特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『天皇の記者会見』と映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』(世界を変えるということは)

 あっという間に、今年もあと1週間になりました。
 たった1週間くらいで、日々の営みに大きな節目のようなものがある。天気も大して変わらないんですけどね。中国古代の皇帝は暦専門の役人を置くなど暦を重視していましたが、時の過ぎ方というのは呪術的というか、不思議なものです。
●クリスマスなんか興味ありませんが、お茶菓子は山芋のサンタさん(薯蕷饅頭)でした(笑)


 この週末天皇が記者会見で『自分の代に戦争が起きなくてよかった』と語ったのは、印象に残りました。ボクは天皇制には反対ですし、天皇はどこかの神社の神主にでもなった方が本人のためにも幸せだろう と思っていますが、彼が声を詰まらせながら語った言葉にはボクですら、非常な重みを感じました。

 自分の父親の名のもとにアジア諸国にも日本にも多くの犠牲者を出し、自国も戦禍に晒して焼け野原になったことを考えれば、彼がそう考えるのは自然だと思います。週末のTBS報道特集で平成天皇の米国人家庭教師の感動的な話をやっていましたが、同年代の多くの人と同じように彼も戦後 変わったのだ、と思う。

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www.tbs.co.jp


 国と国との戦争なんて負けるのは勿論、勝っても他国の恨みを買うだけで、ロクなことがない。それに比べれば領土とか国益(笑)、資源とか経済的利益なんてセコいものです。それが大局眼というものでしょう。彼は今もそれを実感している。

 ところが近年は政治家も国民もそういう大きな視点を失くしているようで、この数年の天皇はそういう風潮に対して自ら抵抗していた、と言えなくもない。



両陛下が外国人労働者ら激励 語学支援の現場視察(18/11/28)


 それには戦前 国民や政治家の間に広がった好戦的なポピュリズムに対して殆ど抵抗せず戦争に引きずり込まれた昭和天皇への彼なりの反省があったのではないでしょうか。

 今 平成天皇の心にどんな思いが去来しているのでしょう。夕陽が沈むのを眺めているような気持ちなのでしょうか。もしかしたら、心の片隅に『俺は逃げ切った』という意識がどこかにあるのでしょうか(笑)。



ということで、日本とは違う、上り坂の国の話です。正直、スカッとするお話。驚くべき実話です!
映画『パッドマン 5億人の女性を救った男
www.padman.jp
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舞台は90年代のインド中部。田舎町で小さな工場を共同経営するラクシュミ(アクシャイ・クマール)は、新妻のガヤトリ(ラディカ・アプテ)が生理の際は古布を使っていることを知る。しかも、生理の期間中は女性は穢れがあるとして、家の中で寝ることもできないし、働きに行くこともできませんでした。当時インドではナプキンは外国製ばかりで庶民にはとても買うことができません。発明が大好きなラクシュミは妻のために清潔なナプキンを作ろうと試行錯誤するが、頭が古い村人たちからは変質者として非難され、妻も恥かしいとして家を出て行ってしまう。村を追われたラクシュミは都会に出て大学教授の家で下働きをすることで、どうやったらナプキンを作れるか調べることにしたが。

●主人公のラクシュミ役のアクシャイ・クマール。インドでは大スターだそうです
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 本作の主人公、ラクシュミのモデルとなった実在の人物アルナーチャラム・ムルガナンダムは、低コストで衛生的なナプキンを製造できるパッド製作機を発明、女性たち自らがその機械を使ってナプキンを作り、販売するビジネスモデルも構築、インド中に広めることで数万人の雇用を作り出しました。ビジネスで社会の課題を解決する『社会起業家』として国連で表彰を受けたり、米タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれ、2016年にはインド政府から勲章を受けています。
●本物のムルガナンダム氏

 監督はR・パールキ。専業主婦だったインド女性の自立を描いた映画『マダム・イン・ニューヨーク』(ボクは未見)のプロデューサーを務めるなど、フェミニズムに対する意識が強い人。

