特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

白昼夢の中に見えるもの:映画『キャロル』と『オデッセイ』

まだまだ寒いですが、春は着実に近づいてきているようです。春と言う季節はサラリーマンにとっては異動の季節だし、東京は新入社員などで人も増えてくるし、あまり好きではありません。でも暖かくなってくるのはやっぱり嬉しいです。会社に入った当初から数えていますが、定年まであと×年、その数字が毎年減っていくのがボクの唯一の希望なんです(笑)。早く定年にならないかなあ。

●通勤路にも早咲きの桜が咲き始めました。

                    
勝俣ら、東電の3バカトリオが強制起訴されましたが、先週金曜に再稼働したばかりの高浜4号機が先ほど発電機のトラブルで緊急停止したそうです。言わんこっちゃない。先週の汚染水もれはボルトの締めが緩かったそうですが、大丈夫なんですかね。管理体制に根本的な問題があるんでしょう。金輪際信用できない。

http://www.jiji.com/jc/c?g=eco&k=2016022900478




六本木で映画『キャロル
今日発表になったアカデミー賞でも主演女優賞、助演女優賞の候補に挙がっていた話題作です。

舞台は1952年、ニューヨークのデパートの玩具売り場で働くテレーズ(ルーニー・マーラ)は上流階級の婦人キャロル(ケイト・ブランシェット)と知り合う。一目見た時からお互いのことが忘れられなくなった二人は忘れ物を届けたことから、お互いのことを語り合うようになる。キャロルは娘の親権を巡って離婚訴訟中の夫と争っており、テレーズは恋人からの求婚に悩んでいる。そんななか、二人は車で旅行に出かけることになるが。

                                        
太陽がいっぱい」で知られる女流作家パトリシア・ハイスミスの小説を基にしたラブロマンス。ちなみにパトリシア・ハイスミスレズビアンで、当時はそれを表現できなかったため、男同士の関係に翻案して『太陽がいっぱい』を書いたそうです。監督は彼もまたゲイのトッド・ハインズ。
                                                       
まず1950年代を再現した映像が本当に素晴らしいです。自動車、ファッション、建物は勿論、カメラや玩具や文房具などの小物まで完璧に再現されています。単純に画面に映るクラシックカーの数だけでもどうやって調達したのか。キューバへ行って買い付けてきたの?(笑)。主人公が買うニコンのカメラなんか、店頭ディスプレイまで再現されています。どうやったのか想像もつきませんけど、文字通り、夢の中の映像を見ているようです。
●クリスマスのデパート、おもちゃ売り場で二人は出会います。

                                                                   
主役の二人もすごいなあ。テレーズを演じるルーニー・マーラ出世作の『ドラゴン・タトゥーの女』でスキンヘッドのサイコパンク女を演じていましたが、ここでは50年代のスクールガールファッションをまとって、文字通りオードリー・ヘップバーンのようです。めちゃくちゃに可愛い(笑)。

                                      
キャロルを演じるケイト・ブランシェットは『ブルー・ジャスミン』で没落する上流階級の女を演じてアカデミー主演女優賞を取りましたが、ここでも愛と自立に悩む上流階級の女性を心のひだをなぞるような演技で表現しています。前半は『ブルー・ジャスミン』と被ってしまうところもあったんですが、後半は表情がどんどん変わっていくんですね。これがまた、何とも。

                             
二人のファッション、サイコーです。ボクはバカだから、男でも女でも格好いいなあと思うと真似したくなっちゃうんです。ま、全く似合わないんですが(笑)。そういうことは抜きにしてケイト・ブランシェットの死ぬほど仕立ての良いスーツや見事なスカーフ、ルーニー・マーラの可愛らしいタータンチェック、素敵です。この映画に限らず、昔の服って生地が厚いんですよね。それがリッチな感じがしていいんです。それにケイト・ブランシェットのアクセサリー、アンティークだそうですがどこで見つけてきたのかと思います。こういう映画を観ると洋服を欲しくなってしまう。危険だ(笑)。

