特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『ももクロちゃんとコイズミさんVS老子』と『ナシカンダール』

 前回のエントリーで書いた日比谷野音ムーンライダーズのコンサート。昨日の東京新聞のコラムで触れられていました。

www.tokyo-np.co.jp

 たまたまボクの隣は20代の子でしたが、確かに観客にはあまり若い子はみかけないし、大多数はボクより年齢が高い。それに、この新聞記者もそうでしょうけど、インテリっぽいというか、一癖ありそうな人が多い(笑)。

 そういう人たちを見ていると、このコラムのように『よくぞ 今まで生き抜いてきましたね』と言いたくなる気持ちは判ります。ボクも高校生の時から長年聞いてきましたし。

 しかしステージで行われていることは回顧でもなんでもありません。今現在起きている戦争やプーチンに明確な『NO』を唱えながら、アレンジも演奏も過去とは全く違う新しいことをやっている。東京新聞の記者がこのことに触れてないのはやっぱり自覚が足りない(笑)。
 ボクは2022年に生きています。ムーンライダーズのように、もっと遠くまで行きたいです。


 水曜夜の地震は驚きました。
 地震大国の日本に原発なんかムリ、に決まってますけど、少子高齢化、縮小する経済、破綻寸前の国家財政と問題山積なのも忘れてはいけない、と改めて思いました。天災に対応するのも社会や経済の強度や復元力が必要です。チェルノブイリの事故はソ連崩壊の一因と言われていますが、日本も同じことになる可能性は無視できません


 個人的には3月に入って、気持ちは落ち込み気味です。例年のことながら、株主総会だの、歓送迎会だの、ボクの大嫌いなうっとおしい行事があるんですもん。まん延防止措置が解除になって、どうしても逃げられない宴会まであるので、余計にブルーになります。嫌だと思うから余計に落ち込むんだけど、嫌なものは嫌だから仕方がない。

 そんな時にこんなドキュメンタリーを見ました。東京では日曜日の深夜隔週でTBSで放送されている『ドキュメンタリー解放区』は数少ない硬派のドキュメンタリーで、録画してチェックするのが習慣になっています。
 先週は『ももいろクローバーZ』の特集でした。たまにはこういう特集もやるのでしょう(笑)。
www.tbs.co.jp

 売れる前のももクロちゃんを渋谷のライブハウスで見たことが有ります。10年以上前だと思いますが、引きこもりが結成したことで話題になったロックバンド『神聖かまってちゃん』との対バンでした。
神聖かまってちゃんの1stと3rd。ボクは嫌いではないです。

みんな死ね

みんな死ね

Amazon

 どちらかというとマイナーで硬派なロックファンが集まった、アイドルにはアウェイの会場です。そこで敢えて『お前らが倒れるか、私たちが倒れるか勝負だ~』と挑発して、1時間休みもMCもなしで激しいパフォーマンスを観客にぶつけて、さっと引っ込んでいった。デビュー曲の『行くぜ!怪盗少女』を除けば、どれも曲はいまいち、でしたが、彼女たちのエネルギー、熱量は大したものでした。ロックの最良の部分と共通のものがあるのは判った。やるな―と思いました。

 それ以降 売れっ子になったわけですが、今回のドキュメンタリー、ちょっと考えさせられる点がありました。
 28歳になった彼女たちが『結婚しても子供を産んでもアイドルを続けていきたい。私たちは応援してくれるファンの気持ちを背負っているのだから、続けていくのは私たちの義務だと思う。』と言っていたからです。

 アイドルが結婚しようが子供を産もうが続けていくのは当たり前です。ダイアナ・ロスみたいな人のことを言うまでもなく、アイドルだって年齢なりのパフォーマンスや解釈があるのだし、そもそも年齢でアイドル(偶像)を判断するなんてバカな証拠です。
 でも、彼女たちが言っている『他人の気持ちを背負う』というのはボクとは対極の考え方なんです。


 ボクは老子の信奉者です。老子人間一人一人の主体性を過激なまでに尊重する、という考えがベースになっています。

 欲せずしてもって静かなれば、天下自ずから定まらんとす(37章)
*下手な欲望を持たず、無心に自然の働きに任せれば世の中は上手くいく

 我無為にして民自ずから化す(57章)
*自分が他人に働きかけたりしなければ、人は自ずと生きるものだ

 人間の心の中にある『道』に従えばよいのであって、他人に何かを教えたり、説得するような『作為』はやめろというのです。
 理想の国家について、老子はこうも言っています。

 鶏犬の声相聞こゆるも、民をして老死に至るまで相往来ぜざらしむ(80章)
*(理想の国とは小国寡民で、現在の衣食住に満足し)すぐ近くの国とも敢えて往来しないことだ
 
 虚心坦懐に心の中の声に耳を傾ければ、世の中に溢れる富とか権力とか名声への欲なんてくだらない、ことが判ります。そんなものは所詮仮初めのものだからです。
 でもお金や権力に流される人が如何に多いことか。欲ボケした政治家だけでなく、自分の身の周りを見ても、世の中の勢いに流されずに自分の中の心の声に従うことは非常に困難です。勿論 誰だってお金は欲しいし、権力は魔物だと思う。人間は弱いものなのでしょう。

