特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『ニュースの真相』、それに『ふきげんな過去』と『教授のおかしな妄想殺人』

いやあ〜、ものすごい暑さですね。TVをつければオリンピック、それも日本選手ばかり。まったくアホかっと思います。
先週の土曜日に放送されたTBS報道特集にはいつもながら感心しました。一つの特集は、ヘリパッド建設をめぐって機動隊と住民・反対派が向かい合っている沖縄の高江から金平キャスターが中継したもの。ネットで流れていた、警官が人を殴りつける姿もちゃんと写していたし、『本土の人間は傍観者になっているのではないか』という最後の金平キャスターの締めくくりが印象的でした。もう一つは、広島の原爆投下当日に救援のための列車を走らせた人が居たことを取り上げたものでした。ボクも全く知らなかった話で、原爆投下という地獄の中でも自らの出来ることを全うした人たち(鉄道マンや救護に当たった人たち)には非常に感動しました。今、TVでまともな報道番組って、少なくともキー局制作ではこの番組しかないように思えます。しかしロック好きの金平キャスターも既に定年を超え執行役員を降りました。TBSの若手には佐古キャスターのようにちゃんとした人が居るとはいえ、こういう番組がいつまで続くのか、前途に一抹の不安を感じるのも確かです。

                                                 
そんなことを考えながら見に行ったのが、ロバート・レッドフォードの新作映画ニュースの真相映画『ニュースの真相』公式サイト – 大ヒット公開中!。原題は『The Truth

舞台は2004年、ブッシュが再選を迎えようとしている時、3大ネットワークの一つ、CBSの報道番組『60ミニッツ』のプロデューサー、メアリー(ケイト・ブランシェット)はブッシュの軍歴詐称問題に関するスクープを放送します。『60ミニッツ』はケネディ暗殺事件をスクープした伝説的なジャーナリスト、ダン・ラザーロバート・レッドフォード)がアンカーマンを務めています。メアリーとダン、『権力者に対して質問をする』ことを信条にする二人は親子のような絆で結ばれていました。しかし放送で証拠として使われた文書に偽造疑惑が持ち上がり、CBSは事態の収束を測るため、ブッシュに近いメンバーばかりの内部調査委員会を設置します。肝心のブッシュの軍歴詐称は取材打ち切りとなり、ダンやメアリー、取材チームは窮地に立たされますが- - - - -


実際に事件に直面したメアリーの手記を原作にした作品です。日本でも『60ミニッツ』は日曜深夜のTBSでピーター・バラカン氏の解説つきで放送されていましたし(確かに質が高い報道番組でした)、この事件も大きく報道されました。CBSが政権に屈服した、非常に後味の悪い話です。これをどうやって映画にするんだろう、と思いながら、正直あまり気が進まないながらも見に行ったんです。

ロバート・レッドフォードって、いまだに人気があるんですね、客層は偏ってますが(笑)。地味な題材の割に初日の劇場はほぼ満席でした。
●こんな感じ(笑)。どことなくロバート・レッドフォードダン・ラザーみたいに見えてきます。

                                               
まず、報道番組の制作過程が面白かった。超有名キャスター、天下のダン・ラザーの番組ですから潤沢な予算とスタッフがいるのかと思っていたんですが、プロデューサーも含めてたった4人で作っているんです。ダン・ラザーはかってニュース番組がカネになることを証明しました。報道の質と視聴率を両立できることを示したんです。しかし、2004年当時はそうではありません。製作費が安くて済むバラエティ番組が流行し、CBS内では報道番組は今や赤字部門。スタッフも取材時間も限られたものになってしまいます。今の視聴者は良質な報道を求めていない。そんな葛藤を抱えながら プロデュ―サーのメアリーは自ら取材に奮闘します。
●こんな感じ(笑)。自ら取材の前線に立つプロデューサー役のケイト・ブランシェット(右)が髪の毛を振り乱してます(笑)。

                         
彼らは、徴兵制があったベトナム戦争当時 ブッシュが自分は前線に行かなくて済むように国軍ではなく、州軍にコネで入り込み、しかもまともに出勤もしないまま勤務期間を短縮して除隊し、ハーヴァードのMBAに入ったことを突き止めます(映画とは関係ないですが、ブッシュのエール大入学やハーヴァードMBAもコネ、と言われています。だってブッシュはSCHOOLの綴りもかけないんですから)(笑)。証言者も見つかったし、公的書類のコピーも見つかった。公的書類は現物ではなくコピーでしたが、証言者が見つかったことで、メアリーとダンは放送に踏み切ります。その報道は大反響を巻き起こし、大統領選に影響を与えかねないまでになりました。

