特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

1月の実質賃金と映画『スティーブ・ジョブス』

この前、某経済団体からアンケートが来たんです。そのなかに『政府に望む政策は?』という質問があったのでこう答えておきました。

・国民の実質所得を増やし、消費を活発化させる政策
・教育への公的支出を他の先進国並みに増やし、人的資本の質的強化を図る政策

どうでしょう。安倍晋三の政策とは正反対ですが、ビジネスの面から見ても、一般市民の眼から見ても正しいでしょ(笑)。広い視野で真剣に考えれば企業も市民も目指す目的はだいたい一致するはずなんです。政府や役所の意地悪を怖れてるんでしょうけど、幇間みたいなことしか言わない最近の経団連の会長とか情けないですよ。超大企業のトップのくせに。最近潰れそうになっている某大企業も、経営者が短期的な視野に捉われたり、肩書欲しいみたいなセコイ発想にとらわれるから、ああなったんじゃないでしょうか。人間追いつめられるとどうなるか判らないから他人事じゃありませんけど、なんとか ああいう欲ボケにはなりたくないものです。



先週 4日に発表になった1月の実質賃金は3か月ぶりに前年プラスになりました。

と言っても名目の賃金が大して増えたわけでもなく(前年比+0.4%)消費者物価指数が前年並みになった(12月は前年比+0.2%だったのが1月は前年比0%に下がった)からに過ぎません。
アベノミクスが始まってからの名目賃金、実質賃金、消費者物価指数の動き

さらにその内訳を見ると、今まで高止まりだった食品が12月の前年比+2.4%から1月は前年比+1.7%に下がったのが大きい。これはどういうことか。要するにデフレ傾向がいよいよ復活してきているということです。アベノミクスが失敗しているから、わずかながらも実質賃金が上がったんですね(笑)
アベノミクスが始まってからの消費者物価指数の内訳の動き(食品、エネルギー、その他)

2月末の日経の調査では『アベノミクスを評価しない』とする人が50%と、評価するという30%を大きく上回りました。

もはや、アベノミクスが失敗だったと言うことは誰の眼にも明らかになってきているわけです。最初から判っていたことですけど(笑)。ただ、それでも内閣支持率が下がらない。未だに(じゃあ、どうしたら良いかという)旗を掲げられない野党は安倍晋三の最大の支援者かもしれません。
『旗を掲げる』ということは『戦略を立てる』ということです。戦略を立てるということは何を狙い、何を捨てるか、ということでもあります。橋下や小泉はそれを極端にやったわけですが、野党はなぜかそれができない。言い換えると戦略性がない、ってことです。

ボクは『若者のための政策』、『困っている人を助ける政策』、それでいいんじゃないかと思います。雇用は減るわ安倍晋三のバカは雇用は改善されたとか言ってますが、年寄りの非正規雇用が増えているだけで若い人たちの雇用は減っています)、実質賃金は減るわ将来の年金は減らされるわ教育費は上がるわ保育所は足りないわ若い人たちはそういう状況に置かれているわけです。そりゃあ、少子化は進むに決まっているし、日本の見通しは暗くなるに決まっている。日本死ねと言いたくなるのが当然、でしょう。
もっとわかりやすく『相続税100%』でもいい。心理的抵抗はあるかもしれませんが、理屈で考えれば判るはずです。相続税を大幅アップすればお年寄りは消費を活発化するし、格差だって解消の方向に向かいます相続税対象者を増やさず今のままでも、相続税100%で大学まで学費無料&消費税を3%減税が可能です。相続税対象者以外、国民の殆どは痛みはありません。預金が減る銀行は嫌がるかもしれませんが知ったことか(笑)。経済的に実効性があるだけでなく、99%の側と1%の側との対立軸を明確にするには、若者向け政策は最良の対立軸かもしれません。年配者だって心ある人は若者の味方をする筈です。
若者のための政策を考えると言うことは日本の将来を考えることとほぼ同義ではないでしょうか(すべてではない)。そのためにできることは普段の生活の中でも結構ある、とボクは思っています。政治に限らず、良い仕事を作ることも、良い製品を作ることでもそうだし、悪徳企業の製品やサービスを買わないことだと思います。まあ、複雑な世の中ですから、その見極めは大変ですけど。


ということで、今週の映画は『ティーヴ・ジョブス』@六本木


アップルの創業者スティーヴ・ジョブスの人生を、節目となる3つの製品『マッキントッシュ』、『Nextステーション』、『iMac』の発表会の舞台裏を描くことで浮き彫りにする。創業して軌道に乗ったばかりのアップル・コンピューター創業者の1人、スティーヴ・ジョブス(マイケル・ファスベンダー)は自ら理想を追求した『マッキントッシュ』の発表会を控えていた。だが大事な発表会の直前、彼の元カノが認知を拒んでいる女の子を連れて訪ねてくるが。


ティーヴ・ジョブスという人は言うまでもなく、アップルの創業者の一人で、自分が招聘したCEO(取締役会会長)に一回クビにされ、そのあと経営不振に陥ったアップルに戻って、時価総額世界1の企業に立て直したという映画のような人生を歩んだ人です。
ボク自身はアップル信者でもないし、スティーヴ・ジョブスという人にもそれほど興味ありません。『天才だけど嫌な奴』というジョブスに関して、新聞をにぎわせてきた一般的な知識はありますが、あくまでも『スラムドッグ・ミリオネア』の監督ダニー・ボイルとジョブスを演じるマイケル・ファスベンダーの新作として見に行きました。先週のアカデミー賞ではマイケル・ファスベンダーは主演男優賞、ケイト・ウィンスレット助演女優賞にノミネートされていました。
●発表会の準備でてんやわんやの光景が3回、繰り返されます。ジョブスの片腕を演じる女性(右)はケイト・ウィンスレット


