特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『MINAMATA-ミナマタ-』

 こちらは今朝発売の週刊誌、週刊現代に載った今度の衆院選の予測だそうです。自民と公明と維新を合わせた議席数は現在とほぼ変わりません。


 選挙までまだまだ時間はありますから、この数字自体はとても鵜呑みにはできません。特に今は総裁選の真っ最中ですから、余計に自民に有利な数字が出る。
 けれど、あれだけコロナに無策だった自民の減り方がこの程度、そして維新が大幅に伸びると言う予測にはガックリきます。維新なんて自民党の補完勢力どころか、自民党より質が低いですからね。

 東京都議選の結果とほぼ同じ予測が出てくるのも野党側に魅力が感じられないからでしょう。自民党は問題あるけど、野党にも魅力がない、だから維新へ投票する奴がいる。

 野党共闘の共通政策『時限的な消費減税』も??と思いましたが、国民は目先のポピュリズム的な政策の限界を見抜いているのではないのでしょうか。確かに今は財源がどうのと言ってるような場合じゃありません。しかし時限的な消費減税と言っても切り替え時の混乱や買い控えだってあるし、それでどれほどの効果があるのか、さっぱりわからない

 ボクは消費減税は経済効果も再配分効果もない、と思います。5%の時だって景気が良かったわけじゃないし、消費減税はお金持ちほど戻ってくる額は大きいからです。

 今度は立憲の枝野氏が『年収1000万以下の世帯は1年間 所得税ゼロ』を言い出しました。最初からアホと判っているれいわや共産党だけでなく、立憲までがこんなことを言い出すと、ボクですら野党には投票したくなくなります。
 枝野氏が言うように『中間層を取り戻さなければいけない』というのは同感です。しかし、1年ぽっきりでこんなことをして、どれだけの効果が見込めるのか。どれだけの意味があるのか。余計に不安になります。

 そもそも所得税の非課税世帯の割合は、雇用者(サラリーマン)が14%であるのに対して農業で45%、自営業で31%もあります。業種によっては払ってない人が3割も4割もいる。いわゆる『クロヨン(9・6・4)』と言われるように税務署による所得捕捉率には、農業(補足率4割)や自営業(補足率6割)とサラリーマン(補足率9割)では大きな格差があるからです。農業や自営業が優遇される酷い不平等です。

 所得税減税どころか、所得税は富裕層の累進税率を上げると同時に、控除を減らすなどして課税を強化して非課税世帯を減らしていったほうが良い、とボクは思います。その分 年金保険料を下げれば再配分効果もある。税金を払う人が増えれば、投票率も上がるんではないでしょうか。
●金融所得課税の強化とか最低賃金1500円など良いことも言っています。でも最低賃金だけだって10年近くはかかる。

 所得税減税なんて税金を払ってない非課税世帯には恩恵無いんだし、逆方向の話です。『立憲民主の経済政策は自分ではなく、江田憲司が中心に作っている』と枝野氏がBS-TBSの『報道1930』で言ってましたが、驚くべきセンスの無さ、です。

 それでも与野党伯仲状態を作りださなければ、この国の最高機関である国会が機能しませんから投票はします。今は自民・公明・維新の議席を減らすのが最優先です。けれど今の野党もこれじゃあ、将来のビジョンが全く見えない。



 と、いうことで、六本木で映画『MINAMATA-ミナマタ-

 1970年、ニューヨークに住むフォトジャーナリストのユージン・スミスジョニー・デップ)は、第2次大戦中 硫黄島や沖縄などで戦場写真家として名声を博したが、凄惨な光景を見せつけられたショックと被弾した砲弾の破片による痛みでアル中状態、金銭的にも苦しい生活を送っていた。ある日、フジフィルムのCMの仕事で日本のカメラマンとその通訳を務めるアイリーン(美波)が彼のスタジオを訪れる。彼女は日本の大企業チッソが工業排水を垂れ流した結果 人々が病に倒れていると語り、ユージンに病気で苦しむ彼らの取材をしてほしいと訴える。
longride.jp

