特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『Perfume@広島』と 見えない壁と戦う物語:映画『パティ・ケイク$』

毎日 毎日 国内の政治のニュースは本当に嫌になります。文書改ざんに、役人のウソ、政治家の意味不明な言い訳と開き直り。ここまで酷いと、確かに戦後の政治体制が崩壊する現場なのかもしれません。世論調査では依然 不支持率の方が高いとはいえ、内閣支持率がまだ38%もあるのも驚きです。今の政治に確かにいい加減嫌気が指すのは事実ですが、そうやって諦めさせるのが連中の狙いなのでしょう。ここで黙ってしまうことは連中の策にはまってしまうことになります。
●正気を保つためには、こういうことを積み重ねるしかありません。


この週末 は広島へ行ってきました。
P.T.A.発足10周年!! と5周年!!“Perfumeとあなた”ホールトゥワー@広島


Perfumeの3人娘のことは勿論、愛しているんですが(笑)、この2年くらいは若干 違和感を感じています。最近の曲がいまいちなのと、ライブ会場がでかくなり過ぎ、音が悪い。会場がでかいのは仕方ないとしても、音がずっと同じバスドラの4つ打ちばかり強調されていて全然踊れないんです。ロックでもテクノでもライブってやっぱりリズムなんですよね。しかも最近は東京のコンサート会場がオリンピックを控えて建て替え&工事中が多くて、幕張だの代々木競技場とか音が悪い会場が多いんです。いやだよ、そんなの。それに幕張はボクの家からだと広島より遠いかも(笑)


でも 今回はファンクラブ限定のホールツアーということで、広島は2000人の会場です。昨年末もBABYMETALを見に行ったので、広島は食傷気味ではあったんですが、抽選で当たったのがここだけだったので仕方がない。あーちゃんによると、抽選倍率は彼女たちの出身地のここが一番高かったそうですが。

●ホール入り口には3人からのメッセージボードが。

比較的簡素なステージセットに3人が出てくると、やっぱりこれくらいの会場で見ると違うなーと思いました。彼女たちの息吹を文字通り感じられるようだし、複雑なダンスもこんなことをやってるんだーとか判るし。音もばっちりです。やっぱり、ボクが見たいPerfumeはこれだ、と思いました。
オリンピックの開会式狙いなのか?、最近のPerfumeはライゾマティクスなどハイテク演出を強調する傾向が強いです。年末の紅白や4月に放送したNHKPerfume特集Perfume x TECHNOLOGY | 東京2020で変わる | NHK Tokyo2020でドローンがいくつも彼女たちの踊り&曲とシンクロしていて、すごい〜と思ったんですが、
●これは2014年の紅白のスクリーンショット。後ろの赤い点、ドローン9台が音楽とシンクロしています。

●4月にNHKで放送された『Perfume×Technology』ドローンは20〜30台くらい?


これを見たら↓全然かないません。やっぱり世界は技術の進歩スピードとスケールが違う。技術的なことはすぐ真似されちゃうだけでなく日本はもはや技術の一等国じゃない。
●これは2018年5月の西安。1374基(笑)のドローンで天空に文字を書いてます。どうやってコントロールをしているんだ?いくら歴史がある古都とは言え、ド田舎の西安あたりで、これ、ですからね。


でも この日、広島で見たのは生身のPerfumeです。生身の存在だけはまねできない。演奏やレーザーの舞台演出などにテクノロジーを活用しつつも、カッコいい音楽を聞かせることがメインになってました。『Take me Take me』のように20歳頃やっていた曲を29歳の女性が歌うというのも新鮮でしたし。一番かっこよかったのは原曲が判らない程 ぐちゃぐちゃにダブ処理した『エレクトロ・ワールド』。CDとは違う、こういうことをやって欲しい。辛口に仕上げた『Edge』も良かったです。ファンクラブツアーということで通常のコンサートより短めで約10曲、それに『ポリリズム』とデビュー当時の『WONDER2』のアンコール2曲。古めの曲の方が最近の曲より歓声が大きいというのは問題があると思いましたけど、それでも楽しい2時間でした。
●コンサートのあと。夜の平和公園。バラと原爆ドーム



●『みっちゃん』のお好み焼き。お好み焼きはそういうものなので文句言うのは間違ってますが、美味しいと言えば美味しいけど最近は避けている炭水化物ばっかりで少し気持ち悪くなった。こういうものは当分食べないことを心に誓いました(笑)。




と いうことで、渋谷で映画『パティ・ケイク$』(パティ・ケイクス)映画『パティ・ケイク$』公式サイト 4月27日(金)公開

舞台はアメリカ、ニュー・ジャージー。23歳の独身女性パティは酒浸りの母、車いすの祖母と暮らしている。まともな仕事も彼氏もいない彼女は、その体型から、町では『ダンボ』と呼ばれている。ラップでスターになることを夢見るパティだが、周りには全く相手にされない。だが薬剤師のインド人、自閉症の黒人青年と知り合ってバンドを始めた彼女にオーディション出場のチャンスが訪れる


