特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

人生の退却戦:映画『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』


恥ずかしながら齢を重ねるに連れ、ボクも多少は人生の後半戦を意識するようになった。仕事でもプライヴェートでも意味がありそうなことはなぁんにも成しえないまま死んで行くのは仕方ないかなと思うようになったけれど、知力・体力の衰えとどう折り合っていくかは意識するようになった。いわば人生の退却戦、後退戦だ(Fromぷよねこ減量日記 さん2013/1/21 ゆっくり前進するよろこび - ぷよねこ減量日記 2016)。
                                            
奇しくも人口減の日本もこれからは基本的には下り坂のはずだ。
経済(GDP)=人口×資本×生産性の掛け算
なのだから、少子高齢化が進んでいけば人口だけでなく経済も、国の勢いも縮小していく可能性が高いのは自明の理だ。だから、政治家やマスコミが良く言う『世界で1番でなきゃ』なんて実に幼稚な議論だし(笑)、中国だの韓国を敵視してわーわー言ってるなんてただのアホじゃないかと思う。責任転嫁しないで、自分の問題を直視しろ、と言いたい。1番でなくても生きていけるやり方を考えるのが、大人ってモンだ。
                                                
国とか社会は落ち目でも(笑)、個人個人の行き方をいかに意味のあるものにしていくかは結構やりがいがあることじゃないか、とボクは思っている。それは武装のゲリラ戦、現代の世捨て人みたいになってしまうかもれないけれど、新しい価値観、新しい生活を作っていくと考えたら、ちょっとワクワクするところもある。戦争でも退却、殿(しんがり)が難しいとは言われるけれど、これから一人ひとりの生き方が一層試されていく時代なのだろう。
                              
                                                                                                    
渋谷で映画『マリーゴールド・ホテルで会いましょう映画『マリーゴールド・ホテル 幸せへの第二章』オフィシャルサイト| 20世紀フォックス ホーム エンターテイメント

マリーゴールド・ホテルで会いましょう (ハヤカワ文庫NV)

マリーゴールド・ホテルで会いましょう (ハヤカワ文庫NV)

未亡人のイブリン(ジュディ・デンチ)ら老年期を迎えた英国人の男女7人が長期滞在型のリゾートホテルの美しい写真に魅せられ、遠路はるばるインドへやってきたが、実際は「近く豪華になる予定」という著しく老朽化したホテルだった。


映画館は満員。この日だけでなく、この映画はどこの映画館でも満員の札ばかりだから案外大ヒットしているんじゃないだろうか。観客は主人公たちと同年代の人たちが多くて、みんなシニア世代のラブ・ロマンスを期待しているの感じ(笑)。最近 映画ってシニア層のお客がすごく増えてきたと思う。でも、この映画はシニア世代のラブ・ロマンス(笑)というより、インドを舞台に老人たちが今までと違う生きかたを模索する群像劇だ。

                                                       
最初は夫を亡くした未亡人(ジュディ・デンチ)の映画かと思ってみていたし、特に前半部は彼女の相変わらず素晴らしい演技を堪能できたのだが、途中から興味は他に移ってしまった。男女7人のなかの、インドで手術を受けに来た老婦人(マギー・スミス)、若い頃インドに住んでいたという元裁判官(トム・ウィルキンソン)のエピソードがとても面白かったからだ。

タイやシンガポールなどの一部の病院はサービスも医療水準も日本より良いという話を聞く。実際 ボクの勤務先でも海外駐在でそこへ入院した人は『天国だった』とか言ってたくらいだ。もちろん一般の人向けではなく外国人の医療ツーリズム向けなのだが、インドでもそういう病院があるらしい。
老婦人はそこへ手術を受けにインドへやってきたのだが、これがとんでもない人種差別主義者。有色人種を見下すどころか人間扱いしない言動は役柄とは言え、マジに腹が立った(笑)。
この頑迷そのものの人種差別ババアはふとしたことからホテルで働くメイドの家庭に招かれる。彼女の家庭はカーストの最下層(アンタッチャブル)だった。スラムで一族が折り重なって生きているような壮絶な暮らしをみて、クソババアの偏見は木っ端微塵に打ち砕かれる(笑)。
この人種差別ババアの転向(笑)が物語終盤の大きなポイントになっていく。
●人種差別ババアを演じるマギー・スミス


元裁判官は英国人の仲間たちから離れて、いつも一人でインドの街を誰かを捜し歩いている。温和なジェントルマンで知性溢れる彼に、老婦人たちの恋の鞘当がはじまる(笑)。だが、彼は全く意に介さない。実は彼はゲイで、数十年前にインドで別れた恋人を探していたのだ!
やがて彼がかっての恋人を探し当て、その奥さん(女性)に真相を語る。そして安らかな眠りにつく。インドの美しい夕陽と相まって実にいい感じだった。『歳をとっても、もう一花』という生き方もあるかもしれないが、個人的には徐々に静かに枯れていく、こういう退却戦に憧れます。
●誰かを探して、ひたすらインドの街並みを歩き回る元裁判官(中央)


そういう感じでベテランぞろいの俳優陣の好演は荒唐無稽になりがちな、この映画にリアリティをもたらしている。
映画『スラムドック・ミリオネア』の主役の男の子が、いい加減だけど気のいいホテルの管理人役で出演。彼の恋人役のインド人女優がすばらしく美しかったのも相まって、彼らの姿はとても瑞々しかった。恋に悩む彼をジュディ・デンチが励ましているうちに彼女自身も、というお話の展開は、プロットに無理があってボクはちょっと乗れなかったけど。
●齢78を迎えて、新しい恋に落ちるジュディ・デンチ

                          
映画で描かれるインドの雰囲気はエキゾチックさが漂って素敵だったが、実際はもっとすさまじいだろうとは思った。ま、観光映画でもあるからね(笑)。だけどホテルの管理人の彼と恋人にしろ、コールセンターを始めた恋人の兄貴にしろ、どんどん起業してビジネスを始るような、人生のまぶしさは伝わってくる。混沌としているけれど、社会全体が上り調子な感じなのだ。
                                 
これから人生の後退戦を戦わなければいけないボクにはインドの彼らの姿がすごくまぶしく見える(笑)。その彼らと老大国、大英帝国の老人たちがどう向き合っていくか。 新たな恋に走るのも、仕事を始めるのも、自らの内省の中でかなわなかった愛に殉ずるのも人それぞれ。
なんせイギリスという国はこの100年、ずっと退却戦、後退戦をやっているのだ。彼らはそういうことの描写は一日の長があるなと思った(笑)。
●美しいインドの夕暮れ