特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『鯛のお頭』と映画『香川一区』

 明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします!

 東京も寒いお正月です。狭小三階建てのボクの家のお風呂は1階にあるのですが、特に暖房を置いてないので寒くて、年末から三が日にかけての入浴は心臓麻痺による命の危険すら感じました(笑)。

 例年通り、家に籠ることができたのは幸せです(笑)。最近はおせち料理も買ってきたもので済ませているし、出さないでいたら年賀状も減ったし、寄る年波で親戚の集まりもなくなりました。これ、幸いです。

 世の中の喧騒とかかわりあいたくない。もちろんテレビもお断りです。紅白だけは今時珍しい生演奏と豪華なセットなので毎年ビデオに撮って、あとで早回ししながら不要部分をカットして見ていますが、Perfume薬師丸ひろ子の7分間しか残らなかった(笑)。ま、毎年そんなものです。


 新年はやっぱり鯛!鯛のお頭、です。と言っても、年末に散歩がてら出かけた三軒茶屋で食べた「剁椒魚頭(トゥジャオユィトウ)」(鯛の頭の発酵唐辛子蒸し)。

 発酵させた唐辛子とハーブ、野菜を鯛の頭と一緒に蒸したもので、中国、湖南地方の代表的な料理だそうです。最近マイブームになっている中国の本格ローカル料理、題して『ディープ中華』です。
 三国志でいうところの荊州武漢がある湖南の食べ物は四川より辛いそうです。発酵唐辛子というのは唐辛子を塩、酒、ニンニクと一緒に発酵させたもの。初めてでしたが、辛いけど爽やか、旨味すらありました。

 爽やかな辛さと鯛の身、それにトロトロになったゼラチン質、それにスープが美味い。カレーのように長粒米で食えということですが、これまたピッタリです。身体の中からポカポカしてくるのが判ります。骨と身をより分けながら食べるのにやたらと時間がかかるのもファストフードとは違います。
 文字通り、人間らしい食べ物は時間に余裕がある休日のブランチとしては大満足でした。
●これでランチ1000円、安い。



 と、いうことで、有楽町で映画『香川一区

www.kagawa1ku.com

 一昨年 思いがけず大ヒットしたドキュメンタリー『なぜ君は総理大臣になれないのか』の続編です。『なぜ君』はあまりにも不器用で、真っ正直、誰が見ても政治家には向いていない立憲民主党衆院議員、小川淳也氏と家族を初出馬から2017年まで約20年弱を描いたものです。

  その中で香川1区という小選挙区で小川氏が自民党対立候補平井卓也に殆ど勝てないことが重要なサイドストーリーになっていました。平井卓也は祖父も父も大臣経験者の3世議員、地元シェア6割の四国新聞西日本放送のオーナー一族です。世襲というだけでなく、地域のメディアを全て握っている。
 一方の小川氏は小さなパーマ屋の息子。香川高校から東大、総務省に入り、それから政治家になった。

 政界では与野党問わず、小選挙区で勝てる候補でないと党の役職などの面で重用されないそうです。そういう慣習も?と思いますが、自分の余裕がないから他の議員の応援に行けない、というのもあるのでしょう。元官僚で政策オタクを自認する小川淳也は当選回数は少なくありませんが、小選挙区で勝てない比例復活だから、いつまで経っても党の役職が回ってこない。

 前回は民進党でも右寄りだった前原の側近であり、玉木の後輩でもある小川氏が党分裂の中で悩みつつ、希望の党から立候補して惜敗する(比例復活)17年の選挙までを描いていました。今回の映画は今年の夏から衆議院選挙があった11月までを描いています。


 映画は、50歳を迎えて引退をしない理由をネット配信するかどうか、悩む小川氏の姿から始まります。彼は初当選した20年前から、早く良い仕事をして50歳になったら政治家を引退したい、と公言してきたからです。これから、という時に引退なんかする訳がないことは有権者だって判っている。でも小川氏は、それをきちんと説明すべきか本気で悩んでいる。

 事務所の窓際にある、水耕栽培で芽がでてきた大根の葉っぱの傍らで小川氏はずっと唸り続けます。それを見て、奥さんも娘さんも半分呆れている。一事が万事、彼はこんな感じです。

