特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『記者たち 衝撃と畏怖の真実』と『バイス』

 ボクの住んでいる地域でも区長選、区議選が始まりました。14日に告示して21日に投票、なんておかしいですよね。こんなに選挙期間が短くては候補者のことなんか判る筈がないし、まして多くの人にとって関心が湧くわけもありません。投票率だって上がるわけがない。誰も不思議に思わないのでしょうか。
だから組織や宗教絡みの候補や地元のボスみたいな役立たずのジジイばかりが当選するんです。
●日本側だけにジジイが並んだ写真を見ても、この国はお先真っ暗!ということが良くわかります。

外務省 on Twitter: "日EU経済連携協定第1回合同委員会の開催(結果)
10日,午後6時25分から約30分間,東京において,日EU経済連携協定に基づき設置された合同委員会の第1回会合が開催されました。
https://t.co/DUSi0xLP5Q… "


 小選挙区制だけでなく、日本の選挙制度は根本的におかしい。運動の期間だけのことを考えたって1か月、いや半年くらいかけてやればいいんです。それだったら、市民の関心だって高まるでしょう。左右を問わず、どの政党も投票率を高めようと真剣に考えてない。ブタ🐷どもめ(笑)。いや豚さんに失礼です。
選挙制度の見直しは日本の重要課題、それも、かなり優先度が高い課題じゃないですか。
●この週末は朧月夜でした。
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と、いうことで 今回はイラク戦争を描いた対照的な作品二つです。まず、映画『記者たち 衝撃と畏怖の真実

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reporters-movie.jp

2001年9月11日、ニューヨークでテロが発生する。アルカイダの仕業ということが判明するが、ブッシュ政権はなぜかイラクへ侵攻しようとしていた。いくつもの地方新聞を傘下に持つ新聞社、ナイト・リッダー社ワシントン支局の記者、ランデー(ウディ・ハレルソン)とストロベル(ジェームズ・マースデン)は政権に疑念を抱き、取材を進めるが- - -

 『スタンド・バイ・ミー』や『ミザリー』のロブ・ライナー監督が事実を基にした新作です。昨年の『LBJ ケネディの意志を継いだ男』と同様、ウディ・ハレルソン主演の政治劇。他にもトミー・リー・ジョーンズミラ・ジョヴォヴィッチ、それに監督本人が出演、気合が入っています。
監督はこの作品を作った理由を『ベトナム戦争体験者として、嘘の理由で戦争が始められ、戦死者が大勢出たことが許せなかった』とNHK(BS)のインタビューで述べていました。

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 映画は911のテロから始まります。激昂するアメリカ国民。犯人はどうやらアルカイダらしいということが報じられます。
 ところがテロが起きた翌年、いくつもの地方新聞を傘下に持つ新聞社、ナイト・リッダー社のワシントン支局の記者たちは、ブッシュ政権の一部から『イラクを攻めるべきだ』という声が出ていることを聞きつけます。
●ランデー(右、ウディ・ハレルソン)とストロベル(左、ジェームズ・マースデン)。撮影には実在の二人も参加して台詞や事実関係の再現を行ったそうです。
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 アルカイダフセインが結びついているなんて、政府関係者も中東専門家も記者たちも信じられませんでした。イスラム原理主義的なビン・ラディンと世俗的な独裁者、イラクサダム・フセインは水と油、むしろ対立する存在だったからです。
 監督のロブ・ライナー自らが演じる支局長は半信半疑ながら、記者たちに徹底調査するよう命じます。


 ところが政府の関係者は政権の中枢に『イラクを攻めるべきだ』という声があることを証言します。記者たちはそれがラムズフェルド国防長官、チェイニー副大統領ら政権のトップが震源であることを突き止めます。
●記者たちは政権の関係者に取材を試みます。すると良心の葛藤に苦しんでいた彼らからは驚くべき話が浮かび上がってきます。
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 ナイト・リッダー社はそれを記事にしますが、ローカル紙故か、他のマスコミはあまり取り上げない。むしろラムズフェルドやチェイニーなど政権幹部がカメラの前でフセインへの疑惑を公言するようになると、『フセインアルカイダが結びついている』などの敵意を煽るようなニュースがNY・タイムスやワシントン・ポストなど一流マスコミでも取上げられるようになります。
●支局長(右、ロブ・ライナー)とベテラン記者(左、トミー・リー・ジョーンズ
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 特にリベラルな筈のNYタイムスが『イラクがウラン濃縮に必要なアルミニウム管数千本を入手しようとしていた』という記事を流したのが決定打となりました。NYタイムスにもNHKの岩田明子みたいな女性記者(ジュディス・ミラー)が居たんです。後に彼女もチェイニーのスタッフに騙されたことが判るのですが。

