特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『最低賃金を1500円に。3月20日AEQUITAS新宿街宣』と不動産に関する映画二題:『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』、『ドリームホーム 99%を操る男たち』

東京でも桜の花がほころび始めました。地球温暖化とか言ってますけど、やっぱり冬は寒い〜。暖かくなると、やはり気持ちがほっとします。

勤務先で保育所の抽選に落ちた子に話を聞いたら、彼女が住んでいる区で、ある無認可保育所に問い合わせたら順番が300人待ち!と言われたそうです。ほんと、『日本死ね』としか言いようがないです。あと言うとしたら『家事やらない男●ね』くらいでしょうか。今 保育園が足りない大きな理由として施設だけでなく、保育士が不足しているというのがあります。ところが保育士の資格を持っているのに保育士の仕事についていない人が70万人もいる、と聞きました。野党も含めて『保育士の給料を月5万あげろ』という声が出ていますけどキャンペーン · 保育士給与のために、一人当たり月5万円増額してください! · Change.org、そりゃあ、そうですよ。数十年前 保育士は給料が高すぎると叩かれていたそうですが(当時は公務員ばかりだったので)、今や保育士には大勢の人のニーズがあるんです、こういうことこそ市場原理を働かせろって。

                                                    
ということで、日曜日は新宿アルタ前で、最低賃金を時給1500円にするよう求める若者たちのグループ「AEQUITAS」(エキタス、ラテン語で「正義」「公正」の意味)AEQUITAS AEQUITAS /エキタス (@aequitas1500) | Twitterの街頭宣伝に行ってきました。SEALDs界隈のtwitterで彼らを見かけるのですが、実際に参加するのは初めてです。というのは彼らが言ってる『最低賃金をあげろ』は大賛成ですが、『中小企業に税金まわせ』というのは大間違いだと思っているので、彼らに対する賛否は保留してました(笑)。まず自分の目で見てみようと思ったのです。
最低賃金を上げろ』に賛成の理由は後程書きます。なんで『中小企業に税金回せ』に反対なのか、というと、それはまず、企業を大小で判断するのは20年前の発想だからです。企業の大小にかかわらず社会に貢献している企業はあるし、そうでない企業もあります現実には中小企業こそブラック企業の宝庫だし、もちろん立派な会社もあるし、大企業より儲かっている会社もあります。そんなものを一緒くたに考えるのは幼稚かつ無知な発想だと思います。そもそも税金を使うべきなのは人間のために、であって、企業のためにではありません大事なのは企業ではなく人間、じゃないでしょうか。

                                               
街宣は予定の3時をちょっと過ぎたところから始まりました。AEQUITASの司会兼コーラーの眼鏡をかけた子、挨拶をした子は大学生だそうです。脇には20代中盤から後半くらいの女性が旗を持っている。アルタ前に集まっている人たちの顔ぶれを見ても、安保法や原発の集会とやや違い、比較的若い人、それに中年女性が多い。実際に非正規で働いている人も多いのだろうと思いました。主催者発表で参加者は700人だそうですけど、もっと大勢いるように感じました。会場には風船があげられ、SEALDs風のプラカードやDJの音楽も流れている。とても明るい感じです。賃金の主張を訴える街宣なのに労組やわけのわからない団体の幟がないのが象徴的です(笑)。偉そうに労働者がどうのこうの言ってても(笑)、存在価値がないクソ団体が山ほどあるってことですよね(笑) (*追記 一部 参加していた組合もあったようです)。
●抗議風景1





                                           
DJが流すビリー・ブラッグの曲が流れ終ると、同時に集会がスタートです。ビリー・ブラッグはパンク期にデビューした社会派のシンガーソングライターでイギリスでは非常に著名な人です。政治集会にも積極的に参加する、弾き語りの彼のあだ名は『一人クラッシュ』(笑)。懐かしいなあ。このDJはオッサンでしたけど(笑)、音楽の意味を良くわかってる。
最初のスピーチでAEQUITASの子が言っていたのは『ボクたちには自由がない。非正規社員では最低限の楽しみを得るお金も得られない。正社員では長時間労働に押しつぶされる。最低賃金を上げれば、もっと人間らしい生活ができるようになる』ってことです。彼らの言ってることに納得しすぎて(笑)、聞いてるうちにボクは段々腹が立ってきました。