                                             
映画はまるで、シェイクスピアの幕劇を見ているようです。新製品発表会の準備でてんやわんや、しかもその中でジョブスがわがままを言いまくっている最中(例えば、フロッピーを胸ポケットから取り出すポーズをやりたいと言い出して、社員に招待客が来ているポケット付きの白シャツを奪ってこさせるのです)に、元カノが幼い女の子を連れて押し掛けてきます。女の子は裁判の結果 ジョブスの子であることが認められています。ジョブスは上場した株式で資産が数百億円もある癖に、子供を認知しないばかりか、元カノにまともな生活費も払わないのです。そればかりか子供がいる前で、『この子が自分の子供である確率は100%じゃない』と言い張り、周りの社員も呆れかえります。いわゆる、人間のクズってやつ(笑)。
●元カノが子どもを連れて、発表会前の控室に押しかけてきます。マスコミも大勢いるし穏便に対応するしかありません。
 
●後半では娘がハーバードの学費を払えと押しかけてきます。
     
                                                  
そんなドタバタ劇の中で、ジョブスの色々な面が浮き上がってきます。彼は自分の製品で世界を変えることを本気で信じています。そのためにはどんな邪魔者も排除しようと考えているし何でも利用しようとします。製品の名前に自分の子供の名前をつけていたのに、子供の前でそうじゃないと言い張ります。カネの亡者というわけでもなく、生活費を払わないくせに子供の為に豪邸を購入します。ディスカッションでは自分のメンツを優先して猛烈な勢いで自己主張して、事実すら捻じ曲げます。挙句の果てには自分の意見を押し付けるために子供のハーバード大の学費支払いを拒否して、それを見かねた創業時からの部下が学費を払ったりします。
ジョブスの複雑な出生も描かれます。ジョブスはシリア難民の子供です。養子に出されたが、周囲からたらいまわしにされた。暖かい愛情を受けたことがない彼は心を凍らせています。実の父親が経営するレストランを良く使っていますが、ジョブスは自分の正体を決して明かそうとしません。

                                                              
周りはそんなジョブスに怒り、もてあまし、感嘆します。ジョブスと袂を分かつ人も出てきます。ジョブスがプロ経営者として招いたジョン・スカリーは、ジョブスが経営を危うくするとしてアップルから彼を追放します。わがままなジョブスのよき理解者で共同創業者のスティーヴ・ウォズニアックも、発表会で社員への感謝の言葉を述べることをジョブスに拒否され、怒って会社を去ります。実際にウォズニアックはお金のことを気にしない『良い人』として有名だそうで、自分の持ち分から社員に株を分けたり、少し前も新型iPhoneを発売日に自分で並んで買っている姿がニュースになっていました(笑)。今回の大統領選でもバーニー・サンダース支持にいち早く名乗りを上げています。映画では人の良さそうなセス・ローゲンが演じて、いい味出してます。はまり役です。
●『ザ・インタビュー』で尻の穴に隠し持った武器で金正恩をぶち殺した男、セス・ローゲン(笑)

                                       
ボクは色々な経営者の人と会ったり、仕事をすることが多いのですが、概して経営者というのは我儘なものです。愚かさゆえの我儘もないわけではありませんが(そういう経営者の会社は直ぐ潰れます)、経営のヴィジョンや方針を実現させるために、朝令暮改や我儘を押し出す例はザラにあります。周りはそれに振り回されたり、振り回されるふりをする(笑)。かのチェ・ゲバラだって周りでは「厳しすぎる」として嫌う人が大勢いたそうです。経営者とかリーダーは『良い人』には務まらないものかもしれません。ジョブスはまさに、それです。彼はカネにはそれほど興味はない。でも理想とする製品を実現するためには、事実を捻じ曲げても他人を追い落としても自分の方針を押し通す。そこまでして自分の理想(ジョブスの場合は『世界を変える』)を実現しようとする。
実際 大企業ペプシの幹部のジョン・スカリーを当時はベンチャー企業だったアップルへスカウトするときのジョブスのセリフはこうです。『君は一生 砂糖水を売っていていいのか?世界を変えたくないのか?


アップルという会社は非常に『えぐい』会社で、一緒には仕事をしたくないと個人的には思います。ボクは僅かな経験しかありませんが、強引だし、強欲だし、自分のことしか考えてないように見えます。でも、オタク向けのものだったパソコンを誰にでも判りやすいものにし、iPodスマホiPhone)を世に送り出して、誰でも世界中の情報に触れるようにした。現実に世の中を変えてきたことは確かです。ちなみにボクはiPodは超偉大な発明だと思ってます。音楽ファンのボクはこの20年くらいで心から欲しいと思った工業製品はあれだけです。使いやすさを考えると、ウォークマンじゃ全然ダメなんですね(最近は判りません)。
結局 世の中のたいていのことと同じように、勧善懲悪や善悪では簡単には割り切れません。ジョブスに手ひどい目にあわされたジョン・スカリーやウォズニアックも最終的には仲直りをしてしまいます。

                                                   
マイケル・ファスベンダーは人格が崩壊している癖に理想家のスティーヴ・ジョブスを生き生きと演じています。スティーヴ・ジョブスと個人的に付き合いたい人は余りいないと思います(笑)。でも、この映画では嫌な奴だけど魅力的な姿を第3者として目の前で見ることができる。ジョブスの伝記と言うより、良くできた演劇のような、面白い映画でした。