特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『マナガツオの糠漬けとオレンジワイン』と真夏の怪談:映画『はりぼて』

 週末の台風10号、九州地方は180万人に避難指示が出たそうで、大変だったみたいですね。被害に遭われた方々はお気の毒です。

 ボクはNHKしか見てませんが、災害になると、TVはアナウンサーも気象予報士もやたらと男ばかりが出てくる気がします。普段は必要以上に女性ばかりなのに(笑)、緊急時は男性が担当しなければいけないような理由があるのでしょうか。アリバイのようにたまに女性も出てきますが、取ってつけたような不自然さです。

 表面的には男女差別と指摘されないように取り繕っているけれど、本音では差別意識が丸出し、こういうTV局の心性こそ、心底キモい!と思います。
台風9号では外部電源の異常で韓国の原発が止まったんですね。
japan.hani.co.kr


 総裁選も盛り上がらないですね。どうせ『敗戦処理内閣』ですけど、政策の是非も論議されず、全く国民不在のまま、総理大臣が決まっていく。国会の早期解散、10月25日投開票という話も出てきています。

 今の政治を見ていると、国民はただお上の言うことを聞け、という態度が露骨じゃないですか。

 こんな総理大臣なんて、どう考えてもおかしいですよね。

 疑惑を追及しないマスコミは勿論 問題あります。だけど国民の方はどうなっているのか。

 これだけ同じことを繰り返すのはやっぱり、国民が問題なんだと思います。



 さて、これはこの前 近所の店で食べた『マナガツオの糠漬け』。上に掛かっているのは、削ったオーストラリア産の黒トリュフ。香りは大したことありませんが、あちらは今が冬=旬です。
 生のマナガツオは初めてでしたが、糠漬けにした魚は身が締まって美味しかったです。良く考えたら和食では西京漬け、にしますもんね。

 で、糠漬けに合わせて出てきたのが『オレンジ・ワイン』。と言ってもオレンジで作ったものではなく、ブドウの種や皮をそのまま使って作ったオレンジ色になった白ワインです。

 オレンジ・ワインって最近 流行ってるみたいですね。
 ボクはお酒は弱いのであまり飲めませんが、普通の白ワインより濃厚でおもしろいと思います。イタリア南部で作られた濃い味のものもありますが、これは北部リグーリア州のもの。ブドウの個性が良く出たワインはコクがある糠漬けにはぴったりでした。


 と、いうことで、渋谷のユーロスペースで映画『はりぼて
f:id:SPYBOY:20200906123041p:plain
haribote.ayapro.ne.jp
 2016年富山市市議会。地元のTV局チューリップテレビの調査で汚職が次々に発覚、議員の3分の1が辞職に追い込まれた。汚職発覚後に行われた選挙の結果も含めて報道を続けた、チューリップTV制作のドキュメンタリー

 2016年10月にTBS『報道特集で放送された富山市議会議員の政務調査費汚職のルポは今でも強く印象に残っています。
www.tbs.co.jp
f:id:SPYBOY:20200906131032p:plain

 90年設立という新興局、予算も人員も限られたローカル局、チューリップTVの調査で、市議会議員が政務調査費を横領していたのが次から次へと発覚、議長経験者を含めた与野党の議員10人以上が辞職する事態になったいきさつを描いたものです。地方議会の絶望的なまでの腐敗と閉鎖性に文字通り頭がクラクラしたのを覚えています。
 この取材はギャラクシー賞記者クラブ賞など様々な賞を受賞、全国的に高く評価されました。


 この映画はそれをもとにしたドキュメンタリー。事件が発覚した2016年の6月から今年の春までの出来事が描かれています。監督は当時チューリップTVで記者・キャスターを務めていた五百旗頭幸男、記者の砂沢智史の両名。二人とも当時は社員です。

●監督を務めたチューリップテレビの元キャスター、五百旗頭幸男(左)、元記者の砂沢智史(右)


 富山県有権者の3%以上を自民党員が占める、日本でも指折りの自民党王国、だそうです。冨山市議会も議席の7割を自民党が占めていました。
 映画は2016年に起きた以下の出来事から始まります。