前にもブログで書いたことありますが、現在東京の最低賃金は時給約900円です。日本全体では約800円。OECDでは11位。世界第3位のGDPの国としては低い水準です。

過去が現在によみがえるお話:『最低賃金を引き上げるとファシズムになる?』と映画『ヒトラー暗殺、13分の誤算』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)
                                                       
仮にAEQUITASの諸君が言うように最低賃金が1500円に上がっても年収は約300万円。別に高い水準じゃありません。シングルマザーだったら子供は育てられません。安倍晋三最低賃金を1000円に上げるとか言ってましたけど、そんな水準じゃ全然足りない。
経済学では、最低賃金を上げたら潰れる中小企業が沢山出る、とはよく言われます。ボクもそう思っていた時もあります。でも、本当にそうでしょうか?日本で現実にそんなことが起きたことがあるでしょうか?賃金を上げたら企業経営がおかしくなるという論理には、賃上げで消費が増えるという要素は考慮されていません。所詮一部だけを切り取った不完全なモデルなんですよ。現実に完全な自由競争が市場に存在しているのならともかく、実際はそんなものは存在しない(笑)。需要が幾らでもある発展途上国と成熟市場の先進国、特に日本のような国を同列に考えるのはおかしい。ロバート・ライシュ先生も言っているし、少し前 日経の経済教室にも載ってましたが、90年代 アメリカで最低賃金が上がっても失業者は増えなかったという実証研究があります。今 NY市は9ドルの最低賃金を15ドルに上げる方針ですMinimum Wage: New York City Raising Pay For City Employees To $15 An Hourバーニー・サンダース氏は全米で最低賃金15ドル(1800円)を数年以内に実現することを公約の一つにしています。
                                  
              
                                              
何より 最低賃金を上げると潰れる企業が出る』という発想が間違っている最大のポイントは、従業員がまともに生活出来ないような賃金しか払えないような企業、経営者なんか社会的に存在する価値がない、ってことです。企業の存在価値は社会のためになる製品やサービスなどの価値を提供して利益を上げてまともな給料や税金を払う、つまり顧客や従業員、株主など、さまざまな利害関係者に貢献することです。それが出来ない企業も経営者も存在する必要はありません。そのために企業には法律上 『法人格』という権利が与えられ、社会のインフラを享受しているのですから、社会に貢献できないような企業は世の中からなくなってもいいんです(笑)。いきなり1500円に最低賃金を上げるのは難しいでしょうけど、ある程度 時間をかけてあげていくのなら問題はない。GDPが世界3位なら世界3位の最低賃金になっても問題があるはずないでしょ。それに対応できないような企業や経営者は大企業だろうと中小だろうといなくなればいいの!。かってカリフォルニアの厳しい排ガス規制にいち早く対応したことで日本の自動車産業の優位性は確立されました。最低賃金のアップで日本経済の産業構造変換も進み、生産性もアップするでしょう。ゾンビ企業を救済する税金があったら、北欧のように失業保険や転職のための職業訓練を充実させればいいんです。助けるべきなのは企業ではなく、人、です。
                                                 
最低賃金が上がれば、労働者全体の4割の非正規で働く人にも波及する。そうすれば消費も増えるから景気だって良くなる。すると社会全体の賃金だって増える。だからボクは最低賃金上げを支持します。



                                  
最初のゲストスピーカーは本田由紀東大教授です。ニートや労働問題に関するこの人の本には、ボクもずいぶん勉強させてもらいました。

曰く『働きすぎて辛い正社員と不安定で辛い非正社員の二択しかないのはおかしい」「莫大な借金による奨学金が、学生をブラックバイトに追い詰めている」「こんなやり方では生産も消費も活性化から遠退くだけ」
全くその通りですよ。コールまでして、こんな熱い人だとは思わなかった。


