特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

''我々はアマゾンの奴隷になる?'' と ''みんなで助ける'':映画『希望のかなた』

めっきり寒くなりました。今週は忘年会が3回もあって超ユーウツ。逆に今週さえ終わればなんとかなる(笑)。ということで、ボクは今週の金曜官邸前抗議はお休みです。
●道端の家のベランダに雪だるまが!


さて、先週 気になるニュースを聞きました。『CIAが2023年までにアマゾンに情報システムを移転する』と言うのです。CIAだけでなくNSAやFBIなど8つの政府系機関がシステムを移転させると聞いています。NSA国家安全保障局)ってスノーデンが言ってた全世界的な盗聴網''PRISM''を運用してるところです。
●アマゾンの発表:「AWS Secret Region」発表。CIA、FBIやNSAなど米情報機関向けの特別リージョン - Publickey

ちょうど今朝の日経ビジネスデジタル版にもそのニュースが出ていました。11月末のアマゾンの新製品発表会にCIAの幹部が登壇したんです。



AWSが米国で起こした二度目の「CIAショック」:日経ビジネスオンライン
●さっそくトラブルもありました(笑)米陸軍の極秘情報がAWSで公開状態だったことが発覚 - CNET Japan


一般には、アマゾンは通販という印象がありますが、彼らの利益の9割は情報システムの運用受託によるものです。アマゾンはそれこそ世界中に山ほどコンピュータやデータベース、データセンターを保有しており、それを顧客のシステム用に貸し出すサービス=AWSをやっています。『クラウド』って言葉を良く聞きますでしょ。あれです。
アマゾンは世界で一番コンピュータを持っている企業ですから、料金は滅茶苦茶安い。顧客はコンピュータをアマゾンに任せてしまえば、もう自分で機械を買わなくて良いし、地震や災害のバックアップもアマゾンが勝手にやってくれます。自分でそういうことをやるより遥かに安い。
既に世界でも100万社がアマゾンにコンピュータシステムを委託しており、日本でも数万の企業が委託しています。ユニクロ、日通、ソニー、などメーカーや証券、商社など様々な有名企業が名を連ねています。特に今年 三菱UFJ銀行がアマゾンにコンピュータを移転することを発表して以来 各銀行は雪崩を打ってアマゾンへの移転を検討しているそうです。


以前 書いたように『目黒でサンマ、じゃなくて、グローバリゼーションを考える』と『0825再稼働反対!首相官邸前抗議』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)アマゾンは『地球上でもっとも顧客を大切にする企業』を設立の理念としており、そのために『薄利多売』を徹底的にやっています。彼らは顧客のためなら手段を選びません利益も出しません。稼いだ金はコンピュータなどの設備投資に回しています。株主にも配当を払わない。利益を出さないから税金も払わない。そんなポリシーですから、他の企業はなかなか対抗が難しい。
先日も世界最大の玩具店トイザらス会社更生法の申請をしましたが、その大きな原因はアマゾンとの競争に敗れたからです。アマゾンが参入してくる業界の卸や小売業は潰れてしまうのではないか、世界中が戦々恐々としています。


良くアマゾンの物流センターの労働環境がブラック とか言う話があります。ボクに言わせれば、そんなこと、枝葉末節の話です。
もっと問題なのは『我々はアマゾンの奴隷になってしまうんじゃないか』、ということです。CIAですら、コンピュータをアマゾンに任せてしまった。スノーデンが言うとおり、CIAは盗聴も含めて、世界中のデータを収集している。莫大な量のデータを蓄積するためのデータセンター建設は大変な負担だそうです。しかしアマゾンに任せてしまえば、CIAはそんなことを心配する必要はなくなります。その代り将来はこんなことが起きるかもしれない。自分の仕事が無くなってアマゾンの物流センターに勤めるか、自分の勤め先が圧倒的な力を持つアマゾンの言いなりになるか はわかりませんが、我々はアマゾンに逆らえなくなる。


11月末にアマゾンは様々なサービスの開始も発表しましたが、その中には動画の顔認識サービス(Amazon Rekognition Video)もありました。ネット上の莫大な画像の中から人間の顔や動作をAIが認識して検索するサービスです。誰でも使うことができるサービスですが、CIAも当然使う。今までCIAは独自にそういう技術を開発していたんでしょうが、これからはアマゾンに任せてしまえばよいわけです。アマゾンはそのような技術サービスを年間1000以上 新規開発しています。
コンピュータもデータもアマゾンという1つの企業がほぼ独占してしまう。先日見たザ・サークルという映画はまさにそういうことが描かれていましたが読書『世代の痛み』と映画『ザ・サークル』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)、早くも現実はそれを超えようとしている。

アマゾンは便利です。それに安い。消費者にも利益がある(だからこれだけ広がった)。だけど、アマゾンがコンピュータとデータのほとんどを握ってしまう可能性もある。本来だったら独占禁止法で考えなきゃいけない問題ですが、法律が追い付いていない。それに問題が難しいし、消費者にも利益があるから、その機運はそれほど盛り上がってはいない。


ここで起きていることはアマゾンだけの問題じゃありません。真の問題は『技術進歩が世の中の構造を根本から変えてしまう』、それに『企業が国家の力を超える』ということです。IT技術による独占は想像以上に恐ろしい問題になる可能性があります。これをどう考えていくかは今世紀の人類にとって、かなり大きな課題になるでしょう。



ということで、渋谷で映画『希望のかなた映画『希望のかなた』公式サイト

シリアのアレッポからヘルシンキにたどり着いたカーリド(シェルワン・ハジ)。差別と暴力にさらされながら国境を越えてきた彼は難民申請をするが、当局はアレッポを戦乱の地とは認めず、強制送還を決定する。逃げ出した彼は暴力にさらされながらも、ひなびたレストランのオーナー、ヴィクストロムたちと知り合い、居場所を見つけていく。そして彼はなんとかハンガリー国境で生き別れた妹ミリアム(ニロズ・ハジ)を呼び寄せようとする。


2017年のベルリン国際映画祭で監督賞を受賞したフィンランドのアキ・カウリマスキ監督の新作です。前作『ル・アーブルの靴みがき東電の再建?と映画『ル・アーブルの靴みがき』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)に続く難民三部作の第2弾だそうです。日経の映画評では★5つ!