ニュージャージーの下層階級の女の子をテーマにした物語です。『階級という見えない壁の物語』というのがぴったりくる。
インディーズ作品を集めたサンダンス映画祭で話題になり、映画会社が争奪戦の末 10億円というサンダンス史上2位の高額で買い付けたことでもまた話題になった作品です。監督はこれが長編初挑戦のジェレミー・ジャスパーという人。
●これが主人公の通称パティ・ケイク$、本名:パティ・ドンブロウスキー(笑)。芸名:キラー・P(笑)、町での綽名はダンボ。


ニュー・ジャージ―は日本で言えば川崎のようなところでしょうか?大都会に隣接した労働者階級の街です。文化的には都会というより保守的で、政治的にも共和党が強い。独特の音楽があることでも有名です。クリント・イーストウッドが映画『ジャージー・ボーイズ』で描いたフォー・シーズンズブルース・スプリングスティーンボン・ジョビ、それにボクが昨年ライブに行ったサウスサイド・ジョニー今週の夜遊び日記:『サウスサイド・ジョニー&ジ・アズベリー・ジュークス@ビルボードライブ東京』、ドラマ『SRサイタマノラッパー マイクの細道 DVD発売イベント』と『0922再稼働反対!首相官邸前抗議』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)など、労働者階級の気持ちを黒人っぽく演奏する『ごった煮のシチュー』のような音楽が引き継がれています。

●昨年のサウスサイド・ジョニーのステージ。白人音楽とR&Bやブルースなど黒人音楽をごった煮にして労働者階級の気持ちを歌う音楽です。

*こちらより転載 鮮やかに幕が開いた30年ぶりのロックンロール・サーカス。サウスサイド・ジョニーが繰り広げるタフなステージからエネルギーをもらうオータム・ナイト | Daily News | Billboard JAPAN
貧乏な白人労働者階級の息子だったスプリングスティーンは1950年代、子供のころは風呂に週1回くらいしか入れなかったそうです。そんな暮らしをする労働者階級の若者でも昔はバイトで何とか中古の楽器を買うことも出来たし、安く譲ってくれる大人たちがいた。しかし、2010年代の今 労働者階級は楽器すら中々買えない。だから何もなくても出来るラップを始める。でも彼女たちは社会に訴えるメッセージすらない。ラップの多くと同様に、ただ金が欲しいとかそういうことばかりで、階級という見えない壁に分断された彼女たちは、他人に語るべき普遍的な言葉を持たない。それがこの、パティ・ケイクスたちの物語です。
●パティと唯一の親友、インド系のジェリ(左)


映画はそのブルース・スプリングスティーン『The Time That Never Was』(70年代末期にレコーディングされたがずっとお蔵入りされていた曲)をバックに、主人公のパティがニュージャージーの街を運転しているところから始まります。インディーズのラップ映画と思って見に行ったのですが、これはただの映画ではない、と思いました。


画面に映るのは寂れた街です。かっては製造業の労働者たちで栄えていましたが、今は廃墟や場末の汚い店ばかりです。そんな街で暮らすパティもそれを絵に描いたような人物です。古ぼけた狭い家で酒浸りの母、車いすの祖母との3人暮らし。母親は酒浸りで、時々家に男を引き込んでいます。車いすの祖母は気難しく、口汚くののしるのがお得意の人です。パティは場末のバーで働いているが、アル中の母親がタダ酒を飲みにやってきて代金を給料から差し引かれる始末。とにかく家にはお金がない。家にはクレジットカードの督促電話がしょっちゅうかかってきます。クレジットカードを新しく作っては、限度額まで借りて当座の生活資金にしています。日本人の感覚ではびっくりしますが、パティやその周辺ではそれが当たり前です。労働者階級というより、下層階級という言葉がふさわしい。


そして3人ともデブ。アメリカ、それに最近の日本も貧困層は食費が安く済むファーストフードばかりで太った人が多い、と言われますが、それを絵に描いたような光景です。ファーストフードを食べながらビールやコーラを飲んで、ずっとテレビを見ていれば、そりゃあ、太ります。ちなみにパティは街の人から体型を揶揄されて『ダンボ』と言われています。
●バティと母親のバーブ(後)。バーブはパティが働くカラオケバーに夜な夜な現れてはタダ酒を飲みまくり、80年代ロックをやたらと上手に熱唱した挙句、泥酔して人事不省に陥いる毎日。


