特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

自由を求める美青年映画2題:映画『リリーの全て』と『オマールの壁』

熊本地震の被害はどんどん広がっているようで、驚くばかりです。今朝のニュースで避難所におられる方は11万人と言ってましたが、被害にあわれた方々は大変だと思います。震度6強以上の地震が4回連発するとは夢にも思いませんでした。毎週見ているTBS土曜日の『報道特集』でも金平、郡司両キャスターが現地で本震に遭遇するところを映していました。大きな被害があったわけでもない彼らが泊まっているホテルや街の光景でしたけど、それだけでもボクの想像を超えていました。番組の最後に潰れた家屋の前で金平氏がうるんだ目で中継していたのが印象的でした。日曜夕方のニュースもそうでしたが、今回TBSの報道は徒に騒ぎ立てたりせず、安倍晋三の会見ばかりも映さず(笑)、被害にあった人に寄り添う報道をしていたと思います。一方ネットでは「朝鮮人が井戸に毒を入れた」とか「津波が来る」とかデマを飛ばすネトウヨのクズがいました。津波の合成写真を作ってtweetするバカまで居る。死ねという表現は書きたくないのですが、こういうクズは文字通り死んだ方が世の中のため、です。残念ながら広い世の中、そういう表現に値するクズがいるのも現実です。その一方で、今も現地では困っている人を助けようとしている人が大勢いるのですが。

                                
日曜の朝日朝刊で歴史学者磯田道史氏が江戸中期、十七世紀前半の事を書いていましたhttp://www.asahi.com/articles/DA3S12312582.html。ちょっとググってみたら、17世紀は1611年に東北で慶長三陸地震(M9)が起きて、その8年後と14年後にM6程度の地震が熊本で発生しています。さらに熊本の8年後、1633年に小田原でM7の大地震が発生しています。これと同じだとすると今度は関東です。過去と同じことが起きるのかどうかは判りませんが、日本列島は地震の活動期に入っているのかもしれません。17世紀にはM6以上の地震が約40回起きています。ということは数年に1回、大地震があるってことです。東北の地震から5年後、また大地震が起きました。次は南海トラフなのか関東なのか判りませんが、これからも続くのかもしれません。今まで平穏な時代を生きてきたボクの常識が通用しない世界です。せめて原発を止めろって。



さて、先週4月8日にアメリカツアー中のロック歌手、ブルース・スプリングスティーンが声明を出しましたインフォメーション | ブルース・スプリングスティーン | ソニーミュージック オフィシャルサイトノースカロライナ州トランスジェンダーの人に差別的な扱いをする法律が通過したそうです。反LGBT法とも呼ばれていますノースカロライナ州の「反LGBT法」の中身って何?企業の反応は?この後どうなるの? - #あたシモ。それに抗議して、彼はノースカロライナでのコンサートを取りやめることを宣言しましたスプリングスティーン、ノースカロライナ州のLGBT差別法に抗議して公演をキャンセル | NME Japan。彼はこう言っています。
Taking all of this into account, I feel that this is a time for me and the band to show solidarity for those freedom fighters. As a result, and with deepest apologies to our dedicated fans in Greensboro, we have canceled our show scheduled for Sunday, April 10th. Some things are more important than a rock show and this fight against prejudice and bigotry — which is happening as I write — is one of them.
今は私とバンドのメンバーたちがこれらのフリーダム・ファイター(自由を求めて闘う者)たちとの団結を示すときだと感じています。結論として、グリーンズボロの熱心なファンのみなさまには心からのお詫びを申し上げますが、私たちは4月10日(日)に予定されていたショウをキャンセルしました。世の中にはロック・ショウよりも大切なものがある。そして今私が書いている間も行われている、先入観や偏見との闘いはそのひとつなのです。
●現在のツアーは全米NO1を取った名作「The River」の再現ライブです。昨年末に発売された、35年前のライブDVD3時間分が入っているボックス・セット、凄すぎです。
[rakuten:ebest-dvd:14235165:detail]


今も依然 そういう時代です。                                
新宿で映画『リリーの全てhttp://lili-movie.jp/
個人的には『英国王のスピーチ』は今いちだったけど『レ・ミゼラブル』は面白かったトム・フーパー監督、エディ・レッドメイン君主演の新作。妻役のアリシア・ヴィキャンデルが今年のアカデミー賞助演女優賞を受賞しました。世界で初めて性転換手術を受けたトランスジェンダーの人の伝記映画というあらすじは分かってはいたのですが、とりあえず見に行ってみました。

