特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

傑作音楽ドキュメンタリー2題『音響ハウス Melody-Go-Round』と『メイキング・オブ・モータウン』

 渋谷を歩いていたら、こんな看板が目につきました。''まいったな 2020''(笑)

 空き店舗が目立つようになった渋谷当たりの繁華街だと、まさにそんな気分です。

 今はどこのビルに入るのでも、入口にこのような体温検知カメラが設置されています。

 熱がないことを証明しないと入れない訳ですが、これだけ寒くなってくると身体が冷えているから表面の温度は低く検知されます。実際にこのところ、1か月前よりボクは0.5度くらい低く出ています。この機械の意味、どうなんでしょうか(笑)。
 それでもないよりはいいでしょうけど、満員電車の放置にしろ、GO TOにしろ、日本のコロナ対策って『気分』ですよね。これじゃあなー。バカを政治家に選ぶと殺されますな。


 と、いうことで、渋谷で映画『音響ハウス Melody-Go-Round

onkiohaus-movie.jp

 東銀座にあるレコーディングスタジオ、音響ハウス。1974年に生まれて以来、数多くのミュージシャンに愛されてきた。その歴史を様々なミュージシャン、関係者のインタビューで描いたドキュメンタリー


 今 40年前に流行った松原みき''真夜中のドア Stay With Me''が世界的に大ヒットしているそうです。12月初めに音楽配信サービスのSPOTIFYで世界3位、アップルミュージックでもチャートインしているそう。
 この曲は良い曲だと思うし、今もiPodに入れているくらい好きです。2、3年前には竹内まりやの「プラスティック・ラヴ」も欧米で流行ったそうですが、昔の日本のシティポップが40年経って世界的に大ヒットすると言うのは驚きの話です。
www.arban-mag.com
news.yahoo.co.jp

真夜中のドア  松原みき  1980

 この大ヒットはインドネシアのRainychという歌手がカバーしたのが切っ掛けというのが、いかにも今っぽい。若い人の間には特に、もう国境はない。カバー曲は確かにインドネシア風のエキゾチックなアレンジです。でも原曲とマッチしている。

【Rainych】 Mayonaka no Door / STAY WITH ME - Miki Matsubara | Official Music Video


 この映画は、その日本のシティポップのある意味 総本山、1974年に設立された銀座のレコーディングスタジオ、音響ハウスの歴史を描いたドキュメンタリーです。

 ボクは日本のバンドで本当に好きなのはムーンライダーズだけですが、YMO関連や松任谷由実の殆どのアルバムを始め、最近では星野源まで、所謂ニューミュージックからJ・POPまで様々な日本のポピュラー音楽を生み出してきたスタジオ、音響ハウスは名前だけは知っていました。

 映画は、様々な音楽を作ってきたプロデューサーの佐橋佳幸(松たかこの旦那)とYMOなどにずっと関わってきたエンジニア、飯尾芳史の二人を中心に話が進んでいきます。
桑田佳祐坂本龍一佐藤竹善佐野元春福山雅治氷室京介槇原敬之山下達郎など数々のヒット曲を送り出してきたプロデューサー・ギタリストの佐橋佳幸

 具体的には二人がこの映画の主題歌「Melody-Go-Round」を作っていく過程と有名ミュージシャンを始めとした関係者のインタビューが入り混じる形で進んでいきます。
YMOなどを手掛けてきたエンジニア、飯尾芳史

●映画の主題歌「Melody-Go-Round

Digital Single「Melody-Go-Round」Music Video(Short ver.)

 とにかく出演するメンツがすごい。
 音響ハウスで作品を作ってきた坂本龍一松任谷由実松任谷正隆佐野元春綾戸智恵矢野顕子鈴木慶一ムーンライダーズ)、デイヴィッド・リー・ロス、

 CMプランナーやプロデューサー、それに裏方を務める音響ハウスの社員やOBたち。
●彼は毎日決まった時間に設備を点検し続けています。

 主題歌をレコーディングしていくメンバーは佐橋佳幸大貫妙子葉加瀬太郎井上鑑高橋幸宏、13歳の女性シンガー・HANA
●左から高橋幸宏佐橋佳幸、HANA、井上鑑、飯尾芳史

 映画の冒頭から佐橋(ギター)、井上鑑(キーボード)、高橋幸宏(ドラムス)で主題歌の骨格を作っていくところからマジで興奮します。これくらいのメンツだとマジで上手い(笑)。文字通り音楽の魔法が画面に記録されています。

 インタビューの時間も結構長いし、皆 本気で喋っている。
 坂本龍一がソロアルバムのためにスタジオを1年間ずっと借り切っていたとか、資生堂のキャンペーンソングだった大ヒット曲、『いけないルージュマジック』は当初『素敵なルージュマジック』だったのが、坂本と忌野清志郎がスポンサーにゴネて『いけない』に変えさせた等 興味深い話でいっぱいです。
●今も残る『いけないルージュマジック』のレコーディング進行表
 

