特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

贖罪、もしくは殉教者:映画『魂のゆくえ』と『幸福なラザロ』

 爽やかな陽気が続いています。
 寒くもなく、花粉も減ったし、湿度も高くない。気持いいです。1年中、こんな感じだと良いですね。おっと、明日は大雨だそうですが。
日比谷公園にはバラが沢山 咲いていました。種類は良く判りませんが(笑)。
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 この前 20年ぶりくらいに銀座『ウエスト』のシュークリームを食べたんです。ウエストって終戦直後の1947年からやっている、東京では古いお菓子屋さんです(東京にしかないみたいです)。
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 銀座の飲み屋のお姉さんへのお土産で名声を博したという(笑)、この大きなシュークリームは子供の時から大好きでした。かって一緒に暮らしていた犬も大好きで、カスタードクリームをペロッと一舐めしては、鼻の頭にくっつけて嬉しそうにしていたものです(笑)。
 ウェストのリーフパイやクッキーは東京の色々なデパートで買えるのですが、ケーキ類は銀座と青山墓地の裏の直営店でしか売ってないので、なかなか買う機会がありません。デカいから太るのも心配で敬遠してたし(笑)。
 思い立って銀座の飲み屋街にほど近い本店で買ってきたシュークリームは昔ながらの素朴な味で、実に美味しかった。今は美味しいケーキって全国いたるところにありますけど、こういうクラシックな味は飽きないです。
 それにしてもバラとシュークリーム、なんとなく似ている気がします(笑)。
●文化でも経済でも日本は東アジアの劣等国になりつつあるようです。蔡総統曰く『台湾では愛が勝った』。こんなことを言える政治家が日本に居るでしょうか。
www.bbc.com


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 さて、 今回は難解だけど非常に評価が高い作品2つ、『魂のゆくえ』と『幸福なラザロ』。
 どちらもアカデミー賞カンヌ映画祭など脚本の受賞候補になっていますし、米ニューヨーク・タイムズ紙の昨年のベスト映画ランキング、トップ10に入っています(『魂のゆくえ』が7位、『幸福なラザロ』が5位、ちなみに1位は『ローマ/ROMA』。
 ともに『贖罪』もしくは『殉教者』をテーマにした作品だと、ボクは思いました。

渋谷で『魂のゆくえ
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www.transformer.co.jp

舞台はニューヨークの片田舎にある小さな教会。ファースト・リフォームド。かってはアメリカ建国の移民たちが立てた由緒正しき教会だったが、今は信徒は巨大なメガ・チャーチに移り、衰退の一途をたどっている。そこで自ら望んで牧師をしているトラー(イーサン・ホーク)はミサに訪れた妊娠中の若妻(アマンダ・セイフライド)から、環境活動家の夫が出産を歓迎していない、との相談を受ける。トラーは若妻の夫に会い、説得しようとするが。


