特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

見た人の人生を変えてしまう:映画『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』

 なーんか、寒くなったり、暑くなったり、本当に気温の変化が激しいですね。身体に応えます。
 でも暑い日でも、夕方の風は気持ちいい!ボクはビールは嫌いなんですけど、初夏の夕方、風にあたりながら、スパークリングワインやシードルを飲むのは気持ちいいものです。ピリピリしている平日はそんな余裕はないので、週末だけですけどね(笑)。
●既に若者ではないボクですが、社会人になってから、ずーっとこう思ってました(笑)。


 さて、この写真は某駒澤大学の近くを通りかかったときのもの。駅に向かう学生たちを警備員が誘導しているところです。公共の歩道で警備員が学生たちに、こちら側を通れとか、並んで歩けとか指図しているんです。


 びっくりしました。以前 学習塾の小学校高学年が同じようなことをされているのを見て驚いたのですが、こちらは一応(笑)、大学生です。君たち、幼稚園児か!(笑) 
しかも、みんな当たり前のように指示に従っている。信じられませんでした。こういう付和雷同はかっての全共闘も似たようなレベルかもしれませんが、これじゃあ、奴隷根性の大衆ばかりになるわけです(笑)。

 香港では昨日も若者を中心に200万人近く(人口の4人に1人!)の人がデモに参加したそうです。
 この動画を観てください。救急車が来たら群衆がさっと動いて、クルマを通している。参加者が自分の頭で考え、自分から動いている。先ほどの写真とはなんと違うことか!。

香港と日本、今や一人当たりGDPが100万円近く香港の方が高いのは当たり前だと思いました。
●世界の一人当たり名目GDPランキング


あと もう一つおまけ。山本太郎ネトウヨの自称経済評論家、三橋貴明とくっついたのは笑いました。反知性主義』という点では大差がないので山本太郎のような奴はどうせ極右とでもくっつくだろうと思ってましたが、『類は友を呼ぶ』のは想像以上に早かった(笑)。

*6/18付記 当日になって山本太郎は欠席する旨を表明しました。しかし3月にはこの極右と対談をしているし、いったんは出席の意思を示した事実には変わりありません。



ということで、渋谷で映画『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた

hblmovie.jp

ニューヨーク、ブルックリンの海辺の小さな街、レッドフック。
寂れたレコードショップを営む元ミュージシャンでシングルファーザーの父、フランク(ニック・オファーマン)と、UCLAの医学部に進学を控えた娘、サム(カーシー・クレモンズ)
9月から娘がLAに引っ越すこともあり、この夏でフランクは店をたたんで定職に就き、認知症の母親を引き取って暮らそうと考えている。
ところが、偶然 二人が作った曲を音楽ストリーミングサービス、SPOTIFYにアップロードしたところ、話題になってーーー


 ジョン・カーニー監督の超名作『はじまりのうた』のバッタものみたいな邦題、書体、この映画大丈夫か~と思いながら見に行きました。インチキ臭いだけでなく、ハードルも上がるじゃないですか。

 でも、ボクが間違っておりました。すみません。結論から言うと、素晴らしい名作(笑)でした。このオリジナル版のポスター↓、オヤジがギターを抱えている姿勢を見るだけで、監督や俳優が『判ってる!』ことが判ります。
 


 映画は、フランクが自分のレコード店でタバコを吸いながらPCを検索しているところから始まります。喫煙店なんてアメリカの都会、いや日本の都会でだってありえないですよね。タバコを止めてくれ、という客に逆切れして悪態をつくフランク。しかもCDではなくLPレコードの店。最近はレコードが復権してるようですが、そんな態度が悪い店は赤字経営になるに決まっています。

 元ミュージシャンで今はしがないレコード屋をやっているフランクにはUCLAの医学部への進学が決まった娘、サムがいます。彼女は入学式もまだなのに、もう予習を始めている。しっかりした娘です。

 そこに親父がやってくる。『宿題なんか放っといて、ジャムセッションしようよ~』、『勉強なんかしなくていいじゃん~』。ずーっと駄々のこねまくり。バカ過ぎて見ているとイライラする(笑)。
 大人の娘は仕方なくオヤジの相手をしてやります。一緒に曲を作って演奏して歌ってPCに録音、オヤジは娘に黙って音楽配信サービスのスポッティファイにアップ、ところが、その曲が話題になります。

 出演者も監督も全然知らない人ばかりです。ブレット・ヘイリーという監督は日本公開作品は初めて、出演者も娘役のサムを演じるカーシー・クレモンズくらいしか知りません。昨年の佳作『さよなら、僕のマンハッタン』で主人公の恋人役で中々の存在感を発揮してました。
●『さよなら、僕のマンハッタン』でのカーシー・クレモンズ

spyboy.hatenablog.com


 生来の賢さが感じられる、笑顔が素敵なこの娘、結構歌えるんです。素人と言うにはうますぎ、歌手というにはもう一歩、この映画にはちょうどいい感じです。(これは最近見た『RBG 最強の85歳』の主題歌を歌っていたジェニファー・ハドソン等レベルの高い話をしているのであって、普通の歌手としては十分だし、特に日本の歌手なんか問題にならないくらい上手いです)
 あと、この人、実際にレズビアンであることをカミングアウトしているそうです。今度DC映画『フラッシュポイント』でヒロインをやるそうじゃないですか。

 あと、サムの恋人役のトニ・コレットは昨年カンヌで審査員賞をとった『American Honey(日本公開スル―)(怒)で主演しています。この映画、これからスターになっていく若手有望女優が共演していた奇跡の作品として将来 記憶されるのかもしれません。


