特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

新聞記事2題と秋空に死を考える:映画『岸辺の旅』+『海賊じいちゃんのおくりもの』

このところ、季節が変わる足音がめっきり早くなってきた感じです。昨日はストーブをつけてしまいました。
さて、あまり大きく扱われていないので、敢えて触れておきたいニュースがあります。先週金曜 『自民の税制調査会が軽減税率導入に伴う税収の目減りを補う財源に、「総合合算」と呼ばれる低所得者向けの社会保障の負担軽減措置分を充てる案を検討』というニュースが出ていました軽減税率、財源に社会保障の負担軽減分 自民税調 配偶者控除の見直しは延期(1/2ページ) - 産経ニュース。皆さんご存知の通り、現在 医療・介護の自己負担額は所得に応じて上限が3〜9万円/月に決まっていて、それを超える分は国から補助が出ます。ところが与党が検討している案では上限額を上げて補助を減らし、その分を軽減税率の財源にするというのです。要するに軽減税率を導入するために低所得の人の医療費を値上げする わけです。毎日新聞によるとこの案は自民+財務省の原案で公明はタバコ税を主張しているそうですがhttp://mainichi.jp/select/news/20151024k0000m010144000c.html、こちらが本命でしょう。先週も書いた『軽減税率は消費税の逆累進性を2重3重にして、社会の格差を広げる制度』ということがはっきりわかるニュースです。
軽減税率は所得が低い層ほど負担が増えるし、商店や企業も手間が増える、国民も企業も損をする制度です。新聞協会の小銭に身を売って『軽減税率は未来への投資』(笑)とか言って、軽減税率の逆累進性を隠ぺいしようとする姜尚中とか、『新聞は無知を知る第1歩』とか言ってる、無知そのものな林真理子とか、文字通り最低のカスでしょう新聞について聞きました!著名人インタビュー|聞いてください!新聞への消費税軽減税率適用のこと|日本新聞協会。マスコミに騙されて、そんなものに賛成している国民も愚かとしか言いようがありません。

                                                      
日曜の朝 朝日新聞『「私は嫌だ」いえる社会を』という記事が目に留まりましたhttp://www.asahi.com/articles/DA3S12033642.html。 編集委員の松下秀雄と言う人が、『私はSEALDsの子たちに敬意を抱いている』、というのです。ただでさえ、今の日本では色々なしがらみで自分の意見を表面に出すことが難しくなっています。SEALDsの子たちにも様々な圧力がかかっています。就職できなくなると言う脅し、国会議員やネトウヨ、それにオールド左翼の中傷、挙句の果てには殺害予告です。それでも彼らは声を挙げている。その理由を尋ねたら『就職できなくなるから言えないと言っていたら、次は昇進できなくなるから言えない、となって、ずっと発言できない。どこかで腹をくくって自分を通さないとなぜ勉強してきたのかわからなくなる』と彼らに言われたそうです。松下氏は、そんなSEALDsの子たちは『自分の頭で考え、言葉にする。『私は嫌だ』と言える空気に流されにくい社会を作るために圧力に負けずに取り組んでいる』と言います。SEALDsの安保法制に対する意見自体よりも、彼らそれぞれが個人の立場で異議を申し立てているところに共感を覚える。強いてはそれが民主主義の確立につながる、というのです。
松下氏がそういうことを言うのも、彼自身が組織と個人の間で葛藤を感じているからだと思います。ボクが感じている思いもほぼ同じです。ただ、ボクはもう少し言いたい。あの子たちを孤立させてはいけない。閉塞感溢れる日本にせっかく出てきた芽をつぶしてはいけない。自分に何が出来るか考え、自分の居る場所で自分なりのやり方で闘わなくてはいけない。学生もサラリーマンも主婦も定年退職者もそれぞれのやり方があるんだと思います。自分は何もやっていない癖に他人の足を引っ張ることほど醜いことはありません。それだけは確かなことでしょう。
●渋谷の街角で見かけた反核の落書き。町内会の掲示板の裏に描かれていました。