 タクシー・ドライバーなどの脚本を担当した巨匠(脚本家としては)ポール・シュレイダーの監督作。今年のアカデミー脚本賞にノミネートされた作品です。

 イーサン・ホーク演じる牧師、トラーはかっては従軍牧師でした。しかし軍への入隊を勧めた息子はイラク戦争で戦死、それ以降は自責の念だけを抱えながら生きています。慢性的な胃痛を抱え、自分はガンではないかとも疑っている。信者も少なく、オルガンの修理代さえ事欠く古い教会で神父を務めながら、自身の精神的苦悩、肉体的苦悩を毎日ノートに綴っています。観客はトラーと会話をしているような気持ちになります。
●今回のイーサン・ホークは名演の部類です。苦悩、苦悩、苦悩、そして贖罪に救いを求める。人間は誰しもそうかもしれないことを感じさせる。だから名演なんです
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 ある日 妊娠した若妻、メアリー(アマンダ・セイフライド)から、出産を歓迎しない夫を説得してほしいとの相談を受けます。トラーが夫に会ってみると環境活動家の夫は、地球温暖化が進むこんな世の中で子供を産むのは無責任に思える、と言うのです。ある意味 正論です。トラーは言いかえすことが出来ません。
アマンダ・セイフライド嬢も良い役者になりました。
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 やがてメアリーは夫が作った爆弾を発見します。夫は環境破壊に手を染める大企業に憤りを抱いている。メアリーから懇願を受けたトラーは夫と会う約束をしますが、待ち合わせ場所へ行ってみると夫は自殺した後でした。 
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 衝撃を受けるトラ―。さらに夫が遺していた爆弾を教会に隠します。
 おりしもトラーは自分の教会が援助を受けているメガ・チャーチ(ショーアップされた説教をTV中継する巨大教会。80年代以降 勢力を伸ばし、キリスト教極右の巣窟になっています)が環境破壊を続ける大企業から多額の献金を受けていることを知ります。
メガ・チャーチの親玉。オルガンの修理代さえ事欠く、トラーの教会に豊富な資金を投入します。自分たちの権威づけのために。
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 間近に迫ったトラーの教会の創立記念式典にはその大企業の社長や州知事がやってきます。メイフラワーの時代から続く、その教会の修復費用を彼らが出したからです。メアリーの夫が遺した爆弾を持っているトラーはどんな行動を選ぶのでしょうか。
●メアリーの夫の葬儀でトラーは教会の聖歌隊環境保護を訴え大企業を糾弾するニール・ヤングの歌を歌わせます。お偉方の間ではそれが問題になります。
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 映画では淡々とした描写でトラーの苦悩が描かれていきます。イーサン・ホークは終始 苦み走った顔で自らの苦悩を表現しています。主人公が一人淡々と悩み続ける、こういう静かな苦悩を描くような作品は最近珍しい。真っ向から苦悩を表現するイーサン・ホークの演技は素晴らしいです。
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 ただ、時々非現実的な描写が入る。トラーの心理を描こうとするのか、奇跡を描こうとするのか、意図は判りませんが、ボクはピンとこなかった。ポール・シュレイダーだから、頭がおかしいわけではなく、単に表現だとは思うんですけどね。


 感動したのが終盤 トラーが自らの身体に茨を巻き付けるところ。宗教的なシーンではありますけど、ベタな描写が逆に感動的です。イーサン・ホークが延々シリアスな演技を続けてきたのがここで生きてくる。
 環境破壊、大企業、拝金主義、インチキ宗教、そして個人の苦悩。映画は愚直なまでに世の中の矛盾を描いています。その中でトラーはどうやって自分の罪をあがなおうとするのか。何に殉じようとするのか。
 静かで淡々とした、それでいて現代を刺すかのような獰猛な映画でした。

「魂のゆくえ」予告編


もう一つはイタリア映画。『幸福なラザロ
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lazzaro.jp

20世紀後半のイタリア、人里離れた農園。50人ほどの農民は小作制度が廃止されたことを知らずにタダ働きを強いられていた。その中の一人、お人よしで純朴な青年ラザロ(アドリアーノ・タルディオーロ)の下に、狂言誘拐の事件をでっち上げた領主の侯爵夫人(ニコレッタ・ブラスキ)の息子が押しかけてくる。


 カンヌ映画祭脚本賞を受賞した作品。北米公開時には巨匠マーティン・スコセッシが絶賛し、映画完成後にプロデューサーに名乗りを上げる異例のバックアップをしたことも話題になっています。確かにスコセッシが好きそうな作品です。遠藤周作原作のスコセッシの近作『沈黙』とかなりの部分が重なります。そう言うとこの作品の雰囲気はお分かりになるでしょうか。

 1980年ころイタリアでは、小作人制度が廃止されたことを知らせずに人里離れた農園で無知な農民をこき使っていた元貴族が居たそうです。その実話と聖書の『金持ちとラザロ』という寓話を結び付けた映画です。ちなみに『金持ちとラザロ』は富の再分配と来世の救いをテーマにした寓話だそうです。

