毎度のことですが、お休みが過ぎるのは早い。楽しいことは直ぐ終わってしまう。
段々と日が沈むのも遅くなってきました。まだまだ寒いですけど、春が近づいてきているのは感じます。
『暗黙知』で名高い一橋の経営学者、野中郁次郎教授が亡くなりました。
サラリーマンなら誰もが読んでる?(笑)『失敗の本質』は確かに名著です。太平洋戦争中の日本軍の悲惨な失敗の数々を経営学的に分析したこの本は面白くて、ためになる。
この本を読むと、日本的な組織の宿痾は太平洋戦争当時から今に至るまで全く変わっていない、と感じます。
企業だけでなく、役所、与野党問わず政党、それに学生運動、市民運動まで一緒です。過去の失敗から学ばないというより、学ぼうとしない。事実を直視しようとせず、都合のいいところだけ積み上げて意思決定する。
「失敗の本質」を読んで思う。日本の失敗の本質中の本質は「失敗から何も学ばないこと」ではないか、と。
— 明石順平(「全検証 コロナ政策」発売中) (@junpeiakashi) 2020年5月5日
だってずっとおんなじような失敗してるんだもん。
失敗をずっとコピペしてるのかと思うくらい。
この本を読むと『日本の組織は絶対に信用してはいけない』ことが良くわかります(笑)。『現実無視・精神論重視・臭いものには蓋』の体質は太平洋戦争、安保闘争、原発、アベノミクス、オリンピック、フジテレビまでず~っと一緒です(笑)。フジテレビだってこの期に及んでも日枝はやめないんでしょ(笑)。
「日本軍の組織原理を無批判に導入した現代日本の組織一般が、平時的状況のもとでは有効かつ順調に機能しえたとしても、危機が生じたときは、大東亜戦争で日本軍が露呈した組織的欠陥を再び表面化させないという保証はない。(「失敗の本質」25頁)」
— 明石順平(「全検証 コロナ政策」発売中) (@junpeiakashi) 2020年5月5日
表面化させてる気がする。 https://t.co/4oiQSdqpnU
と、いうことで、日比谷で映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方 』
1973年 父親の不動産会社に入社した20代のドナルド・トランプ(セバスチャン・スタン)は、物件の入居審査で黒人を差別したことで司法省から訴えられ、莫大な違反金で破産寸前に追い込まれていた。その最中、極右の敏腕弁護士ロイ・コーン(ジェレミー・ストロング)と出会う。彼はニクソン大統領をはじめ大物顧客を多数抱え、勝つためには違法行為も辞さず、裁判を勝利に導く。ロイはドナルドを気に入り、気弱なお坊ちゃんだった彼を一流の実業家に鍛え上げていく。やがてドナルドは、ロイの想像を超える「怪物」へと変貌を遂げる。
カンヌ映画祭のコンペティション部門に正式出品、先日のゴールデングローブ賞主演男優賞でもノミネートされた作品です。今年のアカデミー賞でも主演男優賞、助演男優賞にノミネートされています。トランプが上映を差し止めようとしたことでも話題になりました。
原題のアプレンティスとは見習い、のこと。かってトランプが出演して有名になったらリアリティ番組のタイトルでもあります。
最初に、この映画は事実に基づく、というクレジット、そのあとウォーターゲート事件で辞職するニクソンが『私は悪党ではない』と強調する記者会見の模様が流れます。
まるでこれから登場する人物が『悪党』と言っているみたいじゃないですか(笑)。
舞台は70年代初頭。映画は親父の不動産会社に入ったばかりのトランプがNYの上流階級が集まる社交クラブにおっかなびっくり入店するところから始まります。
そこでトランプは、慇懃無礼だけど誰もから一目置かれている弁護士、ロイ・コーンに出会います。