●ゆきたん(笑)のコール。

次にもやいの大西連氏。もやいって湯浅誠氏などが始めた貧困問題に取り組んでいるNPOで、リーマンショックの時 年越し派遣村をやった人たちです。最低限度の文化的生活を保障する憲法25条の話を絡めながら、実務家らしく現場の話を理路整然と語る、非常に好感を持てる人でした。


                                                           
それから水野和夫大先生が登壇しました。この人が本を出す度にブログでも度々取り上げていますが、世の中でもメジャーな、週刊ダイヤモンド年間経済書1位の著者です。まさか、こんな人が街宣の場に出てくるのは驚きです。アベノミクスは失敗、アベノミクスは間違い、ということを判り易く説明していました。
                                    


『この20年間実質賃金は下がり続けてきた。好況があっても賃金は上がらないし、不況になれば賃金は下がる。経済対策と言っても、ただバブルを創るだけだった。もう、そんなことに期待してもダメだということがはっきりわかっている。』

『自己責任と言うコトバで頑張ってない人にはお金が回らないと言っているけれど、今の日本で頑張ってない人なんかいません。成功した人が努力した人、と言葉がいつの間にか置き換えられている。』

安倍総理の成長戦略と言うコトバには主語がない。その主語は株主だ。確かに日経平均は上がったが、その半分は外国人だ。その反面 実質賃金は下がり、非正規社員は増え、GDPも上がっていない。そんなの政治としておかしい』
●水野先生のコール(驚)!アベノミクスは全然 意味ない!

バックのDJは本田由紀先生がしゃべるときはシェリル・クロウの『ラン・ベイビー・ラン』を、水野和夫先生がしゃべるときはディランの『ライク・ア・ローリングストーン』をかけていました。スピーカーのイメージに合わせているんでしょうね。こういう発想、いいな。そのあと街宣では小沢一郎のメッセージの紹介があり、会場では社民の福島みずほ共産党小池晃、民主の石橋通宏などがスピーチしたそうです。
福島瑞穂:『かつて教育は貧困を脱する手段でした。それが今では貧困を作る手段になってしまっている」

●出番を待つ水野氏と本田由紀

                           
●抗議風景2


                                     
この日の街宣には当事者感覚を非常に強く感じました。やっぱり日々の暮らしの事ですから切実な問題です。また沿道を通り過ぎる人にも多少なりとも反応、インパクトは大きかったと思います。先日の『保育園落ちた日本死ね』(ホント、死ねばいいと思います)もそうですが、問題を感じたら自分たちが声を挙げるということがどんどん広がってきたのではないでしょうか。扉は開きつつある。何でもそうですが、政党も含めて、他の誰かが賃金を上げてくれるのではない。当事者自身が声を出さなくては何も変わらないと思います。
                             
個人的には、エキタスの諸君らの言ってることに必ずしも全ては賛同できないだろうという気はします。でも彼らが言ってる『経済でも野党は共闘』、『経済にもデモクラシーを』はその通りだと思います。なんでも市場に任せきりでは弱肉強食の社会になるし、規制でがんじがらめなのも社会の活力が失われます。日本がずっと、所得税の累進税率を下げてお金持ちを優遇する代わりに消費税を上げてきたのが良い例で、この20年くらい日本はそのバランスが非常に悪かった。現実に経済のルールを決めてるのは企業だったり、既得権益を守ろうとする圧力団体や官僚、政治家たちです。自由経済と言いますけど、実際に自由な経済なんかこの世に存在しない年収減や非正規社員の増大など一般の人の暮らしはどんどん厳しくなっているし、農業や放送などもっと自由化をすすめるべきところは規制はそのままだったその結果が今の閉塞感溢れる日本です。彼らはまた4月16日に渋谷でデモをやるそうです。