小川淳也氏と大島監督。大島監督は奥さんが小川氏と高校の同級生、ということから20年間、初出馬時から小川氏を記録していました。それが前作『なぜ君』になった。

 前回選挙で平井との票差は2000票でした。香川1区は高松市と小豆島で構成されています。今回 小川氏は前回の敗因となった地方部、小豆島でも選挙の準備を進めています。1軒ずつ挨拶に回ったり、会合への顔出し、組織のてこ入れ、地道な作業が続きます。彼の政務秘書も小豆島にアパートを借りています。

 平井の支持者にも小川氏はどんどん入り込んで話を聞いていく。彼は対立する相手でも話は聞かなくてはならない、と心底思っているからです。対話を繰り返すうちに業界の義理であったり、地方部の慣習であったり、自民党が強い理由が観客にも事情が浮き彫りになってきます。


 
今回は平井卓也がデジタル改革担当という菅内閣の看板大臣になったという変化がありました。大臣というのは平井にとっては追い風です。監督は平井氏のところへも取材へ向かいます。ちなみに平井はずっと自民党のネット戦略を担当していた男で、DAPPIの正体ではないか?と噂になったこともあります。
平井卓也と大島監督。7月の時点では上機嫌で取材を受けていたのですが。

 折しも平井がデジタル庁でNECを恫喝した、という報道が出たばかりのタイミングです。大島氏の質問に対して、平井はカメラの前できちんと弁明します。仕事で『あそこには発注するな』くらいの会話は普段から幾らでもあるでしょう。ボクも、平井の疑惑は単なる言いがかり、と思いました。

 しかし『恫喝』だけでなく、NTTからの接待が文春などで明るみになってくると、言い訳も苦しくなってくる。地元でも平井に対して逆風が吹いてきます。

 ところが突然、香川1区に維新の候補が立候補することを発表します。晴天の霹靂です。更に小川氏が立候補を取りやめるよう頼みに行ったことが維新の側から暴露されます。平井の実家が経営する四国新聞は小川への裏取り取材などもせず、一方的な報道を始めます。ネットでも炎上状態になる。
●映画とは直接関係ありませんが。四国新聞の体質はかなりひどい。
news.yahoo.co.jp


 実際は小川氏の前に、平井側から維新に働きかけがあったことはそれほど大きく報じられませんでした。それに野党共闘で判るように、公党間の選挙調整自体は普通のことです。しかも維新の候補は小川の高校の先輩であり長く行動を共にしてきた国民民主党の玉木の秘書だった人間で、小川自身も昔から良く知っている。立場が違っても率直に話しあう、というのがモットーの小川氏が話し合いを試みるのはむしろ当然ではある。

 だから小川氏自身も話し合いをしようとしたこと自体は全く間違っていると思っていない。前回の映画にも出演していた政治評論家の田崎史郎自民べったりの評論をすることで悪名高い政治評論家。安倍と寿司などの会食をしていることで’’スシロー’’と呼ばれています)が、小川を心配して事務所にやってきても、逆に食って掛かる始末です。
 パ二くッている。良し悪しは別にして、ここでも小川氏はバカ正直です。


 
 ちなみに田崎史郎はボクは最近、ちょっと評価しています。もちろん自民べったりという立場は別にして、田崎の言ってることはそれほど間違っていないのが、彼が時折出演するBS-TBSの’’報道1930’’を見て判ってきたからです。田崎が若い時は三里塚の反対運動に関わっていたというのも面白い話です。物事は白か黒か単純に割り切れるものではありません。
●これは前作で田崎史郎が登場したシーン。
 

 その後 小川氏が田崎に電話して『言い過ぎた』と謝ったり、立憲民主党の辻元氏に小川氏が怒られたり、バッシングで小川氏の家族が悩むところまで描写はガチもガチ、ドキュメンタリーとしてはとても面白い。

