特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『ギャングース』

 街はそこいら中 イルミネーションだらけです。
 まあ、綺麗なのはいいですが、くだらないと言えばくだらない。一昔前みたいにクリスマスで大騒ぎというのが無くなったのは良かったですが、全然目出度い、なんて気持ちにはなりません。
 嫌な12月は早く過ぎてほしい、でも1月も行事が多くてうっとおしい。塹壕の中で頭を下げ、弾が通り過ぎるのを待つばかり、寒い冬の過ごし方はそんな感じです(泣)。
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丸ビルのイルミネーション

消費税の話は混乱必至・お金持ち優遇の軽減税率と言い、増税対策と言い、目を覆わんばかりです。特に増税対策は公明党が大好きな『プレミアム付き商品券』だけでなく、中小小売店でキャッシュレス決済をした人へのポイント還元率を当初予定の2%から5%に上積み、というのもひどい話です。急に言われたってシステムの改修が間に合わないんじゃないかという話もありますが、使い道もひどい。『増税分は殆ど使ってしまい、財政再建には殆ど使われない』というのです。
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toyokeizai.net

消費増税どころか『ポイント還元率を2%→5%に引上げ』が発表された際はさすがにびっくりしました。安倍晋三はそこまでして自分の地位を維持したいのかと思ったからです。それが反映された結果が上の図です。増税対策の実施期間だけとは言え、増税分は殆ど使ってしまう。それだったら消費増税なんかしなければいいじゃないですか。



ということで、日比谷で映画『ギャングース

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親に虐待されたり、放置されて、犯罪を犯してしまったサイケ(高杉真宙)、カズキ(加藤諒)、タケオ(渡辺大知)は、少年院で仲良くなった。彼らは出所後 住むところも身元引受人もおらず、定職に就くこともできない。そこで3人は犯罪者だけを標的に盗みを繰り返す「タタキ」稼業で生計を立てることにする。被害に遭っても表沙汰にできない盗品を盗んだり、振り込め詐欺の金を狙って危ない橋を渡るうちに、いつしか三人は後戻りできないところに足を踏み入れていた。
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 昨年TVドラマになった『サイタマノラッパー』シリーズや興収1位を記録した『22年目の告白』の入江悠監督の新作です。


 今回は貧困問題を専門にするルポライダー鈴木大介氏の取材をもとに、振り込め詐欺などの犯罪に走る少年たちを描いた同名漫画の映画化です。漫画の方は16巻まで刊行されてヒットしたようです。そちらはボクは全く未見。こんな絵が汚い漫画↓読めませんよ。

 漫画が原作と言っても地方の貧困や裏社会をリアルに描いた話ということで、見る前は少し気が重かった。かなり厳しい話だろうと予想したけど、普段の生活とは縁がない裏社会の話なんかわざわざ見たくないじゃないですか。一方 辛い話でも一流のエンタメに昇華させる手腕には定評がある入江悠監督ですから何とかしてくれるだろう、とも思ってました。
●主人公たち。左からカズキ(加藤諒)、サイケ(高杉真宙)、タケオ(渡辺大地)。3人は少年院で知り合いました。
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 衝撃的でした。
原作は漫画でも実際に貧困の実態にあたった鈴木大介氏の取材が元です。ほとんどの登場人物たちには実在のモデルがいる。架空の話だけど、登場人物たちは架空じゃない。

 主人公の3人の少年、サイケ(長髪の子、高杉真宙)、カズキ(デブの子、加藤諒)、タケオ(金髪の子、渡辺大知)は少年院出所後、住むところもなく定職にもつけず、東京近郊で泥棒や詐欺の上前を撥ねる『タタキ』稼業で暮らしています。彼らの感性や暮らし方は我々とはあまりにも違い過ぎる。想像をはるかに超えていた。
 例えばデブのカズキは盗みに入った事務所でお菓子を見つけて大喜びします。 犯行をしている最中にも関わらずチョコの包み紙を破って食べ始めるのです。食い意地が張っているだけか と思ったら違いました。住所不定、空き地に放置されたバスで寝泊まりしている彼らは何日間もまともな食事をとっていない、のです。ケン・ローチの名作『私はダニエル・ブレイク』でシングルマザーがやっとたどり着いた貧困者の支援施設の倉庫で缶詰を開けて手づかみで食べ始めるシーン、あれ以来の衝撃でした。

