特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

ETV特集『ひろしま』と京都の旅(洋館&嵐山編)、映画『あなたの名前を呼べたなら』

 楽しかった夏休みも終わってしまいました(泣)。いつもながらの、『あっ』という間の1週間。1年中 夏休みだったらいいんだけど。 。
 でも、平凡な日常が一番尊い。休みが終わってしまった今はそう思います。
 まだまだ暑さは厳しいですが、空の色や雲の動きの速さに、そろそろ夏の終わりの風情が漂ってきました。


 先々週と先週、NHKで放送されたETV特集「忘れられた“ひろしま”~8万8千人が演じた“あの日”~」映画『ひろしま、どちらも面白かったです。
www.nhk.or.jp
f:id:SPYBOY:20190819090815j:plain
www.nhk.or.jp
f:id:SPYBOY:20190819090006j:plain

 前者は1953年に日教組が全国から募金を募って制作された映画『ひろしま』は被爆者を中心とした8万8000人ものエキストラ、月丘夢路(ノーギャラだったそうです)、岡田英次などの一流俳優陣、スタッフの大作にも関わらず、メジャー公開されることなく、自主上映と言う形で細々と公開されてきました。それが近年デジタル化された。それに関するドキュメンタリーです。

 原爆が投下されてから10年も経ってない広島でロケをして、実際に被爆者を中心としたエキストラに投下当時の状況を演じさせるというのは今だったら絶対にあり得ない(笑)。PTSDどころの話ではないでしょう。
 実際 現場ではエキストラの人が吐いてしまったり、泣き声が響いていたそうです。その心理的な負担もさることながら、被害に遭った人が演じるのですから、それに勝るものはありません。こんな作品は2度と作れない。

 また、番組ではそれだけでなく、出演したエキストラでも日教組の政治的アピールに利用されるんじゃないかと考える人もいたことも取り上げられていました。そういう意味でも非常に優れたドキュメンタリー番組でした(翌週に本編を見る際 非常に参考になりました)。

 しかし完成した映画はアメリカに忖度した映画会社は配給しなかった。それでも細々と自主上映されてきましたが近年フィルムが劣化してきた。それに対してデジタル化の資金を出したのはアメリカの映画配給会社っていうのが何とも言い難い。日本人は本当に文化を大事にしない


 その翌週 放送されたひろしま被爆直後のシーンが延々30分以上続く、恐ろしいばかりの迫力の映画でした。昨年感動したインド映画の超大作『バーフバリ』はエキストラ3万人でびっくりしたのですが、こっちは8万8000人、それだけでもこの映画のスケール、迫力が判ります。それを実際に体験した人が演じているのですからありえない。
 ややイデオロギッシュで定型的な脚本、素人の演技などは色々意見はあるでしょうけど、この力技だけで充分歴史的な価値があると思いました。

 印象に残ったのは『ひろしま』が作られた1952年当時でさえ、軍歌が歌われたりするなど世の中の復古調の雰囲気が嘆かれていたこと。当時でも、そういうことが言われていた。じゃあ、今はどうなっちゃうんでしょう。戦前への回帰はこの時代から長い時間をかけておこなわれてきている、と考えるべきなのでしょう。

 あと、もうひとつ。映画『ゴジラ』との類似性です。

ゴジラ

ゴジラ

ひろしま』が作られた翌年の53年、傑作ゴジラが作られました。ゴジラでは破壊された東京の黙示録的な雰囲気が印象的でしたが、『ひろしま』はまさにそれと同じでした。
 音楽が同じ伊福部昭先生というのも大きいですが、ゴジラは『ひろしま』の影響をうけているのでしょうし、核による人類の終末というコンセンサスが多くの人の間で共有されていたのでしょう。
 原爆を取り上げた大傑作フランス映画『24時間の情事』(58年)に出ている岡田英次がこの作品にも出ているのも奇妙な附合がありました。