 
 前半は農園での小作人たちの暮らしの描写です。人里から遠く離れた村には電球が一つしかない辺鄙な土地。荒れ地にタバコを育てる厳しい労働と美しいイタリアの自然。ここは楽園なのか、奴隷労働の地なのか、良く判らない。

 領主の侯爵夫人は人々を所有物として無給でこきつかう『小作人制度』が無くなったことを村人たちに知らせません。無知な農民たちを農園に隔離することが良いことだ、と思い込んでいる節すらある。
 
 
 全部で50人ほどの村人たちの中に祖母と暮らすラザロという少年が居ました。勤勉で人を疑うことを知らない、そして孤独なラザロは村人たちにいいようにこき使われます。
 侯爵夫人曰く『私は村人を搾取する。村人はラザロを搾取する。お互い様だわ

 
 搾取される村人たちですが、村での暮らしはワインすらも手作りの自給自足、ある意味 非常に豊かな暮らしを送っています。しかし村人たちは、その幸せを実感することはありません。

 やがて、侯爵夫人の息子が親に反抗して狂言誘拐事件をでっち上げ、ラザロのところに押しかけてきます。狂言誘拐事件をきっかけに侯爵夫人の悪事にはついに司直の手が入る。
 真実を知った村人たちは村を出て行きます。村と文明社会を隔てていた浅い川を歩いて渡る村人たちは、まるで楽園を追放される人間たちのようにも見える。一方 ラザロの姿はどこかに消えてしまう。
●侯爵夫人の息子(左)は狂言誘拐事件を起こし、身代金を手に入れようとします。


 その数十年後。自由になった村人たちは幸せになれたのでしょうか?村人たちは年老い、大都会で暮らしています。タバコ農園しか知らない競争社会の中でまともな職にもつけず、線路脇の廃屋でその日暮らしです。

 コソ泥や廃品回収で糊口をしのぎ、食べるものは道端で見つけられるようなファーストフードばかり。

 侯爵夫人が言っていた通り、純朴な村人たちが競争社会の中で自由になっても幸せにはなれなかった。一方 侯爵の一家も落ちぶれ、都会の安アパートに暮らしています。
●かってのパンク少年もこんなおっさんに変わり果てています(左)

 そんな彼らの前に再びラザロが現れます。ラザロだけは数十年前と同じ、青年のままの姿です。


 映画はフェリーニの名画『』を思い起こさせます。冨と貧困、世の中の矛盾、人々のエゴ。その中で一人だけ少年のままの姿のラザロは周囲の人間たちの言うことを疑うことを知りません。だからこそ、彼は人間社会からつまはじきにされる。人間たちの罪を抱え込んだかのような彼はまるで現代の殉教者のようにも見えてくる。

道 Blu-ray

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●唯一 ラザロに親切にする村人(右、アルバ・ロルヴァケル)は監督の姉。最近は売れっ子で、昨年公開の『おとなの事情』、今年の『ザ・プレイス』と出ずっぱりです。今作でも透明感のあるルックスと清濁併せ持つ意志の強さを表現しています。

●左がアリーチェ・ロルヴァケル監督、右が村人を演じる姉のアルバ・ロルヴァケル


 前作の『夏を行く人々』同様、アリーチェ・ロルヴァケル監督の作品はボクとは相性が悪いとは思いました。が、『幸福なラザロ』は完成度は高いし、非常に考えさせられる映画ではあることは間違いありません。いかにもイタリア映画らしいフォーマットの中で、人間の存在とはどういうものかという疑問を突き付けてくる。ボク自身、日々の暮らしの中で自分自身の『罪』という気持ちを忘れてしまっている。それを思い出させてくれる映画です。

映画『幸福なラザロ』予告篇(4.19公開)