特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

「変わりたくない人々」と映画『新聞記者』と『旅の終わり 世界のはじまり』

 今日から7月。1年の折り返しです。
 G20なんか全く興味なかったんですが、トランプが大阪から北朝鮮へ行ったのは流石に驚きました。トランプの安保廃棄発言もそうでしたが、日本は全く『蚊遣の外』なのが明快ですね(笑)。

 トランプの気まぐれとか、安倍の外交は全然だめ、と言うのは些末な話に過ぎません。本質的にはこういうこと↓だと思います。

 これだけ失策とスキャンダルがあっても安倍内閣の支持率があまり落ちないのが不思議だったのですが、やっと納得のいく答えが見つかったような気がします。
内閣支持率があまり下がらないのは安倍政権は『日本は変わらなくても良い』というメッセージを暗に発し続けてきたからではないでしょうか。

 『日本を取り戻す』(笑)を始めとして、民間ではなく官主導の政策が目立つのも、アベノミクスで昭和のような輸出主導の日本経済を目指すのも、マスコミを使った世論誘導も『日本は今のままで大丈夫=日本は変わらなくても良い』という暗黙のメッセージです。これらのメッセージは現実とは関係なく、国民に、特にあまり物事を考えたくない国民に、なんとなく安心を提供する。

 今朝の朝日新聞に面白い記事が載っていました。安倍晋三の支持率が若い男性の間で際立って高い、という記事です。
www.asahi.com

安倍内閣の支持率は、18~39歳の男性で際だって高いのが特徴だ。朝日新聞世論調査で過去3年の平均をみると、18~29歳の男性は57・5%、30代男性は52・8%。男女の全体は42・5%だった。さらに、閣僚らの不祥事が起きても、この世代の支持率は一時下がってすぐに回復する

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 『やっぱり男はバカ』、『男の参政権なんか取り上げちまえ』とボクは思うんですが(笑)、記事で取上げられている彼らの声を拾うと『今より悪くなりたくないから、現状は変わらないでほしい。だから今の内閣を支持する』というのです。
この意見には賛同はできないけど、理解は出来る。それくらい、今の状況が酷い。というか、前途に希望が見えない。

 日本経済の先行きは真っ暗で仕事も厳しい、給与の面でも仕事の面でも日本社会に残っていた男性&正規社員という既得権益セットも怪しくなってきた。だから彼らは不安に駆られている。
 女性の方がもっと厳しい状況に置かれているから、ちゃんちゃらおかしい甘ったれた話ではあるんですが(だから女性の安倍内閣支持率は高くない)、気持ちとしては判る。要は仕事が増えるわけないのに未だにトランプを支持しているラストベルトの白人労働者みたいなものでしょう(笑)。滅びる運命にある存在(笑)。

 そういうムードって、確かに今の日本にはあると思います。日本はどんどん落ち目になっていく。そこで『変わらなくても良い』というメッセージを発せられると確かに心地良い。TVで『日本サイコー』とか言ってるようなアホ番組がその典型です。

 しかし、そういう『変わりたくない人々』の願いはたぶんかなえられない。団塊世代が揃って後期高齢者になる2025年問題を始めとして、
www.msn.com

介護にしろ、コンビニにしろ、今や外国の人の労働力がなければ、日本人は日常生活を過ごすことも死ぬことすら、できない(笑)。


 原発も、社畜化と引き換えに企業が正社員の人生を保障する終身雇用も、『正社員の男性が非正規社員の女性を職場でも家でも安くこき使う』既得権益も、世の中の大きな流れとしては亡びる方向にあります。そういったものに支えられてきた日本の社会は変わっていかなければ生き残ることはできない。
『変わりたくない人々』の昭和リバイバルにも、『9条守れ』に代表される日米安保の傘の下の(偽の)平和主義にも未来はない



 それでもごく僅かですが、日本の社会の中にも変化の種子は播かれています。自分の頭で考え、行動する人々の存在です。たぶん男ではなく女性が、年配より若い人のほうが多いでしょう。我々に未来があるとしたら、そういう種子を大きく育てていくことの中にあると、ボクは思います。