実際には行ったことがありませんが映画で描かれたフィンランドを見るたびに、田舎だなーと思います。実際は学力世界一、大学まで教育費無料の福祉国家という文明国、周辺の大国ソ連にもナチにも実質的には屈しなかったという誇り高い国でありながら、服も街並みも人々も素朴です。街中にはブランド店もネオンサインも殆ど見かけない。悪く言えばあか抜けない。
そんなフィンランドに石炭の輸送船に潜り込んで密航してきたのがカリード(シェルワン・ハジ)。空爆で家も妹以外の家族も失った彼は船員の助けで、命からがらヘルシンキまでたどり着きます。
●カリードは収容施設で難民申請が認められるのを待っています。俳優さんは実際にシリア人ということですが、アジア系の顔つきです。


彼は自ら当局に出頭し難民申請をしますが、驚きなのは彼の待遇です。難民のためのセンターに収容されるのですが、難民申請手続きをするために警察まで自分で交通機関を使って移動するんです。全然拘束もされませんから、逃げようと思えば逃げられます。外国の人を劣悪な環境に収容して死者まで出している日本とはえらい違いです。もちろん難民申請をしようとしているだけで彼は罪人でもなんでもありませんから、このフィンランドのやり方が正しい訳です。
●もう一人の主人公、ヴィクストロムは仕事にも奥さんにも嫌気が指してレストランを始めます。彼もまた希望を探しています。


それでもフィンランドの人が全て難民に対して温かいわけでもない。難民を襲おうとするネオナチはゴロゴロいます。劇中 『(カリードが)身長170センチじゃ、すぐやられてしまう』という台詞があったのですが、フィンランド人は皆 そんなにでかいんでしょうか?!
当局の官僚主義は日本と同様です。爆撃されて逃げてきたカリードに対して『アレッポは戦地ではない!』という理由で強制送還を命じます。納得できないカリードは周囲の手を借りて脱走します。
●現実は残酷ですが、監督の視点はユーモアを忘れません。


ネオナチや人種差別主義者に何度も襲われながら、たどり着いたのがひなびたレストランです。レストランのオーナー、ヴィクストロムは洋服の卸売業を営んでいましたが、仕事と酒に溺れた奥さんに嫌気がさして、商売替えしてレストランを買い取ったばかりです。従業員はやる気もないし、頭が足りない。 メニューは少ない、料理はまずい。常連客はビールだけで延々粘っている。超ダメダメレストランです。
●ヴィクストロム(右)とダメダメ従業員たち。どちらも途方に暮れています。

途方に暮れていた彼らの元にカリードが転がり込みます。他人のことを構っている余裕はないのに、何も考えずに彼らは困窮するカリードを普通に迎え入れます。目の前に困っている人がいたら手を差し伸べる。ぐちゃぐちゃ言わず、当たり前のことを当たり前のように実行する。。文句垂れるだけで、何もしない奴が多い日本とは大違いです。
●レストランの面々も、カリードも途方に暮れています。


ほとんどの登場人物が素晴らしいです。バカで頭も弱いんだけど、みんな人がいい。ネオナチに襲われ、油をかけられて焼き殺されそうになるカリードを救うのは汚いホームレスの爺さんたちです。監督の愛犬も出演していますが、彼も見事な活躍を見せます。ひたすら誰かに抱かれて、顔をなめるだけなんですが、お見事です。まさに脚色の勝利。
●監督の愛犬が実に良い味を出しています。彼が最後に『決めます』。


日本版のキャッチコピーが良いです。『みんなで助ける』。まさにそういう映画。フランク・キャプラの映画みたいです(これは最高の褒め言葉)。
●ダメダメレストランのダメダメな面々。仮装をしているわけではありません。


この映画には現代にはびこる頭の悪いネトウヨや日本サイコー論者とは対極の、寛容やお互いさまの精神が全編を通して流れています。元来 人間として当たり前のことをやるのには理屈や損得の計算は要らないはずです。 でも、今の日本はそうではありません。現実に困っている人、例えば難民にも生活保護を申請している人にもシングルマザー/ファザ―にも、ごちゃごちゃ因縁つけるだけで手を差し伸べることに及び腰です。みっともない。この国はいつからそうなってしまったのでしょうか。


今作は一見 素朴でのんびりした光景を描きながら、シニカルな視点とユーモアが共存しています。あと狂言回しのように現地のミュージシャンの生演奏が度々挿入されます。それがやたらと気合が入っていてカッコいい。生きた音楽です。そんな具合でこの映画、最初から最後まで目が離せない。
みんなで助けるこれほど心が躍るコピーはめったに出逢うことがありません小津安二郎を尊敬するという監督のギャグも含めて独特の感覚・間合いの映画ですが、完成度も高いし、間違いなく面白い。何よりも見る人に笑いと勇気を与えてくれます。傑作です。