特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『棺桶に無事たどり着くために』と映画『魔女がいっぱい』

 昨日は神戸の地震があった日でした。
 前にも書きましたが、その日はTVを付けたら神戸の街を映す画面が真っ赤だったのをよく覚えています。寒い朝でした。

 出社したら、神戸支店の様子を確認しろということになって、火中の栗を拾うのが大好きなボクはその日の午後 大坂から神戸へ入りました。救援物資以外の交通が遮断される前、ギリギリのタイミングでした。
 地元の人の運転で警察の非常線を突破しながら入った尼崎や神戸の街にはところどころ、まだ煙が立ち上っていました。煙の下にはまだ、人が埋まっている場合もあったかもしれない。その時の風景はボクなりに忘れたことはないから、その後 復興した真新しい街並みを見たときはむしろ理不尽な感じがしました。
 あれから26年も経ったなんて信じられない。
●震災から10年後の神戸を描いたこの映画/TVドラマで地震の印象は一層深くなりました。

その街のこども 劇場版 [DVD]

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  • 発売日: 2011/06/03
  • メディア: DVD

 神戸の震災以来 何年に1回か、世の中には『危機』というものが訪れるようになりました。97年の山一ショック、00年のITバブル崩壊から04年頃までの小泉不況、08年のリーマンショック、11年の東北大震災と原発事故、そして20年のコロナ禍。

 日本経済の『失われた30年』と見事にシンクロして、『明日のことはわからない』を実感させる出来事が数年おきに、次から次へと起こっています。元来 世の中はそういうものなのかもしれませんが、子供の頃はこんな世の中になるとは思わなかったなあ。

 そんな人生を説明する言葉って昔から色々あるじゃないですか。 『人生とは選択の連続である』(シェイクスピア)とか、ね。
 そういう言葉の中でボクが最も納得できるのはアメリカの小説家ジョン・アーヴィングのベストセラーガープの世界の中の一節、『人生は死に至る病である』(元ネタは哲学者キルケゴールみたいですが)です。

ガープの世界〈上〉 (新潮文庫)

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 人生には辛いことや苦しいこと、どうしようもない悲劇もあるけれど、自分の人生なんてその程度、と思えば、あまり期待したり、高望みしたりしないで程々のところで我慢すればいいかって思えるようになります。定年になったら人付き合いとか仕事とか嫌なことはしないで済む、それまではある程度我慢して毎日をやり過ごそうって思うんです。

 ただ、昨今のようにいつ死ぬか判らない状況だと、時にはそれでいいのか?って思えることもあります。ウンザリしながら毎日をやり過ごすのもいいんだけど、そうやって自分の一生を逃げ続けるのもどうか、と、たまに焦ることもある。自分は何もしてないし、何も残してない。

●コロナ禍の国会初日からこれだもん。


 この前の日経新聞土曜版の人生相談『なやみのとびら』で芸人の山田ルイ53世(笑)が『人生とは棺桶に無事たどり着くまでの逃走劇』って言っていました。彼は一発屋の芸人?として一瞬 陽の目を見たものの、人付き合いに疎く『芸人に向いてない』と毎日ため息をついて暮らしているそうです(笑)。

 なるほど、と思いました。これが正しいかどうかは判りませんが、そうやって逃げ続けるのもアリ、なのかもと思いました。そういう人が居て心強かった(笑)。

 こんなに厳しい世の中です。しょっちゅう危機が訪れるし、政治家は菅や小池のようにバカ揃い、理不尽な苦労をしている人や困っている人を他人事のように自己責任と片付けてしまう風潮もウンザリ。
 中村哲氏みたいな立派な人はいますけど、無力ではないけど微力な凡人にとっては、政治家や新自由主義に負けずに、棺桶に無事たどりつくことそのものが人生の目的かもしれない。そして、棺桶に無事辿り着くためにあれこれ思い悩むプロセスそのものが人生なのかもしれません。
 


