特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

映画『祖谷物語』と『アメリカン・スナイパー』

このところ銀座・渋谷・新宿は外国人観光客が一杯だった。
海外出張から帰ってきた人たちによると上海ではホテルのラウンジでコーヒー1杯60元、今のレートだと1杯1200円だ。ロンドンから帰ってきた人は地下鉄の一区間の料金が約800円だったそうだ。と、言うことは外国人観光客にとって為替が3年前の3分の2になった日本の物価は激安なんだろう。
長期的な人口減で売上増が見込みにくい今の日本にとっては外国人だろうがなんだろうが、お金を使ってくれる人は福の神みたいなもんだ。最近は外国の人がどんどん日本の企業に就職しているが、よりよい就職先を求めて若い人が日本を捨てて海外の企業に就職するのも普通になるだろう。その反動からか最近はやたらと日本を褒めるTV番組が増えたと聞くが実態は違う。現実を見たくない人はいつの時代でもいるものだ。
                                                                                                                                                      
今日はインディーズとハリウッド映画、敢えて対照的な映画の感想を。
高田馬場で映画『祖谷物語 おくのひと

舞台は徳島県西部の山間地、祖谷。平家の落人伝説で知られる山あいの村の奥に自給自足の生活を営む老人と少女(武田梨奈)がいた。村の人々、自然保護運動家、東京からやってきた男、様々な人物を描きながら、祖谷の四季と過去、未来を描いた作品
                                   
昨年の公開時は3時間という上映時間に怖れをなしてパスしてしまったんだけど、ぷよねこさんからお奨めを頂いたので断固として(笑)見に行く。2015/2/6 「祖谷物語 おくのひと」@京都 立誠シネマ - ぷよねこ減量日記 2016
●映画館にて:真ん中にサインをした映画の監督は高校野球で有名な蔦監督(ボクは全然知らない)の息子さんだそうだ。

険しい祖谷の四季を捉えるカメラは素晴らしい。深い緑、険しい山、縄のつり橋、文字通り燃えるような紅葉、幻想のように舞い散る雪、青い夜空に浮かぶ月。どれも一幅の絵のようだ。撮影に1年以上かかっているということなんだろうけど、本当に美しい。

                                                                       
その光景に武田梨奈が負けてないのは感心した。この人は現役の空手チャンピオンで瓦を割るCMで有名だが、前々からこの人は女優として何とも言えない魅力があると思っていた。この映画でもこの人の存在感は自然に全然 負けていない。すっぴんで険しい山道を走り回っても、天秤棒を担いで水汲みをしても、背筋がしゃきんとしているのだ。かといって体育会ゴリゴリという感じでもなく、はかないような可憐さが彼女の周りには漂っている。衰えゆく山村の姿とも重なって素晴らしかった。
あと実際の村人たちの存在感もすごい。建設会社の社長、工場の従業員、急斜面の畑を黙々と耕す人たち。とにかく前半部は良い意味でドキュメンタリーのようだ。
                                                                                 
物語が佳境に進むにつれて高齢の老人たちは亡くなり、祖谷の村もいよいよ人が少なくなっていく。まるで祖谷の村自体が死にゆくかのようだ。ここからお話は幻想の世界に入っていく。姿を消した老人を探して、少女は山中を分け入っていく。鳥獣除けのかかしが立ち上がるところはほろっときた。
                                                                                                                               
だが、そのあとが良くない。特に東京での暮らし。突然お話が、都会の虚無を訴える黒沢清の『アカルイミライ』みたいになる。さっきまで野山を駆けまわっていた武田梨奈がスーツを着て厚化粧をしているのも違和感があるし、河瀬直美監督の研究者役もどうなんだろうか。幻想と現実が中途半端で話も画面も全く面白くない。武田梨奈が祖谷の山道を登っていくところで祖谷全体を捉える空撮に変わる、謎解きのようなラストシーンでぎりぎり救われた感じだ。

