特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『秋の土鍋ごはん』と、穏やかに、静かに、そして揺さぶられる:映画『ソワレ』

 トランプがコロナにかかったと聞いて、天罰が下った、と思ったんですけどねー(笑)。
 まあ、天罰を落とさなきゃいけないような連中はトランプ以外にも大勢いるので、神様も忙しいんでしょう(笑)。


 
 感染者数は中国並みの8万人超、人口あたりの死亡率はアジアワースト2位の日本ですが、ジジイ揃いの日本の政治家からどうして死者も感染者が出ないんでしょうね。それは不思議です。やっぱり連中は上級国民、国民の生活からかけ離れた特権階級ということなのでしょうか。
 

 週末は映画を見に新宿へ行きましたが、渋谷も新宿もずいぶん人が出ていました。今まで警戒していた中高年が外へ出るようになって銀座も人が増えているそうですね。かっては若者が目の敵にされていましたが、今は中高年が感染者全体の半分を占めています。

vdata.nikkei.com

 インフルエンザ同様 軽症や症状がないのならいいんでしょうけど、米欧ではバンバン死んでるわけで、やっぱり良く判りません。
 

 経済を回していかなければ、我々は干上がっちゃうことは間違いないですが、何とかキャンペーンみたいに燥いでいるのにも心理的な抵抗はあります。電車に乗っても手すりとか絶対触りたくないもんなあ。

 NHK-BSでコロナによる社会的影響を、哲学者のマルクス・ガブリエルは『第2次大戦並みの革命が進行中』と言っていました。実際 アメリカの死者は20万人と第2次大戦並みになりつつあります。我々が今まで暮らしてきた『より早く、より遠くへ移動する』生活様式が限界を迎えたことは間違いないと思います。

 経済、科学、価値観、色んな要素を考えながら、自分なりのニューノーマルを見つけていかなければいけないんでしょうね。



 さて、こちらは、この前食べた『土鍋ごはん』です。まだ新米ではありませんが、土鍋で炊いたご飯の上に白っぽい身の秋鮭と新イクラが如何にも秋らしい(笑)。お茶碗によそうまえに、炊き立てのものを見せてもらいました。

 粒が大きな新鮮なイクラと合わせるようにお米の粒が大ぶりなので、『どこのお米ですか?』と聞いたら、佐賀のものだそう。

 季節によって色々な産地の米を使い分けているそうですが、九州というのは意外でした。
 例えば熊本は米の一大産地ですが、『昔 九州のお米があまり美味しくなかったのは、新潟などコメどころの作業時期ややり方で育てていたから』と、長崎出身の板前さんが言ってました。最近は地元に合わせた時期や栽培法で育てるようになって、九州の米もどんどん質が上がっているそうです。
 
●これも秋の食べ物。子持ち鮎の素揚げに土佐酢のゼリー。

 土地の風土に合わせた栽培、は考えてみれば当たり前ですが、日本人の画一性って恐ろしい、と思いました。
 普段はダイエットの為に、お米はあまり食べないようにしていますが、こういう時は特別です。もちろんお代わり!(笑)。


 ということで、新宿で映画『ソワレ
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soiree-movie.jp

 役者を目指して東京に出ていた岩松翔太(村上虹郎)は一向に芽が出ず、今ではオレオレ詐欺に加担して食い扶持を稼ぐような日々を送っている。所属する劇団が高齢者施設で演劇を教えることになり、翔太は故郷である海辺の町、和歌山県御坊市に戻ってくる。そこで働く山下タカラ(芋生悠)と出会った翔太は、ある事を契機にして彼女と共に逃避行を始めることになるが

 監督は短編を中心に活躍している外山文治という人、小泉今日子がパートナーの豊原功補と一緒にプロデュースしていることで話題になった作品です。

 苦手そうなお話だったので、当初はスルー予定でしたが、毎日 名文で日々の暮らしを綴っておられるぷよねこさんが褒めておられたので、これは、と思って、見に行った次第。
puyoneko2016.hatenablog.jp

 
 映画は、東京に住む翔太(村上虹郎)の描写から始まります。スーツ姿の翔太が弁護士のふりをして、道端で老人に何かしゃべっています。老人から受け取った札束をガレージで男に渡して、自分は僅かな金を受け取る。翔太はオレオレ詐欺の受け子をやって、小銭を稼いでいるのです。

