特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『1年待ちのお肉屋』と読書『武器としての「資本論」』

 東京も梅雨入り、そのあとも(どうせ)酷暑ということで、これからは毎日往復で3時間、徒歩通勤するにはちょっと辛い季節です。どうしようかなあ。
 この2か月で少し日焼けしました。マスコミが大騒ぎするほどマスクが苦しいとは思いませんが、マスクのところだけ日焼けしたらみっともないなあ(笑)。

 これから今までにも増して、寒暖の変化が激しいみたいですから、皆さま、お気を付けください。ボクもです(笑)。

 しかし、あの『東京アラート』って何だったんだ。何をどうしろって言いたかったのでしょうか。都庁や橋を赤く照らして、お前はお猿さんの尻かって。

 飲み屋などの営業時間が延長されるとか言ってたけど、未来永劫 夜10時まででいいんじゃないの(笑)。そうすれば皆 早く帰れるし、健康になるし、翌日の仕事の生産性も上がるし、二酸化炭素の排出量も減る(笑)、良いことばかりじゃないですか。
 *前々から言ってた通り、山本太郎なんて、こんなものでしょ。都民のことより自分の勢力拡大が大事、参謀役の元新左翼、斎藤まさしが考えつきそうな発想です。


 この前、友人から、予約が1年待ちという大人気のお肉屋に誘われたんです。吉祥寺にある有名店で、名前はN。ググれば直ぐ出てくるのですが、これからディするので挙げません(笑).

 グルメブームとやらでTVや雑誌に取り上げられる、そういう店ってありますよね。多くの場合、値段の割に量があったりとかインスタ映えなどの理由で、なかなか予約が取れないと話題になったり、店先で大行列してたりするのをよく見かけます。
●大阪のずぼらやが閉店したのも驚きです。


 ボクは食べ物は大好きですが、基本的にはマスコミに出てくるような店には滅多に行きません。
 まして肉だろうが寿司だろうが、予約が1年待ちなんて非常識だし、そんな店は料理も客層もロクなもんじゃないはずです。今回は友人がわざわざ昨年 予約してくれたそうなので怖いモノ見たさで、つい(笑)。


 渋谷から吉祥寺まで、井の頭線で15分、帰宅時間帯で混んでる電車に乗ること自体、おっかなびっくりです。この2か月、殆ど電車に乗ってないですから。
手すりや吊革には一切掴まらず、N95マスクで完全武装(笑)。最近の感染者の発生度合いを見ても、あまり論理的な話じゃない、気分の問題ではあるんですけどね。
●自粛期間なのに混んでる、とTVニュースで良く流れていた商店街ですが、夜はこの通りでした。

 店の営業は1日2部制、時間指定で5時一斉スタートの回、8時一斉スタートの回に分かれています。こういう店でよくある、客を舐めたパターン(笑)です。
 8時ちょっと前につくと大勢の人が店の前に並んでいる。時間になったら予約した人だけ店に入れてくれて、間髪入れず料理がお任せで出てくる、という仕組みです。


 色々な肉がお任せで人数分、一皿にまとめて出てきます。肉は塊のまま炭で焼いて、小分けしているんです。気持ち悪い霜降りじゃなく、いろんな部位の赤身中心です。それはOK。写真は3人分です。


 確かに安いしお腹いっぱいにはなります。人気が出るのは判ります。若干の野菜の他は、ひたすら肉が出てくるのも潔い。

 ただし、味はまずいというほどではないけど、美味しくはない(笑)。一応 炭で焼いてたけど、火力も弱いんだろうなあ。和牛と言っても肉は固いし、何よりも味も香りもしない。自分で肉の塊を買ってきて焼いた方が遥かに安くて美味しい。
●締めも肉カレー。皿の縁も肉=29


 予約待ちの店は当然 超満員なだけでなく、ボクの大嫌いなグループ客も多い。うるさいし、ほぼ3密状態で居心地悪い。グループ客って話声もでかいし、傍若無人じゃないですか。だいたい大勢で来て美味いものが食えるはずがない。そんなことすら判らないような輩とは席を同じくしたくない(笑)。
●有名店らしく、来店した漫画家のイラストが壁に書いてありました。ボクは全然知りません(笑)。