                              
ところがネトウヨ(アメリカにも居るんですね)から、文書は偽造で、放送は大統領を貶めるためのものだ、という非難が殺到します。確かに文書のオリジナルは(おそらく圧力で)廃棄されていてメアリーたちが入手したものはコピーですから、細部を追及されると旗色は悪い。と、同時に証言者たちもどこからか圧力が加えられたのか?、自分たちの証言を翻します。メアリーとダンは窮地に陥ります。

CBSの上層部は真実を究明するより、事態の収束に走ります。かってブッシュの親父に司法長官に起用された弁護士をトップに、保守派の弁護士を揃えた第3者調査委員会を立ち上げるのです。彼らはメアリーたちをこう、責め立てます。
『報道に政治を持ち込んだのではないか?』
●第3者委員会でのメアリー。東電、東芝、舛添、『第3者』委員会の性格はどれも共通しています。

なんか聞き覚えがありますね(笑)。今の日本でもこんな話を良く聞くじゃないですか!
『教育に政治を持ち込んだんじゃないか?』
フジロックに政治を持ち込んだんじゃないか?』
憲法を守れというのは政治的に偏っているんじゃないか』
『報道が政治的に公平じゃないんじゃないか?』

メアリーたちは分の悪い戦いを続けます。会社も上司もバックアップしてくれません。他のマスコミはCBSの粗探し探しばかりで、肝心のブッシュの軍歴詐称の問題はうやむやになり、選挙ではブッシュが再選されます。そして、委員会の結論は最初から判っています。

                                             
後味が悪い話をどうやって映画にするんだろう、という疑問は映画を見ているうちに消え去りました。この映画は事の経緯や報道への圧力のことだけを描いているんじゃない。仕事とはこういうものだ、ということを教えてくれます。奇しくも映画の予告編で流れる、久米宏の推薦コメントが本質をついています。

                                                
ガーンと頭を打たれたような気がしました。
報道や仕事に理不尽な圧力がかかるのは当たり前。玉砕するのも当たり前かもしれないんです。状況も立場もやり方も色々あるでしょう。もちろん玉砕なんて誰だって避けたい。死んだって誰も骨は拾ってくれないかもしれない。世の中は甘くありません。問題はそれでも、どうするかなんです。メアリーとダンは悩み苦しみながらも、黙々と自分たちにできることをやり続けます。
●ダンとメアリーの間の信頼は最後まで揺らぎません。
                              
                                     
とにかくケイト・ブランシェットロバート・レッドフォードのお芝居が素晴らしい。公私を問わず巨大なプレッシャーに脅かされるメアリー黙って自分だけが責任を背負おうとするダン、二人とも超カッコいい。ケイト・ブランシェットアカデミー賞を取った『ブルー・ジャスミン』や今年の素晴らしかった『キャロル』とは打って変わって、信念のために闘う人間像を演じ切ります。と言っても金切声を挙げるような感じではなく、やっぱり品がある。それにやっぱりファッションもカッコいい(笑)。彼女は専業主夫の夫や子供の前では人間的な弱みをみせながらも、自分の信念を貫きます。それに、ロバート・レッドフォード!彼が何か話すだけで異様な説得力と包容力がある。これは歳の功って奴でしょうか(笑)。こういう言い方は嫌いですが、まさに理想の上司、理想の父親像。スタッフたちの調査を信頼して細かいことは言わず、黙って自分が批判の矢面に立つ彼のダン・ラザー役は感動的です。
今年80歳にならんとするロバート・レッドフォード、確かに歳は取りましたが元気に映画に出続けるだけでなく、リベラルな作品に関わり続けることで自分の信念を貫き通す姿は尊敬に値します。ハリウッドにはグレゴリー・ペックジェームズ・スチュワートカーク・ダグラス、レッドフォードと続く、ある種のリベラルな流れが確かに存在しています。その後をジョージ・クルーニ―やショーン・ペンブラッド・ピットらが引き継いでいるのでしょう。
                                                                                               
脚本も演出も悪くないですが(ただ映画が実際のメアリーの手記に基づいているのは少し割引しなければならないかも)、ともかく主演の二人が素晴らしかった。少し前に観た『トランボ』と結末は対照的ですが、どちらも、どうしようもない日常に立ち向かう勇気がもらえる映画です。 この映画をマスコミ関係者は全員見ろ、とは言いません(笑)。職業人は全員見るべきです(笑)。感動しました!



