特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

これは一筋縄ではいかない:映画『スキャンダル』

 あああ、楽しい3連休は終わりです。ブルー(泣)。
 世の中 新型肺炎の話ばかりですが、感染ルートは押さえられていないし、これはもう、手の打ちようがないんじゃないか。政府の無能で日本は感染の拡大防止に失敗したんですよ。

 ボクも明日 東京ドームでPerfumeのコンサートがあるんですが、開催すると言ってます。大丈夫かと思わないでもないけど、繁華街や映画館には変わらず行ってるし、そもそも過密都市の東京では電車に乗って移動している限り同じだと思いますし。

 中国のように1000万都市を封鎖するようなことができれば感染の拡散は防げるでしょうけど、日本はそうもいかない。政府は相変わらずテレワークとか時差出勤とか、国民放置で他人任せの呑気なことを言ってるもんな。

 手洗いなど自衛手段はもちろんですけど、これは早く寝て体力をつけるしかないか(笑)。このままでは内需も輸出も経済はボロボロになりそうですし。せめてオリンピック返上が筋でしょう。



 ということで、六本木で映画『スキャンダル
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gaga.ne.jp

 2016年 全米最大のケーブルテレビ局、フォックス・ニュースの元人気キャスター、グレッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン)が、CEOのロジャー・エイルズ(ジョン・リスゴー)をセクハラで提訴する。誘いを断ったら、マイナーな番組に配置転換され、その後 解雇された、というのだ。
 金と権力で訴えを潰そうとするロジャーに対して、社内からもセクハラ訴訟の同調者が出るかどうかが大きな焦点となっていた。局の看板番組を担当するキャスターのメーガン・ケリー(シャーリーズ・セロン)は過去の自分を振り返って動揺を隠せない。一方 キャスターの座を狙う新人、ケイラ(マーゴット・ロビー)は自分を売り込もうとロジャーと面会することになったが- - -


 アメリカ最大のTV局、そして極右放送局として悪名高いフォックス・ニュースで、2016年に実際に起きたセクハラ訴訟をもとにした実話映画です。先日のアカデミー賞でも主演女優賞(シャーリーズ・セロン)、助演女優賞マーゴット・ロビー)にノミネートされただけでなく、元日本人のカズ・ヒロ氏らが特殊効果賞を取ったのも話題になりました。

 リーマン・ショックを描いたアカデミー受賞作『マネー・ショート 華麗なる大逆転』の脚本家チャールズ・ランドルフはこの事件が報道された際、うやむやにしてはならないと、感じたそうです。彼は脚本を執筆、それを読んだ超人気美人女優(笑)シャーリーズ・セロンが映画化を熱望、主演だけでなくプロデュ―サーとしても資金集めやキャスティングに関わり、事件後たった3年という短期間で映画化した作品。
 原題は’’Bomb Shell''。セクシーな女性の事でもあるし、爆弾のような大事件の事でもあります。

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 監督は、赤狩りでハリウッドを追放された『ローマの休日』の名脚本家を描いた名作『トランボ』や『ザ・シークレットマンのジェイ・ローチ。これだけで滅茶滅茶気合入ってるってことが分かります。
 世の中でおかしなことがあったら、間髪入れず脚本家が脚本を書き、それをスター女優が金集めから関わって一流監督で映画化する。日本とはだいぶ違います。

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 事件のことはアメリカでは大ニュースになりましたし、ボク自身も知っていました。フォックス・ニュースを全米最大の放送局にした創業者ロジャー・エイルズが出世を餌に長年 女性キャスターやスタッフを手籠めにしていた、という大スキャンダルです。しかし極右放送局のことですから、そんなもんだろ(笑)、と思ってました。

