特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『ワース 命の値段』

 今日から『自己判断でマスクを外して』というお触れ(笑)が流れています。
 しかし自己判断しようにも、マスクを外してどの程度のリスクがあるのかないのか情報が殆どない、じゃないですか。
 政府だけじゃなく、国民の方からも野党からも情報を求める声は聞こえてこない。マスコミもマスクがどう、とは言うけれどリスクの調査もしなければ、政府への追及もしない、アホか。

 ボク自身は電車や映画館もマスク無しはおっかない。でも、それは感覚的な話です。どうせこの時期は花粉で目がかゆいのでずっとマスクをしているんですが。

 政府がやるべきことをしないまま、国民に責任を押し付ける。説明はしないけれど、国民は言うことは聞け。もしくは自己責任。この体質は戦前も戦後も変わっていないように見えます。

●自分の都合の良い報道を強要しているのは共産党高市早苗と同じです。地方組織のせいにしているところも自民党とそっくり。

 原発事故も同様です。福島県出生率、出生数ともに震災前に比べて減少を続けています。


データで見る 東日本大震災・東電福島第一原発事故 | 福島民報

 県外に避難している人がまだ、3万人もいる、というのは本当に恥ずかしい。サポートも含めて命の価格をどうやって決めるのか。感情的な問題だけでなく、社会の合意としてどうコンセンサスを取っていくのか
 昨晩のNHKスペシャルで『少子高齢化が進む被災地は日本の将来の姿』と言ってました。その通りだと思うけれど、ボクは将来の寒々とした光景を想像してしまいます。


 と、いうことで 六本木で、映画『ワース 命の値段

 2001年9月11日のアメリ同時多発テロ。政府は被害者と遺族が航空会社に裁判を起こして莫大な賠償金を請求することを恐れて、税金で被害者を救済するための補償基金プログラムを設立する。腕利き弁護士のケン・ファインバーグ(マイケル・キートン)は賠償金額を決める特別管理人に立候補し、約7,000人の対象者に支払う補償金額の算出作業を始める。
 しかし、ケンら弁護士チームは年齢も職種、年収もさまざまな犠牲者たちの「命の値段」をどのように算出するのか葛藤する。遺族たちからの厳しい批判にもさらされる中、2年という基金の期限が迫ってくる- - - -

 アメリ同時多発テロの被害者と遺族に補償金を分配すべく奔走した弁護士たちの実話を描くドラマです。地味な作品ですが、各種新聞、NHKニュースやTBSラジオなど多くのマスコミでも取り上げられています。

 監督はサラ・コランジェロという人、脚本は『キングコング:髑髏島の巨神』などのマックス・ボレンスタイン、7000人のテロ犠牲者の命を金に換算するという難題に挑んだ主人公は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』などのアカデミー俳優のマイケル・キートンが演じています。実在の主人公と同じように、マイケル・キートンも自ら映画化権を買って弁護士役に立候補したそうです。

 弁護士のケンは事件や事故などの賠償金を算定することを得意としてきました。訴訟大国アメリカの弁護士らしく、様々な訴訟にかかわって大金を稼いできた。かっては民主党ケネディ(3兄弟で最もリベラルだった末弟)の事務所に所属し補佐官を務めた経歴もあり、政治的にはリベラルです。金を稼ぎつつも社会に貢献したいと考えている。

 出勤途上 911同時多発テロを目撃したケンは彼は自分のスキルが生きるのではないかと、被害者の賠償金額を決める『特別管理人』に立候補します。テロで亡くなったのは消防士や警察官だけではありません。国際貿易センターには金融関係の高給取りが大勢働いていました。悪名高いエンロンの連中もいた。

 数億円、数十億円の年収を得ていた連中の遺族がハイジャックを許した航空会社を訴えたら、航空会社は一発でつぶれてしまいます。それでアメリカの航空業界が壊滅したら、それこそテロリストの思うつぼです。

 ブッシュ政権航空会社を救済するため!被害者への救済基金を設立、税金で救済することにします。期限は2年、7000人近い被害者の約8割からの同意を受けることが目標です。しかし、どうやって同意を取り付けたらよいのか。