                                                     
でも東京のシーン以外は本当に素晴らしかったので、3時間かけてみる価値はあった。監督にとって祖谷の山村への想いが巨大すぎて持て余したという感じだろうか。例えば村が死んでいく過程をもっと直視したり、村が生き残っていく可能性を追及したりしていたら、もっと面白い作品になったと思う。また武田梨奈ちゃんが稀有な女優だということは判った。どういう作品が合うのか良くわからないが、今後も出演作に恵まれるといいな。

●おまけ:武田梨奈ちゃんのCM



もう一つはクリント・イーストウッド監督の新作『アメリカン・スナイパー』。アメリカ軍史上最強のスナイパーと言われるクリス・カイルの生涯を描いたもの。


テキサス生まれのクリス・カイルはロデオで生計を立てていたが、アメリカ大使館への対するテロをTVで見て精鋭部隊のSEALSに志願する。厳しい訓練に耐え抜いた彼はイラク戦争へ出征し、見事な射撃の腕でアメリカ軍を襲ってくる敵を狙撃して多くの兵士を救う。だが女性や子供を射殺しなければならない現実や絶えず緊張感溢れる戦場で精神に異常をきたしていく。除隊後 妻や子供の元に帰った彼は後遺症を乗り越え、PTSDや負傷で苦しむ他の帰還兵たちの手助けを始める。だが、彼は手助けしようとした帰還兵に射殺されてしまう。


この作品はイーストウッド監督の最大のヒット、戦争映画としても過去最大のヒットだそうだ。だが、戦争を賛美しているんじゃないかとか、議論も巻き起こっているらしい。
例えば、劇中 金正日をぶち殺すことで話題になった映画『ザ・インタビュー』のセス・ローゲン先生は、これはプロパガンダ映画だ、と言う意味のことをツイートしたそうだし、マイケル・ムーア監督は卑怯な狙撃兵をヒーロー扱いするな、と発言して大きな反発を買っているそうだ(笑)。一方 サラ・ペイリンなどのアホ右翼は『これは愛国者の映画だ』と強弁しているらしい。まあ、元アラスカ州知事で共和党の元副大統領候補のサラ・ペイリンは記者会見で『アフリカという国がある』と言ってしまうような人で、どうもこの映画を見てないらしい(笑)。そういう頭の悪さまで、日本のネトウヨと丸っきり一緒だ。

映画の出来は果たしてどうか。
エンターテイメントとしては非常に面白かった。映像はぎりぎりのところまでリアルさを追求しているものの、ハリウッド映画らしく残酷な画面は回避する。しかし、あのドリル男はなんなんだ(怒)!。クライマックスの砂嵐の場面は、あんな映像は初めて見たくらい新鮮で非常に感動した。アカデミー賞を取ったという音響もさすが〜という感じ。アメリカにいる時の主人公が物音に敏感に反応するようになってしまったのが非常に良くわかる。
●ムキムキに変身したブラッドリー・クーパー

                            
優男のブラッドリー・クーパーが役作りでムキムキに変わっていたのも驚く。筋肉で体重は1.5倍くらいになっているんじゃないだろうか。奥さん役のシエナ・ミラーはソンドラ・ロック(イーストウッドの元愛人)の面影を彷彿とさせて、80歳を超えても離婚して若い女性と付き合ってるスケベ爺のイーストウッドは相変わらずこういう細面の女性が好きなんだと思ったが(笑)、実はブラッドリー・クーパーシエナ・ミラーも実際の現物そっくりだった。大したもんだ。
●家族との愛情も癒しにならない。戦争は根本的に人間を変えてしまう。

