特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

犬が闊歩する二つ星レストラン

 パリの★★レストラン、アピシウス。
日本版のミシュランはあまりにもいい加減でまったく相手にしていないのだが、果たして本場は?
 場所はパリの凱旋門近くの裏通り。門構えが特徴的だ。敷地を囲む塀が高くそびえるように立っていて中を窺うことができない。入り口の門はちょうど車が通れる程度の幅しかない。もちろん店の看板などない。中に入って庭に車を止めると始めて、重厚な屋敷の姿を見ることができる。某伯爵の邸宅だったそうだ。
といっても大資本などがバックではなく、シェフのMr.Vigatoがオーナーシェフ、開店に当っては映画監督のリュック・ベッソンがサポートしたとのこと。屋敷の低層部はレストラン、上層部はベッソンのオフィスになっている。
入り口のホールの左側がウェイティングバー、右側がダイニング。ホールで案内を待っていると、黒い物体がするっと腰の辺りをすり抜けて行った。でかい。シェパードだ。なんでレストランにシェパードが?と思っているまもなくダイニングへ案内された。
 メニューを見ているとMr.Vigatoが自らテーブルに現れ、コースの組み立てを相談しにくる。と言ってもフランス語なのでちんぷんかんぷん(笑)、要するにグランメニューの料理ではなく、ちょうど季節の黒トリュフ中心に組み立てるのはどうだ、とのことだ。勿論 大歓迎(笑)。今回 お店に案内してくれたA氏(20年来Mr.Vigatoと付き合いがあるというフランス人)曰く、Mr.Vigatoは『味が落ちるし、自分は料理に専念したい』と支店の出店などには見向きもせず、毎日 客の顔を自分で見て献立を決め、自分で調理場に入っているそうだ。最近は海外にまで支店を出すなど経営者だか料理人だかわからないシェフも多いが、有名店でもまだ、そういうヒトがいるんだ。
シェフが厨房に戻ると、今度はさっきのシェパードがやってくる。放し飼いのまま、一人で各テーブルを巡回?する。美味しい食べ物がいっぱいのダイニングは、犬にとって(人間にとってもだが)めちゃくちゃ刺激的な環境のはずだが、彼?はテーブルの上の食べ物を欲しがるわけでもなく、客に愛想を振りまくわけでもなく、テーブルの間を悠々と闊歩して、またホールへ戻っていった。その悠然とした態度は犬ながら、なかなか立派だった。是非見習いたいものだ(笑)。
 A氏が選んでくれたボルドーの86年ものの香りを楽しんでいると、アミューズの登場。殻に入ったままの半熟卵にラングスティンと茸を入れたもの。
前菜はフォアグラにカカオと黒スグリのヴィネガーを煮詰めたソースを添えて。フォアグラにカカオ、というのは確かに素晴らしいアイデア
魚料理はスズキ、ホタテ、黒トリュフをミルフィーユ状にしたもの。全面に振りかけられたトリュフの量がすごい。厚みは2mmくらいあるだろうか。日本ではありえない。
メインはテーブルで2種類。一つは豚肉のソテーに黒トリュフを(思い切り)かぶせたもの。何気ない料理のようで、これが実にうまかった。肉のマリネの具合が素晴らしく、塩味とやわらかさが絶品。
もう一つは牛肉入りのマッシュポテトに黒トリュフを(思い切り)すりおろし、それにトリュフのジュをかけたもの。とにかくトリュフを味わってくれ、という贅沢な料理。これまた、ごめんなさいとしか言いようがない。
チーズは臭いウォッシュ系をどっちゃり。とろけるような熟成の具合は勿論だが、日本で食べるものより、ミルクの香りを遥かに強く感じるのはなぜだろうか。
デザートは柑橘系のソースをかけたブランマンジェを選んだ。ソルベを除けば、最も軽そうだったからだ。A氏は熱々のチョコレートスフレを頬張りながら『なんだ、それは。日本ではそういうものを食べるのか』と不思議そうだった。
 食後のコーヒーを飲んでいると、隣のテーブルにローストした巨大な肉の塊が運ばれてくる。それまでテーブルのホスト役として我々や奥様と会話をしながら優雅に振舞っていたA氏は一気に注意がそちらへ向かってしまう。奥様が話しかけても合槌は打つが、完全に気がそぞろ。勿論 僕も。完全にさっきのシェパードの悠然とした態度とは対照的だ(笑)。つまり、僕は犬にも劣る。A氏と僕は目が合うと、二人して思わず、肩をすくめて無言で『にたあ』っと笑う。『この同類めっ』(笑)。我慢できなくなったA氏が肉を切り分ける準備に忙しいボーイさんを無理やり呼び止めて尋ねると、アニョー(子羊)だそうだ。こりゃあ、また食べに行かなければいけない。アピシウスのメニューには仏語だけでなく、英語、日本語のものまであったし。
 魚料理は日本でもっと美味しいものを食べられることもあるだろうが、肉の調理と黒トリュフの質&量は一日の長があると思った。またアミューズからメインまでの流れ、最後にドカンと盛り上げるところは流石だ。何よりも新しい試みを入れつつも、基本をしっかり押さえているのは個人的に大変共感できる料理だった。
 ということで、連れて行ってくださったAさん、ありがとうございました。
●アピシウスのメニュー:シェフのサイン入り(笑)