 問題は、じゃ、今はどうなんだ、ということですね。とにかく2週にわたるETVの映画『ひろしま』、見ごたえがありました。



 さて、お盆に出かけた京都の旅、2日目です。この日は朝、泊った洋館の中を案内してもらいました。まずは食堂。


 その部屋でサラダとオムレツ(笑)。まるで料理の教科書に出てくるような、滑らかで綺麗な肌のふっくらしたオムレツを久しぶりに見ました。これは自分では作れない(笑)。

 ここは明治期に当時のタバコ王が作った建物。命名・揮毫は伊藤博文。今は6部屋だけの小さなホテルになってます。

 案内してもらった上層階はステンドグラスと組み合わせた床の間でした。外からは普通の洋館にしか見えません。

 そして天井にはバカラのシャンデリア。タダでさえ壊れやすい物をわざわざ船で持ってきた、と言う訳です。建てた奴は、どれだけ金持ちだったんだ(笑)。

 窓の外はそのまま円山公園。桜と紅葉の名所が一望です。窓には当時の歪んだガラスがまだ使われています。写真では分かりにくいですが、そのガラスを通してみる景色は面白かった。

 部屋のインテリアは和洋中が組み合わさっていて、明治期の日本人の教養の深さを思い知るような気がしました。昔の人は良いと思ったものはどんどん取り入れる度量の広さがあったわけです。
 あの頃は他国から学ぼう、という意識が今より遥かに強かったのだ、と思います。人間が謙虚だったのですね。
 それから100年以上過ぎて、嫌韓とか言ってる連中が如何に愚かなことか。如何にセコいことか。日本人ってここまで劣化してしまったのか、と思いました。

 これ、当時の象牙細工。ワシントン条約違反も甚だしいですが(笑)、この細工の細かさは人間技じゃない。

 その上には、また当時のままのバカラ

 それらを中国風の文様と竹が描かれた、日本古来の『朽葉色』の壁で調和させている。

 こんな文化財の塊みたいな建物で営業なんかやってていいのか、と思いました(笑)。


 そのあと京都の反対側へトロッコ列車を乗りに行きました。本当は船で保津川下りもやりたかったのですが、台風で中止ということでした。残念。

 このお寺↓、NHK BSのドラマ『京都人の愉しみ』に出ていました。犬と住職が二人でお月見をしていたところです。一生に一回で良いから、そういうことをやってみたい。人里離れたところで、犬と自然を友に暮らしてみたい。
f:id:SPYBOY:20190812140307j:plain


 この日はそのまま、嵐山泊。水辺に出てしまえば人混みも暑さもスルー。

 あんことワイン。

 夕食後 水辺で飲むときは泥酔しつつあったかも。

 夜の小倉山↓。藤原定家をはじめ、昔の人もこの景色を見ていたんでしょうか。ここで小倉百人一首夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ』くらい出てくれば恰好良かったのですが、ムリ(笑)(ググりました)。ボクもまた、劣化した日本人の一人です(続)。


 と、言うことで、渋谷で映画『あなたの名前を呼べたなら
f:id:SPYBOY:20190809113224j:plain
anatanonamae-movie.com

 農村育ちのラトナは20歳そこそこで未亡人になり、大都市ムンバイで建設会社の御曹司の住み込みメイドとして働いている。挙式直前に婚約者の浮気で破談になり傷心の御曹司を気遣いながら働く彼女は、将来はファッション・デザイナーとして自や立することを夢見ており、空き時間に裁縫学校に行くことを願い出たが。

 インドで生まれ、アメリカで教育を受けた新人女性監督がフランス資本で撮った映画です。カンヌ映画祭批評家週間に出品され、高評価を受けたという作品。原題は『SIR』。主人公のメイド、ラトナが主人を呼ぶ際の言い方です。
●この二人が主人公。右がメイドのラトナ。左が雇い主の建設会社の御曹司。
f:id:SPYBOY:20190809113246j:plain