とにかくパティとその周辺の貧しさがすごい。映画の中で『白人版プレシャスかよ』という台詞がありましたが、盲目・妊娠・未婚・貧困の黒人女性を描いてアカデミー作品賞の候補になった映画『プレシャス』Push It Yourself:プレシャス - 特別な1日(Una Giornata Particolare)を思い出させるような世界です。

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寂れた労働者階級の街で、パティは女性で、太っていて、金もなく、まともな職もなく、彼氏もいない、家庭環境にも恵まれない、最下層の中の最底辺の状況かもしれません。マイノリティの中のマイノリティ。救いなのは薬に走ってないことくらいか。主役の女の子(ダニエル・マクドナルド)はオーストラリア人。ニュー・ジャージー訛りを2年かかって覚えて熱演しています。6月に公開されるアカデミー賞候補作『レディ・バード』にも出演していて将来が期待される若手女優だそうです。
車いす生活の祖母、ナナ。口うるさく、ウルトラ毒舌です。殆どすべての会話にF●CKとつけます。


絶望的な状況で、パティはラップでスターになることを夢想します。でも出来ることはノートにライム(詩)を書き溜める程度で、死にもの狂いという訳ではありません。言いたいことも大してあるわけじゃない。自分を主張するための知識も意思もないんです。良く自己責任と言われますが、世の中はそれだけで出来ているんじゃない。自分を主張することが出来るのは、家族の愛や学校やスポーツでも仕事でも恋人でも、自分を肯定する成功体験を少しでも持ったことがある人だけです。自己主張できる人はある意味 恵まれているんですよ。こういうのが『階級の壁』というものだと思いました。パティには何もない。ラップが好きだという気持ちはあるけど、それだけです。子供の頃はボクも自己主張できない人間だったので、この気持、とても良くわかります。
●貯めた金でデモテープを作ろうと思ってもうまくいきません。


ですが、自分と同じような仲間と出会ったことで、パティはラップを本気で始めます。仲間になったのはお調子者のドラッグストアのインド系店員のジェリ、自閉症フェミニストの黒人バスタード、そして車いすに乗ったままの祖母ナナ。パティの良いところは自然な意味でフェミニスト、男に媚びないところです。自分が女性であることは受け入れているけれど、売り物にしようとしたり甘えたりはしない。バンド内の関係性が自然なんですね。ストリップ・バーでのライブを『女性を物扱いする場所は嫌だ』とバスタードが嫌がるのも、それを自然体で受け入れるパティもいい。
●左からパティ、親友のインド系店員ジェリ、プロレスの覆面を被ったのが祖母のナナ(笑)、自閉症フェミニストの黒人バスタ―ド。碌でもない面々(笑)


ちなみにパティの名字はドンブロウスキーが本名でポーランド系です。ユダヤやイタリア系が多いニュー・ジャージーではマイノリティです。映画の中でも容姿だけでなく、名字も度々バカにされています。最底辺にいる女の子が仲間になるのは同じマイノリティ。こんな構成のヒップホップ・グループなんて聞いたことがありませんが、バカすぎて、実に泣かせます。サイコーです。
●パティたちはPBNJというヒップホップ・グループを組みます。バカですが、カッコいい。対訳付きですので、ぜひご覧ください。


でも現実はなかなかうまく行きません。パティも一度は諦め、グループも空中分解する。でも、彼女の中に少しだけ残った気持ちとちょっとした幸運が味方する。やっと自分が言いたいことを見つける。クソみたいな環境の中で何もないまま生きている自分のことを歌えばいいんだと。


それを説得力あるものにしているのが、監督が書いたという音楽です。ヒップホップ中心ですが、画面と一緒に見ると見事な説得力を持って迫ってくる。クライマックスのライブシーンはもう泣くしかない(笑)。


音楽のことをもう少し言わせてもらうと、母親の年上の恋人の世代がやってるニュー・ジャージ―風ロック、歌手を目指していた母親がやっていた80年代の『ハート』みたいな甘ったるい産業ロック、そしてパティらのラップにレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン風のギターを加えたヒップホップ、音楽の移り変わりがちゃんとあらすじとして繋がっているところも恐れ入りました。音楽がニュージャージーの女性3代記という裏テーマを作っている。音楽のスタイルは移り変わっても、気持ちは変わらないんです。映画は最後にもう一度 スプリングスティーン『The Time That Never Was』が流れて締めくくられます。



ただのラップ映画じゃありません。ラップを武器に、女の子が階級という見えない壁と戦う物語です。弱者による、弱者のための映画。題材もテーマも日本の『サイタマノラッパー』シリーズとそっくりですが、主人公がより差別されている女性なのとニュー・ジャージーという文化的背景があることで物語に深みを増しています。面白くて、ほろ苦くて、フェミニズムで、さわやかな青春活劇。これは凄いとしか言いようがない。ボクはシンパシーびんびんで、もう大好き!です。