                                       



                                             
さて、今週の映画は2本です。新宿で黒沢清監督の新作『岸辺の旅

歯科医だった夫(浅野忠信)が謎の失踪を遂げてから3年、一人残された妻(深津絵里)はピアノ教師で生計を立てていた。ある日 夫が家に姿を現す。『自分は既に死んでいるが、失踪している間 世話になった人たちにあいさつに行くので、一緒に旅にでないか』、と言うのだ。妻は訝しがりながらも、生前のままの姿の夫と一緒に旅に出ることにする。

カンヌ映画祭で賞を取ったこともあって(『ある視点』部門のグランプリ)、非常に世評の高い作品です。岸辺とは勿論 生と死(彼岸)との境の旅ということでしょう。
死んだはずの夫がいきなり帰ってくるという荒唐無稽な設定は、最初はやはり違和感を感じます。画面の中の主人公の妻もまさに、そうです。ですが、お話はその戸惑いには触れず、淡々と進んでいきます。
●夫婦二人は日常を捨て、あてのない旅に出ます。

                              
俳優陣は素晴らしいです。浅野忠信深津絵里もきめ細かな演技を見せます。浅野忠信仏頂面と深津絵里の戸惑いの表情。今回の映画にズバコンです。あと、なんと言っても小松政夫。夫が一時期世話になった新聞店の店主の役ですが、酔っぱらって意識をなくして浅野忠信におんぶされているだけでも、何とも言えない風格があります。これだけでも映画を見る価値はあると思いました。深津絵里蒼井優演じる夫の愛人との対面シーンもリアルで面白かったです。
●夫婦二人の細やかな情感には確かに心を動かされます。

                                              
一方 演出のほうはボクはやや違和感があります。画面の明暗や音楽で死後の世界と現実を区別しているのは監督が意図的にやっているのでしょうが、大仰すぎる感じを受けました。音楽もわざとらしい、と思っていたら大友良英でした。ドラマ『あまちゃん』の音楽が良い例で、普段は非常にセンスの良い音楽をつける人ですが、これはどうしたことか。監督の演出で急に音量を大きくさせるなどの不自然さのせいでしょうか。
あと、これは言っておきたいのですが、描かれる女性像がみんな古臭い。登場する女性陣がやたらと男にすがろうとするんです。バカ男なんかとっとと叩き出せばいいのに(笑)。ここは個人的には共感が持てない部分です。脚本は黒沢監督と昨年公開の『私の男(映画としてはともかく、脚本はくだらなかった) 2014-07-21 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)シナリオライターとの共同だそうですが、なるほど〜と思ってしまいました。
柄本明も控えめでいい味を出していました。

                               
二人の旅の行く先は古びた田舎町ばかりです。関東近郊でよくこれだけ鄙びた街を探したと感心しました。人通りの殆どない街、廃屋のような古いビル、寂れたロードサイドの店、草木に埋もれてしまいそうなムラ。誰もいない漁村。生と死の境を彷徨う二人の旅は衰退していく日本の地方の象徴のようにも見えました。
小松政夫は圧倒的な存在感でした。これだけでも映画を観に行く価値があります。

文句も多少書きましたが、画面から伝わってくる夫婦二人の細やかな感情には涙がこぼれざるを得ません。ここは多くの人が共感するところだと思います。
物語の中盤まで主人公たちが生に執着するところは個人的にはあまり好きではないのですが、穏やかなエンディングは非常に美しいし、妻がたどり着いた精神的な境地も大好きです。それでも『話を締める後半部より、小松政夫が出てくる最初のエピソードのほうが遥かに良かった』など、へそ曲りのボクは言いたいことがいくつかあります。が、非常に良くできた映画だし、観る価値がある作品であることは間違いありません。勿論 泣きました(笑)。普段の自分の自堕落な生活を反省させられました(笑)。