 なにしろフォックス・ニュースはイギリス・オーストラリアのメディア王ルパート・マードックのケーブルTV局です。マードックは『007 トゥマロー・ネバー・ダイ』で描かれた悪のメディア王のモデルです。『タイムズ』紙や『サン』紙などの傘下メディアは芸能ニュースとお色気記事、そして政権寄りで愛国心を煽る言説で、フォークランド紛争などでサッチャー政権を支える大きな原動力となりました。日本で言えば、東スポから日経まで持っているという感じですか。

 その後 マードックアメリカへ進出、地方紙を買収した後 20世紀フォックスを買収してケーブルTV局を設立、ニクソンレーガンの選挙キャンペーンなど右寄りの大衆操作に関わってきた、共和党ゲッペルス』と呼ばれるロジャー・エイルズをCEOに起用、イラク戦争での好戦的な放送も相まって、見る見るうちに全米最大の視聴率を誇るケーブル局になります。


 その手口は映画の冒頭でも紹介されます。
 ニュースはとにかく単純化・分かり易くして、敵味方をはっきりさせる。それを扇情的なキャスターが伝える。
 女性キャスターはルックス重視、そしてドレスはとにかく短く、露出は多め。ミニスカートを履いた女性キャスターの脚を写すためだけの専用カメラも導入、テーブルも透明なものにします(笑)。放送内容はロジャー・エイルズ自身が細かくチェック、局内からすぐ指示を飛ばして、ウケを狙った放送を徹底させます。
 その徹底度合いは或る意味 感心したなあ。

 2016年 共和党の大統領候補選挙でフォックス・ニュースの看板キャスター、メーガン・ケリーはロジャーから、番組でトランプを攻撃するよう指示を受けます。当時は共和党の本流はトランプを支持しておらず、フォックス・ニュースも反トランプでした。
●メーガン・ケリー(シャーリーズ・セロン)(左)は局から共和党大会の中継でトランプをたたくことを命じられます。
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 トランプの過去のセクハラについて追及する舌鋒鋭いケリーの弁舌はトランプをやり込めましたが、トランプの支持者はかえってそれに反発、トランプの勢いはますます盛んになっていきます。トランプはケリーをしつこくTwitterで攻撃、トランプの支持者なんて元々乗せられやすいバカが多いですから、ケリーは日常の身の危険さえ感じるようになります。 

 一方 フォックス・ニュースはトランプの勢いを見て、あっさりトランプ支持に乗り換えます。ケリーはトランプと番組で手打ちするよう命じられますが、家族との暮らしを脅かされ、身の危険まで感じていた当人はやりきれない。
●フォックス・二ュースのCEO、ロジャー・エイルズ(ジョン・リスゴ―)(右)は高齢で歩行器がなくては歩くこともできません。それでもセクハラはやる(笑)
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 時を同じくして、ベテランのニュース・キャスター、グレッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン)がフォックス・ニュースを告訴するという事件が起こります。彼女はロジャー・エイルズからの性的な誘いを断ったせいでキャスターを降ろされ、マイナー番組に移されていました。
●ベテラン・キャスターのグレッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン)。元ミス・アメリカという経歴です。
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 元ミス・アメリカでスタンフォード卒、野心家の彼女にとってはそんなことは我慢ができません。彼女はセクハラの証拠集めを始めます。ほどなくして彼女は解雇され、それと同時に訴訟に踏み切ります。
●怒った彼女はすっぴんで番組に出演します。ボクにはすっぴんでも超美しい、としか見えませんでしたが(笑)。
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 一方 新人のケイラ(マーゴット・ロビー)はキャスターの座を狙っていました。自らロジャー・エイルズに売り込もうとエイルズの部屋を訪れた彼女が直面したのは屈辱的な出来事でした。
●これは架空のキャラクター。マーゴット・ロビー福音派(進化論を否定し核戦争によるアルマゲドンの再来を信じている超保守派で狂信的なキリスト教徒、アメリカでは3000万人もいるといいます)の家庭に育った新人キャスターを演じています。
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 高齢・肥満で健康を害しているロジャー・エイルズは歩行器がなければ歩くこともできない。それでもセクハラをし続けるという根性?には呆れかえります。しかしバカではない。露骨にセクハラを要求するようなことはしない。『忠誠心を見せろ』といった証拠になりにくい、あいまいな言葉でしか要求しない。
 この狡猾なヒヒ爺もジョン・リスゴーが演じていることで非常に説得力がある。
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 アメリカでは会社を移籍するのは日本と比べれば容易に見えますが、フォックスニュースを辞めたら、なかなか職はないそうです。極右のフェイクニュースばかり流しているフォックスニュースは他のマスコミからは軽蔑されています。したがって、ここで職を失ったら再就職は難しい。 