 ウォ―タ―ゲートを暴いたワシントン・ポストやNY・タイムズですら政府の手先になった。マスコミがダメなのは日本だけと思いがちですが、そうではない。彼らは記事が売れることを優先させる。その点は日本もアメリカも大した違いはありません。営利企業ですから、トップと安倍晋三が一緒に飯を食ったくらいじゃ大して変わりません(笑)。
もちろん日本の情報公開は酷いけれど、それは別の話です。報道の自由は与えられるものではなく、マスコミと国民が一緒に勝ち取るものですから。
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 スノーデンの事件でもイラク戦争でも政府に屈しなかったイギリスのガーディアン紙の経営母体は非営利の財団でした。マスコミの堕落は営利企業が報道をやっているというメカニズムの問題の方がはるかに大きい。商業誌でも政府に屈しなかったナイト・リッダーは稀有な例です。日本でもそうかもしれませんが、地方紙だったということもあるかもしれません。


 NYタイムスの報道を契機に世論ではイラクへの戦争やむなしという声が高まっていきます。政権内唯一の良識派、元将軍の国務長官パウエルも嫌々賛成します。ブッシュ政権はわざわざパウエルに国連でイラク大量破壊兵器があることを演説させる。後日 パウエルは、その誤りを認めます。彼は『生涯最大の恥』と言ってましたっけ。

 米議会もオバマなどわずかな例外を除いて、民主党クリントンやケリーも開戦に賛成します。映画の中に引用された当時の記録フィルムを改めて見ると、これだけでもクリントンには大統領の資格はない、と思いました。

 その中で『大量破壊兵器の存在は証拠がない』と報道し続けるナイト・リッダー社への圧力は高まってくる。政府から、傘下の新聞社から、読者から、編集部には有形無形の圧力が加えられます。記者たち個人も身の危険を感じるようになる。
●東欧生まれの記者の妻(ミラ・ジョボヴィッチ)は旦那に『政府は家まで盗聴している筈』と警告します。独裁政権のやり口は体験しているからです。
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 それでも圧力をはねのけ、戦争中もナイト・リッダー社は真実を伝え続けます。支局長はこう言って部員に発破を掛けます。
『NY・タイムズやワシントン・ポストが政権の手先になりたいのならやらせておけばよい。我々は地方紙だ。間違った戦争が始まれば、我々の地元にある米軍基地に無駄死にした兵士の死体が帰ってくる。我々はその手助けをするのは断じてごめんだ。』
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 やがて真実は明らかになります。NYタイムスはフェイク・ニュースを流したことを検証、謝罪します。ここは日本のマスゴミとは違います。NYタイムスの岩田明子こと、ジュディス・ミラー記者も辞任せざるを得なくなる。

 一方 ナイトリッダー社の記者たちは真実を守った、として称えられます。しかし、ラムズフェルドが数週間か数か月で終わると言っていたイラク駐留は17年たった今も続いています。イラク国民は100万人近くの犠牲者を出し、米軍も3万人以上の死傷者を出しました。依然 イラクにはアメリカ軍が常駐しているし、戦争への巨額の出費は今も米国の財政赤字という形で後を引いています。
●サイド・ストーリーとして、イラクへ送られ、クルマ椅子で帰国した若い兵士の話が挿入されます。
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 当時の記録フィルムを織り交ぜた映像は、日本の凡百のドキュメンタリーとは違って、一方的に片方の言い分を垂れ流したり、誰かを責めたりするような内容ではありません。
 ただ お話しとしては平坦なので物足りなく感じる観客もいるかもしれません。演技力に定評があるウディ・ハレルソントミー・リー・ジョーンズの無駄遣いという考え方もあるでしょう(笑)。