ロイ・コーンは民主党員にも関わらず、かって検事時代にソ連のスパイだったローゼンバーグ夫妻により不利な証拠をでっち上げて夫妻ともに無理やり死刑にしたり、マッカーシーの右腕として赤狩りの急先鋒になったことで名を挙げた、アメリカ近代史に悪名をとどろかせる極右の弁護士です。
ニクソン、レーガンを始め上流階級、それにマフィアをも顧客として抱え、現代のマキャベリとも呼ばれていました。
ついでにロイ・コーンは同性愛者を差別、弾圧してきましたが、自分自身も同性愛者でした。これまた悪名高いFBI長官のフーバーも同性愛者を徹底的に取り締まっていましたが、自分自身は同性愛者でした。移民出身のトランプが移民弾圧を唱えるのと同じで、良くあるパターンなのでしょう。
母親に溺愛されて育った気弱なお坊ちゃんだったトランプは悩みを抱えていました。
親父の不動産屋に副社長として入社したものの、社長を務めるワンマン親父には全く逆らえない。しかも会社は黒人入居者を差別したことで司法省から莫大な罰金を請求されて、破産寸前の状況です。
映画では取り上げられませんがトランプの親父フレッド・トランプはドイツ移民の子供で元KKKとして知られています。フォークソングの始祖、ウディ・ガスリーが歌を作って非難したほどの人種差別屋です。
トランプの兄は不動産業を嫌いパイロットになります。不動産業を嫌う息子をフレッドは徹底的に虐めぬき、アル中に追い込みます。
そんな中 トランプは敏腕弁護士のコーンに助けを求めます。コーンはなぜかトランプを気に入り、彼の会社の弁護を担当すると同時に自分のやり口を叩き込みます。
コーンはドナルドに成功するための三つのルールを教えます。
それは「攻撃・攻撃・攻撃」、「自分の非を絶対に認めるな」、「自分の勝利を主張し続けろ」というもの。
手段は相手に対する脅迫など合法、非合法を問いません。
コーンはそのやり方でローゼンバーグ夫妻を死刑に追い込み、赤狩りで多くの人々を罪に陥れてきました。
コーンは司法省の役人が同性愛者であることを材料にして脅迫、訴えを取り下げさせます。自分は公然と若い男の愛人を侍らせているんですが(笑)。
そのやり方を学んだトランプは強引にビジネスを進めていきます。不動産の再開発に当たっては税金を無税にするよう、NY市に強引に要求する。却下されても絶対あきらめない。非合法な脅迫も辞さない。
東欧出身のモデル、イヴァンカに一目ぼれしたトランプは断られても断られても断られても求愛を続け、とうとう口説き落とす(笑)。
事業が拡大するにつれ、トランプはロイ・コーンと距離を置くようになります。自分独自でロイ・コーン流の強引なビジネスを進めていく。
財産を巡って、父親を騙すのも全く平気です。トランプ曰く、世の中は殺す側と負け組だけだ、というのです。勝ちと負け、ではない。殺すかどうかなのです。
ロイ・コーンは80年代前半には違法行為で弁護士資格をはく奪され、また、エイズ感染が明らかになります。
一方 トランプは莫大な融資を受けて、アトランティック・シティに新たな巨大カジノを開こうとします。不動産業からカジノ業へ進出しようというのです。
映画ではロイ・コーンの死、そしてカジノ事業で失敗し、トランプが破産する寸前までが描かれます。80年代後半まで、です。破産後トランプはテレビやプロレスに進出し、全米の人気を博することになります。

実際のトランプ自体、どういう人間なのか、ボクにはよくわかりません。
普通の起業家、事業家のように仕事が好きなわけでもなさそうです。仕事に何か使命感があるわけでもない。この映画でも大統領への立候補を断るシーンがありますが、政治についても興味があるわけでもない。
金や権力も欲しいけれど、それより常に他者から称賛されていたい人間なのかもしれません。
根本的には自分の利益しか考えていない人間、ということはわかります(笑)。
何かカリスマがあるようには見えないし、裏で深い計算をしているようにも見えない。