 映画はラクシュミの村での生活の描写から始まります。村の何でも屋として何でもかんでも工房で作ってしまうラクシュミは、村でも人気者です。
●笑顔がいいです。
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 結婚したばかりの奥さんを溺愛、彼女の為にも自転車の座席など何でも作ってしまう。
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 インド映画らしいミュージカルシーンで描いた導入部分を見るだけで、この監督、うまいなーと思ってしまいます。ちっちゃな伏線を敷いては丁寧に回収していく。この繰り返しで映画はテンポ良く進んでいきます。
●自転車に彼女が横向きで座れるように座席も作りました。
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 新婚のラクシュミは、生理の期間中は奥さんは家にも入ってこない、食事も一人でベランダで食べていることに気が付きます。ナプキンの代わりに古い布を何度も洗って使っているのですが、それだけでなく、外からは見えないようにサリーの下で乾かしています。それでは衛生面も心配です。村の医者に尋ねると、女性たちは何人もそれで病気になっている と教えられます。
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 女性たちのそんな苦労を知らなかったラクシュミは村の薬屋でナプキンを買ってきますが、外国製品しかないナプキンは家族の1週間の食費分です。高すぎて一般の人は使うこともできません。当時のインドでの普及率は1割そこそこだったそうです。ましてラクシュミが住んでいるような農村では、といったところです。
 それなら、とラクシュミはナプキンの自作を試みます。インドですから、綿はそこいらじゅうにある。しかし、素人の作ったナプキンはうまく行きません。何よりも生理は『穢れ』として扱われています。妻も同居する妹も皆、使うのを拒否します。
ラクシュミは綿を使ったナプキンを妻に試してもらいます。バナナの葉で包んだところに何とも言えない優しさを感じます。
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そればかりかラクシュミがやっていることが村の中でも次第に知られてきます。特に女性たちが激しくラクシュミを拒否し、妻も母も妹も家から出て行ってしまう。
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真に恐るべきなのは因習、迷信です。女性を救おうとしたラクシュミの前に女性が立ちはだかる。自分をナプキンの実験台にせざるを得なくなったラクシュミは、変質者扱いどころか、神に逆らうものとして、追われるように村を出ていかざるを得ない羽目になります。


 主人公のラクシュミを演じるアクシャイ・クマールは実直そうな、実にいい顔をしてます。その無垢な笑顔は、超名作ガープの世界ロビン・ウィリアムスとちょっとだけ似ている。妻のために純粋に、愚直に、発明を続けるラクシュミとしては、ちょっと男前すぎるかもしれませんが、映画で見る分には説得力があります(笑)。

 ここでインド映画らしく、画面に『インターミッション』という文字が出てきます。この映画はインド映画にしては上映時間は短く、2時間程度です。それでも現地では休憩が入るんですね。ボクが子供の時は日本の映画でも休憩があったような気がする。懐かしい。そんなことを思い出しました。


 村を追われたラクシュミは一人、都会へ向かいます。ナプキンの作り方を知るために、エリート校、インド工科大の教授の家の家事手伝いになります。ネットなんか見たこともないラクシュミでしたが、小学生の教授の息子に、ナプキンは綿ではなくセルロースが使われていること、一貫生産のための巨大で高価な機械で作られていること、を教えてもらいます。2年間、悩み続けたラクシュミでしたが、ネット検索で一発、それも小学生に教えてもらう。インドの民衆とエリートとの格差を見せつけられるシーンです。
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 ナプキンの材質、製法を知っても、自分で作れるわけではありません。まして、オートメーションのナプキン製造機械を買うお金なんかありません。しかし発明が大好きなラクシュミです。自分で簡易で安価な製造機械を作ることを決意、とうとう完成させます。

