特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『ナワリヌイ』と『ベルイマン島にて』

 蒸し暑いお天気になってきました。毎週月曜は週末の暴飲暴食(笑)で疲れた胃を休めるために16時間断食をやっています。断食自体は気持ち良い。単純に肉体的な快感があります。
 平日の嫌なことばかりのストレス解消でつい、週末は甘い物やワインに走ってしまう。これで定年になったら、こういう現実逃避はしなくて済むようになるのだろうか、と思ってしまいます。

 しかし、物価上がってます。ガスや電気だけでなく、生鮮食料品も外食も地味に上がっている。

 ワインやチーズなどの輸入物価の値上がりはこれからでしょうから、先が思いやられます。あ、選挙で相変わらず消費税と騒いでいるアホがいますけど、物価の問題と消費税なんか関係ないですからね。

 ネットでは少子高齢化で、この30年間の社会保障費が20兆円も増えたことを無視するアホなグラフが出回ってます(笑)。どうしても他人のせいにしたいわけです(笑)。

 これ以上カネをばらまいて円安がもっと酷くなったらどうするんだよ。

 普通は賃上げ、でしょう。それも最低賃金の引き上げも含めての。労働者がまともに生活できる賃金を払えないような企業、それにインボイスがどうこう言って税金を払わないような企業は中小零細も含めて存在する価値はありません。現実を見ようとしないアホ連中には困ったものです。



 さて、今回は動と静、対照的な映画の感想です。

 まずは 驚くべきドキュメンタリーです。新宿で映画『ナワリヌイ

2020年8月、プーチンの対抗馬として大統領選やモスクワ市長選に立候補した弁護士、アレクセイ・ナワリヌイ氏は飛行機の中で突然体調不良に陥いる。飛行機は緊急着陸しシベリアの病院に搬送されるが、その後ベルリンの病院に運ばれ一命を取り留める。治療にあたった医師らによって、彼の身体から「ノビチョク」というKGBが使用する毒物が検出されたことが判明するが。
transformer.co.jp

 ロシアの弁護士で政治活動家でもあるアレクセイ・ナワリヌイ氏の毒殺未遂事件に迫るCNN制作のドキュメンタリー。サンダンス映画祭でシークレット上映され観客賞を受賞するなど高い評価を得ています。来年のアカデミー賞の有力候補とも言われている作品です。

 アレクセイ・ナワリヌイ氏はプーチン汚職を追及する大統領候補として、プーチンが名前を呼ぶことすら嫌がるほど嫌われている人物です。タイム誌の2012年版「世界で最も影響力のある100人」にも選出されています。

 映画のカメラを前にナワリヌイ氏はまず、「この映画はスリラーにしてよ。そして、もし僕が殺されたら、つまらない思い出の映画にして」と語ります。このシーンだけでなく、傍目には彼はプーチンに反対すると言う活動の危険を楽しんでいるか、のようにも見えます。

●カメラを前にするナワリヌイ氏

 
 ナワリヌイ氏はプーチン汚職やクリミアへの侵略を批判して大統領選やモスクワ市長選に立候補しています。20年8月 シベリアからモスクワへ向かう飛行機の中で彼は突然の体調不良に陥ります。飛行機は緊急着陸し、意識不明となった彼は病院に担ぎ込まれた。
 FSB(旧KGB)は国の内外を問わずプーチンの政敵を毒殺しています。今回も毒物が疑われますが、ロシアのマスコミはナワリヌイ氏の麻薬や違法毒物の使用、挙句の果てには同性愛をほのめかす等 事実を伝えようとしません。担ぎ込まれた病院の医者にもプーチンの息がかかっています。

 ナワリヌイ氏の奥さんはマスコミの前で国外への転院を強硬に主張します。陰ながら、それに味方する医者もいました。ドイツのメルケル首相が奥さんの要請に応えて特別機を飛ばし、ナワリヌイ氏はドイツの病院に収容されることになります。

プーチン相手に一歩も引かない、ナワリヌイ氏の奥さん

 ドイツでの治療で命を取り留めたナワリヌイ氏ですが、彼の身体からはFSB(旧KGB)が使用するノビチョクという毒物が検出されます。一定時間が過ぎると毒物の痕跡が消える暗殺専用の毒物だそうです。犯人は想像はつきますが(笑)、証拠がない。

 そこでイギリスの調査報道機関’’べリングキャット’’が調査に乗り出します。べリングキャットは公開された衛星写真などを使って、フェイクニュースなどを暴く活動を続けている機関で、今回のウクライナ侵略でも度々名前が挙がっています。

 べリングキャットの調査員によると『ロシアではお金を出せば、どんな情報でも買える』そうです。秘密とされている携帯電話の傍受もメールアドレスも簡単に買える。ベリングキャットはナワリヌイ氏の暗殺計画に関わったらしい人物たちのケータイ電話やメールアドレスを割り出すことに成功します。

 そこでナワリヌイ氏はカメラの前で、自ら殺し屋たちに電話を掛けることにします。FSB(旧KGB)の上司が報告書を書くふりをして殺しの内容を白状させよう、というのです。
 果たして彼が上司のふりをして電話をすると、さすが上位下達の国(笑)、ある殺し屋が洗いざらい手口を吐いてしまいます(笑)。ナワリヌイ氏のパンツに毒を仕込み、徐々に吸収させていたのです。
 映画ではその一部始終が描かれています。すごい(笑)。