ということで、今回は話題の邦画2本の感想です。奇しくも前述の『変わりたくない人々』とも絡むお話しです。
まず、有楽町で映画『新聞記者
shimbunkisha.jp
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東都新聞の記者・吉岡(シム・ウンギョン)は、規制緩和の特区に伴う大学新設計画にまつわる極秘情報の匿名FAXを受け取り、調査を始める。内閣情報調査室官僚の杉原(松坂桃李)は、政権維持のための世論作りの任務に従事している。官僚は国民に尽くすべきという彼の信念と現実とのギャップに日夜煩悶していた。そんなある日、かっての先輩官僚(高橋和也)から電話がかかってくる。


 東京新聞記者・望月衣塑子氏の著書を原案にしたサスペンスドラマということで話題になっています。ただし、ボクはそういうことで贔屓の引き倒しはしません(笑)。むしろ、題材に引きずられて映画としてはやばいんじゃないかという危惧の方が先に立ちます。
 日本の作品って大多数がそうじゃないですか。ドキュメンタリーも含めて正義感をアリバイにつかったバカみたいな作品の方が多い。

 この週末から公開されたこの映画、ボクは有楽町で見たのですが、客は結構入っている。が、年配客が多い。
 これもまた問題で、こういう映画に関心を持つ層はデモと同じかという気がしないでもない。
 また、それ以前に最近は年寄りの方が鑑賞マナーが悪いことが多い。岩波ホールが典型ですが、トイレが近いので上映中に席を立つ奴が多いのは我慢するにしても、大きな声でおしゃべりしたり、足が弱ってる癖にわざわざエンドロールが流れている暗闇の中で席を立って周りの人にぶつかったり、関節が固いのにムリして足を組んで後ろの席の背を蹴ったり。
 ちなみにボクは席の背を蹴られるのが大嫌いです。あれはすごく気が散る。この日も見ている間 3回背を蹴られて、とうとうブチ切れて後ろのクソジジイを怒鳴りつけました。『真実は細部に宿る』でしたっけ、団塊世代の質の低さってマナーの悪い観客が多いところにも表れている。
 残りの観客は松坂桃李ファンの若い女の子。こっちは害がありません(笑)。


 さて(笑)、映画は深夜の新聞社で主人公の女性記者、吉岡(シム・ウンギョン)がマーティン・ファクラー(前NYタイムス日本支局長)、南彰(新聞労連委員長)、望月記者、前川前文部次官の対談をコンピューターの画面で見ているところから始まります。吉岡は特区での大学新設計画にまつわる情報のファックスを受け取り、調査を始めたところです。
●東都新聞の若手記者、吉岡に匿名の文書が送られてきます。この映画は東京新聞朝日新聞の記者たちがアドバイザーとして入っています。それに映画ファンの文部官僚、寺脇研も加わっています。
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 前半は現実をそのまま反映したような描写が続きます。内閣情報調査室が公安とつるんで前川氏にそっくりな官僚を陥れたり、総理と懇意なライターのレイプ疑惑を闇に葬ったり、官僚がツイッターで政権擁護のコメントを発信しているところが描かれる。内閣に不利な情報が出ると他のマスコミを使って誤報として潰そうとまでする。

 たぶん現実にそういうことは起きているはずです。ランサーズなどの人材派遣会社が人を雇って政権寄りの意見をTWITTERで流す仕事を請け負っているのは暴露されているし、この映画でも描かれているように自民党のネットサポーターズはそういうことをやっている様です。例えばDAPPIという有名なネトウヨ・アカウントなんかは何らかの組織的な運営が行われている典型です。
buzzap.jp

 でも この映画のようにエリート官僚自らが一日中 直接twitterに書き込んだりはしてないと思いますけどね(笑)。東大出てそんなことやってるなんて、さすがにバカすぎるでしょ(笑)。
●外務省から内閣情報調査室に出向しているエリート官僚、杉原(松坂桃李)は国に奉仕するという官僚の本分と実際の仕事のギャップに違和感を抱いています。
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 元来 国のために働くべき内閣情報調査室が政権のために私物化されている、ということをこの映画はフィクションという形式をとりながらも正面から描いています。
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 ただ、ボクはそういうのは食傷気味です。そんなことより、それにかかわっている人たちがどういう論理でやっているのか、どういう気持ちなのか、そういうことを知りたい。
 映画の中では『安定した政権を保つことが日本のため』、『この国の民主主義は形だけのものでいいんだよ』という敵役の官僚(内閣調査室の上司)のセリフがあります。たぶんそんな感じだろうとは想像しますけど、映画での描写はそれだけなので、説得力はないに等しい。見る前から想像できちゃうようなことを言われてもちょっとね(笑)。
内閣情報調査室の上司(右、田中哲司)は『政権の維持を図ることが国のため』と情報操作を命じます
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 あと、吉岡の同僚や他社の新聞記者たちの描写も薄い。使命感を持っている者も上層部に忖度している者も居るでしょうけど、そこいら辺が全然描かれないのはどうかと思う。
●こういうことは映画の中で無視されているわけですよ。