 しかし、彼がナプキンを女性たちに渡そうとしても、変態扱いされるのは変わりません。そこで巡り合ったのが、大学でMBA課程に在籍していた女子大生、パリ―(ソーナム・カプール)でした。ひょんなことから、彼女が第1号のお客になります。
●お金持ちの大学教授の家に生まれたパリ―(右)は何から何までラクシュミと違います。しかし、互いに通じ合うものがありました。
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 ここからお話は更に面白くなります。
 パリ―とインド工科大の教授の父の助けで、ラクシュミの機械は社会起業のコンテストで賞金を得ます。彼の簡易な機械はナプキンを輸入品の4分の1の価格で作ることができます。ラクシュミは特許を大企業に売ることを勧められますが、彼はお金もうけには興味がありません。彼は別れてしまった妻のために安価なナプキンを女性たちの間に広めたいのです。
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 そろそろ、目に感動の涙が溜まってきます(笑)。パリ―は就職先に決まっていた、高給の大企業を蹴って、ラクシュミの事業に加わります。ラクシュミが売っても全くダメだったナプキンですが、同じ女性のパリ―が売るのだったら、女性たちは受け入れます。
●二人は農村を回ってナプキンを売り込みます。
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 大学でビジネスを学んだパリ―は女性にユーザーになってもらうだけでなく、女性たちが融資を受けてグラミン銀行のようなマイクロ・クレジットです)、女性たちがナプキンを作り、女性たちが売る、というシステムを確立させます。女性たちに安価なナプキンを提供して社会で活動しやすくさせるだけでなく、DVや因習で苦しんでいた女性たちに職業を提供するという3重に得するエコシステムです。
 ラクシュミの事業はどんどん拡大、インド各地で女性たち2万人に職を提供するまでになります。物語の最初ではインドでのナプキンの普及率は12%でした。現在は40%以上になっているそうです。
●ナプキンを買ってくれた女性がゴミ夫のDVに逢っているのを助けたことから、パリ―は女性たちが自らナプキンを売ることで自立するビジネスモデルを思いつきます。
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 ここいら辺のお話しの展開の仕方はもう、ワクワクします。まるで三国志水滸伝のような面白さと感動が組み合わさったお話です。急な坂道を転がっていくようなお話の展開だけでなく、無学だけど、情熱と創意工夫はあるラクシュミとエリート家庭に生まれたパリ―との好対照が本当に面白い。
 
 そのパリ―役のソーナム・カブール。インド映画って、ハリウッド映画なんか全く目じゃないくらいの美女が出てきますが、この人は人間離れしてるくらい美しい。もちろん演技も泣かせますけど、画面に出ているだけで目の保養です。本当に気品があって美しい。
 だけど、ただ美しいだけじゃなく、彼女もラクシュミと一緒に『戦う』んです。女性を苦しめる偏見や因習、暴力に対して知恵と情熱で戦い続ける。だから美しいんです。ルックスだけじゃないんです。このパリ―という人は、本当に超賢い。

 『バーフバリ』でもそうでしたが、この映画でも女性は決して添え物ではありません。自立・自律した一人の人間として描かれている。だからいいんです。この映画、後半はずっと感動でギャン泣きしちゃうんですが、ボクはラクシュミより、むしろパリーのために泣きました。でも、パリーはそういうことを望まない、そんな人間です。かっこいい。この造型は恐れ入りました。
●男のボクでもパリーのキャラクターには感情移入させられました。
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 劇中、『アメリカにはスーパーマンスパイダーマンバットマンもいる。でも、インドにはパッドマンがいる!』というセリフが出てきます。まさに本当のヒーローです。
 主演のアクシャイ・クマールも監督も、『彼を描くのだったら、限られた人しか見ないドキュメンタリーじゃなく、多くの人が見てもらえる楽しい映画にしたかった』と言っているそうですが、その狙いは見事に達成されています。制作側もラクシュミ(ムルガナンダム)の世の中を変えようという意思を受けついでいると言えるでしょう。国連でのラクシュミのスピーチのシーンはこの映画の白眉です。ワンカットで撮ったというのですから、出演者もスタッフも同じ思いだったに違いがありません。一つになった意志が観客に向かって突き刺さってくるようです。
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 ダンス、笑い、感動、フェミニズム、社会に対する怒り、全部入り混じってシチューになったような、インド映画の傑作です。
政治的なことを扱っていても楽しく見させてくれる。考えさせてくれる。ラクシュミ(ムルガナンダム)は現実に世の中を変えたけれど、この映画にもそれと同じ精神が流れています。世の中を変えるってこういうことなんだなと思わせてくれます。素晴らしいです。男は全員見なきゃダメ。本当に面白かった。年末を飾るにふさわしい一本です。

映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』予告(12月7日公開)