特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

ボクは、ダニエル・ブレイクだ : 映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』と『バンコクナイツ』

この週末は以前 一緒に暮らしていた犬のお墓参りに行ってきました。人間の墓参りにはあまり熱心ではないボクですが、犬のお墓参りはマジ、大マジです。1年で一番本気になるイベントです。雨が降ろうと雪が降ろうと花粉だろうが、放射性物質が舞っていようと、毎年3月の命日の週末には必ずお墓参りに行っています。丁度お彼岸と重なるこの時期 調布の深大寺の裏にあるお墓で手を合わせると心が落ち着きます。手を合わせて、犬に語り掛けることは『また 一緒に遊ぼうね』ってことだけなんですが、将来にそういう楽しみがあるというのは希望を感じます。言うまでもなく、世の中 色んなことがあって、嬉しいことも悲しいことも、全く信じられないようなことも起こります。それでも生きてる間は誰でも、文字通り、生きていかなければならない


昨晩 放送されたNHKスペシャル「シリア 絶望の空の下で 閉ざされた街 最後の病院NHKスペシャル | シリア 絶望の空の下で 閉ざされた街 最後の病院。政府軍の攻撃を受けたアレッポの街で最後まで治療を続けた病院とそれを支えた医療関係者、それに惨状ををネットで世界に伝えようとした子供たちを描いたものです。

報道するタイミングが遅すぎ、だとは思いますが、内容は充実していたし、衝撃的でした。政府軍が子供たちがいる病院や学校を狙って爆撃している事実は知っていますけど、その様子を眼でみるのとは全く違います。一方 反政府軍の多くはアルカイダ系が多いと言われています。これはどうにもならない。だけど そんな中でも生きようとしている人もいるし、子供たちを助けようと命がけで医療に従事する人たちがいる。あの人たちが本当の英雄です。シリア国民の半数が難民となり、少なくとも30万を超す人々が命を落としたと言われています。あの人たちはテロリストでもなんでもない、大多数は我々と同じ、普通に暮らす人たちです。この戦乱がヨーロッパへの難民流入に繋がり、それが先進国のポピュリズムや極右の台頭の温床になっているわけですから、決して我々と無関係な話ではありません。他人事ではないけれど、ボクにはどうしたら良いかはわからない。でも、同時代に生きているものとして恥ずかしい出来事であるのは間違いありません。
●そう言えば、今日はこんな催しもあったそうです。そう言えば毎年この時期にやっていたような気がしますが、全然気が付かなかった(笑)。所詮 動員された爺さんたちの集まりと思うと、我ながら熱心さに欠けます(笑)

●代わりに今日はこんなことをやってました。題して『くまちゃん茶会』。抹茶が飲みたくなって、戸棚を探したらお茶碗と茶筅が出てきたので。



さて、今回は日経の映画評で5つ星がついた映画2本の感想です。どちらも素晴らしすぎる作品です。
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59歳の大工 ダニエル(デイヴ・ジョーンズ)は心臓の病でドクターストップがかかり仕事を失う。心を病んでいた妻をみとったばかりの彼は国の失業保険を受けようとするが、あまりにもややこしい制度と給付を抑えようとする役所の窓際作戦に妨げられてしまう。そんな時 ダニエルは国の支援を断られ、子供二人を抱えて途方に暮れるシングルマザーのケイティと出会う。


昨年のカンヌ映画祭グザヴィエ・ドランの『たかが世界の終わり』を次席に抑えて、グランプリを獲ったのが、この、イギリスのケン・ローチ監督の『わたしは、ダニエル・ブレイク』です。
ケン・ローチ監督の事はブログでも度々取り上げていますが、実はボクはこの人、少し苦手です。左翼を自認し、労働者や移民など社会的弱者の視点に立った映画を見事な演出で作り続けている巨匠ですが、作品を見ていると息苦しくなることがある。どぎつい表現があるわけではないし、おかしなことを言ってるわけでもありません。ただ 世の中の不条理に対する怒りが激しすぎるんだと思います。普段のブログで悪口雑言ばかり並べているボクが言うのもおかしいですが、反対〜と連呼している人や怒っている人ってあんまり近寄りたくないじゃないですか。あれと一緒です。

でも、この数年、ケン・ローチ監督はコメディが続いています。それがすごーくいいんです。社会の不条理に対する視点は変わりませんが笑いで中和されている。ウィスキーの利き酒師を目指す少年を描いた『天使のわけまえ』、サッカー選手をネタにした『エリックを探して』、それにコメディではありませんが、アイルランドの独立活動家を描いた美しい快作『ジミー 野をかける伝説』など最近の作品は傑作揃いです。

今回の作品も非常に評価が高い。例えば日経の映画評では今年の作品で5つ星がついているのは邦画の『バンコクナイツ』とこの、『わたしは、ダニエル・ブレイク』しかありません。また、この人のヘビーな作品を見なければいけないのかよ(笑)という気の重さは無いわけではありませんが、期待は高まります(笑)
●私がダニエル・ブレイク。

