特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

この切実さと熱量を:映画『マイスモールランド』

 楽しい楽しいゴールデンウィークは完全に終わってしまいました。今の気分は思い切りブルー。夏休みだけが生きる希望です(嘆息)。
 それまでは一日中布団をかぶって世の中のことから目を背けていたい。雑事から逃れて、静かに、心安らかに過ごしたい。
 毎度毎度の話ですが、早く定年にならないかなあ。

●日本の出生者数減を報じるニュースを受けて、イーロン・マスクtweet。ボクは日本が消滅したほうが世界のためになるような気がしますが。

 キーウをU2のボノとエッジが訪問したそうです。5月9日を迎えてミサイルが飛んでくる可能性が高まっている中、地下鉄の駅でキング牧師のことを歌ったヒット曲’’PRIDE’’をウクライナの人たちになぞらえて演奏した。
 
newsdig.tbs.co.jp
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 誇らしげな観客の表情が何とも言えません。日本だと『音楽と政治は別』と言い出すようなゴミクズが湧いてきます(笑)。

 トルドー首相もキーウと虐殺があったイルピンへ行った。ゴールデンウィークに外遊してた岸田は何をしたかったんでしょうか(笑)。


 今回は 先週末に公開されたばかりの映画の感想です。

 新宿で映画『マイスモールランド


mysmallland.jp

 祖国での民族迫害を逃れて家族と共に来日、日本で育った17歳のクルド人・サーリャ(嵐莉菜)は、埼玉の高校に通っている。父のマズルム(アラシ・カーフィザデー)、妹のアーリン(リリ・カーフィザデー)、弟のロビン(リオン・カーフィザデー)と暮らす彼女の夢は小学校の先生になること。サーリャは大学進学の資金を貯めるため、父に黙ってコンビニでアルバイトをしている。日本語で生活して日本の高校に通い、教師を夢見て大学進学を目指しているが、父親の難民申請が却下されたことで在留資格を失ってしまう

 
 先日、日本の入国管理局(入管)を取り上げたドキュメンタリー『牛久』を見たばかりです。入管の実態を改めて眼で見て、連中の非人道性や人権を考慮しない態度、そして無知と無関心で非人道的な行為を放置し続ける日本の社会に辟易しました。絶望的な気持ちになった。実際に収容されている人や家族は、絶望すらできないわけですが。
spyboy.hatenablog.com


 『マイスモールランド』は、その問題を正面から取り上げた劇映画です。昨年のベルリン映画祭で特別表彰を受けた作品。
 初の商業映画で監督、脚本を務めた川和田恵真氏は是枝裕和監督の助手だったという人。企画段階からサポートしたという是枝監督はプロデュース(資金集め)にも加わっています。良くこんなテーマの映画をメジャー資本で作れた、と思います。
 制作はNHKと共同、今年3月末にBS1でドラマ版が放送されています。
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 ボク自身はドラマ版はスルーしたし、この映画も見に行くかどうか、迷ってました。と、言うのは日本の状況があまりにも絶望的で、ドキュメンタリーならともかく、うまく物語にはできないだろう、と思ったからです。この映画も前評判は高かったけど期待せず、時間があったから見に行った、という感じです。

natalie.mu


 舞台は埼玉県川口市クルドの人たちが民族衣装を着て、婚礼のパーティーを行っているところから始まります。実際 埼玉には約2000人のクルドの人たちがいるそうです。彼らはトルコやシリアの弾圧を逃れて日本に逃げてきた訳ですが、ほとんどの難民申請は認められず、宙ぶらりんの状態で日本で暮らしています。

 その中に一人の少女がいます。高校3年生のサーリャ(嵐莉菜)です。
●中央がサーリャ(嵐莉菜)。彼女の叔母役を演じるサヘル・ローズ氏(左)は実際に入管に収容されている人たちのサポートをボランティアで行っているそうです。

 サーリャは難民申請中の父と中学生の妹、幼い弟との4人暮らしです。



 父親は産廃業者で働いています。妻を亡くした彼は家では頑なにクルドの習慣や文化を守っています。サーリャは来日当時は言葉や虐めで苦労したものの、今では普通の日本の高校生と同じように暮らしている。自分の勉強もしながら、翻訳などクルドの人たちと日本人たちとの橋渡しもしている。その忙しさはまるでヤング・ケアラーかCODA(ろう者の親を手助けする聴者の子供)みたいです。
 一方 幼い時から日本で育った妹と弟は日本語しか喋れません。サーリャの周囲の他のクルド人の中には、親が10代半ばの娘に一方的に結婚相手を定める若年婚のような因習に振り回されているものもいる。同じクルド人でも、世代や立場によって大きな違いがあります。


 父や周りのクルド人と助け合いながら、そして弟や妹の面倒を見ながら懸命に生きるサーリャですが、将来は小学校の先生になりたいという自分の夢を持っています。そのために家族や学校には内緒で部活を辞め、橋を一本渡った東京のコンビニでバイトをして大学の学費を貯めています。
 そこで彼女は同じ高校3年生の聡太(奥平大兼)と知り合います。クルドや外国人が置かれた立場など何も知らないけれど、呑気で気持ちは優しい。いかにも今時の男の子です(笑)。

 

 サーリャ達一家はある日、入管に呼び出され、父親の難民申請が却下されたことが告げられます。通告は一方的で理由すら告げられません。
 難民申請が却下されると不法滞在になり、県境をまたぐ移動は禁止されます。いつ入管の施設に収容されるかもわからない。働くことも認められません。それでどうやって生きていけばよいのでしょうか。