 TVの影響なのか、近年 食べ物屋はコスパばっかりが持て囃される気がします。が、ボクは、それは違うと思います。安い割に量があったり、美味しいのは悪いことではないけれど、それがすべてじゃない。

 800円の中華炒めでも素晴らしいものはあるし、1万円の料理でもまずいものは幾らでもあるし、1000円で高すぎると思うこともある。でも、コスパが全てじゃない
 そりゃあ、払えるお金には限度があるし、値段である程度決まる部分はある。でも値段だけじゃない。味とか雰囲気も含めて、どう時間を過ごすかの方がボクは大事です。

 安くて量が出てきてお得、そういう価値観って竹中平蔵みたいじゃないですか。人生がプアだと思う。

 消費者主権ってよく言いますけど、消費者って経済的な存在です。ボクは違います。お金は大事だけど、経済的原理だけでは生きているわけではありません。人間としての感性で生きてます。
 せっかく友人が予約してくれた大人気の店で楽しい2時間ではありましたが、やっぱり、予約が1年待ちみたいな店は行きたくないな(笑)。




、肉が『資本論』の話に繋がります(笑)。読書の感想。『武器としての「資本論

武器としての「資本論」

武器としての「資本論」

永続敗戦論』、『国体論』の白井聡の新著です。内容は現代の事象にあてはめながら、ド左翼の白井聡の専門?である『資本論』を解説したもの。

 商品化の起源から始まり、資本主義の始まりと変化、現代の新自由主義と資本主義の限界に至るまで、原著からの引用と身近な事象を分析することで判りやすく綴られています。イデオロギーの押し付けも感じません。そういう意味では著者は良く分かってる。優れた本だと思います。


 一方 読んでると『だからダメなんだよ』と言いたくなることが出てきます。一番ダメなのが、左翼というかマルクス界隈の業界用語(笑)。『相対的剰余価値』とか『本質的包摂』とか『本源的蓄積』みたいな言葉です。

 昔 資本論を訳した奴、河上肇が悪いのか、誰が悪いのか知りませんが(笑)、ボクには言葉の意味からして理解できません。
 そもそもこれらの言葉は論理的じゃありません。例えば剰余価値でも、絶対的剰余価値(労働時間)と相対的剰余価値(効率)を分ける必要も感じないです。言葉だって素直に『労働時間による剰余価値』と『効率による剰余価値』でいいじゃないですか(笑)。

 また、『本源的蓄積』とか言うけれど本源って何なんだよ。本質とどう違うんでしょうか。本源的蓄積なんて言わなくても、普通に資本蓄積でいいじゃないか。

 はっきり言って、こんなあやふやで難解な専門用語を使ってる時点で全然ダメだと思う。仲間内だけならともかく、世の中には受け入れられるはずがない。だから日本の左翼はダメなんだよ、とボクなんかは思います。頭悪い

 またド左翼の白井聡らしく、イノベーションの生む剰余価値は大したことない、とか根本的な事実誤認もあります。
 良し悪しは別にして産業革命やIT・金融は莫大な富を生み出してきました。
 今や労働者の年金だって株に支えられています。遠くカリフォルニアの教員組合の年金基金カルパース)やノルウェイの年金基金が日本企業に『労働者をリストラしてROEを上げろ』と要求してくる時代なんて、マルクスには想像すらできなかったでしょう。

 70年代末以降、IT・金融によって実体経済の数倍の富が生み出されたように、AIや遺伝子工学など今後イノベーションによって資本主義が延命してしまう可能性を排除してしまうのは間違いです。それはそれで暗い未来かもしれませんが(笑)。

 それでも、著者はこの本の中で良い指摘をしています。近年は金持ち階級だけが階級闘争を戦ってきた、という指摘です。『新自由主義は上から下への経済・制度・文化が一体となった階級闘争である』、と言っています。