                                              
映画では主人公が次第に壊れていき家族が崩壊しかける過程や、本人がどれだけ傷ついているかをちゃんと描いている。帰国した彼の血圧は椅子に座っていても110/170という描写があるが、常にそれだけの緊張が強いられていたわけだ。また戦争の残虐さもちゃんと描いている。女性や子供を殺すシーンもあるし、米軍兵士があっさり殺されたり、生き残っても不具になった兵士の姿もきちんと描かれる。長い凄まじい訓練を経て錬成されるシールズだが、こんなにコストをかけていたらアメリカが戦争に勝てるはずがない、と思えるし、アメリカ兵たちが言葉もまともにわからないのにイラクの民家に押し入ってアルカイダ探しで大騒ぎしているのもアホか、と思った。全くバカな戦争だ。
共和党支持者のイーストウッドイラク戦争反対どころかアフガン戦争も反対だったそうだ。彼は『フセインは確かに悪い奴だが、世界中に悪辣な独裁者はいくらでもいる。そんな連中に、いちいち戦争を仕掛けてどうするんだ。戦争は石油が理由と言う奴も居るが、もしそうならアメリカ軍はカネのために働く傭兵と一緒じゃないか』とインタビューで答えている。

映画秘宝 2015年 04 月号 [雑誌]

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この映画の無言のエンドロールには文字通り打ちのめされる。最前線に立つことは例え戦争に勝利してもヒトの心を破壊するものなのだろう。PTSDなんて言葉が出てきたのは最近の話しだが、ベトナム戦争でも帰国後多くのアメリカ兵が心を病んで犯罪や麻薬に走ったことは良く知られている。第2次大戦後 多くの兵士たちもそういう症状に襲われたそうだし、日本だって太平洋戦争後 帰還兵の犯罪は非常に多かったと言うし、イラク駐留でも自衛隊兵士の自殺者が何人も出ている。
この映画はそういうところはちゃんと直視している。後方にいる政治家や役人、高級軍人は別にして、実際に戦争に行くことで得するものは誰もいない。イーストウッドが監督を引き受けたのはクリス・カイルが殺される前だそうだけど、160人以上を殺した彼が射殺されたのもいかにもイーストウッド的な出来事、因果応報ってやつだ。
●ちょうど先月、クリス・カイル殺人犯の判決が出た。終身刑「アメリカン・スナイパー」射殺、元海兵隊員に終身刑 | ロイター
               
ただし主人公、クリス・カイルの描写はかなり甘い。彼がPTSDを克服する過程も殆ど描かれなかったし、彼が善人すぎて嘘くさいという感じは映画を見ているときから拭えなかった。彼のキャラクターに限ってはインチキ臭が全編にわたって漂っている。実際の本人もTVのワイドショーで嘘をついて(酒場のケンカで有名プロレスラー、元シールズのジェシー・ベンチェラ先生をやっつけたという大嘘)、7億円もの名誉棄損の賠償を払った虚言癖がある人物だったそうだから、イーストウッドはそれも狙ったのかもしれないが。
●元SEALSのジェシー・ベンチェラ先生。脳味噌が筋肉のままでミネソタ州知事にもなった。


またイラク戦争の原因やアメリカがテロリストに狙わられる理由が描かれないのも抵抗がある。アカデミー賞を取った『アルゴ』では冒頭に、もともとの原因はアメリカにあるということがきちんと描かれていたのとは対照的だ。
                                                                                 
物凄い緊迫感が映画に漂っているが、同じイラク戦争を描いたキャスリン・ビグローハート・ロッカー』や『ゼロ・ダーク・サーティ』の狂気のような緊迫感には劣っていると思う。それは楽に見られるということでもあって、そういうところもこの作品が戦争映画最大の大ヒットになった原因だろう。
●どこから撃たれるかわからない。どこから爆弾を抱えた女子供が飛び出してくるかわからない。屈強な男たちのこわばった表情。文字通り恐怖を表現している。 


                   
画面も音も素晴らしい、それにイーストウッドらしく苦み走ったお話で、エンターテイメントとして大変良くできた映画ではある。3時間近い上映時間は全く退屈しない。大した完成度だ。だが、ボクとしてはもうちょっと尖ったところ、心に刺さるところがあればなお良かった。そういうところは良くも悪くも大ヒットするハリウッド映画なんだろう。