 日本は先進国として表向きは難民条約の批准国として難民を受け入れ、保護することを世界中に宣言しています。しかし実態は違う。
 難民を殆ど認定しないばかりか、認定しない外国人に対する長期無期限の収容という非人道的な扱いを行っています。極力 外国人を日本に受け入れたくないのです。条約の批准を運用で捻じ曲げる日本の役人お得意の恣意的な通達行政、つまり法治ではなく中国共産党と同じ人治主義がまかり通っている。
 『日本が難民を受け入れないと宣言していれば、最初から他の国へ逃げたのに』と多くの収容者が語っています。


www.nhk.or.jp
  
 難民申請が却下されてから、サーリャ達の暮らしは暗転します。入管だけの問題ではないのです。サーリャ達に表立って敵意を見せなくても、日本の社会には外国人に対する無知や無関心、それに事なかれ主義がはびこっています。大学への推薦だけでなく、コンビニでバイトすることさえ、不法就労の告発を怖れて難しくなる。
 人々に悪意はないだから余計に始末が悪い

 日本で育った子供が自分で学資を貯めて教育を受けたいと願うことすら、かなわない。出演者たちはクルドの人たちの元へ行ってワークショップを行ったそうですが、こういう環境の子供たちが何人もいるそうです。ちなみに映画を手伝ったクルド人たちは入管から不利な扱いを受けることを怖れて、顔出しできなかった人が大勢いるとのこと。
  
 正直言って、中盤以降『日本みたいなクソ国家、さっさと滅びちまえ』と思いながら映画を見ていました。それだけ、描写がリアルだし、巧みなんです。川和田監督のリサーチが余程しっかりしているのでしょう。その語り口は悲憤慷慨の告発調ではなく、誰かを一方的に悪者にするわけでもない。観客の想像力を発揮させる余地を残しながら、言うべきことは明確に表現している。

 入管施設に収容されたサーリャの父が『クーラーはかからないが、食べ物は冷たい。』、『こんな冷たい扱いをするのが日本のお・も・て・な・し、か』と弁護士に皮肉を漏らします。奇しくも入管施設で隠し撮りされた『牛久』で収容者が言っていたのと全く同じセリフです。『マイスモールランド』には文化庁補助金が入っていますが、役人に忖度してません(笑)。


 重い話ではありますけど、画面にずっと引き付けられっぱなしでした。脚色の巧みさもさることながら、高校生二人が爽やかさ、瑞々しさすら感じさせるからです。

 特にサーリャを演じる嵐莉菜という人。この人のことは全然知らなかったのですが、雑誌VIVIの専属モデル。母がドイツと日本のダブル、父は日本国籍を取得しているイラン・イラク・ロシアのミックスで、日本で生まれ育った5カ国のマルチルーツの人。

 劇中 サーリャは知らない人相手にはクルド人ではなく、ドイツ人と名乗っていました。日本社会で欧米系以外の外国人がどう扱われているかを非常に良く示す描写ですが、嵐莉菜自身がそういう経験をしていたそうです。
 この人、演じる姿が本当に切実に見える。そして、力強い。思いもよらぬラストシーンの説得力には驚きました。今年の映画祭の新人賞はぶっちぎりでしょう。
 また、あくまでもオーディションの結果で偶然だそうですが、サーリャの父、妹、弟も彼女の実の家族が演じているそうです。これまた大当たりのキャスティングです。自然さ、切実感が素晴らしい。

 彼女が唯一心を開く聡太を演じる奥平大兼君も素晴らしい。気持ちが優しいだけが取り柄の今時の男の子(古い世代のバカ男どもよりはマシですが)を演じながら、真剣で切りかかってくるような嵐莉菜の演技をうまく受け止めるしなやかさがある。そして彼もまた、不器用に成長していくのを見せる。

 サントラにも触れない訳にはいきません。担当したのはROTH BART BARON (ロットバルトバロン)という日本のバンドだそうですが、映画のエンディングにかかる『もう祈ることはやめよう』と語りかける主題歌『New Morning』を始めとして、静かで力強い、魅力的な音楽です。帰宅して直ぐ配信で買いました(笑)。1日で10回聴いた(笑)。

 主題歌の『New Morning』(ディランとは関係ない)は、マジで名曲。映画の出演者が登場するミュージックビデオは川和田監督が作っています。


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 前述のようにこの映画、テーマは良いんだけど、劇映画になるのだろうか?と見る前には思っていました。現実の日本の法務省並びに入管の人権感覚の無さ、それに日本人の民度の低さがあまりにも絶望的だからです。

 連日TVで報じられているようにウクライナからの人を受け入れているのは良いことですが、ミャンマークルド、その他の国の人たちはどうでしょう。日本政府はタリバン復権した際 アフガン大使館で働いていた現地の人やその家族すら、まともに救おうとしなかった。

 今やコンビニの店員さんや建築現場で働いているのは殆どが外国人です。産廃などを扱っている人たちにも大勢いるでしょう。彼らがいなければボクらは暮らしていくことができない。その中には現代の奴隷制度と言われる技能実習生やサーリャやその家族のような立場の人たちもいるでしょう。遠い世界の話じゃない、我々が生きている、すぐそこで起きている出来事です。これもまた、現実です。


 『マイスモールランド』には絶望的な現実に立ち向かい、乗り越えようとする物語があります。もっと完成度の高い話は作れるかもしれないけれど、溢れるばかりの切実さと熱量がある。
 難民のことを正面から扱っただけではなく、瑞々しい青春映画です。リアルな脚本と嵐莉菜ちゃんの演技が、語られなくてはいけない物語を見事に紡いでいる。見る前はこんな物語になるとは思いもよらなかった。単に感動しただけでなく、久々に映画を見て勇気を貰いました
 忖度しない脚本(笑)、巧みな脚色、我が事として演じる出演者たち、そして物語の説得力、と、今年のベスト10には必ず入るような映画です。


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