大工一筋の主人公のダニエルは心臓の病で医者から働くことを禁じられてしまいます。収入の道が断たれた彼は役所に手当を求めますが、役所に民営化委託された窓口の業者は、彼は労働可能として、彼の訴えを却下します。異議申し立てをしようにも電話窓口も民営化されて、つながるまで1時間以上かかる有様。申請書もオンライン受付しかありませんが、大工一筋のダニエルがパソコンで申請書なんか出せるわけありません。政府は、いったい彼にどうしろと言うのでしょう。
●役所で揉めるケイティと二人の子供。ケイティはインド系の彫りが深い顔立ちをしています。子供は2人とも肌の色が違います。映画ではそれが当たり前の出来事のように語られます。そう、当たり前なんです。

                                                    
シングルマザーのケイティはロンドンのアパートを追い出されてニューカッスルに越してきました。役所の窓口から難癖つけられて援助を断られたケイティは子供二人を抱えています。学歴もない彼女は満足な仕事に就くこともできません。それどころか電気も止められ、日々の食べ物すら事欠く有様です。ケイティたちの暮らしは、新興国で飢えに苦しむ人たちとそれほど変わりがないんです。
失業状態のダニエルは懸命に職を探すケイティの代わりに、せめて子供の送り迎えや世話をしてやることで手助けしようとします。
●ダニエルは長年介護をしていた妻を看取ったばかりです。

 
先週末から封切りになったこの映画の感想を早く書きたくて、『ラ・ラ・ランド』を始め他の素晴らしい作品を後回しにしました。でも、あんまり、この映画の細かいことは言いたくないんです。
誰でも、この映画を観たら誰かに話したいことが一杯でてくると思います、断言しますけど、そうじゃなかったら人間じゃない。見事な脚色、見事な演技。観ながら何度も、『てめえ、ふざけんじゃねえ』と激怒もしたし、本当に思わず、嗚咽させられました。特にフードバンクでのシーンは絶句以外 何ものでもない。でも、この映画はそれだけじゃない。人を落ち込ませるような映画じゃない。ダニエルに助けられたケイティたちが絶望の淵に追い込まれたダニエルを救うんです。
●絶望し、孤立したダニエルのもとにケイティの子供がやってきます。

                             
深い、深い、やさしさと力強さに溢れた作品観たあと、思わず背筋が伸びる。彼は長年 一生懸命働き、家族を養い、税金を払い、自分の力で生きてきた。でも今は家族を亡くし、失業して、カネもなく、心臓の病を抱えている。彼が税金を払ってきた政府は手を差し伸べようとしない。それでも、ダニエルは自分の尊厳を守ろうとする。それでも、他の誰かを救おうとする。こんな時代です。誰だって彼と同じようなことになるかもしれない。そういうことになったら彼のように生きられるでしょうか。
ボクも彼と同じなんです ボクは、ダニエル・ブレイクです。この映画をご覧になった方は誰もが皆、自分はダニエル・ブレイクやケイティと同じと思うはず。ケン・ローチの最高傑作と言われるのも当然、今のところ今年観た映画では最強、完璧です。完成度が高いだけでなく、何よりも心が揺さぶられる素晴らしい作品です。
わたしは、ダニエル・ブレイク




もう一本は これも新宿で見た映画『バンコクナイツBANGKOK NITES 空族最新作「バンコクナイツ」

舞台はタイ。地方から首都バンコクに働きに来たラックは、日本人御用達の繁華街タニヤ通りの店でトップに登り詰める。彼女は家族に仕送りしながらも日本人のヒモを従え、マンションで生活している。ある夜、ラックは秘密のパーティーで5年ぶりに元恋人のオザワ(富田克也)と再会するが……。


富田克也監督の前作『サウダーヂ』は衝撃的であるだけでなく、素晴らしい作品でした。衰退する地方都市、甲府を舞台にした右翼ラッパー、日系ブラジル人、土方などの登場人物が織りなす物語は、華やかな東京とは対極的な世界をリアルに描いているだけでなく、生命力を感じさせる作品になっていました。あの作品を見る前と観た後では、ボク自身の考え方そのものが結構変わった気がします。それくらい力がある作品でした。


その富田監督が今回は自ら脚本も書いて主演した、タイを舞台に自主制作した作品です。日経の映画評でも5つ星がついています。新宿の映画館も連日満員立ち見が続いているそうです。
ボクはタイという国は行ったこともないし、あまり良く知りません。自動車を中心に日本企業が沢山進出していて、バンコクには生徒数3000人という世界最大の日本人学校があるそうですね。多くの外資企業が進出している都市や都市近郊は豊かになっていて、日本人と同じくらい収入がある人も結構いるそうです。その一方 地方部は相変わらず貧しいままということだけは知っています。