 次の場面では劇団に所属している翔太が、稽古も何となくやる気がないところも描写されます。かと言って、人生を諦めるでもなく、何となく未練がましさが漂わせている。典型的というか、コイツ、ダメな奴だなあ、と言いたくなるような人物像。
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 やがて翔太たちの劇団は和歌山県の南部、御坊市にある高齢者施設で演劇を教えることになります。限られた予算と人的資源の中で、時には生と死が交錯する過酷な現場です。今までの翔太たちの暮らしとは明らかに違う。

 そこでは寡黙な女、山下タカラ(芋生悠)が介護職員として働いていました。普段から必要最低限の事しか話さない、表情もあまり示さない、不器用そうな女性です。
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 ある日 翔太たちは息抜きに村の祭りに出かけることにします。翔太は着替えるために自宅アパートへ戻った山下を迎えに行きます。しかし翔太が見たのは男に襲われる山下の姿でした。必死に止めに入る翔太ですが、男の力に跳ね飛ばされます。翔太の上に馬乗りになった男を山下はハサミで刺してしまいます。
 男は婦女暴行で刑務所から出所してきたばかりの山下の父親でした。山下は長年 父親から家庭内性暴力を受けて育ってきたのです。

 警察に出頭しようとする山下を翔太が止めます。

「なんで必死なヤツばっかりこんな目にあうねん?なんで弱いやつばっかり損せなあかんねん」

「お前は傷つくために生まれてきたのと違うやろ!」

 ビックリしました。目の前の出来事にまじめに向き合ってこなかった翔太が突然真剣になった。ここで映画の印象が全く変わります。作品が目指している方向性が分かった気がした。
 字面だけ読むと生硬にも聞こえるけれど、画面で見ると説得力があるんです。
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 ここから翔太と山下の逃避行が始まります。いったん御坊の廃校に身を潜めた二人は、和歌山市へ向かいます。
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 お話とは対照的に、静かな情景が続きます。夏の陽光、夜の闇、夜明けの海。そして御坊や和歌山市の情景。異様にのんびりしているし、極端に寂れた寂寥感もある。暖かい気候も相まって、夜の街にはどことなくエキゾチックな感じもする。

 個人的な話ですが、ずいぶん昔 ボクは仕事で和歌山の中小企業の経営立て直しに通っていました。あの頃ですら寂れていると思ったけれど、好きな町でした。今 画面でみても、和歌山市内の繁華街、ぶらくり丁の雰囲気も全然変わってない。底知れないヤバさとのんびりした雰囲気が共存している。


 虚勢で生きてきた翔太と空白感を抱えて生きてきたタカラ、対照的な二人が物語が進むなかで次第に変わっていきます。 セリフが少ないのが良いです。そして村上虹郎と芋生悠の生々しい刹那の表情が素晴らしいです。
 そんなこと、殆ど思ったことないんですが、若いっていいな、と思いましたよ(笑)。

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 ヒロインの芋生悠って人、マジで素晴らしい。まるで自らも傷を負っているような演技には驚いた。かって門脇麦が出てきた時もそうでしたが、もっと重い存在感がある。この人、好きになっちゃいました(笑)。
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 深刻な話のように見えますが、画面が実に美しい。御坊、和歌山の山や海の美しさだけでなく、光の演出が美しい。和歌山の県立美術館で撮ったという幻想のシーンは素晴らしかった。 
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 その一方 脚本はうまいけれど詰め込み過ぎているし、無理がある演出もある。欠点は多い映画です。意図的だとはおもぃますが、前半はやや冗長さも感じられるし、工夫を凝らしたであろう最後のオチもどうなんだろう、とすら思いました。しかし、この映画にとってはそれほど重要なことではありません。
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 この映画は観る人の心の深いところに傷を作ります。主人公二人の傷の痛みを我々に感じさせるかのようです。
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 感情が根本から揺さぶられる。若い頃に触れた映画や音楽、小説で感動した、その感情がよみがえる。歳をとって冷え切った自分の心の奥底に温かな気持ちが戻ってくる。そんな映画です。
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 難しい題材だけど、『ソワレ』は題材の重みを軽々と乗り越え、誰もが心の奥底に抱えている想いにまでたどり着く。この映画の根本には人間という存在への信頼があります。だからこそ、普遍的な話に昇華されている。
 大傑作とは言わないけれど、これは本当に素晴らしい、ボクは大好きです。もっと早く見に行けばよかった。マジで素晴らしい。できればもう1回スクリーンでみたいと思います。


若い男女の切ない逃避行...映画『ソワレ』予告編