特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

上野千鶴子の新刊:読書『あなたの会社 その働き方は幸せですか?』(1)

  1月も早くも終盤に差し掛かりました。
 昨日の東京は思わぬ雪でびっくりしましたが、温かくなったり、寒くなったりの繰り返しが始まって、冬もそろそろ終盤ではないでしょうか。
 『時の流れ』様、定年まで駆け足でお願いします(笑)。で、定年後はいっぱい遊べるよう、ゆっくり過ぎてください。お願いします(笑)。 


 以前にもご紹介した『人新世の「資本論』という本がベストセラーになっているようです。ちょうど今月 教育テレビ「100分で名著」で1か月、著者の斎藤幸平氏資本論の解説をしたばかりです。

人新世の「資本論」 (集英社新書)

人新世の「資本論」 (集英社新書)

 読み物としては面白かったのですが、いい大人が真に受けるような話じゃない(笑)とボクは思ったんです。
spyboy.hatenablog.com

 この本について政治学者の木下ちがや氏(こたつぬこ)が的確なことを言ってました。「「SDG sは大衆のアヘンだ」と断じられていますが、陣地戦なき革命願望の方がアヘンだと思います

 『陣地戦なき』とは抽象的な言い方ですが、ボクは地に足がついてない、つまり『市民への浸透度合いの浅さ』、そして『理論的な浅さ』と解釈しました。

 使用価値と必ずしも一致しないムダな金儲けばかりやっている今の資本主義は、環境保護の面からも持続可能性に欠けるという斎藤氏の指摘は同感ですが、彼が主張する「社会主義」若しくは「アソシエーション」(協同組合)と環境問題の解決とは論理的に何の関係もありません(笑)。むしろ、その非効率性で地球温暖化を抑えるスピードが遅くなる可能性だってある。

 かってのソ連独裁国家であるだけでなく環境破壊大国だったことは有名ですが、著者が言う「使用価値(無駄な金儲けかどうか)」を誰が決めるのか、という独善性の方が余程危ない。
 それについて斎藤氏は資本主義を脱却して『労働者が生産手段を持って経営の方向性を決める協同組合方式で企業を経営していけばいい』と言ってます。
 けど、100年前ならいざ知らず、現代ではどんな業種だって専門性や高度な知識が必要です。個人商店ならともかく、ド素人の協同組合による企業経営なんて今時成り立つはずがないし、そんなところで働いたら労働者が不幸です(笑)。そんなこと、普通に仕事をしたことがある人なら誰でもわかる。

 白井聡も同じですが、現代社会に対する疑問を指摘するのは良いけれど、世間知らずの学者が空虚な革命幻想を撒き散らすのもどうか、と思います。



 それとは真逆の本をご紹介します。社会の問題点を指摘するだけでなく地に足がついた議論で、面白かったなーと思った本です。上野千鶴子出口治明の対談、『あなたの会社 その働き方は幸せですか?

 著者が上野じゃなければ絶対に読まないような、インチキ臭い書名です(笑)。上野の本は7,8割は読んでいるボクですが、それでも今回はちょっと迷いました(笑)。

 出口氏は元日本生命、還暦で独立して、外交員がいない初めての保険会社、ライフネット生命を設立し社長&会長を務め会社を上場、引退後 69歳で世界各国からの留学生を集めたことで有名な立命館アジア太平洋大学の学長になったという人です。

 というより読書家として有名で、彼の著書や書評をご覧になったことがある方も多いと思います。(本来の)保守主義者を自任する出口氏は、80年代は構造主義マルクス主義者を自称していた上野とは学部は違うが京大の同級生だそうです。上野は学生運動に参加し、出口は関わらなかったので、在学時は面識はなかったそうですが。

 元来の保守主義日本会議やトランプなんかとは正反対、『人間の思考には限度があるものと捉え、イデオロギーを妄信しないで、リアリズムの視点にたって世の中を徐々に変えて行こうというもの』とボクは解釈しています。

 ボク自身も仕事では、従来のやり方や組織をバッサリぶち壊す、と周囲から思われているらしいのですが(笑)、実際は漸進的な改革しかやろうと思いません。不愉快なことがあればタブーに関係なく変えようとはしますけど自分が全てを判っている訳ではないのだから、徐々に変えていったほうがうまく行くに決まってます。

 本は上野と出口との対談が2章、上野、出口のそれぞれのキャリアについて1章ずつ、まとめの対談で1章という構成です。対談本は読みやすいけど内容が薄いものが多いですが、この本はお互いの体験をもとにした話が多く、めっぽう面白かったです。
 上野があとがきで『認識が一致することばかりで驚いた』と書いていたのですが、読んでいる方も二人の意見が驚くほど一致しているのにも驚きました。理屈というより社会人としての体験ベースの話なので、お互いがリアリズムの視点に立っているから、と思いました。


 長くなりそうなので、今週は本の前半をご紹介します。章名は本のままですけど、()や<>の見出しは整理のためにボクがつけています。
 
第1章:日本人の働き方、日本型経営を変えるには?(『新卒一括採用』、『終身雇用』、『年功序列』、『定年』、『企業別労働組合』という慣行が日本のガン)