前半は首都バンコクの歓楽街の店の様子が描写されます。華やかなドレスと化粧の女の子たちが日本人に日本語で呼びかけて指名をとろうとします。映画の中とは言え、日本人客を見ているとかなり、気分が悪くなりました。偉そうに女の子たちをはべらせながら、くだらない演歌とか歌って、クソまずそうな水割りとか飲んでいるんです。わざわざタイにまで行って こいつら何やってんだ。正直むかつきました。
●実際に歓楽街の住人たちが出演しています。映画を撮るだけの信頼関係を得るまで富田監督は数年がかりで彼ら・彼女らと付き合ったそうです。


羽振りが良い日本人ばかりでもありません。一旗揚げようとタイへやってきてうまくいかず、今は『沈没組』と言われる、何でも屋やヒモなどで生活する男たちもいます。
                                                    
女の子たちはバカな客を転がしながら、お金を稼いでいます。彼女たちの多くは地方の出身です。仕事が辛いのは当たり前。家族に仕送りをして支えているんです。で、タイはマリファナの産地です。前作でも登場人物が、タイに行ってマリファナやり放題の夢を見ると言う印象的なシーンがありましたが、ここでは登場人物たちの間ではマリファナだけでなく、クスリも蔓延しています。
●彼女が主人公のラック。地方からバンコクへやってきて、お店のNO1になりました。田舎の家族の生活を彼女が支えています。


そんな中で生き抜くラックの前に、かって恋人だったオザワが現れます。カネと欲にまみれた日本人の中で飄々としたオザワは異質の存在です。元自衛官カンボジアのPKOに参加することで土地勘が出来たオザワは、タイ周辺をぶらぶらしながら生きています。金もうけしようとか、女性に執着してるとかそういうのは無い。歓楽街で遊ぶ日本人や故郷に仕送りする為にカネを儲けているラックとは、彼は全く違います。ただ、彼はこう言うのです。
日本にオレの居るとこなんかねえもん。エコノミー・ダウン、メルト・ダウン、エヴリシング・ダウン
●ラックとオザワ。バンコクの夜景がエキゾチックです。


異質なものを許容する猥雑なタイのほうが彼のような人間にとっては生きやすいということでしょうか。やがてオザワはタイの東北部を通ってラオスに老人ホーム開発のための調査に向かいます。東北部出身のラックは里帰りもかねて同行します。
●ラックの故郷。後ろがラックが稼いだカネで建てた母親の家。

                    
ここからが真の物語の始まりです。
猥雑なバンコクの夜景とは対照的な、本当に美しいタイ北部の農村風景に、共産主義、植民地の問題、ベトナム戦争の傷、基地問題、アジアの連帯、様々なテーマが走馬灯のように流れていきます。ボクも見る前はそんな盛りだくさんのことをどうやって描くんだと思ってましたが、本当に見事に描かれているんです。ラオスに今なお残る米軍の爆撃跡にアジア各地のラッパーたちが集う場面には昂揚感すらあります。
●前作『サウダーヂ』にも出てきたラッパー、田我流が出ていたのも嬉しかった(右から二人目)


                                       
中盤以降 幻想的な光景とも相まって、画面は実に美しくなります。ここで起きていることは暴力的でもあり、理不尽な現実でもありますけど、タイの田舎で生きる人たちの生命力と自然ともあいまって、淡々と時間が流れていきます。

                                                  
3時間もの映画ですが、全く退屈しないです。お話の以外さ、会話、テンポ、編集、音楽、どれもがキレが良くて画面に引き込まれるよう。なによりも感じるのが監督の視線がタイの人たちの側に立っていること。時折描かれる日本人や白人の横暴は不愉快ではあるんですが、監督の視線の温かさがあるので、本当に不愉快にはならないんです。身を削って働く女の子たちや、優しいお年寄り、働かない男たち(東南アジアは一般的に女性が働き者で、男はあまり働かないと言われます)マリファナと強い太陽光線のせいもありますが、彼らの日々の営みが資本主義の不条理を呑みこんでいくかのようです。

                          

やがてラックはバンコクを離れ、故郷に帰ります。彼女は今後もたくましく生き抜いていくのでしょう。一方オザワは闇で銃を購入します。彼は何を撃とうとするのでしょうか。
                        
    
今作は前作『サウダーヂ』で感じた日本の地方都市が衰退するひりひりした感覚はありません。遠い国の遠い世界。悲惨だけれど、美しい光景、たくましく生きる人たちが印象に残ります。非常に感想が書きにくい、いかにも映画的な映画と言ったらよいでしょうか。お話、身体を張った出演者、音楽、画面、ボクにはどれも魅力的でした。間違いなく面白い、そして考えさせられる作品です。3時間全く退屈しない、傑作であることは間違いありません。この映画はDVDにはしないそうなので、劇場で是非。