今朝の東京も気温20度を切りました。
あんなに暑かったのが嘘のような、爽やかなお天気です。地球温暖化で夏が1か月延びた、ってことなんでしょうね。
自民党の総裁選とかやってますけど、興味ありません。所詮は自民党内の都合だけで、国民のことなんか議論していないじゃないですか。将来どんな社会を目指すか、なんて議論は皆無、バラマキの議論だけでしょ。
経済政策一つとっても今の厳しい生活水準のままか、一時凌ぎは出来ても結果的に生活をもっと厳しくする減税か給付金で自爆するか(笑)、の選択肢しかない。もちろん野党も同じようなもんでしょう。
今 出来ることは、最低賃金をゆっくりと上げながら、安倍晋三なんてマヌケに長期政権を委ねてしまったことを国民が反省することくらいでしょう(笑)。反省なんか全然足りない。
100年以上かけないと元に戻せない程、アベノミクスは日本の金融に深刻な打撃を与えたということ。
— 99%の下の方 (@SM1651) 2025年9月20日
アベノミクス信者の皆さん、これが現実です。
『日銀総裁、ETF売却期間は「100年以上」 政策金利は据え置き | 毎日新聞 』https://t.co/LXWQRIngsW
と、いうことで、新宿で映画『遠い山なみの光』
1982年のイギリス。日本人の母とイギリス人の父のもとに生まれたニキ(キミラ・アイコ)は大学を中退、作家を目指しながらロンドンで暮らしていた。父が亡くなって家を売ることになった母の悦子(吉田羊)は長崎で原爆を経験、戦後イギリスに渡ってきた。悦子は訪ねてきたニキに、若き日の悦子(広瀬すず)がかって長崎で知り合った謎めいた女性・佐知子(二階堂ふみ)とその娘の夢を最近よく見るようになった、と語り始める。
gaga.ne.jp
第78回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門正式出品、日英ポーランド3か国の合作という作品です。
原作はイギリス国籍のノーベル賞作家、長崎出身のカズオ・イシグロ。黒澤明の『生きる』をリメイクした22年の『生きる LIVING』の脚本でアカデミー賞にもノミネートされた彼は自ら映画の総合プロデュースも担当しています。監督/脚本は『蜜蜂と遠雷』の石川慶。
出演は広瀬すず、二階堂ふみ、吉田羊に加えて、悦子の夫で傷痍軍人の二郎を松下洸平、二郎の父でかつて悦子が働いていた学校の校長を三浦友和が演じています。
前知識なしだったので長崎の原爆をテーマにした邦画の大作か、と思って見に行ったんです。良い意味で全然違った。
舞台は長崎だし監督は日本人ですが、撮影は外国人だし、画面もプロットも完全に洋画の体裁です。これは誉め言葉。
映画は50年代初頭、まだ焼け跡が残っている長崎に住む、広瀬すずが演じる悦子の描写から始まります。悦子は当時最先端だった団地に住む専業主婦、彼女は河原に立つバラック小屋に目を止めます。そこで、思いもかけない音楽が流れ始めます。
今年2月にステージを見に行ったイギリスのニューウェイブ/テクノ・バンド、New OrderのCeremony(儀式、葬式)です。
ここで舞台は82年のイギリスに変わる。丁度、この曲が発表された頃です。
この映画がどういう作品か、これで判ります。回顧談でもなければ、原爆の傷を表現するだけの映画ではない。見事な展開でした。ちなみにカズオ・イシグロは作家になる前はバンドをやっていたそうです。
80年代の悦子(吉田羊)はイギリス人の夫を亡くし、広すぎる家を持て余して売ることにしたところです。
彼女はロンドンで一人暮らしをしている娘、ニキ(キミラ・アイコ)にせがまれて、
かって首吊り自殺したニキの異父姉と自分の過去の思い出を語り始めます。
ニュー・オーダーはメンバーの首吊り自殺をきっかけに始まったバンドですから、映画がこのバンドの曲で始まったのはそこも絡んでいるのか、というのは深読みでしょうか。
50年代、長崎の団地住まいの悦子は近所の子供たちに苛められていた女の子を助けます。その母親が佐知子(二階堂ふみ)でした。
佐知子は河原のバラック小屋で女の子と二人で暮らしている。そのバラック小屋には時折 外人の男が出入りしている。
今の我々は日本が連合軍に占領されていた時、大勢の女性が兵士に身を売ったり、兵士と結婚したことを知っています。
悦子と佐知子は一見 対照的な存在に見えます。おそらく、この時代には羨望の的だったであろう近代的な団地住まいの専業主婦の悦子とシングルマザーで河原のバラック住まいの佐知子。しかし二人は仲良くなります。
言葉には出さないけれど、二人には共通するものが多々ありました。共に原爆で被災・被ばくしています。その際 悦子は子供を失い、ずっと自責の念に駆られています。
一方 佐知子の子供にはケロイドが残っており、母子ともども差別に直面しています。何で原爆の被害者を差別するのか、ボクには理解しがたいんですが、とにかく最低です。
悦子は結婚しても音楽教師を続けたかったし、佐知子は映画女優になりたかった。けれど、当時の風潮では女性は夢をあきらめざるを得なかった。
映画は50年代初頭の長崎と80年代のイギリスが交互に描かれます。この切り替えが何とも絶妙です。当時と現代の女性像の対比と類似点が浮かび上がってくる。
佐知子はどこか浮世離れしている。お金に困っているようだけど、言葉遣いは丁寧だし高級な食器を使っている。部屋の中もカーテンやテーブルクロスがかかっているし、とてもバラックとは思えない。
時折着る服もきれいだし、上流階級の人にすら見えてしまう。
しかし、どこか嘘くさい。彼女は一体どういう存在なのでしょうか。そして悦子とはどういう関係なのでしょうか。
あと時代は変わっても、男はみんなクソ(笑)。一見 良心的に見えて中身は全部ゴミ、というのも良く表現されています。良い脚色でした。
不可解な存在、矛盾をはらんだ存在はカズオ・イシグロ作品の特徴だそうです。映画では映像、プロットともにそれを非常にうまく表現しています。
テレビドラマのようなイージーな展開ばかりに慣れた昨今の日本の観客に受けるとは思わなかったけど、ボクはこの映画の、一見矛盾したプロットを追うのがとても楽しかった。良い意味で如何にも文芸作品らしい。
広瀬すずも二階堂ふみも存在感があって、とても良かった。広瀬すずはルックスだけでなく、良い役者になりました。二階堂ふみちゃんの怪しさや台詞回しも流石でした。
戦中の行為を責められる元教師の義父役の三浦友和の演技もいつもながら、とても良かったです。教え子から戦争を推進した責任を責められて納得できない感じがいかにも、という感じでした。過ちを犯しても素直に反省できる人は案外少ない、それが人間かもしれません。
映画は最後にもう一度、ニュー・オーダーのCeremonyが流れて、終わります。
人は皆 それぞれ異なる物語を見出すから、ボクはいつも狼狽えてしまう。
教えてくれ 誰の為に歯車は回っているのか?廻り廻って 行き着いたのが今なのか
過去と現代は一続きの存在です。狂気と悔恨が時代を繋いでいる。
直接的な表現でなくとも原爆の残酷さが伝わってきたし、女性のおかれた状況の変わらなさ、それを乗り越えようとする意志が伝わってくる映画でした。何度も何度も見返しても鑑賞に堪えるAクラスの文芸作品だと思います。
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