 しかし、ボクは非常に面白かった。というのは、これは今の日本にそのままあてはまる話だなーと思ったからです。
 普段の仕事でも大勢の反対がある事案を決断するのは大変です。他人の感情なんか全く気にしない(笑)ボクだって、多少は心理的な葛藤がある。まして紛争や事件が起きたとき、多勢に抗するのは本当に難しいと思う。
 特に大衆の感情に火がつくともう、止まらない。太平洋戦争当時の日本もそうだったし、イラク戦争アメリカでも同じでした。NHKが腐ってるどころの話じゃなくて、ワシントン・ポストやNY・タイムスでも止められないんです。むしろ、マスコミがその火を煽る。
 
 国民がヒステリーを起こしている時に、冷静に判断してNOと言える人って滅多にいません。場合によっては自分を犠牲にして『NO』と言う知性と勇気がなければ組織のリーダーの資格はありませんが、おそらく日本のリベラル派の政治家の誰よりも優れているであろうクリントンだって全くダメだった。

 そのような中 ナイト・リッダー社は冷静に事実を伝え続けた。特に支局長は大変だったはずです。アメリカも日本もマスコミはひどいと思いますが、それを罵る暇があったら、自分だったらどうか ということを考えた方が良いと思う。

 日常生活の中で集団ヒステリーに取り巻かれることは今でも、いくらでもあるじゃないですか。北朝鮮のミサイル然り、嫌韓嫌中然り、ピエール瀧然り(笑)、甲子園然り(笑)。戦前の鬼畜米英だって、そうだった。これからだって、またあるでしょう。
 ボクは、イラク戦争のような集団ヒステリーの中でも正気を保っていた人が居た、ということを心の支えにしたいと思います。彼らに出来ることなら、我々にだって出来るかもしれませんからね。

『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』特別映像


『スタンド・バイ・ミー』ロブ・ライナー監督初来日!新作を語る 映画『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』来日記者会見



もうひとつ、日比谷で映画『バイス
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longride.jp

 ブッシュ政権で副大統領を務めたディック・チェイニーを描いた実録物、先日のアカデミー賞でも作品賞、監督賞を始め8部門にノミネートされた(受賞はメイクアップ賞だけでしたが)、話題の作品です。

 とにかく監督のアダム・マッケイはボクは大好きです。過去の監督作、ゴールドマン・サックスを告発した『アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事! 』、極右のTV番組を笑い飛ばした『俺たちニュースキャスター 史上最低!?の視聴率バトルinニューヨーク 』、リーマン・ショックの内幕を暴いた『マネー・ショート 華麗なる大逆転 』、権力と戦いながら笑って泣かせる、はっきり言って全部 バカで知的な名作揃いです。

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●この作品の主演、ウィル・フェレルが今作ではブラッド・ピットと一緒にプロデュ―サーを務めています。


 今作で取上げられたディック・チェイニーブッシュ政権の黒幕』『史上最悪の副大統領』など様々な異名を持つ保守政界の大物です。しかし、彼の内実はそれほど有名ではありません。この映画でも冒頭に『本作は事実に忠実に描いているが、完全ではない。チェイニーは極端な秘密主義者だから』という前置きが出るほどです。だから、この作品が作られたのでしょう。


 若き日のチェイニー(クリスチャン・ベール)は名門イエール大に進学しますが酒浸りになって学校についていけず、退学を余儀なくされます。ついでに徴兵も逃れています。仕方なく肉体労働に従事しますが、酒は止められず度々警察のお世話になる有様。

 ダメ人間になり下がったチェイニーは高校時代から付き合っていた恋人リン(エイミー・アダムス)に発破をかけられます。
曰く『私に相応しい人間になれ』(笑)。成績優秀で野心家だったリンでしたが、当時の女性は世に出ることは難しかった。彼女はチェイニーを出世させることで、自分の野心を満たそうとするのです。
●チェイニーとリン。鈍重でアル中だったチェイニーの尻を蹴飛ばして、リンは出世街道を歩ませます。

 発奮したチェイニーはワイオミング大に編入、卒業して、議会のインターンになります。


 そこで当時気鋭の下院議員だったラムズフェルド(スティーブ・カレル)と巡り合います。
 タカ派ラムズフェルド軍産複合体を体現したような人物、と言われています。頭はキレますが傲慢で毒舌、人を人とも思わない、権力の為なら何でもやります。
 チェイニーは頭は鈍重でしたが、社交好きなリンの強力なサポートと『余計なおしゃべりをしない』、『忠実に指示を守る』、『忠誠心が篤い』ことでラムズフェルドに気に入られ、彼の仕事のやり方を学んでいきます。
●優秀ですが、敵味方を問わず、人を人とも思わないラムズフェルド