<日本人の組織への忠誠心は幻想>
・元来 日本人には一つの組織に忠誠を尽くすと言う発想はなかった。戦国時代は勿論、江戸時代までは武士など良い主君を求めて転職するのが当たり前だった。
 明治政府が国民国家を作る時に天皇制と家制度をセットにして朱子学で飾り立て、一つの組織に尽くすと言うイデオロギーをでっち上げた(出口)
・明治政府はいわば天皇教を国民国家の市民宗教に仕立て上げた(上野)。
・さらに宗教者の新渡戸稲造が宗教に基づく倫理的規範を必要と考えて『武士道』で、現実とは異なる頭の中で理想化した武士道を作り上げた(出口)

・戦後は『新卒一括採用』、『終身雇用』、『年功序列』、『定年』、『企業別労働組合というワンセットの慣行が日本的経営を支えた。しかし、それらの慣行は人口の増加と高度成長という前提があったから成り立つもので、その前提が変わった今、限界が来るのは当然(出口)
労働組合フェミニズムの敵労働組合は男が女性を扶養するとして年功序列と生活給を要求し、残業代欲しさに長時間労働や転勤を認めてきた。日本の組合も性差別を温存してきたと言える(上野)

・今後 企業は消費市場、労働市場、金融市場という3つの市場で競争しなければならない。女性を使えない企業は消費市場で負け、魅力的な職場を提供できないから労働市場で負け、投資家も引き付けられないので金融市場でも負ける(上野)
長時間労働』と『飲みニュケーション』という時間外労働=滅私奉公が日本社会のガン。この滅私奉公スタイルが生産性を重視しない日本企業を作ってきた(出口)

●第2章:これからの働き方を考える配偶者控除と第3号被保険者、マイナンバー/消費税、教育)

配偶者控除と第3号被保険者という制度が持つ意味>
・戦後の日本はずっと二重労働市場で、大企業・中小企業だけでなく、労働者の2割くらいの終身雇用者と低賃金の単純労働者に分断されてきた。勿論 単純労働者には女性が多く含まれる。日本型経営は女性を排除することで成り立ってきた(上野)
・1961年に作られた配偶者控除と第3号被保険者が性分業を固定化した(出口)
・第3者被保険者は専業主婦優遇と言うより、その夫と使用者、妻の保険料をただ乗りする妻の使用者が得をする性差別温存策である。つまり戦後の日本経済は女性が働き続けることができないことで成り立ってきた(上野)

・それを変えて行くには非正規社員への社会保険の適用拡大と扶養控除の廃止が必要。社会保険の適用拡大ができない企業は淘汰されていかざるを得ないので、企業は忠誠心や長時間労働ではなく、成果・生産性を重視するようになるだろう(出口)
行き過ぎた市場原理は良くないが、市場原理自体は悪くない。企業に健全な行動を促すからである。(上野)
団塊世代は根拠もなく時間がたてば将来は良くなると思っているが、ジュニア世代は将来はもっと悪くなると思っている。このギャップは大きい(上野)

マイナンバー/消費税>
・日本のリベラルにはリアリズムのセンスが無い。コロナの給付金でも日本の行政の非効率性が問題になったが、リベラルはマイナンバーに反対している。彼らはマイナンバーはプライバシーを侵すと言うが根拠は不明瞭(出口)
リベラルがマイナンバーによる行政の生産性向上に反対するのか、私には理解できない。プライバシーが心配なら第3者機関に監視させるなど対策を考えれば良い(上野)

・日本のリベラルのリアリズムの無さは消費税に対する態度にも表れている。消費税の引き下げなんてとんでもない。北欧のことを考えても、福祉や教育を充実させようとするのなら、所得税だけではムリ。貧困者の所得補償をしっかりすれば、消費税ほど透明性と公平性の高い税はない(上野)
所得税は所得の把握が難しい、徴税コストがかかるなどの問題点がある。世の中の大筋としては働くことを奨励するのが正しいと思う。そう考えれば所得税より消費税を重視していく方が社会として健全だと思う(出口)

<日本の教育>
・日本の教育は明治期は強い兵士を、戦後は従順な労働者を作ることに重点を置いてきた。その画一性は本質的には変わっていない(出口)。
・小学校から大学まで、日本の教育は過去の遺物。現実社会は答えがない。今の政府は教育を現実に役立つものにしようとしているが、答えがないものを偏差値や忠誠心で評価しようとすること自体矛盾している(出口、上野)。

・世界史的に見て、日本人のように無能な国民がなぜこんなに生き延びられてきたのか?(上野)
→国民はもともと無能なもので必然と偶然=運命の組み合わせによって生き延びることもある。戦後の日本はたまたま吉田茂というリーダーがマトモだった。
 戦後日本の教育は従順で画一的な労働者を作ることばかりやってきたが、それでは世界と競争できない。政府や企業に依存するより、自分が変わっていくのが一番早い。自分で学び、思索していくしかない。(出口)