 記者を演じる吉岡(シム・ウンギョン)、韓国の一流女優さんだそうですが、日本語がたどたどしい。日本人と韓国人の両親から生まれ、NYで育った帰国子女という設定なので、それはそれでいいんですけど、心の動きをのぞき込みにくい。『私たちこのままでいいんですか』と圧力に負けそうな上司に詰め寄る姿など骨太な演技には感動するんですけどね。
 ちなみに望月記者もアメリカからの帰国子女だそうです。『変わりたくない人』ばかりの日本社会では異分子こそが活性化の起爆剤になることが多いということでしょう。
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 お話は杉原のかっての先輩だった官僚(高橋和也)が上司の命令で不正に手を染め、やがて上層部からのトカゲの尻尾きりにあって自殺したことで(モリカケでもそういう事件が起こりましたね)、杉原が自分たちのやっていることに疑問を持つことで転機を迎えていきます。
 この映画、後半になってくると、実際の抗議のシーンも含めてやたらと官邸前が舞台になることが多くて、その点は個人的に面白かった。もちろん ボクは映っていませんでしたが(笑)。
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 杉原には愛妻(本田翼)に子供が生まれたばかり、国に逆らえば社会的に抹殺される、それこそ自殺にまで追い込まれかねません。一方 事件の闇を追う東都新聞の吉岡にも有形無形の圧力がかかってきます。彼らはどういう選択をするのでしょうか。
●杉原には子供が生まれたばかりです。なんで本田翼が出ているのか今いちよくわからなかったです(笑)。
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 思ったより悪くはなかった(笑)というのが率直な感想です。もっと、どうにもならない作品を想像していたのですが(笑)、ちゃんと映画にはなってました。何より、日本の商業映画でタブーなしに政治状況を描いたところはやっぱり評価できるし、参院選前を狙って公開されたことに現れているように政治への関心を高めるためにヒットすればいいな、とは思います。

 ただ、やっぱり、モリカケやレイプもみ消しなど現実を反映したデティールは中途半端だったし、何よりも吉岡や内閣情報調査室の官僚たちの描写が薄っぺらい。
 同じような題材の映画、例えばウォ―タ―ゲート事件を描いた昨年の『ペンタゴン・ペーパーズ』、『ザ・シークレットマン』、今年公開されたイラク戦争を描いた『記者たち 衝撃と畏怖の真実』なんかとはレベルが違うし、『バイス』のように政治風刺にもなってない。

ザ・シークレットマン [Blu-ray]

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『0414国会前大行動』と今 見るべき映画『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』 - 特別な1日
『新聞に出るニュースと出ないニュース』と映画『ザ・シークレットマン』 - 特別な1日
spyboy.hatenablog.com



 観客は登場人物たちの悩みや迷いから何かを感じる、学ぶべき点や思うところを得ると思うんです。その点、『新聞記者』は敵も味方も人物描写が薄っぺらくて、ドラマとしてはだいぶ劣るのは否めません。だから何なのって感じです。この不毛さが日本のマスコミの現実を反映しているのかもしれませんが、

 ただ松坂君はかなり良かったです。二束三文の典型的なイケメン俳優からの脱却を狙って、こういう仕事を受けているようですが今作は見事に成功している。国家権力からのプレッシャーに悩む役どころは、今どきの彫りが薄いハンサム君ならでは、といったところ。
 権力のプレッシャーを受けて、彼のうつろな不安げな表情は素敵でした。牙をむいてくる強大な権力に直面しているのはこの映画の彼だけではない、我々一人一人の姿でもあるのですから。

映画『新聞記者』6.28(金)公開/予告編[群像劇 ver.]