 また彼らが牛丼を食べて、思わず泣きだすシーンがあります。数か月ぶりに肉を食った、というのです。彼らにとっては1杯350円の牛丼が最高のごちそうでした。
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 これはフィクションでも遠い国の話でもない、現代の日本のリアルな話です。イギリスの労働者階級や発展途上国の飢えた人々の話ではない。橋本健二早大教授は『現代の日本には一般の労働者階級の下に、年収100万円台の『アンダークラス』という新たな階級が1000万人単位で出来ている』と言いますが、それを目の当たりにした思いです。
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 彼らは親や家族から捨てられて、身寄りもなく、行き場がない。しかも家族から虐待も受けた。少年院でも苛められた。出所後も不幸にして、公的な機関も含め、助けとなる大人たちに巡り合うことができなかった。まともに教育を受けられなかった彼らはそういうものがあることすら、知らないのです。少年たちは住所不定無職にならざるを得ません。
 
 しかも彼らにはマスコミが騒ぐ『生活保護は恥』という歪んだ自己責任観念だけは植え付けられている。もし自分がそういう境遇に置かれたらどうでしょうか?もし自分が何も知らない、今とは違う自分だったら、現代の日本で生きていくには裏稼業しかないのかもしれない と思いました。
 
 これもまた、現実の日本です。地方の貧しい若者たちを描いてきた入江悠監督が『今まで自分が敢えて見ないようにしていた部分』と言っていた部分です。
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 少年たちは振り込め詐欺の現場を探し、被害者から金を受け取る『受け子』などの後をつけて、カネの隠し場所を探します。で、夜陰、人がいなくなったところに乗じて侵入、金庫ごと盗みだします。振り込め詐欺が組織的に行われているところや『タタキ』の手口も実際のものです。

 振り込め詐欺側の事情も丁寧に描かれます。元手を出資したボス『金主』、その下に給料を払って人を集め、振り込み詐欺を組織的に行わせる詐欺店舗の『番頭』、懸命にシナリオ通りの詐欺電話をかけ続ける『掛け子』、金を受け取りに行く『受け子』、かって同種の詐欺に引っかかった騙されやすい老人の名簿を流通させる『情報屋』など様々な人間が関わっています。『受け子』や『掛け子』はバイト感覚の普通の子も多い。現在の被害金額は年間約500億だそうですが、まさに組織化された産業です。
 
 詐欺店舗の番頭(金子ノブアキ)が、若い掛け子たちに『学歴もコネも金もない俺たちには今の日本では上にのし上がるチャンスはない。日本の金融資産のほとんどは60歳以上の老人が持っている。だから俺たちを搾取する老人から、金を詐欺で奪うのは俺たちの当然の権利だ。そうやって経済を回していくのは世の中のためなんだ!』とモチベーションづけするシーンはこの映画の中の見所の一つです。ボクは納得しました(笑)。
 ボクだって相続税100%が最良の経済対策であり、格差対策だと思ってますもん。
金子ノブアキ、かっこよかったです。入江監督の映画には本当にミュージシャンが多数出演します。
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 3人の少年たちは、苦労して盗んだ金庫に金が殆ど入ってなかったり、車や偽造ナンバー、盗み道具を貸し出す『道具屋』(林遣都)に搾取されたりで、悪戦苦闘します。しかし、ふとしたことから凶暴な半グレ組織『六龍天』の名簿を手に入れたことから、タタキ稼業も軌道に乗っていきます。
●道具屋の高田(林遣都)。おっさんずラブに出ていた人ですが今回は極悪+α。


 ところがある日 強引に誘われて入ってしまったキャバクラで、かっての少年院時代の仲間に見つけられ、彼らの稼業がバレてしまいます。六龍天は対立する相手には手段を選びません。殺人でも人身売買でもなんでもやる。3人はどうしたら良いのでしょうか。
●自分も親に捨てられたキャバ嬢(山本舞香)は危険を冒して、3人に六龍天の情報を教えます。
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 この3人の少年のキャラクターには本当に感情移入できてしまう。
鈴木大介氏の取材では『本当に自分たちだけが悪くて、法を犯している子は一人も居なかった』そうです。彼らはネグレクトであったり、DVであったり、複雑な家庭環境を抱えています。炭鉱労働など親子代々、地域ごと、貧困が連鎖している例も多いそうです。助けになる大人にも巡り合えなかった。

 実際彼らのやってることは賢くないし、実際 どこかに知的障害もあるかのような描かれ方もしている。でも彼らは非合法な稼業でも、振り込み詐欺や窃盗の稼ぎを盗む『タタキ』以外はやろうとはしない。幼いなりにも彼らには倫理観がある。いつかは金をためて偽の身分証明を手に入れ、正業に就く夢を持っている。