 大都会のムンバイの高層マンション。建設会社の御曹司が一人暮らしをする部屋でラトナは住み込みのメイドとして働いています。
 ラトナは農村で育ち19歳で結婚、その数か月後に夫が死んで未亡人になってしまいました。ところが村では未亡人は再婚も許されず、義実家で暮らさなくてはなりません。義実家の『口減らし』のために彼女はムンバイに出され、メイドとして働き、義実家に仕送りをしています。
f:id:SPYBOY:20190809113758j:plain

 ここでみるムンバイは日本よりよっぽど立派な高層マンションとスラムが混在する、大都会です。御曹司が生きる世界は豊かで文化的、ワインを片手にパーティーを楽しむ、日本の我々よりよっぽど豊かな生活です。
●時にはこうやって息抜きをするラトナとメイド仲間。上から見ると東京やNYと景色は変わりません。
f:id:SPYBOY:20190809113621j:plain

 御曹司は結構 良い奴です(笑)。挙式寸前だった婚約者に浮気をされて破談、傷ついていますが、表面上は怒りに駆られたり、やけになったりもせず、淡々としている。ラトナに接する態度も優しく、親切です。
f:id:SPYBOY:20190809113816j:plain

 建設会社の跡継ぎとして親や同じ階級の友人に囲まれて暮らしていますが、かって留学していたアメリカでの貧乏だけど自由な暮らしを懐かしがっています。
f:id:SPYBOY:20190809113834j:plain

 一方、ラトナをはじめ、使用人たちは御曹司の名前すら呼ぶことができません。ただ『Sir』と呼ぶ。それが習慣です。食事も床に座って、手づかみで食べるのが習慣です。
 ラトナだけでは無く、マンションの門番も荷物係も他の家のメイドも、御曹司たち住人とは違う種類の動物のように扱われている。挨拶すること以外 言葉を交わすことすらない。食という基本的なことさえ異なる。同じ空間で暮らしている人間同士の驚くべき落差です。
●メイドたちには高層ビルでの近代的な暮らしとは別の世界があります。
f:id:SPYBOY:20190809114134j:plain

 ボクは見ていても判らなかったですが、ラトナたちと御曹司たち、貧富の差だけではなくカーストも違うのかもしれません。実際 インドで働いている日本人に話を聞くと、『表面上はカースト差別は禁じられているし日本人には誰がどうだか全くわからないが、インド人たちの間ではカーストははっきり判っている』、と言っていました。
●監督のインタビュー記事。現状のインドでは異なるカースト同士の恋愛はありえない、そうです。
www.tokyo-np.co.jp

 ラトナはファッションデザイナーとして自立して店を開くことを夢見ています。若くして未亡人になった彼女には再婚もまともな就職という道もない。恐るべき因習です。
 そこで彼女は御曹司に空いている時間に裁縫を習いに行くことを願い出ます。御曹司は快く了解しますが、お金も教育も友人もいないラトナにとって道は険しい。
f:id:SPYBOY:20190809113905j:plain

 御曹司は懸命に努力するラトナを見ているうちに段々と心が動いていきます。しかし、ラトナと御曹司では貧富の差だけでなく、あまりに世界が違いすぎる。御曹司の親だけでなく、友人、取引先、それにラトナの家族だって絶対に許さない。特にいくら御曹司にお金があっても、彼らにとって因習は絶対のものです。ラトナ自身だってありえないと思っています。
f:id:SPYBOY:20190809114114j:plain


 中盤 ちょっとだれてくるところもないわけではありませんが、最後は見事な着地を見せられます。
 この映画にはインドの因習の強さ、それに抵抗しようとする人間の控えめながらも強い意思と勇気、特に女性にとっての希望、色んなものが詰まってる。現代と従来からの因習が入り混じるインドを西洋的な眼で描きながらも、お話は普遍的な感動に辿り着きます

 観る前は『なんてくだらない邦題だ』思っていたのですが(笑)、この邦題に大きな意味があることが最後の最後で判ります。号泣必至やられた~と思いました。素晴らしいの一言。

映画『あなたの名前を呼べたなら』予告編