●『いだてん』出演中の俳優、古館寛治氏のツイート。もちろん彼は『新聞記者』にも『主戦場』にも出演していません。それでも、ということ。




もう一つ、新宿で映画『旅の終わり、世界のはじまり
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tabisekamovie.com

葉子(前田敦子)は舞台で歌うことを夢見ながら、テレビ番組のリポーターをこなしていた。旅番組を制作するテレビ局のスタッフ(加瀬亮染谷将太柄本時生)とウズベキスタンでロケを続ける葉子だが、慣れない異国の地のロケで撮影も思い通りにはいかず、葉子の心は晴れなかった。


 『アカルイミライ』の黒沢清監督の新作です。
 ウズベキスタンと日本の国交成立25周年ということで、ウズベキスタンが舞台であれば内容は制約なしで資金を出すという作品だそうです。
 ボク自身 AKBには全く興味ありませんが、前田敦子が主演したニートの大学生を描いた『もらとりあむタマ子』はとても面白かったのを覚えています。この人、女優としては良いと思う。今回の映画も前田敦子が演じる主人公が自分という存在に悩む姿を描いているのは『もらとりあむタマ子』と似ています。



 主人公はTVの旅番組のレポーターをやっています。仕事はプロとしてそつなくこなしている。でも彼女は本当は舞台で歌を歌うことを目指しているけど、そちらの道はなかなか開けない。ます。だから葛藤を抱えている。まあ、よくあるパターンです(笑)。
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 ただ、この主人公像にはボクは全く共感できませんでした。葛藤を抱えながらも仕事を一生懸命やるのは良いけれど、それ以外はスタッフとも、ウズベキスタンの人たちとも一切 話そうとしない。相手の言っていることを聞かない。相手の事を見ない。通りを歩く時も、いつも小走りで走り抜けるほどです。
 周囲を拒絶するのは判ります。ボクも同じです(笑)。でも、もうちょっとうまくやれよ(笑)。これじゃあ、幼稚すぎる。
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 ウズベキスタンという異国の地でドキュメンタリー風に撮られた映像ですから、主人公が心を閉じているのが一層浮き彫りになります。役者だけでなく、現地の人からも奇異な眼でリアルに見られている(笑)。面白いんだけどリアルすぎて、見ていてイライラするのを通り越して、恥ずかしくなってくる。幼稚というか、日本人ってこんなに愚かでひ弱だったんだなってところまで浮き彫りになってくる。
●いかにも、なロケ隊の面々(左から柄本時生加瀬亮染谷将太
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 前田敦子の演技、プロとして仕事をこなす見事なレポーターぶりとグタグタな主人公のキャラクターの対比は見事なものです。個性的な、良い女優だと思う。それにAKBに全然興味がないボクでも、AKBってこんな感じだったのかなと下世話な興味もくすぐられる。
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 あと、2度にわたって披露する、彼女の『愛の賛歌』は聞きものです。思ったよりは良かった(笑)。
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 ただ、ここで描かれている主人公像があまりにも幼稚すぎる。日本人が外国に行くとそう見えるのかもしれないし、実際 葉子が現地の人に子ども扱いされるシーンもあります。
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 バカな癖でひ弱で、内弁慶で、自分勝手な理屈ばかり、主人公を見ていると、最近の日本の風潮と重なって仕方ありません(笑)。主人公が現地のTVで日本で大火事が起きているニュースを見て、主人公が『原発事故?』とパニックを起こすことも含めて、黒沢監督は『目と耳を世界から閉ざして自分の狭い世界に閉じこもる多くの日本人=変わりたくない人々の戯画を描こうとしたのかもしれません。
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 お話しの中では主人公の心は徐々に開けていきます。ただ、それまでがあまりにもバカで幼稚だから、勝手にしろよ、と思ってしまいます。まさにドキュメンタリー!なウズベキスタンの光景、前田敦子の演技、と、悪い映画ではないですが、この映画を見ていると、自分も含めて、こらあ、日本人はダメだ、という感じばかりするのです(笑)。まあ、それは事実ではあるんですが(笑)。

前田敦子の涙が美しい…黒沢清監督『旅のおわり世界のはじまり』予告編