●この日の街宣を伝えるニュース
「最低賃金1500円に上げろ!」エキタスが新宿で街頭活動 大学教授や野党議員も応援に駆けつける
「最低賃金1500円に」声響く/若者グループ「エキタス」都内で宣伝/「経済でも野党共闘」



ということで、新宿で映画ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります

ブルックリンに住む黒人画家(モーガン・フリーマン)と元教師の白人妻(ダイアン・キートン)は結婚以来40年住んだアパートを売ろうと考えている。眺望も住み心地も良いがエレベーターがない5Fのアパートは二人には辛くなってきたから。住み始めた当初は治安が悪かったブルックリンは今やお洒落な街に変貌しており、100万ドル近い価格で売れるという。姪の不動産屋は二人を急き立ててアパートの内覧会を開く。また二人のエレベーター付きの新居も探さなくてはならない。おりしもマンハッタンとブルックリンを結ぶ橋でタンクローリーが立ち往生、イスラム圏出身の運転手が逃げ出してしまう。爆弾テロを疑った警察は厳戒態勢を敷き、てんやわんやの騒ぎになるが
モーガン・フリーマンダイアン・キートンのリベラルを絵にかいたような老夫婦像

ダイアン・キートンって好きなんです。たれ目の顔も、エレガントなファッションもボクのタイプなんです。今70歳だそうですが、ゴールデン・グローブ賞を取った『恋愛適齢期』での60歳のベッドシーンも素敵でした。今回は78歳のモーガン・フリーマンと夫婦役のドラマということで、直ぐ見に行きました。

恋愛適齢期 [DVD]

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家を売るって大変ですよね〜。この映画を観てると、アメリカではオークションで不動産を売るんですね。内覧会をやって、最も高く価格を出した人に売るんです。手紙を書いたり、締め切りをずらしたり、売り出し方法などの駆け引きもしなくてはなりません。まして今はトレンディなブルックリン地区。いかにもアメリカらしいといえばアメリカらしいですが、素人には大変です。老夫婦はやり手の不動産屋に急かされながらも当惑を隠せません。
911の次の日にも物件を売ったと豪語する肉食系不動産屋

                                         
40年も住んだ家を売るのですから、家には思い出が詰まっています。どうしたってセンチメンタルになります。映画ではところどころ二人の回想シーンが挿入されます。二人の出会い、周りの反対を押し切っての黒人と白人の結婚、犬を飼い始めた時のこと、妻のリタイヤ・パーティ。70年安保が終わったら直ぐ会社人間に転向して嫌韓本を買ったり、他人の迷惑顧みず国会前で未だに暴れたがってる日本の団塊世代とは違い(笑)、二人はリベラルな価値観を自分たちで体現してきた世代です。カネが全ての最近の風潮にはどうしてもなじめません。
●若き日の二人の回想シーンが度々挿入されます。50年前 異人種間の結婚はさぞ大変だったでしょう。

夫婦役の二人のキャラクターは文句ないんですが、確かにカネがすべての客や不動産屋、それに二人の新居の売り主は嫌〜な感じです。見ていて、ちょっとイライラします。こういう生き馬の眼を抜くような世界で生きていくのは大変、できれば関わりたくない、と思います。なかには『日当たりの良い夫妻の部屋で養子を育てたいので部屋を売ってほしい』と手紙で訴えるゲイのカップルみたいな感じの良い人たちも出てくるんですが。


それでも夫妻は自宅の売却と新居の購入を決めようとします。しかし、いざ契約の際 テロ騒ぎで値段が下がったとTVに向かって悪態をつく若い売主に、夫妻はとうとう堪忍袋の緒が切れます(笑)。

●二人の姿を見ていると齢をとっていくことの寂しさと豊かさが感じられます。

この映画で垣間見えるカネが全ての世界は気分悪いですが(笑)、時間をかけて積み重ねてきた老夫婦の生活の上に育まれてきた愛情は見ていて心地よいです。あと、二人の飼い犬が結構可愛いのも個人的にポイントが高い。面白いプロットとか鋭い演出があるわけではないですけど、夫婦愛と歳を取っていくことの価値を描いた小品でした。