                                                                                
ここまでだと、50年代再現映画か〜で終わってしまいます。この映画は現代的でもあり、普遍的でもあるところがすごいんです。
ファッション雑誌から抜け出てきたような映像の中に当時の社会的背景への視線が鋭く埋め込まれています赤狩り、40年代に社会進出したにも関わらずバックラッシュで抑圧される女性の地位、移民問題階級差別、そして同性愛への差別。キャロルが精神科医にかけられているという描写までわざわざ挿入されています(当時は同性愛は病気とされていたから)。この映画はそれらのことから決して目を逸らさない。むしろ、執拗に注目していることが判ります。これらのことは現代の我々が抱えている課題でもあります。この映画は決して懐古趣味の映画なんかじゃない。
●二人はパートナー(男)と居ても満たされません。これを個人的な性的嗜好としてでなく、精神的な問題として描くことで普遍性を獲得しています。


                                
美しい映像は工夫された音楽の使い方で補強されています。普段は当時のジャズのヒット曲が流れています。優雅です。だけど、時折 ストリングスを中心とした現代的な音楽が割り込んでくる。二人の心の動きが表現されるシーンで、です。この映画は観客が安楽な懐古に浸ることを決して許さないんです。

                                                        
そしてキャロルとテレーズの愛の形。触れ合う中でお互いがお互いを愛おしみ、傷つけ、成長していきます。売れっ子女優二人ですが肉体的な描写も正面から取り上げられます。自身がゲイでもあるトッド・へインズが考える愛の形はこう、なのでしょうか。描かれる愛の形は情熱的だけど、複雑で、思慮深い。そこいらの安っぽいロマンスが尻尾を巻いて逃げていく音が聞こえるようです。

最近思うんですけど、ラブロマンスって、もはや同性愛など今までは異端視されていたような形でしか成り立たないような気さえしてきます。少し前の『アデル、ブルーは熱い色』の少女同士の激情、『私やロランス』やDVDが出たばかりの『彼は秘密の女ともだち』のレズビアントランスジェンダーの愛、今回の『キャロル』の20代と40代の女性にしろ、とことん純化した形で見せつけられると、むしろこれこそが愛なんじゃないかと思えます。この作品を同性愛を描いているからと敬遠したり、ましてLGBTへの差別なんて、ほんとくだらないし頭が悪いです。
●コメディの体裁を取りながら、人間がどこまで自由になれるかを描いた圧倒的な快作です。

                                                     
映像も演技も脚色も、極めて質が高い、素晴らしい作品です。精密な加工が施されたガラス細工、美術工芸品みたいです。と言っても、ルーニー・マーラの可愛さとファッションをぼ〜っと見ているだけでも楽しいし、色んな見方ができる作品です。まるで白昼夢をみているようでした。でも、その中に確かに見えてくるものがある。50年代回顧のスタイルを取りながら、現代にも通じる差別を告発する映画でもあり、普遍的な愛の形の1つを突き詰めて表現する作品でもあります。個人的にはもっと好きな映画はありますけど、この作品には傑作だけが持つオーラと余韻があります圧倒的な作品でした。この映画がアカデミー作品賞や監督賞の候補に挙げられていないのが理解できない。あまりにも繊細すぎてアカデミー会員にこの価値を理解できなかった可能性はあるかもしれません(笑)。



もうひとつはおまけです(笑)。六本木で映画『オデッセイ

火星探検中の宇宙飛行士(マット・デイモン)は事故で独り、火星の上に取り残されてしまう。救援の宇宙船が着くにはあと4年かかる。食料も水も空気も限りがある。果たして彼は生き残ることができるのか。