 基金の管理人に立候補したのがケン、です。賠償分野で大金を稼いできた腕利きの弁護士であるケンですが、人生の終盤が近づいてきて、彼なりに公共に貢献しようという意識は強い。おまけに自信過剰、悪く言えば傲慢です。彼はブッシュ政権に『民主党の支持者である自分が失敗しても共和党には傷がつかない。しかも自分は労働奉仕≒プロボノ、つまり無給でやる』と売り込みます。

 管理人に就任したケンは自信満々、遺族を集めて、いきなり算定式の説明を始めます。彼の得意の分野です。しかし、お悔やみの言葉もないケンの態度に遺族たちは激怒、補償金交渉どころではなくなります。

 金融関連の遺族は犠牲者の年収を元に補償金を払え、と主張しています。連中は裁判をして、いくら長引いても構わないし、金で優秀な弁護士を雇うことも出来る。

 一方 消防士や警官の遺族は、なんで補償金に大きく差がつくのか納得しません。当然です。政府やマスコミからヒーローと持ち上げられていても、いざとなったらエンロンなどの悪徳金融業者の連中より遥かに少ない補償金なのか。国がやっている基金同じ命に差をつけるのか。現場でアスベストを吸い込んでしまった消防士たちへの保障も甚だ不十分です。

 それだけではありません。ビルにはアメリカ国籍以外の外国人労働者もいた。遺族たちは英語も話せないし、金銭感覚ですらアメリカ人と全く違う。
 また犠牲者の中には家族に言えないような秘密を持っている人もいる。隠し子がいる人もいたし、同性のパートナーを持っている人もいた。当時のアメリカではまだ同性の結婚は認められていません。残された同性のパートナーに対して、犠牲者の親は認めようとしません。

 亡くなった7000人もの人々はあまりにも様々な事情を抱えています。どう考えても、合意はまとまりそうもない。
 20年後に映画として見ているボクですら、無理な話と思いました。金持ちたちは自前で弁護士を雇ってケンに圧力をかけてくる。
 一方 事件で40歳の妻を亡くしたリベラル派の弁護士、チャールズ・ウルフは遺族会を組織し、市井の市民の立場から基金の算定方法への反対運動を始める。

 その一方 遺族の中には子供を抱え、日々の生活資金に事欠く人も出てくる。病床で死を迎えようとしている人もいる。一刻も早く現金を渡さなければならない人も沢山いるのです。

 基金の活動は2年間の期限ですが、1年半以上たっても遺族の合意は半分にも及びませんでした。遺族たちの話を聞かなければならないケンの事務所のスタッフは心を病みかける者まで出てきます。

 流石に途方に暮れるケン。反対派の弁護士、ウルフに助言を求めます。


 
 劇的な展開や秘策があるわけではありません。驚くような困難に立ち向かった人たちの話です。
 911の事件では多くのことが語られましたが、判ってないことがあまりにも沢山あることに気が付かされました。7000もの人々には様々な人生がある。311もそうだし、今起きている戦争や災害でもそうです。

 ケンは被害者の話をただ、聞き続けました。多くの被害者はカネのことではなく、自分がどういう思いを持っているかを語りたかった。ケンたちはひたすら、それを聞き取り続ける。

 それと同時にケンたちは可能な範囲で案を修正した。年収による補償+精神的な補償として一律で20万ドルという案です。その案で同性愛者の人等全ての被害者を救えるわけではありませんし、金額に不満を持つ人もいたでしょう。

 結果として、目標を大きく超える97%の被害者が基金の調停案に同意しました。これは公害や災害の被害者、それに慰安婦や徴用工の問題にも通じる話ではないでしょうか。日本の政府は民の言うことを聞く姿勢が甚だ薄い
 ケンは今でも様々な事件や災害に関わり続け、犠牲者の補償金の算定作業を手掛けているそうです。


 このあとアメリカはアフガン、イラクへ出兵します。実際にビンラディンが隠れていたアフガンはともかく、イラクは完全に濡れ衣の戦争でした。911の犠牲者以上に多くの人が死に、傷ついた。

 ウクライナもそうですが、この世界から理不尽は無くなっていない。しかしケンやウルフたちのように理不尽さに抗する人も必ずいる。
 地味な映画ですが、理不尽に傷つけられた人々の想いと驚くほどの困難に立ち向かった人を描く心を大きく揺さぶられる作品でした。良い映画でした(笑)。


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