特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

私たちは拒否する(Noi No):映画『NO』

昨日までで1年の3分の2が終わり。ほんと月日が過ぎるのは早いです。早いついでに早く定年にならないかなあ。

このブログを読んでくださっている方の中に関係者が居たら申し訳ないけど、ボクは広報や広告、宣伝というものが大嫌いです。金融とよく似ていて、実態のあるものは生産しないくせに、口先三寸で人を操ろうとする。他人を操ること、他人に影響を与えることに対する欲望、傲慢さ、押し付けがましさを感じるからです。それでも仕事で時々関わらなくてはいけないことがあって、その都度ボクに辛く当たられる担当者は気の毒だと思うけれど、広告代理店とかへの大嫌いな感情はどうしても隠せません(笑)。時々若い子で『そういうお仕事がやりたいんです〜』とか言ってくる輩がいるが、そういう奴には絶対にやらせません(笑)。PRや宣伝がテクノロジーとして必要なのは認めますが、虚業必要悪くらいの認識を持ってもらわないと困ります。

                                                                            

  
          
                                            
その、広告マンの物語(笑)。銀座で映画『NO映画『NO』公式サイト
アカデミー外国語映画賞ノミネート、カンヌ映画祭アートシネマアワード最高賞の受賞作品。

舞台は1988年。自由選挙で選ばれた初めての社会主義政権であるアジェンデ大統領を73年のクーデターで倒したピノチェト軍事独裁政権は経済面では過激な新自由主義の政策の結果バブル崩壊を起こし、さらに反対派の暗殺・誘拐・高校に対して世界中から非難を浴びて、政権に対する信任投票を実施することになる。双方の主張は毎日15分だけCMでTV放送され国民が政権に対して『YES』か『NO』かを投票する。投票を3週間先に控えたある日 敏腕広告マン、レネ(ガエル・ガルシア・ベルナル)は野党の友人からCMのアドヴァイスを依頼される。


実話がベースのお話。CIAに支援されたピノチェトの悪辣なクーデターは世界中の多くの人から憤激を買ったが(わざわざ弁護レポを書いた曽野綾子など一部を除いて)、どうやってピノチェトを倒したかという話はボクは詳しく知りませんでした。
ピノチェトの人権弾圧のあまりのひどさに国際社会の圧力が高まり信任投票を実施することにはなったものの、軍政側は投票に負けるとはまったく思ってなかったそうです。だから当初は反対派への弾圧は特に行わなかった。反対派のほうも左翼から保守派まで17の会派に分裂しており、誰も勝てるとは思っていなかった。一部の反対派は投票自体をボイコット。投票に参加する反対派のCMもピノチェトの誘拐や暴行を告発するだけのシリアスなもので、それだけが目的の、悪く言えば独りよがりのものだった。それを一見した主人公はこんなCMでは勝てるわけがないと断言します。暗いだけで、見る人の心に訴えるものがないからです
一部の頑迷な左翼の反対を押し切って、主人公は『チリ、喜びはすぐそこに』というキャッチフレーズとテーマソングで、国民に楽しさと希望を訴えるキャンペーンを始める。投票することを諦めるなと親しみやすく訴えかけます。
●NOキャンペーンのCMの一場面(の再現)

●NOキャンペーンの制作チーム

程度の差こそあれ、これは日本の話じゃないかと思いました。政府が悪辣なのは判ってるけど、野党は視野の狭さと頭の悪さで分裂したまんま。野党も市民の側もたぶん政府に勝てるとは思ってない。要するに真剣じゃない、のだ。だから野党の主張も多くは反対のための反対だったり、一部の人にしか届かない浮世離れしています。誰とは言わないけど、某代々木の政党の連中なんかシュプレヒコールのリズム感すら、ずれているくらいです(笑)。
チリではどうやって独裁者に勝ったのか。そう思ったら画面にどんどん引き込まれます。CMも含めて当時のフィルムが大々的に引用されますが、本編のほうもそれと同じような画質で映されており見ている側は今起きていることなんじゃないかと錯覚するくらいです。本編の撮影は80年代に作られたカメラを使ったそうです。

                                                                                                                                                
この映画には思わず笑ってしまうようなシーンがいくつもあります。ピノチェト側が流していたフィルムは北朝鮮金正日を称えるものとそっくりで『やさしい将軍様〜』みたいな感じです。やっぱり独裁者の発想は洋の東西を問わず一緒なんでしょう。『NO』側のCMでも家族がフランスパンを持ってピクニックに出かけるシーンがあるが、チリにはフランスパンはないそうです(笑)。映画の中ではそのことを指摘するスタッフに主人公が『イメージが良ければいいんだよ!』と強行するシーンが描かれています(笑)。
                         

映画は『NO』のキャンペーンの全容を描いてはいません。一人の広告マンの物語です。そこがチリでも論議を呼んだそうです。実際にはCMだけで勝てるはずがなくて、投票の不正を防ぐために投票所に張り付いた多くの人、それに保守から左翼まで反対派が団結したことが多くの役割を果たしたそうです。 だが、焦点を絞ったことは映画の価値を減じていないと思います。ここでは主人公を取り巻くドラマ色が強く打ち出されている。ちゃんとエンターテイメントになっているからです。
主人公を取り巻く人間関係が面白いです。主人公は別れた恋人との子供を育てるシングルファーザー。別れた恋人は投票自体を否定する反ピノチェトの活動家だ。主人公の上司は広告代理店の経営者。ピノチェトのキャンペーンを請け負っている!
●主人公と元恋人。反ピノチェトの活動家の彼女は投票自体がピノチェトを利するとして反対します。

