特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

スプリングスティーンの新譜:『Letter To You』と来年のアカデミー賞候補第1号?:映画「シカゴ7裁判」

 10月も最終週、年末の足音も聞こえてきました。
 通勤の帰り道、今までは夕焼け色だった景色も、めっきり夜景になってきました。もう、冬の色です。
●秋の洗足池。


 先週末の街は人が本当に多かったです。こんなので大丈夫か?と言いながら、手洗いして、我々は生活を続けていくのでしょう。

●よく知りませんが、吉本でもシルクみたいな人はいるんですね。文章も読んだけど非常にわかりやすかった。流石は元パンクのファンでロンドンに渡っていただけのことはある。


 個人的には週末は23日に発売されたばかりのスプリングスティーンの20作目の新譜を聞いていました。45年間バックを務めるEストリートバンドとは8年ぶりに組んだ作品です。

 今年71歳。たった4日間で、ダビングなし&一発録りされた演奏は良い意味で70年代末の頃の熱気あふれる頃の音なのも驚きですが、テーマとしては彼の10代や20代からの仲間の死が色濃く反映された作品でした。

 まだ感想を書けるほど内容を消化してませんが、作品のテーマは『避けることが出来ない死と共にどうやって生きていくのか』のようです。人生の後半戦に入ったボクも他人事とは思えません。
1曲だけ、トランプと思われる人物を自分の利益しか考えないペテン師呼ばわりする曲もありますが(笑)、作品では主に、残された時間も出来ることも限られてくる中で、自分はどうやって生きていくか、が語られています。

Bruce Springsteen - Letter To You (Official Video)

 今夏の民主党大会では彼の映像と911をテーマにした曲''The Rising''がオープニングに使われたそうですが、元来は今頃、彼はジョー・バイデンの応援で激戦州を回っていたはずです。本人はバーニー・サンダース支持だそうですが、先週 自分のファンが多い激戦州、ペンシルバニア州向けにバイデン支持のビデオを作って公開、1週間で35万回再生されました。
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 コロナ禍でオバマ氏の時のように集会などでの応援はかなわなかったわけですが、作品の内容には選挙より内省がふさわしい。死もさることながら、我々は民主主義を本当に望んでいるのか、それが問われていると思います。
●ブルースはトランプは負けるだろう、と言っています。そうなれば良いのですが。
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 ということで、 渋谷で映画『シカゴ7裁判

chicago7-movie.com
 1968年、シカゴで開かれた民主党全国大会の会場近くに、ベトナム戦争に反対する市民や活動家たちが抗議デモのために集まった。当初は平和的に実施されるはずだったデモは徐々に激化し、警察との間で激しい衝突が起こる。デモの首謀者とされたアビー・ホフマン、トム・ヘイデンら7人の男たち(シカゴ・セブン)は暴動をあおった罪で起訴され、裁判にかけられる。

 シカゴ7の裁判は『アメリカ史上最も狂った裁判』と言われています。ベトナム戦争当時 シカゴで行われた民主党大会で起きた暴動についての裁判です。7人のデモ参加者を見せしめに有罪とすることで、市民の直接行動を恫喝するためのものでした。

 ベトナム反戦を訴える人たちが集まって暴動が起きたシカゴの民主党大会のことは、ボクはCSNY(クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング)の歌で知りました。歌になるくらいアメリカでは有名な話です。

 それをテーマにしたこの作品、当初はスピルバーグが監督を務める予定でしたが
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 スケジュールの遅れで降板、脚本を担当していたアーロン・ソーキン(「ソーシャル・ネットワーク」「スティーブ・ジョブス」「モリーズ・ゲーム」など)が監督を担当しました。実録ものには本当に定評がある人です。
●オリンピック候補選手が政治家や有名スター相手のコールガール・クラブを運営していた実話をもとにしています。際物に見えますが、実は徒手空拳の女性が男尊女卑社会と如何に戦うか、という物語でした。

モリーズ・ゲーム(字幕版)

モリーズ・ゲーム(字幕版)

