ留学でやってきました。中台交流推進のために認められた留学生の1期生です。彼女は留学生の日常をつづったブログで数十万のフォロワーを持っています。ブログをまとめた本も出版されるほどの有名人です。と、同時にダム建設反対や自然保護などの社会運動にも関わっています。

 『両岸三地』という言葉があるそうです。中国、台湾、香港、同一の民族が住んでいますが、政治体制も考え方も違います。
 監督は陳の中国、香港訪問に同行します。血気盛んな陳は天安門広場で事件を表記したTシャツで写真を撮ります(もちろん、バレたらアウト)。また中国や香港の民主化運動の若者たちと交流する。民族意識民主化を求めるのは皆、一致しているけれど、やはり考え方が微妙に違う。特に本土の学生は民主化を求めていても、台湾は自分たちの領土と思っているのは衝撃的でした。
●陳(右端)と香港の民主派学生たち。先日収監された周庭氏やジョシュア・ウォン氏もいます。
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 蔡は中国本土でも人気のブロガーです。中国から台湾へ留学した一期生の暮らしや考え方を綴ったブログは中国人の若者たちの心を捉え、数十万のフォロワーがいます。一方 蔡が台湾の社会運動に関わっていることに親は良い顔をしません。親が住む地域の公安からの有形・無形の圧力もある。蔡は帰省の度に親とぶつかってばかりです。

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 やがて中国と台湾の通商協定の批准を巡って、台湾国内では反対運動が巻き起こります。台中間のサービス分野の市場開放によって、多くの国民が中国との一体化が進むことを危惧したのです。2014年3月17日、国民党がサービス貿易協定をわずか30秒で強行採決します。翌18日、これに反対した陳たち学生は立法院(国会)に突入し、23日間にわたって占拠することになります。
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 監督は国会内に入り込み、学生たちの様子をカメラに収めます。ここは大変興味深い。

 国会を占拠した学生たち、外部で運動している学生や市民たちは必ずしも一枚岩ではない。いや、国会内の学生たちの間も一枚岩ではない。国会内の学生は委員会を作って意思決定をしているのですが、外部の学生たちから委員会の陳達は民主的でない、として非難を浴びたりもします。意思決定をする側にいる陳自身が漏らした『民主主義は怖いと思った』という本音が印象的でした。

 先が見えない中 国会の床で寝泊まりして疲労困憊しているにもかかわらず、明るい表情を保つ陳は、その行動力も相まって、次第に学生たちのスポークスマンのような存在に押し上げられていきます。
 一方 蔡は数十万の読者がいる自分のブログで中国本土の読者に民主化運動のことを広めていきます。当局からは次第に家族に圧力が加わるようになる。
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 学生たちは多くの世論の支持を集めます。外部では政府の強引なやり方に反発する市民たちの巨大デモも巻き起こります。
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 しかし国会内の学生たちは政府とどう対峙していったらいいか、いつ警官隊が突入してくるかの恐怖、それに内部の路線の対立などで苦悩し続けます。やがて与党側は審議のやり直しと、中台交渉を外部から監督する条例を制定する要求を受け入れたのを契機に、学生たちは国会から撤収する。
 引き際を心得ていたのは、台湾の学生たちは賢かったと思います。かっての日本の学生運動とは違って、現実的な成果を得ることに彼らは意識的でした。

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 彼らの活動は民進党による政権交代を引き起こし、また彼ら自身も『時代力量』という政党を結成、民進党を支持しながらもプレッシャーを与えていこうとします。
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 その後 陳は立法院補欠選挙に出馬、また蔡は大学の自治会選に出馬します。
 しかし有名人になり、世間の注目を集めるようになった陳は過去のスキャンダルが発覚します。実は彼は痴漢の常習犯で医者の治療でやっとそこから逃れることができたのです。元々、そのことは運動仲間には告白していましたが、選挙に際して週刊誌にその過去を発掘されたのです。陳は立候補を辞退します。
 
 一方 蔡は自治会選では中国籍を理由に自治会側から不当な扱いを受け、正当な選挙すら出来ずに敗北します。中国人は台湾の学校に口を出すな、というのです。同じ学生なのに、あまりにも理不尽です。

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 台湾の人から見れば、中国出身の蔡はよそ者です。理屈ではない排除の感情は、民主主義でもなんでもありません。これもまた、台湾の一面ではあります。
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 社会運動は必ずしも人々を、世の中を、変えられるものではありませんでした。陳、蔡は挫折しましたが、二人の人生はまだまだ続いています。陳は裏方として『時代力量』に関わりながらもアメリカへの留学が決まり、蔡は中国で無事に暮らしている。
 陳と蔡の挫折は、監督が最初に求めていた未来ではなかったが、その失望は監督自身が更に自己と向き合うきっかけとなります。この映画の最も感動的なところはここ、です。
●フー・ユー監督
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 上映後 オンラインでの監督のトークショーがありました。彼女は日本によく訪れているそうで、日本橋に出来た誠品生活(台湾のお洒落書店チェーン)のことを話す様子は日本の若い(そしてインテリの)女性と感性は全く変わらないのが印象的でした。
トークショーの様子。左は劇場の観客、中央は監督、右は通訳氏
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 会場からの『日本では何故 台湾のような運動が起こらないのか?』という問いに対して、彼女は『日本人は台湾や香港のように、まだギリギリのところまで追い詰められていないからではないか』、と言っていました。
 確かに香港だけでなく、台湾の人も中国に対して、本当に深い危機感を感じているのは映画を見ても感じました。それが彼らの原動力かもしれないけれど、日本もそういう危機に直面しなければダメなんでしょうか。日本人の理性にもうちょっと期待することはできないのでしょうか。

 先週3日のNHK『国際報道2020』にも監督は出演していて、『自分たちは民主主義を構築する途中なのだ』と言っていました。しかし、ボクには既に台湾の方が遥かに今の日本より民主的に見えました。それは民主主義に不可欠な、市民が政治に関わろうとする意識です。

 この映画は単にドキュメンタリーとして優れているだけではありません。かっての日本の学生運動とひまわり運動との違い、今の日本の世相と台湾との違い、民主主義の難しさなど様々な視点を提供します。それを監督の個人的な心象で優しく包み込んでいます。だから観客もこの映画の中に入り込んで、陳や蔡、そして監督が見た光景を自分自身の心象風景にすることができる
 稀有なドキュメンタリーだと思います。

映画『私たちの青春、台湾 』予告編2020/10/31(土)公開