特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

TBSラジオ・ウィークエンドシャッフルの『デモのコール特集』と『TPPについて考える(途中経過)』と映画『顔のないヒトラーたち』

10月10日土曜日のTBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』で『デモのコール特集』をやっていました。昔からデモに度々参加しているラッパーのECD氏(『言うこと聞かせる番だ、俺たちが』のライムを作った人)やSEALDsのUCD君をゲストに、今夏の国会前のコールのことが語られました。題して「ニッポンのデモ最前線2015 あるいはデモのリ・デザインに見る、日本語ラップの影響とは? 特集」。SEALDsの子たちがコールを徐々に変えていってるとか、一方的なコールではなく参加者のレスポンスを意識している話はとても面白かったです。とにかくカッコいい抗議をやりたかった、そうです。コールしているうちにだんだん参加者のレスポンスに自分が逆に応えているような錯覚を覚える、という話もありましたが、一方通行型の旧来の抗議・集会とはずいぶん違っていたのが良くわかります。参加者と主催者が文字通り共同で作り上げていたんですね。だからこそ、彼らの抗議はあんなに盛り上がったんでしょう。放送でコールを聞き直してみると、コールしているうちにテンポが速くなっていくところなんかはまさにライブのようでした。
彼らはスピーチだけでなくコールも事前に必ず練習しているそうです。それを聞いて映画『大統領の執事の涙2014-03-10 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)で描かれた公民権運動の人たちを思い出しました。彼らは、警官や白人たちに暴力や罵倒を受けても如何に非暴力を貫くか、事前にシミュレーションをしていました。SEALDsの子は『ボクたちは本気で法案を止めたいと思っているから、他人にどう観られるかまで意識していたんです。』と言っていました。公民権運動の人たちもSEALDsの学生たちも、戦略も展望もなく、ただ「頑張りぬきましょう」ってコールしている旧日本軍そっくりの能無しオールド左翼とは全く違います(笑)。映画を観たときは、これはプラグマティズムの本場アメリカだからだろうな、と正直思ったんですが、まさか翌年に日本にも同じような人たちが現われるとは夢にも思いませんでした
●そう思ったのはボクだけではないみたい。ピーター・バラカン氏は安保法案が通ったあと、FMラジオで『SEALDsに捧げます』と言って、この曲をかけたそうです。このメイヴィス・ステイプルズの『私たちは決して後戻りしない』のCDのジャケットは60年代の公民権運動で、互いに手をつないで警察の放水に耐えている女性たちの写真です。奇しくもボクもCD棚にこのジャケットを飾っているのですが、見る度に涙が出てきます。

We'll Never Turn Back

We'll Never Turn Back

                           
                                    
この番組の司会の宇多丸氏は実際に国会デモへ参加したそうですが、放送では『安倍はやめろ』コールがガンガン流れてましたし、18日の渋谷街宣の宣伝まで堂々とやってました(笑)。TBS、頑張ってます。内容も面白かったのでぜひPodcastをどうぞ⇒TBS RADIO ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル
そうそう、今晩深夜 TVでSEALDsに密着したドキュメンタリー、テレメンタリー2015『デモなんて』が放送されるそうです。ボクの嫌いな下品なTV朝日と言うところがちょっとだけ気になりますが(笑)。
パブリック・エネミーの『Fight The Power』のMV。SEALDsのプラカードはこのビデオで流れるデモの風景からパクったそうです。かっこ悪いより、カッコ良い方が良いに決まっています。


                                               
先週は、TPPの妥結?大筋合意?について大きなニュースになっていました。現時点では敢えて(笑)、判らない、と言いたいと思います(笑)。賛否はともかく、合意内容がわからないから、今は何とも言えないんです。反対意見も色々目にするんですが、内容が具体的に判らないから何とも言いようがない。例えばアメリカではロバート・ライシュ先生なんかがウィキで暴露された交渉内容をもとに、TPPは労働者にとって労働条件の改悪になりかねない、と言っています。それは理解できます。でも日本で、きちんとした根拠のある反対論はボクは見たことがないんです
そもそも内容がはっきりわからないのに賛成とか反対とか言えるわけないじゃないですか(笑)。TPPについて論じなければいけないことは、内容を国民の前に開示しろ!、ってことだとおもいます。
                                                                                                 