●殺し屋に電話を掛けるナワリヌイ氏。ぺらぺら殺害方法を喋る殺し屋に会話を記録しているスタッフ(右)が驚きの表情を見せています。

 ナワリヌイ氏はそれを公開、世界中に大きな反響を巻き起こします。CNNがカメラと一緒に殺し屋のアパートへ突撃取材をかける映像は世界に流される(笑)。なお、ベリングキャットやナワリヌイ氏は喋った殺し屋に亡命を持ちかけますが彼は行方不明になります。
 その後、ナワリヌイ氏はロシアへ戻ることを決意します。プーチンとあくまでも戦う、というのです。

●大勢のマスコミを引き連れて、ロシアへの帰国便にのるナワリヌイ氏

 ナワリヌイ氏は帰国直前、カメラに「もし私が殺されることになったら、それは私達がそれほど彼らにとって脅威だということだ。私たちは私たちの力の強さに気が付くべきだ。諦めてはならない」と言い残しています。

●拘束直前、奥さんとの別れ

 果たしてナワリヌイ氏は帰国後、空港で拘束されます。彼の政治団体は過激派に指定され、彼自身は禁固9年~20年の刑を問われていますが、彼は今も『1秒も後悔していない』と声明を出しています。


www.youtube.com

 映画に映った、反プーチンの集会に集まったり空港にナワリヌイ氏を迎える大勢の人の存在はロシアにもプーチンに反対する人が本当に大勢いることを私たちに教えてくれます。
●群衆に囲まれるナワリヌイ氏。

 プーチンはカメラの前で『あの男(名前は絶対に呼ばない)を毒殺しようと思えばいつでも毒殺できる』と語っています。
 弾圧に全然めげないばかりか、始終冗談を飛ばしているナワリヌイ氏はその危険を楽しんでいるかのように見える。カメラは彼が時折不安そうな表情を見せるのも捉えていますが、とにかく驚くべきキャラクターです。
 タイムリーでもあるし、第1級のドキュメンタリーでもあります。見ている時間があっと言う間に過ぎました。すごく面白いです。


www.youtube.com

 結局 問題はロシアとか中国とか特定の国ではなく、専制主義なのです。専制主義の定義は難しいですが、程度の差こそあれ、日本も他人事ではありません。


 

 もう一つは、日比谷で映画『ベルイマン島にて

映画監督同士のカップル、クリス(ヴィッキー・クリープス)とトニー(ティム・ロス)はスウェーデンフォーレ島へ夏の休暇を過ごしにやって来る。ここは数々のイングマール・ベルイマン監督が居住し、作品の舞台となった島。創作活動も夫婦関係もマンネリ気味の二人は、ベルイマンを振り返りながらこの島で過ごすことでインスピレーションを得ようとするが。


 死を目前にした有名女優をイザベル・ユペールが演じた『未来よ、こんにちは』が素晴らしかったミア・ハンセン・ラブ監督の新作です。

 前作は美しいポルトガルが舞台でしたが、今回はスウェーデンフォーレ島、それも夏。スウェーデンの有名映画監督、イングマール・ベルイマンが住み、映画の舞台にもなった島は現在は観光地になっています。そこへ、私生活も仕事もマンネリ気味の映画監督夫妻がひと夏を過ごしにやってきます。
●バカンスを過ごしに来た映画監督夫妻

 映画監督の夫妻と言っても二人は立場が違います。夫は既に名を成した有名監督、妻は新進の監督です。夫は周囲からちやほやされるし、仕事も順調、休暇を過ごしていても、しょっちゅう電話がかかってきて忙しい。

 一方 妻は新作のシナリオに行き詰っている。スランプ状態だし、欲求不満でもある。二人とも大人でインテリだから表立ってはぶつかったりはしませんが、微妙な距離がある。そこの描写は笑います。

 有名監督と結婚した女性映画作家の物語というのは、どうしても有名監督、オリヴィエ・アサヤス氏と結婚したミア・ハンセン・ラブ監督自身と重ねてしまいます(笑)。

 フォーレ島は観光地になっています。ベルイマンの住んでいた家や映画に出てきたシーンを巡るバスツアーや土産物店まである。海も近くて自然も美しい。美しいポルトガル世界遺産を描いた前作同様 今作も観光地映画の側面もあります。見ていて楽しいです。

 しかし映画のところどころに出てくる、私生活は滅茶苦茶で(6人の女性に9人の子どもを作らせて、自分は映画作りにかまけて家庭に関与しなかった)暗い陰鬱な映画ばかり作っていたベルイマンのエピソードが二人の関係の暗部を暗示します(笑)。ミア・ハンセン・ラブ監督が、ベルイマンという人が個人的には大嫌い、なのが判って楽しいです(笑)。

 やがて映画は妻が構想する新作の話に移っていきます。劇中劇です。こちらでは妻の欲求や感情がよりビビッドに表現される。

 劇中劇の主役を演じるミア・ワシコウスカという人が実に美しいことも相まって、惹きつけられます。

 しかし妻の構想ではどうしてもエンディングがまとめられない。お話は現実と劇中劇と、段々と虚実が入り混じっていきます。

 映画では劇的なことは何も起こりません。北欧の短い夏、美しい自然の中で人間の気持ちが淡々と移り変わっていく様子を描いています。前作同様、エリック・ロメール作品の影響は濃厚です。

 登場人物が、怒ったり、欲したり、騒いだりしても、所詮は人間の営みです。右か左には割り切れない。時には美しいけれど、矮小でちっぽけなものでもある。
 本人にとっては大変かもしれませんが、しょせんは人間の感情描写もそれだけのものに過ぎません。なんだ、この映画は?と思う向きもあるかもしれませんが、この穏やかさは、ボクは好きです。何も起こらない、穏やかな世界に暮らしたいです。


www.youtube.com