舞台は1926年、デンマーク。風景画家のエイナル(エディ・レッドメイン)は肖像画家のゲルダアリシア・ヴィキャンデル)と暮らしていた。エイナルは画家として名声を博しているのとは対照的にゲルダは、画壇の評価は今一つだった。苦悩するゲルダだったが、ある日モデルにドタキャンされたのをきっかけに、夫に女装してモデルを務めさせる。これでエイナルの中にある『リリー』が目覚めてしまった。エイナルは徐々にリリーとして過ごす時間が長くなり、男とも密会するようになる。ゲルダは自分の前では男でいるように頼むのだが、リリーは自分は女装趣味ではなく自分の本当の姿だと打ち明ける。困惑するゲルダは夫を医者に連れて行くが、リリーはどこの医者でも精神疾患扱いされる。やがて、彼女たちはリリーは病気ではなくトランスジェンダーであると診断する医者に巡り合う。リリーは本当の自分を取り戻すため、人類初の性転換手術を受けることにするが


エディ・レッドメインという人は端正な顔立ちで女性に人気の俳優だそうです。それはどうでもいいんですが、昨年彼がホーキング博士を演じた『博士と彼女のセオリー『雇用の話』と映画『博士と彼女のセオリー』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)を見て、演技力がある人だなと感心したのを覚えています。
今作でも彼の演技力は健在です。というか、ものすご〜く良かったです。心の動きを表す微妙な表情の変化が、化粧をしたリリーになると一層際立つんです。これは始めて見る体験で、すごいなあと思いました。それにホーキング博士役の時は判りませんでしたが、この人、確かに綺麗な顔をしています。ちょっとデヴィッド・ボウイみたいです。
●もともと物静かで控えめな人物でした。

●ドレスを着ることで彼の中の何かが目覚めます。

女装も似合います。リリーに変身して初めてパーティーへ行ったとき、リリーは男性から唇を奪われます。自分が女性であることが認められたと考えたリリーは喜びのあまり、その男性としばらく密会を続けます。やがて彼が同性愛者で、女性であるリリーではなく男性としてのエイナルを求めていると知ったときの、リリーの絶望的な表情!


アリシア・ヴィキャンデルの方は巷間言われている、夫を支えるけなげな妻というイメージはあまり感じませんでした。むしろ前半部の演技の方が遥かに印象的です。ゲルダというキャラクターは野心的だし積極的です。社会生活でも私生活でも夫より遥かに男性的な性格なんです。その男性的な性格の妻との対比で、エイナルが女性のリリーに変わっていくのが際立つんです。この演出は非常に見事でした。
●彼女は売れない肖像画家でした。同業同士のカップルって恐ろしい気がしますけどね(笑)。

●モデルにドタキャンされた彼女は強引に夫を女装させます。

英国王のスピーチ』同様、お話自体は感動的なのに演出は平板で盛り上がりに欠ける面もあります。ラストシーンの静寂が良かっただけに、もうちょっと静と動のコントラストをつけても良いとは思いました。それでもリリーが本当の自分を追い求める姿には心を動かさざるを得ません。さぞかし恐ろしかったでしょうに、こうやって道を切り開いてきた人が居たからこそ我々の現在があるわけです。
●自分を取り戻したからこそできる、この表情。エディ・レッドメインの真骨頂でしょうか

●二人の飼い犬だけはエイナルがリリーに変わっても今までと分け隔てなく接します。犬は人間より物事の本質が判っている、というボクの仮説を証明するような演出でした。

一言でいえば、俳優の繊細な演技を味わう映画でしょうか。エディ・レッドメインアリシア・ヴィキャンデルも非常に良かったです。あと細かいことですがアールデコの装飾は豪華で、見ていて非常に楽しかった。
あまり期待しないで見に行った分だけ、面白かった。人間としての姿が露わになっている分だけ、ボク自身はアカデミー作品賞・監督賞をとった『英国王のスピーチ』より遥かに良かったと思います。

                                                       