  • 発売日: 2018/10/05
  • メディア: Prime Video

 出演は『ファンタスティック・ビースト』などの美男俳優エディ・レッドメインに、俳優兼コメディアンのサシャ・バロン・コーエン、『50/50』などのジョセフ・ゴードン=レヴィットマイケル・キートンなど。政治映画とは思えないような超豪華俳優陣にはびっくりです。
●最新作「ボラット2」でトランプの変装をして、ペンス副大統領の集会にアポなし乱入するサシャ・バロン・コーエン(左)。彼はトランプの顧問弁護士ジュリアーニにもハニートラップのドッキリを仕掛けて、トランプに非難されています。オックスフォード卒のインテリですが、こういう人です(笑)。

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 元来は大統領選直前に劇場で大規模公開される予定だったそうですが、コロナでネットフリックスの配信に切り替わったとのこと。見る機会がないかと思いましたが、なんとか1日1回の劇場公開を見つけて行ってきました。
 早くも来年のアカデミー作品賞や主演男優賞の声も挙がっていて(ヴァラエティ紙)、期待値マックスです。
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 映画は当時の記録フィルムの引用から始まります。これがびっくりするくらい、切れ味が鋭い。
 毎日毎日 ベトナム戦争の死傷者の数が報道されます。今のコロナ感染のようなものでしょうか。そしてベトナム市民の犠牲者など戦争が大義がないものであることと同時に、徴兵のやり方が写される。ガラガラポンで数字を決めて、該当する数字が誕生日の人間が徴兵されるんです。冗談じゃありません。くじ引きで徴兵されて大義の無い戦争に駆り出され、命や体の一部を失うかもしれないんです。

 なぜ、当時の若者たちがベトナム戦争に反対したかが、2,3分の描写で一発で良くわかります。後々の戦争、例えばイラク戦争などと比べて、当時の反戦運動が激しかったのは徴兵制も一因、という事が良くわかりました。

 68年当時の大統領選には共和党ニクソンが立候補していたのに対して、民主党はジョンソン政権の副大統領、ハンフリーが候補になろうとしていました。今から考えるとジョンソンは公民権法を成立させるなど功績は残しましたが、ベトナム戦争継続で党内では人気がなく、立候補辞退に追い込まれていました。立候補する予定だったリベラルなロバート・ケネディは暗殺されてしまった。
 代わりにハンフリーが立つことになったのですが、副大統領だった経歴から判るように、反戦色は濃くない。若者たちの間では不満が高まっていました。

 シカゴで行われる民主党大会に異議を唱えるため、大勢の若者、活動家が集まりました。
 州知事は警察だけでなく軍隊も動員、夜間外出禁止令を出し、強硬な弾圧に乗り出します。デモ隊は投石、警察は警棒で市民を殴りつけるなどの暴動状態になり、結果 数百人の死傷者が出て、警察8人、市民側8人が起訴されます。
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 映画では8人の容疑者の裁判と暴動が何故起きたか、が交互に描かれていきます。
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 訴えられたのは、民主党内から改革していこうとする比較的穏健なSDS(民主学生同盟)のトム・ヘイデン(エディ・レッドメイン)、
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過激な青年国際党(イッピー)のアビー・ホフマン(サシャ・バロン・コーエン)(写真左)やジェリー・ルービン、
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普通の民主党の中年活動家デリンジャー、それに黒人解放を訴えるブラックパンサー党のボビー・シールら。組織も思想も全く異なる人たちです。

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 ジョンソン政権当時は『警察側の弾圧が暴動のきっかけを作った』として彼らの起訴を見送っていました。しかし翌年 政権に就いた共和党ニクソン政権は強硬姿勢をとって、8人を暴動の示唆だけでなく、より罪の重い共謀罪で訴えます。共謀どころか、彼らは顔見知り程度しかありません。明らかに見せしめのための裁判です。

 主任検察官を務めることになったのは将来を嘱望されていた若手検察官シュルツ(ジョゼフ・ゴードン・レヴィット)。彼は『共謀罪の適用は無理だ』と上層部に反対しますが押し切られ、裁判が始まります。 
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 最初から仕組まれた裁判です。裁判官のホフマン(フランク・ランジェラ)は当初から被告たちに対して強圧的かつ差別的な態度をとります。
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 悪口を吐いたボビー・シールは法廷で手錠とさるぐつわまではめられます。これには被告側だけでなく、検察官のシュルツも抗議、ボビー・シールは裁判から外されます。そもそもボビー・シールは演説するために4時間だけシカゴに滞在しただけで、デモには関係なかったのです。
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 弁護士を務めるクンスラー(マーク・ライランス)は不利な裁判にも屈せず、粘り強く戦っていきますが裁判官のホフマンはまともな審理をしない。
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 最後の手段としてジョンソン政権当時の司法長官のクラーク(マイケル・キートン)を証人として呼ぼうとします。しかし元の司法長官が裁判で証言するなど前代未聞です。