 水俣病の被害を世界に広く知らしめたアメリカの写真家、ユージン・スミスとアイリーン夫妻を描いた作品です。企画に賛同したジョニー・デップが主演するだけでなく、自ら製作総指揮を務めました。監督は写真家兼画家のアンドリュー・レヴィタスと言う人。

 劇映画にしろ、ドキュメンタリーにしろ、環境破壊や大企業の犯罪を告発するような作品って、勧善懲悪というか、作り手側の一方的な主張を声高に押し付けるようなものが多いです。特に日本の作品はそんなのばっか。

 ジョニー・デップのこの映画は果たして、どうなのでしょうか。あまり期待しないで見に行きました。共演は真田広之國村隼浅野忠信、美波、加瀬亮などですが、ボクの大好きな、イギリスの名優ビル・ナイが出ているというのが見に行った理由の半分くらいを占めているでしょうか。
ジョニー・デップ演じるユージン・スミス

 NYでのユージン・スミスはアル中状態のダメ男です。戦場カメラマンとして名声を博しましたが、20年以上過ぎても目を閉じれば戦場での凄惨な光景が蘇るPTSD状態が続いている。戦場での負傷の痛みも相まって、アルコールが無ければ眠ることもできません。家庭は崩壊し、お金も使い果たし、どん底状態です。かっては大ヒット連載を持っていた雑誌ライフからも連載を切られ、編集長(ビル・ナイ)との個人的な関係で何とかつながっている状態です。
●名門雑誌ライフの編集長を演じるビル・ナイ。TVに押され採算の悪化が続いています。

 そんな時 日本のCMの仕事で通訳を担当していた日系の女子大生、アイリーンから水俣のことを聞かされます。公害で苦しむ住民たちのことを有名写真家のスミスに是非取材してほしい、と言うのです。
●当時スタンフォードの女子大生だったアイリーン(美波)

 お話はかなりの部分、事実をそのまま表現しているそうです。大きく異なるのは映画では、ユージン・スミスは酒におぼれ、泣き言ばかり言っているダメ男の設定になっていますが、実際は水俣の事実を伝えようとする強い意志があった、とアイリーン氏が言っています。ただ、実際のユージン・スミスは女癖は滅茶滅茶悪かったらしい(笑)。
 また当時 黒柳徹子氏が応援のために、お金がないスミスにウィスキーを大量に差し入れていた、なんて話もあったそうです。

●本物のユージン・スミス。そっくりです。


 スミスとアイリーンは水俣の漁村に移り住み、取材を始めます。しかし、被害を受けた漁民たちは障害を受けている家族の写真を撮らせようとはしません。差別、中傷の的になっていたからです。

 チッソ水俣の被害や原因が自社の排水にあることを隠そうとします。被害者たちと排水との因果関係は証明できないし、被害はあくまでもごくわずかな例外、ということにしようとしているのです。東京電力とそっくりですね。スミスはどうやって取材をしていけばよいのか。

ユージン・スミスジョニー・デップ)とアイリーン(美波)

 水俣病と言えば、患者さんたちが苦しむ凄惨な光景が思い出されます。名作と言われる石牟礼道子氏の『苦海浄土』ですら、辛くてボクは読み通すことが出来なかったですもん。映画では流石に記録映画で見たような凄まじい描写こそはありませんが、残酷な実態は伝わってきます。
●スミスとアイリーンを迎える漁民役の浅野忠信。善良な人の役は似合わないと思う(笑)。

 あと、チッソは想像以上に悪質な企業だったということは良く判りました。単に公害の責任を認めないだけでなく、総会屋や暴力団もどきをつかって反対運動を弾圧していた。
●反対運動のリーダーを真田広之が演じています。

 かっては資源が少ない日本で食料生産に欠かせない肥料を作る国策企業で、熊本でも地域経済を支える中心的な存在だった。だから警察もチッソの味方です。国策企業というところも東京電力そっくりです。
 戦前は満州にまで進出していたチッソでしたが、映画の時点では石油化学工業への移行に乗り遅れ、経営が著しく悪化していました。だから患者の認定や賠償にもなかなか応じない。それどころか住民たちの署名まで偽造する。これまた最近、どこかの都市であったばかりです。