もう一つ、新宿で映画『オマールの壁映画『オマールの壁』公式サイト

イスラエルに不法占領されているヨルダン川西岸地区に暮らすパン職人のオマールは、容赦なく撃ち込まれる銃弾を避けながら分離壁をよじのぼっては、壁の向こう側に住む恋人ナディアのもとに通っていた。人権も自由もなく、絶えずイスラエル兵や警察の暴力に晒される毎日を変えようとオマールは仲間と共に立ち上がったが、イスラエル兵殺害容疑で捕えられてしまう。秘密警察より拷問を受け、懲役90年の身になるか仲間を裏切ってスパイになるかの選択を迫られるが…。

監督はパレスチナ人監督ハニ・アブ・アサド、パレスチナ100%の資本で作られたそうです。マドンナが自分のインスタグラムで『See This Brilliant Film!』と賞賛の声を挙げ、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた作品です。
パレスチナ版ロメオとジュリエット、です。

                      
監督の前作『パラダイス・ナウ』は自爆テロを行うパレスチナの若者の気持ちを描いた傑作です。パレスチナで自爆攻撃を行う若者をテロリストと片づけることなんか出来なくなるような映画でした。圧倒的かつ不法な暴力で(国連もイスラエルの占領を国際法違反としています)、仕事も自由もない毎日を押し付けられたら、自分はどうしたらいいのか、という話だったからです。ショッキングだけど静かな語り口の『パラダイス・ナウ』はゴールデングローブ外国語映画賞を受賞、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされました。

パラダイス・ナウ [DVD]

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●恋人に会うためには、主人公はイスラエルが作った分離壁を超えなくてはなりません。見つかればイスラエル兵に射殺されます。ベルリンの壁より遥かに高い。これを見て漫画『進撃の巨人』の絶望的な壁を思い出しました。


                             
と言うことは判っているんですが (笑)、今回の作品も見るのには若干の緊張を感じます。イスラエルが平和に暮らしていたパレスチナの人から土地を奪ったり、暴力を奮ったり、拷問をしていることは事実です。またパレスチナ側もそれに対して暴力で対抗する人もいる。フィクションとはいえ、そのような光景を実際に映像で見るのはボクだって重苦しい気持ちになります。
●何もしていなくてもイスラエル兵はパレスチナ人に銃を突きつけ威嚇したり、侮辱したり、殴ったりします。これがパレスチナの日常です。

イスラエルに対して抵抗する主人公たちは幼馴染でもあります。濃厚な人間関係です。


ところが、映画を観るにつれて、重苦しさは薄まっていきました。映画はパレスチナ版『ロミオとジュリエット』と言っても良いようなエンターテイメントになっているんです。バックにはイスラエルの秘密警察の拷問やパレスチナ人同士の裏切りやスパイなどハードな現実が描かれています。でもお話のベースは爽やかな青春活劇なんです。しかも、今時珍しいくらい純真な青年像を描いていました。
●最初 ボクはこれがお葬式とは判りませんでした。

                                    
結婚に際して親族の長老の許可が要るなど習俗は大きく違っていても、男の子と女の子が恋をするところは我々日本と何の違いもありません。秘密警察の担当者の人間味も描かれているし、怒りで視点が曇るようなこともありません。
●普段の彼らはメールでもケータイでもなく、手紙のやりとりで気持ちを表現しています。たまに出合っても愛情表現はこれが精いっぱいです。

                        
上映後 主演の俳優、アダム・パクリ氏のトークショーがありました。映画の中の坊主頭とは違う、ハンサムな人です。映画の中では異世界の人のように見えましたが、こうやって見ると普通の青年です。六本木あたりに居そうな感じです。

「オマールの壁」主演俳優が来日、「この映画自体が占領の暴力を象徴している」 - 映画ナタリー

                                                       
愛と友情の狭間にたつ主人公たちの気持ちを考えると切ないけれど、爽やかな気持ちになりました。しかし ここで語られていることはあくまでも苦い。懲役90年という裁判の見込みを聞かされた主人公から『何とかする術はないのか』と尋ねられたときの弁護士は『できることは何もない』と即答するんです。そのあと彼女が付け加える台詞が映画全体のトーンを象徴しています。『占領が続いている限りは。』  
衝撃のラストシーンはゴダールの『勝手にしやがれ』みたいだと言ったら怒られてしまうでしょうか。でもボクは敢えて、そう言いたい。彼らはボクたちと同じだからです。プロットも大変良くできている、いわゆる映画らしい映画でもあります。心を揺さぶられるだけでなく、完成度の高い、素晴らしい作品でした。繰り返すけど、素晴らしい!