もう一つは、この前取り上げた『マネー・ショート』の被害者側のお話です。『ドリーム・ホーム 99%を操る男たち

主人公(アンドリュー・ガーフィールド)は大工として、ローンで買った自宅に幼い息子と自分の母親(ローラ・ダーン)と暮らしていた。ところがリーマン・ショックで仕事も減り、家は差し押さえられて不動産屋(マイケル・シャノン)に転売されてしまう。路頭に迷った主人公は生活のため不動産屋の手先になり、差し押さえた物件を転売して大儲けするようになるが---

リーマン・ショックの際 アメリカでは東京都の世帯の半分にもなる300万世帯が銀行に家を差し押さえられて家を失ったそうです。300万世帯と言うと1000万人くらい、アメリカの20人に1人くらいでしょうか。リーマンショックの直接の原因を作ったのは規制緩和をした政府とサブ・プライムローンやCDSクレジット・デフォルト・スワップ)など奇怪な金融商品に走った金融機関ですが、そのしわ寄せはいつも立場が弱い人にきます。それを庶民の側から描いた映画です。


映画の冒頭 自宅の差し押さえのシーン。浴室には血まみれの死体が転がっています。そこに保安官と不動産屋が入っていく。ローンが払えなくなった債務者に裁判所から立ち退き命令が出て期限が来ると、債務者の家に、保安官と債権者(銀行、もしくは銀行から転売を受けた不動産屋)がやってきます。債務者に赤ちゃんが居ようと、老人だろうとお構いなしです。だから絶望して死を選ぶ者も出てくるんです。
債務者には身の回りのものを整理する僅かな時間だけを与えられ、同時に不動産屋が連れてきた労働者が家具を庭に放り出します。24時間以内に持っていかなければ、こちらで処分する、と丁寧な口調だけど毒舌の不動産屋が言い渡します。

確かに法律上は間違ってないけど、う〜んというシーンです。目の前で見るとショッキングです。こうやって300万世帯が家を失った。
●主人公、主人公の母、主人公の息子の一家は家が差し押さえられ、立ち退きを強要されます。

大工である主人公はリーマンショックの影響で仕事が減り、3万5000ドルのローンが払えずに家を失います。主人公たちはとりあえず安モーテルへ避難します。ところがモーテルには既にそのような家族が沢山いるんです。彼らに『いつまで滞在するんだい?』と尋ねられた主人公は『ほんの2,3日だよ』と答えます。すると『私たちも2年前はそう言ったんだよ』という返事が返ってきます。
●立ち退きの猶予を警察に懇願する母親(ローラ・ダーン

                                   
主人公はなんとか仕事を探して、家を取り戻そうとするのですが、不況のさなか、なかなか仕事は見つかりません。困窮した彼はふとしたことから、自分の家を取り上げた不動産屋で働くことになります。
●不動産屋へ抗議におしかけた主人公は逆に仕事をもらいます。

                                               
この映画の良いところは主人公だけでなく、敵役でもある不動産屋のキャラクターに感情移入できるところです。単純な勧善懲悪じゃない。不動産屋は銀行から債務者の家や家財を捨て値で買い取り、それを高く転売して大儲けする極悪人ですが、テンション高い彼の饒舌ぶりを聞いていると納得できてしまうんです。
●主人公(アンドリュー・ガーフィールド)と不動産屋(マイケル・シャノン)(右)

                                            
マイケル・シャノン演じる不動産屋は仕事に当惑する主人公に『アメリカとはどういう国なのか』を滔々と語ります。
俺の父親は正直にコツコツ働いてきたが身体を壊して、惨めな人生を送った。俺もリーマンショックが起きる前までは普通の不動産屋だった。今は合法的に物件を転売しているだけだ。アメリカは1%の人間が富を手に入れ、99%は溺れ死ぬ。アメリカは溺れ死んだ人間のことなんか気にしない国なんだ。お前がくたばってもこの国では誰もお前のことなど気にしない。だから俺はこういう仕事をやっている!