 
 やがてチェイニーはホワイトハウスのスタッフに昇格、ニクソンウォーターゲート事件で辞任した後のフォード政権ではラムズフェルドは国防長官、チェイニーは大統領首席補佐官に出世します。
ラムズフェルド(右)のかばん持ちで若き日のチェイニーは頭角を現します。


 
 民主党のカーター政権に代わって下野したチェイニーは下院議員を目指します。ここでもリンが活躍する。演説がド下手で心臓に持病があるチェイニーに代わって、リンが巧みな演説で人気を集め、下院議員に初当選します。
●野心家の妻、リンは自ら選挙運動の先頭に立ちます。エイミー・アダムスは実在のリンにそっくりです。

 そしてブッシュ(父)政権下でチェイニーは国防長官に就任します。ここまでくれば、将来の大統領の座も夢ではありません。
●TVで開票を見守るキッシンジャー、チェイニー、ラムズフェルド

 しかしチェイニーには娘が二人いました。次女はレズビアンであることを親に告白、共和党の、しかも保守派としては難しい立場です。チェイニーは大統領を目指すより、娘を選ぶ。
 彼は国防長官から民間の石油&軍需会社ハリバートンの会長に天下り、大金を儲けるようになります。のちにハリバートンは後日イラクで兵士たちへの給食や石油採掘、復興事業まで幅広く請け負い、暴利をむさぼったことは有名です。
●チェイニーはハリバートンに天下って大儲けします。


 やがてブッシュ(息子)が大統領選に出馬、副大統領候補を父の政権で気心の知れたチェイニーに打診します。
●ブッシュを演じるサム・ロックウェルは全然似てないんですけど、その馬鹿っぽさを表現することで本人そっくりに見えてしまう。


 副大統領は実権がない事実上の名誉職です。当初は断る気だったチェイニーでしたが、頭が悪いだけでなく人が良いブッシュを丸め込んで自分が実権を握ることを思いつきます。しかも、そうなってもブッシュは嫌そうじゃありません(笑)。
 チェイニーは自分の師匠ラムズフェルドを国防長官に、そして自分の気心が知れたスタッフを政府の各部門に配置して情報と実権を握る一方、ブッシュにはフェイクニュース流布で悪名高いカール・ローブ等わずかな補佐官をつけて単なる操り人形にしてしまいます。
●チェイニーはブッシュを丸め込んで人事から実務まで、自分が握ってしまいます。

スティーヴ・カレルラムズフェルドの傲岸不遜さを本当に良く表現していると思います。


 
 そして911の事件が起きると、緊急事態を盾にしてチェイニーはブッシュを避難させる形にしてホワイトハウスから追い出し、政府の権力を一元的に握ってしまいます。あとは盗聴でも人事でもやりたい放題です。
 チェイニーとラムズフェルドは全然関係ないイラクフセインに戦争をしかけようとします。大量破壊兵器の証拠をねつ造し、マスコミにデマを流し、反対する者はクビにしたり、場合によっては命まで奪おうとする。内容は判りませんが戦争前にチェイニーは石油会社の面々と会談したことも判っています。そしてチェイニーがかってCEOを務めていたハリバートンイラク関連の大量の仕事を請け負います。


 この映画の見所は何といっても俳優陣です。元来はスリムなのに数十キロ太ってチェイニーを演じたクリスチャン・ベール、頭が足りない元アル中のブッシュ(息子)を演じるサム・ロックウェル、それに傲岸不遜な超タカ派ラムズフェルドを演じるスティーブ・カレル。野心家の妻リンを演じるエイミー・アダムス、みんな、そっくりに見える。
●どれも左が本物。元の顔は大して似てないのに映画(右)で見るとそっくりであるだけでなく、彼らのキャラを判りやすく表現している。見事な役者魂。