●6月:元市議会議長で自民党会派会長の市議会議員、中川勇が北日本新聞の女性記者を押し倒し、取材メモを奪って、同社が暴行と窃盗容疑で富山県警に被害届を提出

●6月:自民党が主導し議会で市議の報酬を月額60万から70万円に増額する条例を可決

●8月:チューリップテレビの調査で中川勇が政務活動費約786万円を不正受給したことが判明。中川は失踪の後、辞意を表明。

●市議会のドンとしてふんぞり返っていた中川は不正が発覚後、謝罪&辞任

 中川は白紙の領収書を使って架空の市政報告会60回分を請求していました。その後同じような不正が発覚し、9月には市議6人が相次いで辞意を表明。


 報道特集で放送されたのはここまで。映画はこれからが始まりです(笑)。
 いけしゃあしゃあと議員たちの辞職を宣言していた市議会の議長も、実は汚職をしていました。そして年功序列で選ばれた次の議長も不正が発覚して辞任。その次に自民党内の非主流派の議員が改革を約束して新議長になりますが、その議員も汚職が発覚、刑事告訴されます。議長は辞任しますが、議員としてはまだ、居座っています。
 さらには辞職した議員の補欠選挙で当選した議員からもまた汚職者が出る始末。
f:id:SPYBOY:20200906123635p:plain

 ところが、辞める議員の方がまだマシでした。次第に不正が発覚しても居座る議員も出てきます。更に市の女性職員へのセクハラ・机を物色したことで罰金刑が確定した維新の議員1人が辞職勧告を受けつつも居座っています。いかにも維新らしい(笑)。
●地方部で1800人の市政報告会なんてあるわけない。不正の手口は殆ど全員が偽領収書でした。領収書の偽造は議会で長年続いていた慣習だったことを疑わざるを得ません。
f:id:SPYBOY:20200906135030p:plain

 おまけに市の職員も市議会事務局もグルでした。チューリップテレビの情報公開請求は議員たちへ筒抜けになっていたのです。だーめだ、こりゃ。
●市議会事務局はシラを切ります。


 結果として富山市議会で政務活動費の不正で費用を返還した議員は25名、そのうち自民12人、民主党系2人の計14人の議員が辞職しました。定数38人ですから、4割近くが辞職したことになります。

 しかし問題なのはその後の選挙で立候補した自民党汚職議員も、維新のセクハラ議員も選挙で再選されていること。汚職議員のうち、10名がまだ居座っています。議員がウソ泣き?したり、土下座行脚したら、有権者もあっさり許してしまう。

 ちなみに不正発覚直後の16年11月の市議補選の投票率は26.9%、市長選と重なった17年4月の市議選でも47.8%。市民の政治への無関心は変わりません。
政務調査費の不正が発覚した五本は選挙前の演説会で夫婦そろって、土下座。再選されます。

 この映画はこういう事態に至る過程をチューリップテレビの記者の目を通して、克明に描いています。
 地方だからなのか、議員だからなのか、は判りませんが、ここで描かれる議員たちの姿は非常に滑稽です。
 冒頭に出てくる自民党の会派会長、中川が典型ですが、取材を受けた当初は非常に尊大な態度です。文字通り偉そう、態度でかい。

 それが不正が発覚すると同時に雲隠れ。取材から逃げ回るだけでなく失踪(笑)。しかし僅か数日で姿を現し、髭もじゃの姿で半泣きで謝罪会見(笑)。クズは判りやすいと言えば判りやすい。いかにも、典型的な男らしさ(笑)。


 こういうのが一人や二人じゃないんです。みんな中高年のジジイ。ちなみに不正発覚前の2013年4月の選挙で選ばれた市議会議員は38名中 30代以下の議員はゼロ、ほとんどが50代から70代の議員。女性はたった二人。

 出てきた連中は中年太りのだらしない体形が8割くらい。田舎臭い服、尊大な態度、喫煙者ばっかり、目下の者には居丈高、しかし都合が悪くなると、聞こえないふりをしたり、泣いてみたり、土下座をしてみたり。まるでゴミを集めた、コメディのようです。
●五百旗頭幸男(右)、記者の砂沢智史(左)。中央は不透明な資金が見つかった自民党の長老議員、五本。