●主人公と子供(後ろはお手伝いさん)。子供の母は別れた恋人

その中で主人公はどうやっていくのでしょうか。広告代理店というとどうしてもちゃらちゃらした奴を思い浮かべるが、ガエル・ガルシア・ベルナル君が演じると印象はいいです(笑)。どちらかというと物静かで内向的な性格だし、極端な反対派というわけでもないし、そのキャラクターはなかなか興味深いです。それに、この人はどうしてこんなに澄んだ目をしているんだろう!映画『モーターサイクル・ダイヤリーズ』で若き日のゲバラ役を演じたことだけのことはあります。

                                  
ピノチェト政権になってから自国を離れていた主人公だが、当初はキャンペーンへの参加を断ります。だが悩んだ末に参加すると彼は諦めずに、自分のやるべきことをやる。上司に妨害されても、餌をちらつかされても、軍や警察に脅されても、隠れてキャンペーンを続けます。
●高級車の中の主人公と上司(右)。ピノチェト派の上司も単純に悪と割り切れる存在とは描いていないところがいいです。


                                                                          
予想に反して主人公たちのキャンペーンが効果が出てくるとピノチェト側はCMではネガティブ・キャンペーンをしかけ、裏では反対派側を脅しにかかります。参加者の家の前では夜になるといつの間にか正体不明の車がずらっと並んでいる。これは怖いです。それだけでなく直接的な脅迫まで受けて主人公もとうとう子供を隠さざるを得なくなります。
ピノチェトの弾圧では数千人の死者・行方不明者が出たのに加えて、主人公のように国民全体の約1割が亡命、逃亡したそうです。出演している俳優には実際に『NO』のキャンペーンに携わった人もいるそうですが、この映画でみるだけでも確かに人々への弾圧の仕方は筋金入りです。子供でも女性だろうと無実だろうと、平気で暴力を振るうし誘拐する。反ピノチェト集会ではまず海外メディアに放水してカメラを使えなくしてから、市民に暴力を振るったそうです。映画を見ていているとこの政権がどういう連中だったのか良くわかります。レーガンとかサッチャーはそういう奴らを支援していたんです。
                                                                          
投票結果は反対派が50%を超え、軍部にも見捨てられたピノチェトは退陣します。予想外の勝利のお祭り騒ぎのなか、主人公は黙ったまま、子供を抱いて事務所を後にします。ここがいいんです。この映画は勧善懲悪の簡単な話ではないんです。何しろ国民の4割がピノチェトを支持したんですから。長期的な経済成長率はアジェンデ時代より低下し、社会の格差は広がっていったとは言え、彼の政策が良いと思っていた人間がそれだけいたことは忘れるべきではない。映画は広告代理店の例の上司が主人公を『彼はあのNOのキャンペーンを担当した男です』と顧客に紹介するところで終わります。ここもまた、いい。 日常っていうのはそういうもんです(笑)。ちなみにパブロ・ラライン監督によるとチリは言論の自由は取り戻したものの、格差の拡大など新自由主義の痛手からまだ立ち直ることはできていないそうです。


この監督はアラ還の女性の瑞々しい恋愛を描いた『グロリアの青春』(面白かった!)を撮った人。 彼女について聞いている2,3の事柄:映画『グロリアの青春』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)
グロリアの青春』では主人公の女性が元海軍将校の恋人をサバイバルゲーム用のライフルで滅多打ちにするという興味深い描写があったんですが、やっぱり、そういうことか。今のチリの大統領はピノチェトに父を殺された人だし、多くの人が対立した社会の傷はまだ癒えていません。『グロリアの青春』同様に、この映画はちゃんとしたエンターテイメントになっているけれど、様々なディテールが詰め込まれていて、見れば見るほど味が出てくる感じです。
                                                                                       
この映画をみたあと国会前のデモへ行ったので余計思い入れが強くなってしまいました。日本の我々はチリの人たちから色んなことを学ばなければいけないのではないかと思うのです。野党が保守から左翼まで大同団結できたこと統一候補として保守派を出したこと(右から左まで誰でも投票しやすい人を候補にした)外国からの眼を活用したこと(国内マスコミはあてにならない)何よりも一人一人が諦めず、やれることをやったこと。結局 チリの国民も投票することを諦めなかったんです
                                      
押し付けがましいところもなく勇気をもらえる、それに、すっごく面白い映画でした。ガエル・ガルシア・ベルナル君の澄んだ眼をみるだけでも目の保養!(笑)。

●おまけ。イタリアの国民的歌手クラウディオ・バリオー二先生の名曲『私たちは拒否する』(NO NOI 邦題は『勇気ある拒否』(笑))
昔から好きな曲だったが、これはNOの運動のことを歌っているのかもしれないということに初めて気が付いた。発表されたのは91年。チリの軍政が終わって、選挙で大統領が選ばれた翌年だ。
ボクたちは拒否する。
今のボクたちか、それとも2度と略奪されないボクたちか
ボクたちは拒否する。
ボクたちは詩人の夢