 スミスは取材中にチッソの組合員に暴行を受けて、片目を失明、脊髄を折られるという被害を受けます。しかも警察は犯人を罰しなかった。
チッソは大金を出してスミスを買収、帰国させようとまでします。右側は社長を演じる國村隼

 この映画が素晴らしいのはまず、俳優さんたちの熱演です。ジョニー・デップ、美波、真田広之國村隼加瀬亮、そしてビル・ナイ、主な俳優さんはみんな素晴らしい。

 特にチッソの社長を演じる國村隼。これは凄い。チッソは企業としては悪徳犯罪企業ですが、個々人は必ずしもそうではない。世の中にはアイヒマン竹中平蔵みたいな良心のかけらすらない奴もいるのかもしれませんが、たいていの人間は良心と組織防衛など狭窄した視点、金銭・権勢など個人的欲望との間で揺れ動くものです。
 國村隼は患者に同情しつつも、社長として組織存続のためにあこぎな手段も行うグレーな存在を好演しています。國村隼のお陰で映画が単純な勧善懲悪にならなかった、と言ってもいいくらいの素晴らしい説得力がある名演でした。

 スミスとそっくりなジョニー・デップもびっくりしたし、初めて見た美波と言う人も存在感があったし、真田広之の反対運動リーダー役も良かった。

 ボクの大好きなビル・ナイもいつもの好々爺ではなく、TVに押されて衰退する一方の名門雑誌を救おうと戦う編集長役を好演していました。この映画はスミスの再起の物語でもあると同時に、ライフ紙(というよりジャーナリズム)の復活の物語にもなっているのはビル・ナイの好演があったからです。


 息詰まるような物語でもありますが、美しい音楽がそれを和らげます。すこしやり過ぎなくらい。誰が作ったのかと思ったら坂本龍一でした。ガン復帰後の初仕事にこの映画を選んだらしい。

 映像も美しい。撮影は日本ではなくセルビアモンテネグロだそうで、時々日本の家屋には見えない石造りの家が出てきます(内装は日本の家になってます)。しかし、美しい自然(水銀汚染されているのですが)、そしてスミスの写真を徹底再現した映像はすごいと思う。映画ではスミスのシャッターに捉えられた患者たちの姿が美しく感じられるシーンが多々あるのですが、帰宅して実際のスミスの写真を見てみたら、映画でそのまま再現されたのが良く判って、びっくりしました。
www.aileenarchive.or.jp

 公害の被害者の人への向き合い方はスミスも悩んだところだそうです。この映画はその部分はエンタメにもせず、作為的にもならず、押しつけがましさが全くない。この映画では住民たちの反対運動はそれほどは描かれません。ただ患者さんたちの姿に真摯に向き合うことに専念している。この切り取り方も素晴らしかった。感心しました。


 映画は『2013年に日本の総理大臣(安倍晋三)が『水俣病は終わった』と宣言したのは今も続く患者の苦しみを侮辱している』というテロップを出した後、世界各地の公害被害の過去・現在を流して終わります。もちろん福島の原発被害も取り上げられます。
 ボク自身水俣病はほぼ収束したものと思っていましたが、被害を中々認めなかった国の問題、残された患者さんの問題はまだまだ残っている。ここは反省しました。
 映画は’’水俣は依然 今日的なテーマである、強者が環境を破壊し、弱者を犠牲にする問題はまだ終わっていない’’ということを訴えています。

 非常に重いテーマを扱っていますが、お金も結構かかっているし、この映画はあくまでもエンターテイメントです。見ていてそんなに辛くはならない。けれど訴えるべき点はきちんと訴え、普遍的な視点に昇華させている。
 メッセージ性とバランスが取れていて、かなり出来が良い作品だと思いました。見る価値あります。國村隼を見るためだけでも十分に元が取れる、良い映画でした。見る前は舐めていてすみませんでした(笑)。

www.youtube.com