・日本的労働の帰結は『飯・風呂・寝る』だが、個人が思索できるようになるには『人・本・旅へ』が重要である。飲ミュニケーションに逃げるより、個人で勉強しろ。(出口)
・結局 個人が合理性を追求していくことこそが、日本の社会が変わっていくことではないか(上野)。
●これもまた日本的労働の帰結。自民の松本も、公明の遠山もこんな政治家に思索なんかできる筈がない。


this.kiji.is

 以下は感想です。
 過激なことを言っているように聞こえる方もおられるかもしれませんが、ボクには至極当たり前のことにしか聞こえなかったです。

 確かに細かな点ではいくつか論点はあると思います。
 『新卒一括採用』は一律に廃止というより、それ以外の採用を拡大していけばよいし、新陳代謝を考えれば『定年』は有っても良いと思います。ただでさえポストにしがみつく醜いジジイが多いのがこの国の停滞の一因ですから。

 出口氏は『雇用の流動化』を強調します。『嫌な仕事ならやめる自由が広がるから』です。確かにそうです。ただし彼が言う通り『セーフティネットの拡充』とセット、が条件でしょう。そうでなければ労働者の使い捨て天国になる可能性もある。

 あと雇用の流動化の前提、最近しきりに強調されるジョブ型雇用は柔軟性という利点をスポイルしてしまうから、全面的に採用するべきかは疑問です。ルーティンワークなど非戦略的な仕事に部分的に適用するなら良いですけどね。

 また本文では女性に強制的にポストを割り当てるクオーター制を主張しています。政治については同感ですが、企業では準備期間が必要でしょう。
 『ポストを割り当ててダメだったら、人材を取り換えればよい、それがクオーター制の意味』と上野は言ってますけど、アホな上司の下で困るのは部下だし、クオーター制で抜擢された本人だって困る。潰れてしまいかねない。年齢にかかわらず直ぐポストについても大丈夫な女性はいますけど、人数はそんなに多くない。今まで社会全体で女性の意識もスポイルしてきたのですから、その歴史的経緯も考えなければ無理です。それでも準備期間は5年もあれば十分でしょうけど。

 なによりも『女性を労働から排除することで成り立ってきた日本的経営』を見直さなければならないのは全く同感です。
 女性を労働から排除する道具になっていた、組織への忠誠心や長時間労働を前提としている日本的経営はその非合理性や環境変化への対応の遅さで、今や弊害が有り過ぎなのは間違いない。ボクが死ぬほど大嫌いな宴会やパーティーだって日本的経営の一環です。

 付加価値の追求には個人の創造性が必要ですが、創造性は組織への忠誠心や長時間労働とは相反します。またアベノミクスに代表される昭和リバイバル日本会議のように戦前の時代錯誤な国家主義への回帰も創造性とは相反します。野党の言ってることも底の浅い人気取りばかりで、個人の創造性を重視しているとは必ずしも言い難い。

 だから日本の経済も政治も将来があるわけありません(笑)。旧来の市民運動も体質は同じみたいですから、こちらも今後は滅びるのみ、だと思う。高齢者ばかりだから、あと10年もかからないでしょう。

 本文中に『歴史上 既得権益層からの変化が起きたことは少ない』という指摘があります。歴史を振り返っても全くないわけではないが、中国の王朝の交代然り、明治維新然り、たいていの場合 変化は外部からやってくる

 そう考えれば、男に期待するのは間違い
 ボク自身 ’’夕飯の支度をするから飲みに行かない’’、’’週末は映画を見るからゴルフなんかやらない’’と企業内で公言したり、自分の責任範囲では女性の積極的な昇格や会社の制度が出来る前から介護のための在宅勤務制度をやったり、若い男にお茶出しやらせたり(笑)、出来る範囲では色々やっているつもりですが、ボクだって女性から見れば既得権益層ですもん。

 女性でもLGBTQでも、もしかしたら犬でも良いと思うけど、そういう人たちが活躍しやすい場を作っていくことが将来の変革の種になると思います。男は引っ込め、と(笑)。隠居ですよ、隠居
 逆クオーター制で10年くらい男から被選挙権を取り上げるのもいいと思うなあ。絶対世の中良くなると思う。
エストニア電子政府の先進国としても有名。


 更に言えば、残っている希望は、自分の頭で考えられる個人が増えていくこと。言い方は気をつけるにしても(笑)、普段の習慣として、自分なり意見を表明する癖をつけていくしかないんじゃないでしょうか。その繰り返しで自分で考える癖が出来ていきますもん。

 投票に行かない奴が有権者の半分という日本の将来はお先真っ暗に決まっています。
 ですが、その中の何割かのまともな個人が生き残り、企業や自治体を少しずつ変えていく、それしか手はないのでしょうか。例え企業や社会を思うように変えることができなくても少しでも変われば成果はあったわけです。もし全くダメだったとしても晴耕雨読でもして、まともな個人が少しでも生き残ればいいんじゃないですか(笑)。


 ということで、今週も金曜官邸前抗議は中止です。