TPPで何が起きるか、ボクは先行するNAFTA(北米自由貿易協定)で起きたことを考えます。本質的に言えるのは、TPPによって競争環境は厳しくなるだろう、ということです。消費者にとっては良いこともあるかもしれないし、雇用者の立場としては厳しくなることもあるし、ビジネスチャンスになることもある。特に他国に比べて生産性が低い産業にとっては厳しい。NAFTAでアメリカでは企業が潰れたり工場が海外移転して多くの失業者が発生しました。社会福祉が手薄なアメリカでは悲惨な境遇に陥った人が大勢出ました。

                         
でも、それはNAFTAの問題ではなく社会福祉の問題だと思うのです。ボクは困っている人がいたら社会は助けるべきだ、と思います。だけど、企業や工場を補助金(税金)で支えるのが良いかというと、それは違うと思います。企業や産業は人間ではないからです。救いの手を差し伸べるべきなのは人間、であって企業や産業じゃありません。ある工場が閉鎖されたら、そこで働いている人への支援を充分にすればいい。赤字を垂れ流す企業を税金で救っても、何も問題は解決しません。税金が無駄に流れていくだけです。まして日本の農業のように農家の収入の半分が補助金なんてどう考えてもおかしい。不公平だし、殆どゆすり・たかりの類です。補助金頼みでいつまでたっても産業を育てられない原発の地元自治体と 一緒で、農協守れとか言っている人たちこそが日本の農業をダメにしていると思います。
                                                                               
あとISD条項。これも良くわからない。昨年か一昨年、NHKに籾井が就任する前(笑)、NHK9時のニュースで『NAFTAで何が起きたか』を2日間にわたって特集していました。そのなかでカナダ政府の担当者がISD条項について語っていました。NAFTAが始まって以来20数件、カナダ政府はアメリカ企業から訴訟を起こされたそうです。『敗訴したのは確か5件くらい。トータルとしては問題ない』とカナダ政府の担当者は断言していました。理不尽な訴訟もあったかもしれませんが、ミクロだけでなくマクロでも考えないと是非は判断できません。また日本にとって新興国などへの投資の際 ISD条項は大きなメリットになることだってあり得ます。いずれにしても詳しい内容が開示されてないから 、どっちともいえないんですね。
                        
ボクがTPPで一番 関心があるのが国民皆保険の問題です。以前も書きましたが、これもどうなるか判らないんです。
皆保険は守られる、という考え方もあります。カナダ、オーストラリア、マレーシアなどTPP参加国の多くは皆保険が導入されています。アメリカの属国の日本はともかく(笑)、それらの国が簡単に皆保険を手放すとは思えない。実際NAFTAでもカナダやメキシコの皆保険はちゃんと守られています。
一方 『TPPによって保険以外の自由診療のボリュームが増え、皆保険は実質的に形骸化する』、また日本医師会が言っているように『ISD 条項により日本の公的医療保険制度が参入障壁であるとして外国から提訴されることが懸念される』という考え方もあります。
                                                    
どちらも説得力があります。どっちが正しいのでしょうか?正直言ってわかんないです。実際は医療費高騰による国家財政への圧迫で、皆保険は効率化&縮小化に進まざるを得ないと思いますが、それはTPPとは別の問題です。
結局 TPPについては賛否を論じる前に、ちゃんと内容を国民の前に開示しろ、ってことなんだと思います。読売の世論調査ではTPPの大筋合意を評価する人は全体の59%、評価しない人は28%です。陰謀論みたいな、中途半端な反対論を並べても人々の支持は得られないと思います。


さて、今週の映画は実話を基にしたお話です。銀座で『顔の無いヒトラーたち映画『顔のないヒトラーたち』公式サイト
原題は『嘘の迷宮』(Labyrinth Of Lies)

舞台は1958年、フランクフルト。戦後西ドイツは経済復興の波に乗り、戦争の傷跡は薄れかけていた。そんな時 一人のジャーナリストがアウシュビッツ強制収容所の元親衛隊員が今は教師をしていることを突き止める。それをきっかけに駆け出しの検事ヨハンはかってアウシュビッツで何が行われていたか突き止めようとする。ニュルンベルクで連合軍によって戦犯裁判は行われたが、アウシュビッツで何が行われていたかは明らかになっていなかった。戦争中に何が行われていたか殆ど知識もないヨハンだったが、ドイツ人自らの手で真実を調べ、犯罪者を裁こうと言うのだ。上司や社会の圧力にも負けず、彼は膨大な記録や生存者の証言を集めていくが---
                                                                                            