●1枚目、バットマンを演じたときのクリスチャン・ベール。2枚目は現在の彼。10キロ以上の増量と特殊メイクでチェイニーを演じました。


 役者さんたちの徹底的な役作りは見ているだけで楽しい。本当に脳味噌が足りないブッシュを演じるサム・ロックウェルには大笑いさせてもらいましたが、敵にも味方にも傲岸不遜にふるまって敵だらけのラムズフェルドを演じるスティーブ・カレルはもう本人より本人じゃないかと思うくらいの名演でした。ルックスだけじゃなく、特徴をつかむのが上手いんですね。画面でみるキッシンジャーやウォルフォウィッツ、パウエルなども思い切り笑ってしまいました。
●ブッシュが選挙対策のためにカウボーイのイメージを作るために買った牧場(笑)で、二人は会談をします。
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 前作の『マネー・ショート』で見せた、難しい問題をお笑いにして、判りやすくしつつ、本質をとらえるアダム・マッケイの手腕も健在です。長年 コメディ番組『サタデイ・ナイト・ライブ』に関わっていた人ですが、お笑いのセンスと頭の良さ、それに権力には屈しない、日本の芸人とは志とレベルが全然違います。

 今作でも、チェイニーたちがでっち上げた大量破壊兵器疑惑の演説で、たまたま名前を挙げられた麻薬の売人ザルカウイがテロリストの大物に祭り上げられ、当人もその気になってISを結成(笑)、今日に至るまで多くの犠牲者と恐怖を作り出していることがお笑いのなかで暴露されています。酷い話ですが最高におかしかった。
 911を起こしたアルカイダは元々ソ連のアフガン侵攻に対抗させるために、当初アメリカが資金を出して育成したことは良く知られています。ISまでチェイニーのせいだったのか - - -

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 普通の映画であればチェイニーやラムズフェルドの行動の理由、訳を若干なりとも描くものです。どんな極悪人だって行動には大抵 理由がありますからね。
 しかし、この映画ではチェイニーやラムズフェルドの内面はそれほど描かれません。彼らは自分の権力の為ならなんだってやる。ただそれだけ。フェイク・ニュースでも証拠の捏造でも、政敵の追い落としでもなんでもやる。大量破壊兵器の証拠はないと報告したCIA諜報員の命さえ奪おうとする。
 
 道徳とかモラルを口にする保守派の彼らですが、彼らには道徳もモラルもない。国も企業も大衆も自分たちのためにある。その原理は徹頭徹尾 徹底している。ブッシュだったらオヤジに褒めてもらいたい、とか、ニクソンやパウエルだったら彼らなりの理想があったとか、そういう人間味は一切ない。
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 マッケイ監督は今回は権力を笑いのめすだけでなく、むしろ権力亡者たちを淡々と描き続けます。酔っぱらって散弾銃を撃って他人に大けがを負わせても、イラク戦争が嘘だとバレても、インチキな国連演説で結果的にISを育成し、今日に至るまで世界が滅茶苦茶になっても、チェイニーは一切謝罪しない。心臓麻痺で死にそうになっても、しぶとく生き続ける。

 チェイニーは極悪人ですが、バカではない。保守派ですがイデオロギーには左右されず、現実を見据えている。その恐ろしさをこの映画はひたすら描き続ける。先ほどの『記者たち』もそうですが、勧善懲悪で一方の言い分だけを取り上げる三上智恵などの日本の頭の悪い作品とは違います。そんな映画じゃ、見る側は得るところがないんですよね。


 切れ味鋭いギャグの連発の中でウスら寒い物を感じさせる、凄い映画です。アメリカの悪人は確かに桁外れの悪ですが優秀です。だけど、それを告発する側の知性も勇気もユーモアのセンスも桁外れです。
 監督も俳優も素晴らしい技量を発揮して、政界の大立て者や極右の大金持ちにも平気で喧嘩を売る(笑)。そういう作品をブラッド・ピットウィル・フェレルのような大スターがプロデュースで支え、アカデミー賞の候補になるような、思い切り笑える大ヒット作をつくってしまう。

 トランプに投票するような人がこの映画を見るとは思わないけれど、観客の質も作る側の質も日本とは全然レベルが違うことを思い知らさせてくれる映画でした。とにかく、面白いです。

主演クリスチャン・ベール×監督アダム・マッケイ!『バイス』予告編


【解説動画】アカデミー賞8部門ノミネート映画『バイス』を町山智浩が徹底解説‼



『バイス』4.5(金)公開/『バイス』クリスチャン・ベール_町山智浩氏インタビュー映像《本年度アカデミー賞受賞!》