 そして盗みに入った現場で見つけた、親に放置された女の子に自分と同じ虐待跡を見つけて、思わず連れ帰ってしまう優しさがあります。ここが原作の鈴木大介氏の想いでもあるでしょうし、入江監督のうまいところでもありますし、ドキドキハラハラのこの映画で涙がこぼれ始めた部分でもあります。今まで、まるで動物のように生存するためだけに生きてきた3人の少年たち、それに女の子が、ここから少しだけ変わっていく。
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 全編 緊張感がすごいです。ドキドキ・ハラハラの連続です。ほんと、今にも席を立ってしまいそうなくらい怖かった。ボクは怖いのはダメなんです。でも冷静に見ると、残酷なシーンは殆どありません。人身売買に、リンチに、殺人、裏でそういうことが行われているのを暗示させるシーンは山ほどありますが、直接的な描写はほとんどない。それでこれだけスリルを感じさせるのだから、見事な演出です。

3人の少年と女の子、疑似家族の物語という点では『万引き家族』にも似ています。しかし、ギャングース』はもっと差し迫った切迫感がある。必然性がある。追い詰められた子供たちだからこそ物語の納得性は高いし、切実さが募る。

 主役の3人の男の子役の俳優は良く知りませんが、みんなよかったです。3人とも最近の若手俳優にありがちな、力んでキャンキャン言わないのが良い。時折見せる彼らの笑顔が優しいことといったら!
●長髪の高杉真宙という人は元仮面ライダー加藤諒という人はバラエティにも出ているそうで、来年は『パタリロ』の実写版で主役をやるそうです。ロックバンド、黒猫チェルシー渡辺大地は売れっ子で、年初の『勝手にふるえてろ』では松岡茉優の相手役でした。
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 それに六龍天のボス(MIYAVI)、番頭(金子ノブアキ、般若)、詐欺店舗の総括(篠田麻理子)、キャバ嬢(山本舞香)なども、揃いも揃っていかにも!という感じでした。特に篠田麻理子の怪しい女役は絶品です(笑)。入江監督の作品ではおなじみの俳優やミュージシャンですが、本当に説得力のあるキャスティングでした。
 ネットで見かけた『好演している篠田麻理子や山本舞香の出番が少ないのがもったいない』という感想は同感ですが、全体的には些細な話です。ほぼ全員が好演なんだもん。
●1枚目、六龍天のボス(MIYAVI)、2枚目、店舗の総括役アゲハ(篠田麻理子)、3枚目、番頭役の般若。


 クライマックスはあっと驚く奇想天外な展開の連続です。見事な痛快エンターテイメントになっている。そしてエンディング。
 牛丼屋で『貧困なんて自己責任なんだよ。自分の努力が足りねえんじゃねーの』とTVニュースを見ながら嘯くサラリーマンに、怒ったサイケが殴りかかろうとします。だがカズキにそっと止められる。そんな店の外を何事もなかったかのように、人々が行きかっていく

 サイタマノラッパーでもそうだったのですが、まるで実在の人物のように3人の少年たちの今後が幸せであって欲しい、という気持ちに駆られました。
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 今まで自分が全く縁がなかった世界ですが、頭をぶんなぐられたような衝撃を受けました。遠い国の話のように思えるけれど、これもまた、ボクが生きている日本の現実です。
人々は分断されている。今の日本には、生活も教育も一世代や二世代では追いつけないほどの大きな差ができてしまっている。そして弱者は自分より弱い者を搾取し、格差は毎日広がっていく

 この映画は下手なドキュメンタリーより遥かに現実を伝えてくれます。描写がリアルだったり、情報量が多いだけではなく、登場人物たちに感情移入させ、ハラハラさせて、スカッとさせて、最後は穏やかなエンディングを見せてくれる。文字通り、現実に対する異議申し立ての思いが籠ったエンタメの傑作です。入江監督がここまで社会的な作品を撮るとは思わなかった。
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 時代が悪くなると、生み出される芸術作品には優れたものが多くなる、とボクは思っています。サッチャー時代のことを描いた映画やパンク・ニューウェイヴなどは正にそうです。
ギャングース』は『俺たちを止められるか』と並んで、今年の邦画ベスト1候補です。
 今年は『万引き家族』だけじゃなく、『俺たちを止められるか』、『菊とギロチン』と10年に1回くらいにしか見られないような、熱量の籠った素晴らしい邦画が続きました。それだけ今の日本が危機的なのだと思います。3人の少年たちの姿は他人事ではない。機会がありましたら、ぜひ。


映画『ギャングース』本予告