 出てくるミュージシャンは鈴木慶一高橋幸宏矢野顕子以外はそれほど興味ないんですが(笑)、
ムーンライダーズ鈴木慶一

 素顔のミュージシャンたちが喜々として語っていたり、普段の姿(服とか性格とか)も非常に面白い。どこの受付のおばさんかと思ったら主題歌の歌詞とコーラスを担当した大貫妙子だったり(よく見たら服装はお洒落でした)、

 葉加瀬太郎のヴァイオリンを弓を変えて弾いてみたら、情熱大陸の主題歌と全く同じ音になったり、

 YMOの面々は家で曲を作ってこないでスタジオで作ってたとか、深夜にまでレコーディングが長引いて矢野顕子の子供(坂本美雨)がスタジオの床で寝てたとか。

 あと相変わらず佐野元春はジャーナリストみたいで、ミュージシャンっぽくないな、と思いました。久しぶりに彼の姿を見て、昔 彼が学園祭に来たのを思い出した。あの時は山下久美子とジョイントのステージでした。バンドのドタドタした音が下手だったけど盛り上がってたなあ。一橋の学祭で彼が浜田省吾とジョイントしたのを見たのも懐かしい思い出です。
 それに元ヴァン・ヘイレンのデビッド・リー・ロスが音響ハウスで半年 録音してた話も驚きました。

 70年代後半から80年代は、今よりCMの仕事は遥かに多かった、とか興味深い話もありました。その中に大瀧詠一坂本龍一などが懸命に新しいものを紛れ込ませようとしていた。CMなんて所詮は商業主義、企業の手先でくだらない、とボクは思いますが、それでも当時は今よりクリエイティブな時代ではあったのでしょうね。

 今はデジタルの宅録で全米NO1ヒットの音楽を作れるような時代ですが、ミュージシャンが一か所に集まって演奏・録音することで生まれてくるものって確かにあります。プリンスみたいにすべての楽器を演奏できる天才なら一人でスタジオに籠っていても凄いものができますが、人と人が集まることで生まれた魔法のようなものを積み重ねて音楽は作られてきた。この映画では主題歌の制作過程を見せることで、音響ハウスが作ってきた『魔法』を垣間見ることができます。
 日本の音楽に興味がある人だったら、すっごく面白い映画だと思います。

映画『音響ハウス Melody-Go-Round』予告編



 もう一つ、新宿で映画『メイキング・オブ・モータウン
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makingofmotown.com

 1959年、自動車産業が盛んな都市、デトロイトベリー・ゴーディが「タムラ・レーベル」をスタートさせたことから始まった音楽レーベル「モータウン」。スティーヴィー・ワンダーマーヴィン・ゲイダイアナ・ロスシュープリームス、ジャクソン5などの楽曲が次々とヒットしていく。その裏には自動車工場からヒントを得た分業制や「クオリティー・コントロール」と呼ばれた品質管理会議の存在、それに男女・人種にこだわらない人材活用があった。
やがて60年代末になると、世相は人種差別への抗議や反戦運動が盛んになってくると、恋愛など人生の夢を歌ったモータウンの楽曲は世の中と遊離していくが


 60年代~70年代にかけてヒットチャートを制覇したレコード会社、モータウンの歴史を齢90を超えても元気な創設者、ベリー・ゴーディとその右腕、歌手/プロデューサー/作曲家のスモーキー・ロビンソンの二人が語り明かしていくドキュメンタリーです。
●創設者のベリー・ゴーディ

 9月に公開されて大ヒット、まだ公開が続いています。結論から言うとめちゃめちゃ面白いです。
 だってモータウンに所属したアーティストって、スモーキー・ロビンソンだけでなく、ダイアナ・ロス、スティーヴィ―・ワンダー、ジャクソン5.マーヴィン・ゲイ、etc。
 スモーキー・ロビンソンだけでも大天才、レコード会社が一つできるくらいなのに、ダイアナ・ロスマイケル・ジャクソン、スティーヴィ―・ワンダーにマーヴィン・ゲイモータウンにはどれだけ大天才が居るんだ、と、黒人音楽にさほど詳しくないボクだって思います。
●手前がスモーキー・ロビンソン。ゴーディも彼も90代です。

 デトロイトの別名はモーター・シティと呼ばれています。GMやフォードなどの自動車工場が沢山あり、そこで働くために黒人や移民の労働者が大勢いました。それと同時に彼ら向けの娯楽が発達していきます。