 ということで、 新宿で映画『魔女がいっぱい
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wwws.warnerbros.co.jp

舞台は1968年。両親を交通事故で亡くした少年は優しい祖母(オクタヴィア・スペンサー)に引き取られて暮らしていた。ある日 少年は魔女に取りつかれてしまう。身の危険を感じた祖母は少年を連れてアメリカ南部アラバマ州の豪華なホテルに非難する。そこへ若くおしゃれな女性たちの団体がやって来る。彼女たちは、美しく邪悪な大魔女“グランド・ウィッチ”(アン・ハサウェイ)と世界中に潜む魔女たちだった。魔女は普段は人間として生活し、魔女と気づいた人間を魔法で動物にしていた。大魔女は魔女たちを集め、ある邪悪な計画を実行しようとしていた - - -



 『チャーリーとチョコレート工場』などの原作者ロアルド・ダールの児童文学を『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズなどのロバート・ゼメキスが監督、製作・脚本に『シェイプ・オブ・ウォーター』のギレルモ・デル・トロと『ローマ』のアルフォンソ・キュアロンとアカデミー監督賞受賞者二人が加わった超豪華仕様です。
アン・ハサウェイが世界中の魔女を取り仕切る大魔女を喜々として演じています。ブラック風味ですが、怖くないところが良いです。


 お話は子供向けですが、怖いシーンもあって、ちょっとブラック風味の利いた作品。そこにロバート・ゼメキスの誰が見ても判りやすい明るさとギレルモ・デル・トロらのマニアックな所が組み合わさって独特のテイストが出ています。
●両親を事故で亡くした少年はおばあちゃん(オクタヴィア・スペンサー)(左)に育てられることになります。

 ファミリー向けのおこちゃま映画と思いきや、想像以上に良かったんです。
 何といっても、主人公の少年が最初の30分くらいであっさり、魔女にネズミに変えられてしまい、あとの主要登場人物はオクタヴィア・スペンサーアン・ハサウェイだけ、というところがいいです。だって見たいのはこの二人だけだもん(笑)。

 少年はCGのネズミで充分、あとは脇役だから景色みたいなもの。人間なんて見たくもないです(笑)。二人の大女優を見たいと言う観客の欲求にこたえる見事な展開です。
●ネズミのCG、表情の変化もあって可愛いです。人間より、良かった。

 アン・ハサウェイは極悪非道でおどろおどろしい魔女を本当に楽しそうに演じています。数々のゴージャスな衣装を着こなすだけでなく、口裂け顔や禿頭など汚れ役でも喜々としています。彼女が演じると怖くなりすぎないところも良いです。微笑ましい。


 『ドリーム』『シェイプ・オブ・ウォーター』など最近売れっ子のオクタヴィア・スペンサーが祖母役というのは年齢的にちょっと違和感があったけど、思慮深くて包容力のある女性というキャラはこの人によく合っている。

●創世記のNASAを支えた3人の黒人女性を描いた『ドリーム』、今考えると圧倒的な名画のような気がします。

ドリーム (字幕版)

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  • 発売日: 2017/12/08
  • メディア: Prime Video


 お話も1968年、しかも人種差別が激しい南部アラバマ州の描写も見る人が見れば政治的なメッセージが込められていることも判ります。人種差別を告発するような描写がしょっちゅう出てきます。
●高級ホテルにアフリカ系が泊まることができたのはコネがあったから、という設定です。ここではアフリカ系は使用人ばかりです。

 また前半 フォー・トップスやオーティス・レディングで気分が上がっていくところはカッコよかった~。ファミリー向けだから難しいんでしょうけど、このペースで全編通してくれれば傑作になったのに。


 ということで、いつかTVでやるであろうメジャーな作品。でもポイントも押さえているし、ポリティカルコレクトネスもきちんとしている。文字通り安心して見られる。色々な観客の欲求にこたえる良い映画だったと思います。

映画『魔女がいっぱい』本予告 2020年12月4日(金)公開