特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『柚子ジャムと昭和天皇』と『女の子はどうやって女の子になるのか』:映画『ビルド・ア・ガール』

 柚子を幾つも貰ったので、週末に柚子ジャムを作ってみました。ブログを拝見して大勢の皆さんが作っていたのに刺激を受けたんです。

 皮を剥いて刻み、種をとって綿を煮て、キビ砂糖と果汁を放り込んで煮詰めるだけで、実に美味しいジャムが出来ました。果汁の酸味が効いていて、買ったものより遥かに美味しい。大して手間もかかりませんでした。
 今まで砂糖の大量使用を恐れてジャムなんて作らなかったのですが、試してみるものです。次の機会には砂糖じゃなく、腸に良いオリゴ糖で作ろうと思っています。

●あまりフォトジェニックじゃありませんが、これで柚子4個分。


 さてメルケル首相の退任式で、彼女がニナ・ハーゲンの曲を選んだことが報じられています。ニナ・ハーゲンって昔のドイツのパンク歌手ですが、久々に懐かしい名前を聞きました。

news.yahoo.co.jp

 これについて、週末のTBS報道特集でキャスターの金平氏が「なぜかは分かりませんが『さすがだな』と思いました。日本の政治家と比べてですけれども」という感想を述べてました。いかにもロックファンの金平氏らしい感想です。
news.yahoo.co.jp

 ボクも全く同じことを思ったんです。ロックが判らない奴は死んでも判らないのだから(笑)、放っておけばいい。

 具体的に金平氏が言っている『なぜか』ということを考えてみました。きっと、メルケル氏は’’パンクを聞きながら自由を求めた若い頃の気持ちは今も変わらない’’という本音を吐露したのではないでしょうか。
 かってニナ・ハーゲンを聞いていたメルケル氏は東ドイツ出身の保守政治家、しかも女性としてのハードルを乗り越え、首相の責任を果たしてきました。と 同時に、様々な妥協もしてきたに違いありません。出来なかったこと、不本意なことも多かったでしょう。現実に関わる、ということはそういうことです。
 だけど自分の気持ちは理想を求めた若い頃と変わっていない。退任に当たって彼女は、『政治家から一人の人間に戻って、自分の真情を訴えたかったのではないか』と勝手に想像しています。果たして安倍や麻生、菅など日本の政治家にそんな理想があるでしょうか?


 今年は太平洋戦争から80年、なんですね。週末 NHKでは幾つも特集番組をやっていました。
 多くの国民が戦争に熱狂していく様を描いたNHKスペシャルも良かったですが、やはり今年見つかったという天皇侍従長、百武三郎の日記と初代宮内庁長官 田島道治の手記をもとに戦争への道のりを描いたETVの特集が面白かったです。
 
www.nhk.jp

 昭和天皇は戦後『満州事変以来の軍中堅層の下剋上を早く根絶しておけばよかった』と後悔していましたが、軍だけでなく国民がどんどん好戦的になって天皇ですら止められなくなっていったのは、今も他人事とは思えません。
 また上海事変の際 天皇自ら指示して密使を出し、中国と和平を結ぼうとしていた話は驚きでした。戦後 天皇は失敗に終わった交渉を振り返って、『自分は間違っているかもしれないが、中国人とは真正面から話してはうまくいかない国民ではないか。和平を結ぶには左に匕首をもって、右で平和の手段を講ずる他ないのではないか』と言っていたのも今の状況と比べると感慨深いです。

 ETV特集NHKスペシャルで描かれていた、右左関係なくすぐ感情に左右されてポピュリズムに走る日本人の姿は今も変わりません。機能不全になりつつある政党政治、不景気と世の中の閉塞感、売らんかなのマスコミ、感情に振り回される国民と、状況も当時とそっくりです。

 昭和天皇は当時を振り返って『勢いというものは随分ひどいものであった』と悔やみつつも、半分 匙を投げていたようにも見える。そこが昭和天皇の限界でもあり、罪なのでしょう。また、制度存続のために責任や権力構造を敢えて不明確にしている天皇制自体の構造的欠陥でもある。
 でも昭和天皇マスコミや知識人も含めた日本人の危うさについて匙を投げたくなる気持ちは一人の人間として、ボクも判る気がします
 

 と、いうことで、渋谷で映画『ビルド・ア・ガール

buildagirl.jp

 1993年、家族7人でロンドン郊外の労働者住宅に住む16歳のジョアンナ(ビーニー・フェルドスタイン)は、想像力豊かで文才に恵まれていた。しかし学校では才能を認められることもなく、悶々とした日々を送っていた彼女は、音楽情報誌「D&ME」のライターに応募するが。

 1990年代のイギリスの音楽業界を舞台に平凡な高校生が辛口音楽ライターに変貌を遂げる姿を描いた作品です。実在のキャトリン・モランという作家・コラムニストの自伝小説を原作にしたドラマです。

www.huffingtonpost.jp

 というより、2010年代を代表する傑作青春映画と呼ばれる『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』のビーニー・フェルドスタインちゃんの芸を見に行く映画と言ったらよいでしょうか。