 だから いくら前もって証拠を集めていたとは言え、グレッチェンの訴訟は困難を極めます。もともと密室の出来事です。明確な証拠を示すのは難しい。
 頼みの綱は他の女性たちの証言です。社内に被害者は大勢いる。しかし、ロジャーは絶大な権力を持っているだけでなく、女性をメインのキャスターに起用し、スターにしてきたのも事実。明日のスターキャスターは自分かもしれません。だから社内にロジャーを熱狂的に支持する女性も多いんです。グレッチェンに味方して証言する女性はなかなか出てきません。
 
 過去に自分もセクハラを受けたメーガン・ケリーは悩みます。自分のキャリアのこともあるし、トランプの件で会社に裏切られたばかりでもあります。自分はどうするべきか。


 と、いった具合にこの映画は女性たちがセクハラに立ち上がった、といった単純なお話ではありません。また社員の中に隠れ民主党員のレズビアンがいたり、寿司はリベラルの食べ物(笑)という描写など右翼TVの雰囲気も面白い。ニコール・キッドマンはシングルマザー、シャーリーズ・セロンは既婚で3人の子持ちという設定も非常に良い。この映画、一筋縄ではいかないんです。


 シャーリーズ・セロンニコール・キッドマンマーゴット・ロビー、ハリウッドを代表する3大美人女優だと思いますが、3人の演技は本当に素晴らしいです。3人が3人とも複雑な演技をぶつけてきます。こりゃあ、凄い。

 特に映画のポスターにも使われている、この場面↓は確かに白眉です。セリフが全くないのに、互いに被害者でもあり、競争相手でもある女性たちのヒリヒリするような気持ちが伝わってくる。あとシャーリーズ・セロンニコール・キッドマンも特殊メイクで実在のキャスターにそっくりです。これもまた驚きです。
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 アメリカのTV事情も相まって、映画の描写は非常に情報量が多くて複雑です。
 だからこそ、この映画、面白い。セクハラなんか悪いに決まってるし、そういう体質を温存している連中なんか屑に決まってます。しかし、そういう体質がなぜ残っているか。権力や金を手に入れるためなら、男も女も関係ない。この映画はそういうことを告発しているように見えます。脚本、ほんとにうまい。


 結局 フォックス・ニュースのセクハラ事件で被害を名乗り出た女性たちは5500万ドルの賠償金を得たそうです。約60億!しかしクビになったロジャー・エイルズともう一人のセクハラ極右司会者、ビル・オライリーは併せて6600万ドルの退職金を得ます。70億円!

 ちなみにメーガン・ケリーはその後 NBCに移籍してキャスターを務めますが、一昨年 人種差別発言でクビになりました(笑)。もともとシャーリーズ・セロンはこんなバカ右翼女を演じていいのか?という葛藤があったそうです(笑)。
www.shikoku-np.co.jp


 権力と金を持っている権力者に立ち向かう女性たちの映画ではありますが、もっと深い。先週の’’ハスラーズ’’をもっと格調高くして、世の中のシステムを丁寧に解きほぐすために、端正に作られた非常に高級な映画、というのが感想です。感触はアカデミー賞を取った『スポットライト』や『マネー・ショート』と非常に近い。これはDVD買って何度も見たい、そんな作品でした。

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