あとは、ひたすら女優さんを見る映画の感想を2つ、書きたいと思います。
新宿で映画『ふきげんな過去

北品川の飲み屋で生まれたかこ(二階堂ふみ)。来年の高校卒業を控え、毎日 運河を眺めながら暮らしている。そんなある日 死んだと思っていた叔母の未来子(小泉今日子)が押しかけてくる。前科もある彼女は死んだことになっていて戸籍もない。自分の部屋に住み着いた図々しい叔母に、かこは不満を募らせるのだが。

映画が始まると直ぐ、二階堂ふみちゃんのぶんムクれた顔のアップが続きます。この人、ふきげんな顔が本当によく似合う人です(笑)。それに小泉今日子の元爆弾犯が絡んでくる。それで面白くないわけがない、と思ったんですが、(笑)。
確かにこの二人の様々な表情は見ているだけで、とても楽しいことは確かです。

                           
独特な舞台設定も大家族の登場人物も一癖ありそうです。

                              
それに、夏を描いた映画らしく、ところどころ幻想的で美しいシーンもないわけではない。

                                   
ムーンライダーズ岡田徹が担当した音楽もユニークで一聴の価値があります。特に佐藤奈々子が歌う主題歌は格好良かった。

高良健吾君や板尾創路など脇役も豪華ですが---

●夏の光を浴びて、高校3年生という役柄の二階堂ふみちゃんもいい感じなのですが---

                                      
でも演劇出身と言う前田司朗監督の脚本が全くダメ。リアルでもなければ幻想的でもない、ギャグでもなければシリアスでもない。伏線を敷きまくる割には殆ど回収もされない。全くの中途半端です。二階堂ふみちゃんとキョンキョンが常に画面に映ってるから良かったようなものですが、あとは全然ダメ。もっとまともな監督の作品で二人の共演が見たかったよ〜。



渋谷でウディ・アレンの新作『教授のおかしな妄想殺人

厭世観に取りつかれた中年の哲学教授(ホアキン・フェニックス)に恋をしてしまった女子大生(エマ・ストーン)。だが何をしても虚しいとしか感じられない哲学教授はまったく彼女を相手にしない。ところがある日 悪徳判事の話を耳にした哲学教授は世直しの為に判事を殺すことを思いつく。判事の殺人計画を練るうちに、次第に彼は人生の充実感を取り戻していく- - - -


いつもの、いつものウディ・アレン節です(笑)。厭世観に取りつかれた中年男というのはボクそのもので、非常に共感を覚えます。よくここまでダラシなく中年太りができるなあと思わせるホアキン・フェニックスのだらしない中年男ぶりも良い。

お話としては哲学教授が取りつかれた殺人への妄想と女子大生が取りつかれる教授への妄想、二つがシンクロしていったら面白かったとは思いましたが、そこは今いちでした。それでもお話はテンポよく進んでいきます。
●ダメダメ中年と未来が開けている女子大生が出逢うと何が起きるでしょうか(笑)。

●教授も女子大生も実は他にお相手が居ます。そこから恋のドタバタ劇が始まります。


                                         
この映画の見所はなんといってもエマ・ストーンです。前作『マジック・イン・ムーンライト映画『マジック・イン・ムーンライト』と『インヒアレント・ヴァイス』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)に続いての出演ですが、今回は女子大生という等身大の役も相まって、まばゆいばかり、実に魅力的です。この人のルックスはあまり好きじゃなかったんですが、この映画で見せる豊かな表情や教授に恋する瞳、長い手足は実に美しい(笑)。

監督が女優の魅力を表現することだけに専念しているような映画って時々 あります。映画を通じて恋しているというか。アンナ・カリーナを描いていた頃のゴダールが良い例で、そういう映画って実に美しくてロマンティックです。70を過ぎたウディ・アレンと20代のエマ・ストーンが出来てるかどうかは知りませんが(笑)、そう思わせるような、恋する映画(笑)でした。