リドリー・スコット監督が2014年のSF各賞を総なめにした火星サバイバル小説、『火星の人(The Martian)』を映画化したそうです。映画も大ヒット、こちらはアカデミー作品賞にもノミネートされています。え?(笑)。
火星表面を探検していた飛行士たちが、砂嵐に襲われます。マット・デイモン演じる主人公は吹き飛ばされてしまい、残った飛行士たちはやむなく火星を撤退することを決意します。ところが主人公は生きていました。太陽電池で電気を作り空気製造装置を動かす。自分たちの排泄物で堆肥を作り、ジャガイモを育てる。ロケット燃料を燃やして水素を作り、水を作る。そんな手段で主人公のサバイバルが始まります。ここいら辺の設定はちゃんと科学的に検証されているそうです。


●基地の壁にマーキングして日付を数える。残りの食料を数えながら。



深刻そうな話ですが、主人公の設定を反映して映画のタッチは明るく楽天的なので、安心してみていられます。ユーモアと知恵があれば人間はやっていける、という信念に溢れています。そういうのはボクも嫌いじゃありません。かかる音楽も80年代ディスコばかりです。これじゃ暗くなりようがない。船長(ジェシカ・チャスティン)が残していた音楽テープが80年ディスコばかり、という設定なんです。主人公がロケットの使用済み核燃料の熱で暖を取るシーンではドナ・サマーの『ホット・スタッフ』が流れます。さすがにシャレにならないと思ってしまいますが、やっぱりアメリカ人は感覚が違うんだなあ〜。ちなみにゴールデングローブ賞ではこの映画、コメディ・ミュージカル部門で受賞しています。
●自分たちの排泄物で肥料を作り、ロケットの燃料を燃やして水を作って、芋を育てます。主人公は植物学者という設定です。

この映画で特筆すべきなのはジェシカ・チャスティンがとてもきれいに映っている、ということです(笑)。テレンス・マリックの『ツリー・オブ・ライフ』に始まって、『ヘルプ』、『ゼロ・ダーク・サーティ』、『インターステラー』と話題作に立て続けに出演している彼女ですが、演技派を狙っているからか、あんまり綺麗に映っていない。元はきれいなのに残念だなと思っていたんですが、今回はばっちり(笑)。この人、個人的に結構タイプなんで(笑)。本筋とは関係ありませんね。
●宇宙船の面々。左側の女性がジェシカ・チャスティン演じる船長。右側の女性も可愛い(笑)と思ってたらルーニー・マーラのお姉さんだそうです(ケイト・マーラ
              
                                                          
火星の雄大な映像もきれいだし、主人公を救うべきか諦めるべきかの葛藤に揺れるNASA内の人間ドラマも面白かったです。個人と組織の葛藤はアメリカ映画のお家芸ですが(たいてい個人が勝つ(笑))、国や組織といった目に見えない『空気』にがんじがらめの日本人の眼から見ると勇気づけられます。あとNASAという組織がインド系、韓国系、日系、アフリカ系とやたらと多国籍軍になっています。これもいかにも最新の組織という感じです。優秀な人間を集めたら、そういうことになるんでしょう。日本の企業だって、将来はこうなっていくんでしょうね。
●昔 火星に着陸した衛星を掘り出して地球への通信機替りにし、ロケットの使用済み核燃料!の熱で暖をとります(笑)

                                     
ただ物語の中で中国が突如 救いの手を差し伸べてくるところは唐突感は否めません。原作もそうなっているそうですが、巨大市場への配慮みたいに取ってつけたような感じはあります。まあ一昔前の日本市場だってそうでしたからね。昔の007シリーズに出てくる浜美枝みたいな感じ(笑)。でも、そのプロットにはちょっとしたカタルシスはあったので許します(笑)。

                                                         
ということで、楽しい2時間でした。何があっても諦めない主人公の姿を見て勇気をもらえる人もいるかもしれません。すごく感動するとか驚くとかはありませんが、全然 悪い映画ではありませんでした。とても面白かったです。