 人間には他人の想いは理解できないし、理解できると思ってはいけない。まして、他人の気持ちを背負う、なんて金輪際有り得ない。それは老子が最も嫌う『作為』だし、自然の道に反する考え方です。

 安倍晋三が好例ですが、国とか愛国心とか言い出す奴は大抵が自分のことしか考えていません。人間は自分のことすら判っていないのに、他人のことを理解できるという方がおかしい。
 実際 下手に他人に関わるとロクなことがありません。コロナだって他人と関わるから感染するんです(笑)。

   

 同じく週末に録画を見たNHK小泉今日子特集(前回のエントリーでも取り上げたもの)でも、小泉はデビュー40周年で音楽活動を再開するにあたって、『同じ時間を過ごしてきたファンに対して私は責任がある。我々の年代にもなると元気がない人もいるかもしれないが、少しの時間でも良いから楽しく過ごしてもらいたい』と言っていました。それについて親交のある本木雅弘が面白いことを言っていました。『(小泉は)人間を見捨てない。自分も見捨てないから、自分を見失わない。』 
www.nhk.jp

 ももクロちゃんやコイズミさんだけでなく、『ファンに対する責任』を感じるのはライブを生業とするミュージシャンならよくある事かもしれない。ただ、ももクロちゃんのような若い娘たち(笑)がこういうことを言い出すのは、良い意味で違和感を持ちました。ボクとは違う生き方だけど、誰かが旗を掲げるのは悪いことではない。

 今回のウクライナの件でも人命を守るために早くロシアに降伏したほうが良いという想田和弘橋下徹のようなバカがいますけど、非常に違和感があります。そんなことは他人、まして他国の人間が言う事ではない
 それに連中は歴史から全く学んでいない。ロシアに降伏して一般人の生命が守られると思っているのでしょうか。スターリンウクライナから小麦を収奪して1000万人近い餓死者(ホロモドール)を出してから100年も経っていません。それにシリアやチェチェンでロシアは何をやったのでしょうか。
 また、最初から勝ち目がないと判っていた戦争、例えば中国のアヘン戦争、スペイン共和国の市民戦争、フィンランドの冬戦争・継続戦争はその国の明るい未来に大きな影響を催さなかった、とでもいうのでしょうか。
 人間は老子のような大局観に立った生き方だけでなく、間違った道へ敢えて進むこともある。敢えて火中の栗を拾うこともまた、人間の営為だと思います。  

 



 と、いうことで、先月 大手町にハラル認証の『ナシカンダール』専門店が出来た、というので週末に行ってきました。やっぱり、食べたことがないものは味見したいんですよねー。
●大手町らしくソフィスティケイトされてはいるけど、どことなく妖しい。

 ナシカンダールとはマレーシアの屋台料理で、インドからやってきたムスリムイスラム教徒)が始めたもの。ナシはごはん、カンダールは天秤棒という意味で、ナシカンダールは『天秤棒で担いだごはん』だそうです。

 具体的にはご飯の上に野菜料理やおかず、カレーなど様々な料理をぶっかけたものです。店ではご飯、おかず、野菜料理、カレーなどを自分でセレクトする形でした。じゃん!

 ボクが選んだのはパスマティライス(小)の上に野菜料理3種、羊のカツレツ、カレー2種(アヒル、海老)を掛けたものです。羊のカツカレー、しかもアヒルのカレーなんて、肉らしい肉の味がする素晴らしい組み合わせです(笑)。

 ファストフードではありますけど、当然インスタントの具材なんかありませんから、大量のスパイスを入れて作ってある。普通に美味しい。ちゃんと作ってあっても一皿にぶっかけてあるから、味は混じってしまっています。この雑多加減も気取りが無くていいし、何より野菜料理が多いからヘルシーでもあります。

 大手町に勤めているようなエリートサラリーマンがどれだけこういう特殊な店に行くのか判りませんが、外国の人は好きな人が多いんじゃないでしょうか。何より、日本国内のムスリムコミュニティでは店のホームページが一晩で10万アクセスを記録したり、売り切れの日も出るなど、ナシカンダールの上陸は盛り上がっているようです(笑)。

 ナシカンダール、普通に美味しかったです。種類も量も選べるのがいいなあ。
 コンビニやファストフードの工場で大量生産した餌のようなものではなく、こうやって気軽に手作りの物を食べられるお店が増えると良いと思います。日本でも元来 蕎麦とかお寿司とかはそういうものだったはずなんですよね。

 豊か、とまでは言わないけど、温かい、手作りの物を食べるという人間らしい食生活は資本主義社会で失われてしまったものの一つです。
 効率一辺倒ではうまいものは食べられません(笑)。それだけでも資本主義に疑問を持つのは当然、じゃないでしょうか(笑)。