このシーン、ボクは納得しただけでなく、感動すら覚えました。(マイケル・シャノンはこの役で幾つも演技賞を受賞しています)。『1%の人間が富を手に入れ、99%は溺れ死ぬ。溺れ死んだ奴のことなど誰も気にしない。』ボクにはこの言葉が真実に思えます。でも敏腕を気取る不動産屋も冷静に見れば、99%の側に過ぎないんです。終盤 彼は商売を大きくするために、無理をして都会から来た大資本に取り入ろうと試みます。結局リーマンショックを引き起こしたゴールドマン・サックスなど金融屋に比べれば、彼のやってることなんか全く可愛いもんです。彼は過酷な環境の中で手段を択ばず生き残ろうとしているに過ぎない。客観的に見れば、主人公と大して変りはないんですね。

不動産屋は主人公に仕事を教え、事業を拡張していきます。家を差し押さえられる債務者には行くところがない老人もいるし、汚物をまき散らして逃げる者、立てこもる人もいます。万一のために不動産屋も主人公も拳銃を隠し持って差し押さえをしています。主人公は3万5000ドルのローンが払えなくて家を失ったのですが、不動産屋は15万ドルでその家を買い、17万ドルで主人公に転売します。一事が万事、その調子です。
●不動産屋の右腕として、俄然 主人公は羽振りが良くなります。

                                            
映画の冒頭では100ドルくらいのカネをもらって大喜びしていた主人公も、やがて数万ドル単位でカネを数えるようになります。汗水たらす肉体労働より物件を転がす手数料のほうが儲かる訳です。家を取り戻した主人公ですが彼がどんな仕事をやっているか理解した母親と息子は彼から離れていきます。やがて不動産屋は大手の業者に勝つために、債務者の引き渡し書類を偽造することを主人公に命じます。その債務者は主人公の友人です。主人公はどうするでしょうか。                                                                      
主人公は自分の息子と自分の母親を心から愛しています。良心の呵責に苛まれながら家を取り戻すために懸命に働きます。だが彼が何をやっているか判ると、母親も息子も彼の元から去っていく。物語の終盤まで息子を産んだはずの主人公の妻のことが出てこないのですが、その理由が判ると主人公がいわゆるホワイト・トラッシュ(白人の最下層)という階層にいることも浮かびあがってきます。主人公の息子を世話する祖母である彼女がやたらと胸の空いた服を着ているわけも思い当ります。主人公の母は幼い息子の祖母であり、生母なんですね。アンドリュー・ガーフィールドローラ・ダーンも良くこんな設定の役を受けたな。リアルではあるんですが、観ている側はなんとも複雑な気持ちになります。

                                          


何でこんな社会になってしまったのか、直接的には銀行に投資銀行業務をすることを禁止するグラス・スティーガル法クリントンが廃止したのと、ブッシュの『オーナーシップ・ソサエティ』政策とサブ・プライムローンなどの金融商品が世の中をカネまみれにしてしまったせいです。しかし金融機関だけでなく、99%の側の一般人も多くはカネまみれになっていった。1%と99%の問題は確かにあります。でも99%の側の問題もあるということを映画は描いています。他人事じゃないし、やっぱりボクら自身も良く考えなくてはいけない。

                              
演出はとてもリアルだし、アンドリュー・ガーフィールドローラ・ダーンマイケル・シャノンもすごく良いです。プロットとして後半の盛り上げが少し足りない気もしますが、こういう題材を描いたら、こういうお話にしかできないだろうな、とも思います。
エンディングはやはりほろ苦い。警察に連行される不動産屋は主人公に別れを告げる際 丁寧に感謝の言葉を述べます。そこに希望を感じました。良い映画です。