 映画は裁判とシカゴの事件が交互に描かれていきます。背景など説明らしい説明はありませんが、被告たちの考え方やキャラクター、政権・検察側の思惑が観客にもよく判ってきます。そして平和的だったデモが警察の暴力で暴動に変っていくさまが描かれる。

 人気のエディ・レッドメインくんや大物コメディアンのサシャ・バロン・コーエンを起用した被告側の描写は非常に面白い。
 体制内から改革しようとするトム・ヘイデンと反体制そのもののアビー・ホフマンは目指すところは同じですが、全く相いれない。二人のキャラの違いや対立はドラマに重みを増しています。この二人の演技合戦は強力で、どちらかはアカデミー主演男優賞にひっかかるんじゃないか、と言われています。あとマヌケそのものに描かれている有名詩人のアレン・ギンズバーグも笑わせてくれます(笑)。
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 こういう映画は政府側を一方的な悪者に描きがちですが、もっと複雑に作られています。検察側も司法省側も思惑があるところが良いです。実際は単なる極悪非道だったようですが、ここは脚色・脚本の勝利です。わざわざ演技派俳優のジョゼフ・ゴードン=レヴィット君を起用しただけのことはあります。
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 そして、マイケル・キートン。出番は短いですが、満を持して登場してビシッと決める。これだけカッコいいキャラは久々に見ました。
 あとイッピーたちにハニートラップを仕掛けるFBIの潜入捜査官(ケイトリン・フィッツジェラルド)も良かった。この人も架空のキャラだそうですが、現実はデモ隊に覆面捜査官を大勢潜り込ませるなど、政府はなりふり構わず弾圧しようとしていたんです。


 シカゴ7の事件はアメリカでは超有名ですが、日本では殆ど知られていないでしょう。しかし、詳しくなくても映画を見ているうちによくわかる。それくらい非常によくできている。で、最後は感動で、ギャン泣きさせる。きちんとエンターテイメントになっている。うまい脚本です。


 ちなみにシカゴ7の裁判は映画で描かれた初審では共謀罪は無罪、暴動示唆では有罪、最終的には全面無罪になります。
 第1級の娯楽映画でもあり、政治映画でもあり、現代を告発する映画です。例えば 猿ぐつわをされたボビー・シールが『息ができない』と呻くシーンがありますが、これはブラック・ライヴズ・マターそのものです。強圧的な裁判官や事実を捻じ曲げようとする司法省も現在と一緒でしょう。ボクは日本とそっくりと思いました。
 そして警官に取り囲まれ、暴力を受けるデモ隊を豪華ホテルのバーから他人ごとのように眺める当時の民主党の面々。民衆と全く遊離している政治家たち。これだって日本の政治家と一緒じゃないですか。

 当時も今も権力のやり口は変わっていません。そして市民運動の美点や限界も良く描かれています。SDSもイッピーもブラックパンサーも運動はどこかが間違っている。けれど、どこかは正しい。そこでどうするのか。何が一番大事なのか。クライマックスで明らかになります。
 こんな内容でエンタメとして普通に面白いのだから、大したもんです。


 ちなみに監督は、脚本を書いている時 映画に現在を反映させる気はなかったが、今の時代の流れが当時の時代にシンクロした、と言っています。
「1968年についての映画にしたかったわけではない。懐古趣味や歴史の授業のような映画にしたかったわけでもない。今現在をテーマにしたかった。しかし、今が1968年のようになるとは想像もしていなかった」(アーロン・ソーキン監督)

 警察や検察の強圧的な弾圧、腐敗した民主党、黒人差別、今につながることばかりです。民主主義が危機に瀕している今、この映画から感じる点は多いと思います。映画の出来だけでなく、こういう映画を作っちゃうところが本当に素晴らしい。これはもう、完成度の高い傑作の類です。
 
 ネットフリックスで配信が始まっています。今は忙しくて無理だけど、定年になったらネットフリックス、絶対入っちゃうな(笑)。
 
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