 ビーニー・フェルドスタインは名優&コメディアンとして売れっ子のジョナ・ヒルの妹。兄妹が並んだ下の写真を見ればわかる通り、顔も体型もそっくりです。

 『ブックスマート』でもそうでしたが、ビーニー・フェルドスタインは俳優というより、芸人さんみたいなノリの良さ、パワーを持ってる人です。それにフェミニズムが加わる。それも肩ひじ張ったものではないけれど、女性の自由を徹底的にポジティブに表現している。それもそのはず、彼女は自分が同性愛者であることをカミングアウトしているそうです。


 主人公のジョアンナは片田舎の高校に通う文学少女。太っていて、詩に夢中で勉強もおろそかです。そんな少女がスクールカーストの下部なのはイギリスでも日本でも同じでしょう。いわゆるイケてない少女です。
●うだつの上がらない高校生活を送るジョアンナ。文章を発表する場さえありません。

 男子生徒からはバカにされ、教師からは白い目で見られる学校生活。家に帰ればミュージシャン崩れの父親はロクに稼ぎもない。狭くてボロい労働者向け住宅で家族が折り重なるようにして暮らしています。
●ミュージシャン崩れのオヤジは狭い公共住宅の居間でドラムをたたいています。

 
 鬱々としていたジョアンナはある日 音楽誌の記事募集に目を止めます。日本の音楽誌も同じですが、読者からの記事が掲載されることは良くあります。ポピュラー音楽に興味はないジョアンナでしたが文章を発表する場を求めて、大都会ロンドンにある音楽誌の編集部に乗り込みます。
●主人公は音楽誌に記事を書いてみることを思いつきます。

 音楽誌の方もしたたかです。必ずしも彼女を評価したわけではありませんが、女子高生ということで話題づくりもかねて、彼女を起用します。
●彼女は音楽誌の編集部に乗り込みます。明らかに彼女とは合わない人種ばかりです

 田舎育ちの文学少女ジョアンナは派手な業界とのギャップに悩みます。しかし、彼女は古着で派手な格好にイメージチェンジ、ドリー・ワイルドという芸名を名乗って悪口だらけの超辛口の評論を書くというスタイルで、スター記者になっていきます。
●大変身したジョアンナ。次第に派手な業界に染まっていきます。

 素朴だったジョアンナは音楽・マスコミ業界に染まり、売るためならどんな記事でも書くようになる。彼女の変質で家族との関係も彼女自身も壊れていきます。

 ボクが非常に印象に残ったのは労働者階級のジョアンナたちの暮らしです。物質的なものだけでなく、文化的にも貧困そのものです。本人たちは意識していなくても意識や価値観まで、染まってしまっている。

 音楽誌などは元来 労働者階級の不満を歌ったロックを取り上げてきた存在ですが、今やオックスフォード出の豊かでスノッブな連中が売らんかな、の精神で運営している。しかも男性優位の価値観がベースになっている。ジョアンナも含めて、女性たちは添え物に過ぎません。

 朝日新聞が典型ですが正義面して貧困などの問題を取り上げる日本の大新聞も同じ、と思います。一流校の世界しか知らない、デモにも行ったことがない平均年収1000万以上の記者たちが、社会で独占的な地位を占めている新聞で記事を書いていれば、当然 視点はそれなりのものになります。未だに男だらけだという日本の大新聞の政治部もまた、’’スノッブ’’でしょう。

 ケン・ローチ監督などの社会派映画とはテイストは全く異なる、この映画は純然たるコメディだけど、ジョアンナたち労働者階級が置かれた本当に絶望的な状況が浮かび上がってくる。ここはちょっとショックでもありました。

 にも拘わらず、この映画は徹底的にポジティブな精神であふれています。主人公は美人でもセクシーでもなければ、スポーツもダメだし成績優秀でもない。友達もいるわけでもないし、それほど性格も良くない(笑)。学歴もないし、しかも女性。

 それでも太っていようと、貧しかろうと全く関係ない。なんで女性だからって道を譲らなければいけないのか。自分はやりたいことをやればいい。そして道を間違ったらやりなおせばいい、そういう信念で作られています
 女の子らしさなんて関係ねー(笑)。それこそが女の子だ!って。
 ビーニー・フェルドスタインちゃんの演技も相まって、この映画にはそれだけのパワーがある。そこは見ていて、気持ちいいです。

 お話がちょっとポジティブすぎる、都合が良すぎるんじゃないか、という点もないわけではありません。ただ、実話だからなあ。階級社会のイギリスと言えども、日本とは違う社会の風通しの良さがあるのかもしれません。ちょい役の割にはやたらと貫禄があるエマ・トンプソンの説得力もすごかった。

 やる気がある若い女の子が見たら滅茶苦茶励まされる映画かもしれません。芸達者なビーニー・フェルドスタインちゃんの身体を張ったギャグも楽しめる、楽しい小品でした。

www.youtube.com