 なかでも、小川氏の父親が『所詮 あいつはエリートで、まだ世の中のことが判っていない。話合いを持ちかけるのは問題ないが、維新みたいな連中はそれを一方的に利用してくるのは決まりきっている。世の中の悪意に対して無防備すぎる』と言っていたのは的を得ています。
 維新や山本太郎のような連中は平気で嘘をつきます。そんな連中とはそもそも会話が成り立つはずがない、とボクも思いますけど、小川氏は’’どんな相手でも話せば判る’’、と心底から信じているから、こういう行動にでてしまう。
 その後 小川氏の母親が『農業政策がどうこう言うのなら大根の1本でも育ててみろ、と叱ったこともある』と言っていました。冒頭、小川氏が大根を事務所の窓際で水耕栽培しているのはそういうことだったわけです(笑)。
 
 
 後半 映画は選挙戦の描写に変わっていきます。
 小川陣営には女性や若い人たちを含めた多様な人たちが自主的に集まって来ています。地元だけでなく、慶應の井手栄策教授から一般の若い人まで、全国から小川氏の応援にやってくる。道端で演説しても小川氏の周りには大勢の人たち、高校生までやってきます。それに対して小川氏もこれまたバカ丁寧に対話し続ける。

mainichi.jp

 一方 平井陣営にいるのは背広か陣営のジャンパーを着た男たちばかりです。街頭で演説しても一部が動員でやって来たくらいで、人は通り過ぎて行ってしまう。岸田や県知事、高松市長まで応援にやってきても、関係者、背広を着た男しか見かけません。笑っちゃうくらい、対照的な光景が広がっています。

bunshun.jp

 映画には、次第に余裕をなくしていく平井陣営が映画を『PRだ』と非難を始めるところや取材拒否、撮影妨害まで始めるところもばっちり映っています。
●50を過ぎて、こんなことをやっていると本人は笑っていました。小川氏の高校の同級生たち(つまり50過ぎ)が自転車で続いています。

 街頭演説で『あんなPR映画』と言われて、激怒した大島監督が(映画の事を忘れて)自ら抗議に行くところも映っています。ちなみに前作には小川氏のPR色なんてありません。むしろ彼の苦悩や判断ミス、有権者に冷たくされる様子を赤裸々に描いていました。田崎史郎でさえ『報道1930』で『PRの映画とは全く思わない』と言っていたくらい。

 映画は事前投票を利用した選挙違反が行われている証拠までばっちり映しています。確かにこういうことは全国でやってるんだろうけど、これはひどい
 

 選挙の結果は皆さんご存じの通り、です。小川氏は権力も組織もないけれど、周りの人には恵まれていることが良く判る。彼の政策秘書は元自民党ですが、彼にほれ込んで移ってきた。選挙になれば高校の同級生たちが応援に駆け付ける。特に家族には実に恵まれていることがしみじみ感じられます。
 小川氏はバカ正直だし判断ミスも犯すけれど、無私でまっとうなところは誰にでも、田崎史郎でも判る。だから、周囲の人間に彼を応援しなければいけない、という気にさせるのだと思います。

 小川氏の苦闘はまだまだ続くのでしょう。彼自身の力不足もある。もっと成長していかなければいかないことは間違いありません。ただ理屈はちゃんとしていて、嘘をつかない。そして国民のための政治をすることに本気な政治家、こういう人がまだまだ増えて欲しい。
●小川氏の選挙事務所。多種多様な人たちが集まっています。一方 平井の事務所には9割以上男しかいない。

  東京では年末から先行上映、1月21日から全国各地で上映されます。
 前作に劣らない第1級のドキュメンタリーです。選挙という究極の場面に直面した人間たちの表情、行動は実に面白いし、頭は悪くないけどバカな、まるでドン・キホーテみたいな小川淳也、それに小川を応援する大勢の個人の力を感じさせます。

 内容がとにかく深い。それはやっぱり、自分たち自身を問い直す作品になっているからです。どうして、こんなことが起こっているのか。この世の中はこんなになっているのか。映画はそのアンビバレンツさを観客に突き付けてきます。ついでに日本の政治の闇も深い。政治家だけでなく国民との共犯で深い闇が作られている。
 時間に余裕があればもう一回見たい作品です。とにかく面白いです。


www.youtube.com