モンスターのような存在というより、この映画で描かれているようにぜい肉や薄くなった髪の毛を気にしてばかりの気が小さくて臆病な男にしか見えない。
が、それだけだったら、あれだけのことはできない。
言ってることは滅茶苦茶ですが、一応ウォートンのMBAだから真正のバカではないかもしれない。まあ、SCHOOLの綴りも書けないブッシュ(ドラ息子の方)もハーバードのMBAだから、そういうのは金の力でどうにもなるのでしょう。

ただ、今に至るまで、トランプがやってることはロイ・コーンが授けた3つのルール通り、というのはよくわかります。
安倍晋三にしろ、兵庫の斎藤にしろ、石丸にしろ、最近はこういう輩が増えていますね。
石丸伸二氏の敗訴が確定したけど、そう大きくない地方の企業が70万円ほどの未払いを最高裁まで争わされるというのはものすごい負担。「オレが正しいし、オレ以外の人間はみんなバカ」という人が権力を持つ世の中なんて、考えただけでゾッとする。
— ナメさんのX見聞録 (@Sugars96580412) 2025年1月25日
アル中の兄が自殺しても、師匠であるロイ・コーンが死んでも、トランプの悲しみは表面だけです。あの男には良心とかためらいといったものはない。そこだけは突き抜けた存在です。
極悪非道なロイ・コーンでもトランプに対してはまだ、思い入れがありました。しかしトランプには思い入れの欠片もない。利用できるか否か、それだけです。
お話の後半ではこの非対称性が段々とあらわになっていきます。
この映画、見る前はキワ物を想像していたのですが、もの凄くまじめに作られた、完成度が高い人間ドラマです。
トランプがやってること自体が滅茶苦茶なので、お話はコメディタッチです。芸術のことなど何も知らないトランプがアンディ・ウォホールに『お前は売れているのか』と尋ねるところなんか大笑いです。
性暴力も含めてトランプのやってることは極悪だし、底が浅いし、とことん空虚です。でも、それは事実だから仕方がない。本人もそれには葛藤はない。当たり前だと思っている。
映画はトランプを一方的に悪者に仕立てるようなことはしない。そこがいいんです。
トランプを演じたセバスチャン・スタン、ロイ・コーンを演じたジェレミー・ストロング、アカデミー賞ノミネートも頷ける、どちらも凄い演技です。トランプが次第に態度がでかくなっていくところやロイ・コーンが次第に衰え、目の光も弱々しくなり、それでもどう猛さを失わないところまで見事に表現しています。
映像は70年代はアメリカン・ニューシネマのように粒子が荒いフィルム調、80年代はビデオ調です。
手が込んでいるだけでなく、世相をよく表しています。
流れる音楽もディスコばかりですが、これまたかっこいい。きらびやかだけど空虚な音楽はトランプとその時代にピッタリです。
例えば当時の大ヒット、ボクも大好きなニュー・オーダーの『ブルーマンデー』も流れますが、これは首吊り自殺の歌です。首吊り自殺の歌を聴きながら、人々はバブルに踊っていた。
非常によく出来た人間ドラマだと思います。それに滅茶苦茶面白い。この続きが見たかったということ以外には欠点がない(笑)。
観客は、世の中にはトランプのような人間がいるということ、この男はどういう人間なのか、このような人間をどう考えたらよいのか、をしみじみ考えさせられると思います。
あと、もう一つ言えば、いつの時代にもトランプのような人間に踊らされる愚かな大衆がいるということも忘れてはならない。
公開時期も完璧で、アメリカの政治ものという日本ではお客さんが入らないジャンルにも関わらず劇場は満席でした。
シェイクスピアを持ち出すまでもなく、普通の物語ではこのような人物には必ずしっぺ返しがあります。果たしてトランプはどうなんでしょうか(笑)。
この映画を4年後に見たら、また違う感想が浮かぶでしょう。そういう意味でも今、絶対に見るべき映画です。





