 デトロイト中産階級の家に生まれたゴーディはボクサー、自動車工場など様々な職を転々としましたがうまく行かず、レコードショップを始めます。顧客の話を聞くうちに彼は音楽つくりにも手を出す。家を改造してスタジオをつくり、録音する。作曲の才能があったのか、ゴーディの曲はまずますのヒットを納めます。
 しかし 当時はシングル曲が中心でしたらから沢山の曲を作っていかないと儲かりません。

 ゴーディは自動車工場に勤めた経験から、自動車の流れ作業を音楽制作に応用することを思いつきます。つまり専門の作曲家・作詞家がチームを組み、専属の腕利きミュージシャンが演奏して録音、企画ごとに歌手を変えて音楽を作っていく。それを社内の品質管理会議で売れるかどうか吟味して、発売していくのです。
●この民家(白い家)がモータウンのオフィス兼スタジオでした。今は博物館になっています。

 品質管理会議にはゴーディや片腕のスモーキー・ロビンソンだけでなく、営業やマーケティングなどの担当が加わって喧々諤々、自由な立場でディスカッションが行われます。会議のメンバーは人種や年齢にこだわらず、白人も女性も加わっていた。当時は考えられないことだったそうです。それを最後にゴーディがビシッと決裁する。

 売れそうな新人歌手を見抜くゴーディの慧眼も相まって、このやり方でモータウンはヒット曲を量産することに成功します。分業と言っても作曲家・作詞家のチームや歌手ごとに競争も取り入れられています。モータウンの誰かがヒットを飛ばすと、他のチームや歌手もライバル心を燃やし一層頑張る。ヒット曲が続く好循環が生まれていきます。

 60年代半ばにはアメリカのヒットチャートはモータウンビートルズで殆どを占めるほどになります。

 様々な歌手や関係者のインタビューが挿入されていますが、貴重な映像や録音も使われていて大変興味深い。
 ジャクソン5のオーディションのフィルムもあったのですが、マイケル・ジャクソンって子供の時からムーン・ウォークをやっていたんですね。

 あとスティーヴィ―・ワンダーのすごさ。子供の時から楽器を全て自分で演奏できるだけでなく、ステージの上で即興で曲を作って全米1位になる、など、とても人間業ではない。
●12歳のスティーヴィー・ワンダー

 この映画にはそんな驚きのシーンやインタビューがが大量にちりばめられています。ダイアナ・ロスとゴーディが恋人同士になる話やマーヴィン・ゲイがゴーディの姉と結婚する話なんか本当に面白かった。

●ジャクソン5.もちろん、中央がマイケル。


 60年代も末になると反戦運動や人種差別への抗議が高まっていきます。モータウンキング牧師を応援するなどの行動はしていましたが、楽曲に反映されることはありませんでした。ゴーディが『音楽は楽しく、夢を見せるものでありたい』と考えていたからです。音楽に政治的なメッセージを入れるなんてとんでもない、と言う訳です。

 しかし、モータウンのアーティストにはそれに飽き足りない人が出てきます。
 それが二人の超天才、スティーヴィ―・ワンダーとマーヴィン・ゲイです。彼らは自分の思うような音楽を作りたいと強硬に主張するようになり、ゴーディと衝突します。特にマーヴィン・ゲイは弟がベトナムに従軍したため,政治をテーマにすることについては強硬でした。
 ゴーディもこの二人の超天才ぶりは理解しているので、嫌々ながら自由に作らせてみます。

 そこで生まれてきたのが反戦や環境問題を前面に打ち出したマーヴィン・ゲイ『What's going on』やスティーヴィ―・ワンダーの『迷信』などです。共に大ヒットしただけでなく、特に前者はゴーディもスモーキー・ロビンソン史上最高のレコードと認めざるを得ないような作品でした。
 ゴーディは自分のやり方が時流にそぐわなくなりつつあることを認めます。スモーキー・ロビンソンなどは現在も残る黒人差別、今のBLMに絡めて、今こそ『What's going on』のような作品が必要、とまで言う。ここで映画は終わります。

 70年代以降 モータウンは映画に進出したり、これまたもう一人の大天才のマイケル・ジャクソンが他へ移籍したり、転機を迎えます。モータウンは今も名前は残っていますが、80年代には大手レコード会社に身売りすることになります。

 ゴーディもスモーキー・ロビンソンも90を超えてもまだまだ元気、音楽を作っています。当人たち曰く、俺たちは今でも女性にモテモテだぜ、とか言ってました(笑)。

 黒人音楽に詳しくないボクでもめちゃめちゃ面白いドキュメンタリーでした。聞いたことがある曲の制作秘話が大量にあるだけでなく、知らないものでも流れるのは驚くほど良い曲ばかり。今年を代表する傑作音楽ドキュメンタリーだと思います。
 個人的にはボクの好きなニュージャージーのロックの源流になったフォー・トップスの話が非常に興味深かったです。

映画『メイキング・オブ・モータウン』予告編