ドイツと日本の戦後処理は良く比較されます。だけど、この話はボクは全く知りませんでした。アウシュビッツ自らユダヤ人虐殺に関わったドイツ人を戦後 ドイツの検察がドイツの法律で裁いた、というのです。驚くべきことです。日本と比べてみれば、それがどういうことか判ります。辻政信のように捕虜虐殺に責任がある人間が戦後 国会議員にまでなったり、中曽根のように戦争中 慰安所を作った人間が総理大臣になるような国となんと異なることでしょうか。
                                                       
この映画は若き検事がアウシュビッツに関わったドイツ人を裁判に持ち込むまでの5年間を描いています。その道のりは簡単ではありませんでした。ドイツでも戦争中 ナチ党に入っていた人間も大勢いたし、戦後も彼らが公職についていたんです。ナチに入っていなくても軍隊に居た人間は大勢います。ある年代以上には後ろめたい人間が大勢いたわけです。野心に燃え、単純に正義を追求しようとする若い検事は検察内部や警察からも妨害を受けます。彼を支援したのは収容所に強制収容された経験を持つユダヤ人の検事総長とジャーナリストの友人だけでした。
●友人のジャーナリスト(左)と一緒に若き検事(右)は証拠と証言を探して駆けずり回ります。

●検事(左)は上司から捜査を止めるよう迫られます。

当時 ドイツではアウシュビッツのことは殆ど知られていなかったそうです。アメリカは戦犯を裁きましたが既に東西冷戦が盛んになっており、昔の記録を開示するのは積極的ではありませんでした。若い検事たちは調べていくうちに、アウシュビッツで何が行われていたか、そしてナチの強制ではなく、自ら進んで拷問や殺害に協力していたドイツ人が大勢いたことを知って驚愕します。特に、子供も含めて被害者を生きたまま人体実験や拷問を行った医師メンゲレの話が明らかになると主人公たちは怒りに駆られ、平静を失って証拠集めに奔走します。映画でメンゲレのやったことの証言を聞いたときは、ボクもそれだけで涙が出ました(あまりも酷過ぎて書けません)。
しかし、当時は今更、ことを荒立てたくないという空気が濃厚でした。メンゲレやアイヒマンは南米に逃亡していましたが、政府は捕まえようともしません。メンゲレに至っては度々帰国までしていたのですが、政府は黙認していました。警察は表立っては協力しません。検事たちの苦悩は深まります。
●検事の婚約者役(右)は『ハンナ・アーレント』で若きアーレント役をやった人だそうです。

収容所に居た経験を持つ検事総長は情報を敢えてイスラエルに流し、モサドアイヒマンを捕まえます。その顛末は映画『ハンナ・アーレント原子力ムラとナチス:映画『ハンナ・アーレント』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)で描かれた通りです。しかし、メンゲレは捕まえられなかった。イスラエルアイヒマン逮捕を優先した結果 メンゲレは逃げてしまったのです。さらに調べていくうちに主人公の敬愛していた親や婚約者の親、それに友人たちもナチの犯罪に関与していたことが明確になってきます。『むやみに過去を掘り起こすんじゃない』と言っていた主人公の上司(元潜水艦乗り)が正しかったのでしょうか。

●主な登場人物。捜査を止めさせようとする上司(左上)、真実を追求しようとする検事総長(右上)、親が虐殺に関与していたことが明らかになってショックを受ける検事の婚約者(左下)、調べていくうちに自分の親もナチ党員だったことが判ってしまう主人公の検事(右下)

                                                                                                
この映画の前半は野心と正義感に燃える若い検事の話です。ですが後半は単純な勧善懲悪じゃない、普遍的なお話に変わります。その変貌ぶりは見事なものです。全員ではないにしろ、多くのドイツ人は自分たちの過去に向き合いました。アメリカ任せではなく自分たちの法で犯罪を裁いたのです。南京大虐殺が世界記憶遺産に登録されたからユネスコの負担金を減らす、とか超セコイことを言ってるような国http://mainichi.jp/select/news/20151013k0000m010031000c.htmlとは大違いです。面白いし、ためになる映画でした。