もう一本は、新宿で映画『海賊じいちゃんのおくりもの』(現題『What do you want to do on the holiday?』

ロンドンで暮らす夫婦と子供3人の家族。長男一家と暮らす夫の父親がガンで長くないという知らせを受けて、一家は彼らが住むスコットランドで休暇を過ごすことにする。夫と妻(ロザムンド・パイク)は折り合いが悪く別居状態だったが、老い先が短い父のためにそれを隠している。バイキングの末裔であることを誇りにしている老父にはそんなことはお見通しだった。見栄っ張りな長男が仕切る盛大な誕生パーティの喧騒を避けて、老父は孫たちを連れて海辺に出かけてしまう。

主演は、美人だけど今いち魅力を感じなかったロザムンド・パイクという女優さんですが、昨年『ゴーン・ガール』の極悪冷血美女ぶりを見ていっぺんに好きになりました(笑)。

今回も頭がいまいちのお人よしの男と結婚した、知的な美人妻という役どころは一緒です。夫婦の間に寒風が吹きまくっているのも一緒です。そういう対照的な二人って結局は合わない運命なんでしょうか。
●夫婦は祖父の前では仲が良いふりをします。

                                           
前半 夫婦が狭い車の中でドタバタ喧嘩をしながらスコットランドへ向かう旅はコメディとして面白かったです。バカな親にあきれ返る子供たちも非常に可愛い。スコットランドの実家に着くと違う風が吹き始めます。祖父は長男夫婦と同居していますが、自分のバイキングの血筋を誇りに思っていて、投資だのハイテクだの言いながら地元の有力者に媚を売っている長男のことを苦々しく思っています。子供たちは喧嘩ばかりしている自分の親たち、守銭奴で見栄っ張りな投資家の叔父夫婦とは一線を画して、美しい自然の中で日がな過ごしている祖父に惹かれていきます。
●家族たち。この距離感が微妙です。

                                  
可愛い子供たちと美しい自然、映画の中盤も見ていて楽しい。延々と広がる野原と青い水が広がるフィヨルドは見る価値がある光景です。大人たちの喧騒に嫌気がさした祖父と子供たちは美しい自然の中で楽しく遊びに興じます。やがて祖父は静かにゆっくりと息を引き取る。世の中に執着することもなく、静かに枯れていくのはこれもまた実に美しい光景でした。羨ましかった。取り残されてしまった孫たちは一瞬哀しみますが、それでも元気いっぱい。祖父の遺言に従って祖父の死体をバイキングの作法で海に流してしまいます。そこから、大人たちや話を聞きつけたマスコミも巻き込んだてんやわんやの大騒ぎが始まります。
●祖父と子供たちは大人たちを残して、海へでかけます。

同じ死を描いた映画でも、この映画は生に執着しません。祖父は出来の悪い息子たちの世俗のドタバタ劇にうんざりしつつも絶望もせず、静かに死んでいきます。それを説得力あるものにしているのがスコットランド雄大で美しい光景、さらに民族色豊かな風俗。世の中の流れに心までは売り渡さない、ということです。


                                 
ラストに流れるザ・ウォーターボーイズの素晴らしい『You In The Sky』にはやられました。雄大で骨太な、人生の大きな方向性そのものに影響を与えてしまいそうな曲です。映画の内容ともまさにぴったり。
スコットランドと言えばこの人、ザ・ウォーターボーイズの『You In The Sky』

                                              
海賊じいちゃんの贈り物』は軽いコメディですが、脚本も良く練られているし描かれている光景も美しい、笑いの中で普遍的な出来事を描いている映画です。安っぽい邦題は人を遠ざけてしまうかもしれないし、上映館も少ないです。が、同じ死を扱うなら、このように執着から解放された死にざまにボクは憧れます。安らかな世界が描かれているこの映画、ボクは好きです。