 例えば日本の消費税。所得税の累進税率を下げる代わりに消費税が導入されました。近年少し上がりましたが、約30年 累進税率は下がり続けた反面、消費税は上がっていきました。社会福祉関連の支出が莫大なものになっている現在、税収が安定した消費税には意味があると思いますが、別に累進税率を下げる必要はなかった(笑)。
●消費税導入と同時に、累進税率を下げ始めました。一方株式や配当への課税はほぼ横ばい。露骨な金持ち優遇です。

https://www.mof.go.jp/pri/publication/financial_review/fr_list6/r118/r118_04.pdf#search='%E6%89%80%E5%BE%97%E7%A8%8E%E8%B2%A0%E6%8B%85%E7%8E%87'

 収入が1億円を超えると所得税率が下がっていくのが典型で(株や配当への税率が2割と所得税より低いため)、法律や税金、コネや情報など、今の世の中はお金持ちが有利なように出来ています
●年収別の所得税率と金融所得の割合。年収1億を超えると所得税率は下がります。
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https://dol.ismcdn.jp/mwimgs/d/6/-/img_d6da16e0e189ab60dfd0db20e2f3e095874052.jpg

 その露骨な例が、安倍政権になって頻発しているモリカケ電通パソナ補助金のマージンを掠め取っていること。首相のお友達が得をする、まさに後進国じゃないですか。


 つまり新自由主義は市場原理というより、実態は縁故主義です。しかしマスコミや何も考えない国民は、新自由主義を『自己責任』という言葉で内面化してしまう。
 これは恐ろしい。多くの人たちが、税制のような世の中の仕組みのことは考えず、全体のわずか0.5%しかない生活保護の不正受給や芸能人のスキャンダルに血道を上げるのが一例です。アホとしか言いようがない。

 ちなみに、この内面化をマルクス業界用語では『実質的包摂』というのだそうです(アホらし)(笑)



 では、『自己責任』という「資本主義の内面化」をどう打ち破っていったらよいのでしょうか
 白井聡は、19世紀の囲い込みの影響が理由という説があるイギリス料理のまずさを例に挙げながら、『こんなまずいものが食えるか』という感性こそが階級闘争の拠り所になる(笑)、と指摘します。

 哲学者の國分功一郎氏の『ファストフードは速いからではなく、味が単調で情報量が少ないからファストなのだ』という言を引用しながら、『こんなまずいものが食えるか』、と考えることからこそ、階級闘争が始まる、と言うのです。


 ここでお話は、吉祥寺の肉屋に戻ります(笑)。
 今の世の中 確かにコンビニやファストフード、冷凍食品でお腹を満たしている人は大勢います。勤務先でのお昼ご飯でも、コンビニでおにぎりやカップ麺、弁当を買ってきて食べている人の方が遥かに多い。確かに給料は全然上がらない日本です。安価におなか一杯になることは重要です。

 ボク自身はコンビニやファストフード、それに行列してるような店で食事するのはすごく心理的な抵抗があります。しかし多くの人の心の中には、食事はコスパ重視、が既に内面化されてるのかもしれません。アホなTVのワイドショーや雑誌がそれを煽る。

 味覚は人それぞれなので、ケチをつける気はありません。食べ物に興味ない人だっているし。が、ボクには多くの場合 コスパ重視の食事は、新自由主義によって『自己責任』が内面化されているのと同じように見える。

 価格はケースバイケース、800円の時も5000円の時もあるかもしれませんが、もっと美味しいもの、豊かな時間を過ごせるものがもっと復権してもいいんじゃないか。

 ファストフードやファミレス、それに3つ星レストランを1年前から予約したり、インスタ映えの店の前で何時間も行列したり、いくら安くても焼き方も知らない店員が焼いた肉を大量に食べるなんて、豊かな時間とは言えない、と思う。
 炊き立ての白いご飯とちゃんと作った味噌汁だけの食事だって、それよりはるかに豊かじゃないですか。


 白井聡の言を借りれば、階級闘争が始まるのは『こんな生活は嫌だ』と自分で認識することから始まるお金持ち優先の世の中を変えていくには『こんなまずいものは食えるか』という自分の感覚を取り戻すことから始まるのではないでしょうか。

 そういう感覚って、マスコミや教育に毒される前、例えば幼児の時など多くの人が持っていたと思うんです。今だって、自分で何か料理を作ってみれば、たやすく思い出せるはず。そういう意味でも家事をやらない男はダメなんですね(笑)。階級闘争風に言えば、まさに人民の敵だな(笑)。