 地方議会だから、とも思いますけど、東京だって似たようなものです。
www.nikkei.com


 結局 日本の政治家ってこんな感じなんでしょうか。それを認める有権者もこんなものなのでしょうか。まさに『はりぼて』です。しかも腐臭が漂ってる。
富山市長は終始『議会のことをとやかく言う立場ではない』と知らんぷりを決め込みます。

 偉そうにしている議員たちが実はどんな人間か、取材で赤裸々にされていきます。チューリップTVの記者たちは口調は穏やかだけど、言うべきことはちゃんと追求していく。中央のマスコミとは全く違うな―と思って見ていました。
 


 だけど、それだけではないんです。
 議員たちは、魅力がある人間も多い。人のいい田舎のオッサンなんですね。政務費の使い込みを追求されても『酒に誘われると断れないんだべ』とか言ってしまう。
 ボクも地方の取引先で何度も同じ経験をしましたけど、どこか憎めない。もちろん議員ですから、そんな連中はバカでクズであることは間違いないんですけど。
 映画には狸ジジイたちの子供じみた理屈と人懐こい笑顔で、若い記者が丸め込まれてしまうシーンが何回も収められています。

 政治家には人間的な魅力が必要、それもまた真実です。彼らが演じているのは狭いムラ社会、男社会でしか通用しない流儀でしかないのですが。
●市民たちの抗議も『お約束』のように見えました。


 それにしてもカメラの前では人間って出てしまう。思い知りました。非常に判りやすいし、面白い。議員たちのみじめさを通り越した滑稽さに失笑することも度々です。


 しかし『はりぼて』なのは政治家だけではない。
 この映画では若い記者が政治家に丸め込まれるシーンを描かれています。さらに奮闘していたチューリップテレビも限界がある。直接的にどんなことがあったのかは描かれませんが、映画では二人の監督が取材から外れるところが描かれています。

 まず2020年1月、砂沢氏が社長室へ異動が命じられます。栄転ではあるけれど、取材からは外れる、ということです。
●深夜まで、公開請求した支出伝票をチェックする砂沢記者(左)と宮城デスク。

 次に3月、『汚職を調査しているうちに、チューリップテレビは変質してしまった』と、記者・キャスターの五百旗頭氏が涙とともに会社を辞めることをスタッフに伝えているところが映画に映されます。
チューリップテレビのある意味の看板。夕方のニュースのキャスターでもあった五百旗頭氏

 そのあと映画には、それまで社内に貼ってあった『正々報道』というPRポスター↓が社内から外されるところが収められています。象徴的です。


 狭い地方都市でどんな圧力があったかは判りません。五百旗頭氏が辞職するシーンを使用することを認めたり、この映画の制作をチューリップテレビが続けたのは最後の意地、といったところでしょうか。
 諸刃の剣ですが、組織ジャーナリズムの中の葛藤も描きたかった、という制作陣の意図は見事に成功しています。
チューリップテレビはTV局と言ってもローカル局、小所帯の陣容です。


 先日感想を書いた、小川淳也衆院議員を描いた『君は何故なぜ大臣になれないのか』と並ぶくらい面白い、傑作ドキュメンタリーだと思います。

 これは冨山市だけの話ではありません。腐敗した政治家、政治に無関心で感情に流される有権者、圧力に弱いマスコミ、日本の民主主義は『はりぼて』でできている。笑いと驚きのシーンの連続の中で日本の絶望的な状況が浮き彫りになります。
 チンケな田舎政治家の面々を描いたB級コメディのようでもあり、優れた告発の記録でもあります。理屈抜きに面白いのですが、描かれている光景はうすら寒い。真夏の怪談みたいです。

 それでも富山市議会ではネット中継が始まり、政務活動費に関する規制がやっと導入されました。議席に占める自民党の比率も従来の7割から6割に下がった(笑)。
 五百旗頭監督はインタビューで『同業他社の人たちは「うちの会社ではできません」と口々に言いますね。でもそれは最初から諦めていると思います』と答えています。
hbol.jp

 諦めずに、こういう映画を作ろうとする人たちがいること自体が残された希望かもしれません。


映画『はりぼて』予告編

砂沢智史監督、服部寿人プロデューサー『はりぼて』INTERVIEW