 フランクは17年続けたレコード屋の廃業を決意しています。経営は赤字だし、サムはLAへ行ってしまうし、母親は認知症で度々警察のお世話になる始末。母親を引き取って定職につこうと考えています。
レコード屋の大家の女性はフランクを励ましてくれますが

 しかし、サムと作った曲が話題になったことで、かって諦めたミュージシャンへの夢がむくむくと湧き上がってきます。金もないのにレスポールを買い込んで娘に呆れられる始末。
●もう一人の親友はバーの店主。今もマリファナ漬けです。

 サムは医者になって自分の生活を切り開いて行こうと決意しています。ダメおやじを見ているから堅実なんです。しかし彼女には好きな女性がいる。LAに行くということは彼女と別れてしまうことになります。バカオヤジとバンドをやってNYに残るべきか。悩むサム。


 ダメおやじがサムに『恋人は男か女か』と聞くところが良いです。サムの答えに若干 動揺はしますが、当たり前のように受け入れる。またフランクの妻、サムの母親が黒人であることもこの映画では当たり前のことでしかない。

 この映画のお話はそういう価値観に裏打ちされています。登場人物たちは皆、世俗的にはパッとしないけれど他人の立場や意見を尊重することが当たり前になっている。映画の中でもそれが当たり前のように表現される。キャストの経歴を見たら主要な俳優さんは皆、俳優活動をしながら社会運動や反差別運動を積極的にやっているような人たちです。うーん(笑)。


 映画で流される音楽はシンプルだけどメロディが美しい、趣味が良いものばかりです。そこに10代のサムが加わることによって今風のアレンジが施されていくところが面白い。オリジナル曲はどれも素晴らしいです。音楽を担当している『キーガン・デウィット』という人、全然知りませんでしたが、これから要チェックです。
●サントラ、素晴らしいです。

Hearts Beat Loud (Original Motion Picture Soundtrack)

Hearts Beat Loud (Original Motion Picture Soundtrack)

 物語が進むにつれ、フランクとサムは共通の心の傷を抱えていることが判ってきます。二人はまだ、フランクの妻、サムの母の死のショックを抱えている。フランクが酒浸りになっているのも、ダメ男だから、だけではないんです。
お金もない、仕事もない、だけど手を差し伸べてくれる人の手を払いのけてしまうフランク。人生はうまく行かない


 いよいよ店を閉める日、『タイタニックが沈没していくときも船では楽団が演奏していた』(笑)というサムの一言で、二人はレコード店での最初で最後のライブをやることになります。
 


 そのライブシーンが本当に素晴らしい。躍動感と演奏する楽しみに満ち溢れている。実際に二人が演奏しているようですが、すごくうまいと言う訳じゃないけど、ポイントを突いている。まさに生きた音楽です。それをバッチシ、カメラがとらえている。

 正直、この映画のライブ・シーンは『ボヘミアン・ラプソディ』や『アリー スター誕生』の1000倍は素晴らしいです。ただ演奏しているだけなのに、涙が出てきて困りました。強いて難点があるとしたら、3曲という演奏時間が短すぎること。1時間くらいこのシーンを見ていたかったです。


 最初に挙げたジョン・カーニー監督の『はじまりのうた』や『シング・ストリート』と比べると低予算だし、曲もあそこまでではないし、映画の完成度も勝っているとは思いません。
 それでも、この映画は芸術で人が救われる瞬間を見事に描いています。The Whoのギタリスト、ピート・タウンジェントの名言に『ロックは人の悩みを忘れさせはしない。悩みを抱えたまま躍らせるものだ』というのがあります。この映画はまさに、その言葉を体現している。
●この映画で使われる唯一のオリジナル以外の曲。Mitski という日系人歌手の『Your Best American Girl』。サムが恋人に教えてもらう曲という設定、日系人アメリカ人になり切れないというコンプレックスを歌ったもの。その疎外感は同性愛の二人を象徴しています。

Mitski: 'Your Best American Girl' SXSW 2016 | NPR MUSIC FRONT ROW

 趣味の良い音楽を基にしたハートウォーミングな物語。確かにそういう面は強いけれど、それだけじゃありません。
 この映画の視点はあくまでも広く、開放的です。そこが良いんです。
 例えば音楽映画だと特定のマニアックな方向に行きがちで、そこが魅力だったりしますけど、この映画は70年代のトム・ウェイツから最近の音楽、アニマル・コレクティヴやMITSUKIまで目が行きとどいている。狭いマニアの世界にこだわるのではなく、良い物だったら何でもいいという開放的な雰囲気がこの映画にはある。

 それだけではありません。この映画は登場人物たちの心の動きを丁寧に掬い取りながらも、常に視点は外にも向いている。人種や性差、貧富、奨学金、シングルでの子育て、都市の再開発。移り変わる世の中で人はどうやって生きて行ったらよいか。現実の苦さから逃げていないから、この物語には力がある。


 ひと夏が終わると共に、父親にとっても娘にとっても一つの時代が終わります。でも夏が終わっても人生は続いていく。 

 この映画には見た人の人生を変えてしまう力があります。人を夢中にさせるけれど、世の中はうまく行かないということも教えてくれる。それでも温かい気持ちにさせ、前へ進む勇気を呉れる。
 ボクがこの映画をみて帰宅して最初にやったのは、映画のサントラをiTunesでダウンロードしたことです。それを毎日2回聞いている(笑)。これはもう、何度も見たい。幸せな時間を味わっていたい。ボクにとって2019年を代表する一本になるでしょう。

映画『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』予告編